[三十二・その果てに見えた真実] …1 真実の人は、本部の自室でワープロを打っていた。 「そして…我は真実を見つめつづけ、遂には真実そのものと、  なった…うーむ、ここからが重要だ。」 「真実の人。」  部屋に入ってきたのはフランソワであった。 「なんだね? いま私は自伝の執筆中なのだよ。」 「はい、ですが報告があります。」 「まぁよい、言ってみろ。」  執筆が順調に進んでいないためか、真実の人はどこかイラついた様子であった。 「コンドルによる前哨戦は、我々の敗北に終わりました。」 「な、なに…?」  コンドルに仕掛けられた自爆装置により、侵攻作戦の失敗のフォローをするつもりだった真実の人である。  しかしその機能を管制室の部下達は使えなかった。あるいは使わなかった。真実の人は自ら陣頭指揮をとらなかった自分の不覚を悟った。 「武藤まりかとその一党の足取りは、未だ掴めておりません。」 「…。」 「従って、サンダーボルト作戦は不可能となりました。」 「もう…終わりだ。」  不覚の次ぎにくるものは絶望の感情であった。 「この本部に、武藤まりかが侵入しないとも限りません。」 「こうなれば…。」 「は?」  真実の人の額からは汗がしたたり落ちていた。 「こうなれば、あのいまいましいサイキ共を始末するより他に、  我々が生き延びる手は無い…事実、政府レベルでの対決では  ことごとく勝利しておるのだ。」 「しかし真実の人、ムハマドも敗れたのです。  我々には、もうあの三人に対抗する手立てはありません。」 「ある…。」 「真実の人…まさか…。」  フランソワは珍しく戸惑った。 「そうだ、もうこの手しか残っておらん。」 「し、しかし…。」 「どのみち私は解任されるであろう…そうなれば惨めな生活か、  死が待っているのみ…第六研究室を呼び出せ…。」 「真実の人…。」 「全ては私の詰めの甘さが原因なのだ…ケリは自分でつける。」  そう言う真実の人の目には、死の覚悟が宿っていた。 …2 「…。」  オルガは意識を集中していた。全身からは汗が吹きだし、表情には苦痛が浮かんでいる。  彼女の両手の先にはコードが伸びており、その双方の先は別々の部屋につながっていた。 「オルガよ。」  オルガの集中は真実の人の言葉によって遮られた。 「真実の人…意識を集中している最中よ。」 「もう良いのだ。」  そう言うと、真実の人はオルガに歩み寄り、優しい手つきで彼女の手に装着されたコードを抜いた。 「サンダーボルト作戦は中止だ…。」 「え…?」 「ムハマドとコンドルがやられたのだ…ソロモンの柱を撃ち込めん以上、  サンダーボルト作戦を実行しても、効果は薄い…。」  オルガは立ち上がると、両手を前に組んだ。 「武藤まりかとその一党を始末するより他に、もう手は残っていない…  しかし兵力を分散しても、今までの様に各個撃破されるだけだ…  そこでな、この本部に連中を呼び込むことにした。」 「真実の人…それは危険よ。」 「なにがだ?」 「私の能力を持ってしても、彼女達と引き分けるのが精一杯…  あなたの身を守り切れる自信は…。」 「自分の身は自分で守る…。」 「え?」  フランソワと同様の反応を、オルガはした。 「ま、まさか…。」 「そう…私は究極日本人となる…これは総力戦だ。  もうあのサイキ共を過小評価はせん。」 「だめよ真実の人!そうなったらあなたの身体は!」 「二年と生き延びられんだろう…しかしもう決めた事だ!  それに必要な手術はもう受けた…。」 「真実の人…。」  オルガは両眼から涙を流すと、真実の人を抱き締めた。 「素晴らしきオルガ…そなただけだ…  私のことを本当に思ってくれる者は…。」  他人には決して理解できない暖かな感情を、真実の人とオルガは交わした。 …3  代々木、武藤まりかの自宅には、一台のベンツが停車していた。 「ここだな。」 「はい、旦那様…。」  車から降りてきたのは、かなめの父である東堂守孝とその使用人、林である。林はインターホンを押した。 「はーい!」  扉までやってきたのは、まりかの妹のはるみであった。 「だれおじちゃん。」  はるみは大きい目を、更に見開いて守孝達を見上げた。  守孝と林は居間まで案内されていた。まりかの両親である博人と永美は、林から告げられた自分の娘の秘密を聞き、愕然としていた。 「ま、まりかが…。」 「テログループと…。」 「はいこの林も、かなめお嬢様から詳しいことを  聞いているわけでは無いので、はっきりとしたことは  申し上げ難いのですが…。」 「つまりですな、お宅のお子さんが、うちの娘をそそのかしたと  言いたいんですよ!」  自分のエゴを剥き出しにして、守孝はそう問い詰めた。 「ま、まさか…うちのまりかに限って。」  博人はあたりまえの言葉を意識せずに発した 「そう来ると思ったが、そんな言葉にだまされんぞ、  うちのかなめは我が東堂家の跡取り娘なんだ、  自分で勝手にテログループなんぞ相手にする訳がない!」 「…。」  博人は頭に走る、電流の様なものを感じた。 「あんたね! 東堂グループの偉いさんだかなんだか知らんけど、  妙な言い掛かりをつけるのはよしてくれ!  まりかは僕達がまっすぐに育てた娘なんだ。大体何が超能力だ!  あんたも大人だったら馬鹿げたことを言わんで欲しいね!」 「なんだと!? たかが不動産コーディネーターごときが、  この私に盾突く気か!?」 「今は父親同士の話だろ!? はん! あんたを見てると娘さんの  性格も伺えるね! そそのかしたのはあんたの  娘なんじゃないのか!?」 「貴様!」 「もう一人の、あきらって人は?」  間をさす様に、はるみはそう言った。 「そうか…その可能性もあるな…。」  守孝は顎に指を当てた。 「わいの娘は…ひっく、そないなことはせぇへんで。」  そうつぶやいたのは、いつの間にかそこに存在していた労務者風の男であった。 「な、なんだいあんたは!?」  いきなりの来訪者に、博人は動揺した。 「この人お酒くさーい。」 「正直な嬢ちゃんやな…わいは金本丈…あきらの父親や。」 「金本…。」  その固有名詞は守孝にとって、情報と一致する三人目の少女のものであった。 「ああ、あきらは昔っから人を巻き込むんが嫌いやった…  意地んなったらテコでも動かんガキやねん。」 「貴様みたいな労務者の言うことを…誰が信じるか!」  守孝は丈を見下ろしつつ、そうつぶやいた。 「信じんでもかまへんけど…今は親同士で揉めとる場合、  ちゃうんとちゃうんか?」 「揉めておるのでは無い、責任を追求しているのだ!」 「なら、わいは関係ないな…あきらはわいを捨てて東京にきよった…  ヒックゥ…。」 「あ、あんたみたいな親なら捨てられても仕方ないな…。」  博人はそう言った。 「さよか、さよか。ま、そない言われてもしゃーないな…  せやけどな武藤はん。」 「な、なんだ…。」 「超能力の話はほんまや。」 「…。」  博人は丈の言葉を信用していなかった。 「ふん…これやからかたぎは困んねん。」  丈はそうつぶやくと空間へ跳び、博人の背後に出現した。 「な!?」 「娘にも見せてへん、これがわいの唯一の取柄や…  わいの血が流れとるあきらが、こないな能力を持っとったかて、  ちぃとも不思議なことあらへん。」 「な、ななななな、何が起こったのだ!?」  頑迷なる守孝は、目の前で起こった光景が理解できなかった。 「な、納得するしかないが…しかしまりか達が  あのテログループと戦ってるなんて…どう受け止めたらいいんだ…  まりかはもう、殺されているかも知れない!」  博人はそう言うと、頭を抱え込んだ。 「かなめが…かなめが…東堂グループはどうなるのだ!?  あぁ! あんた達の娘とかかわらなければ、  娘はこんな目にあうことはなかったんだ! お前達のせいだぞ!  どう責任を取ってくれるんだ!」  守孝の言葉は、博人の頭に再び電流を流すのに十分すぎた。博人は守孝を殴るために立ち上がろうとした。その時である。 「いいかげんにして下さい! 旦那様!」  守孝を一喝したのは林であった。 「は、林…。」 「今はかなめお嬢様を信用するしかないのです!  あなたも一代で東堂グループを興しになった方でしたら、  もっと胆力を見せて下さい!」 「うう、ああ…。」  守孝はソファに崩れ落ちた。 「あなた…。」  永美は博人に手を取った。 「林さんの言う通り…今はまりか達を信じましょう…。」 「う、うん…。」  博人は妻の提言で、ようやく平静さを取り戻しつつあった。 …4  数日が経過した。まりか達は茨の研究所にいた。 「最近…連中の動きも無いわね。」 「そうやな。あんだけでかい爆撃機が落とされたんや、  しばらく打つ手がないんやろ?」 「それもそうね…。」  あきらの言葉に納得したかなめは、部屋のテレビをつけた。番組は相変わらず真実の徒絡みの報道特集であり、政府当局の対応の遅れが目立った。 「あれ…?」  まりかは、ニュースに注意を向けた。 「臨時ニュースです。本日東堂グループ会長、東堂守孝氏が以下の様な  声明を発表しました。」  テレビにはかなめの父、守孝が映し出されていた。 「お父様…。」 「この度、我が東堂グループは政府各機関に、真実の徒対策の援助金を  寄付することを決定しました。」  守孝の声明は、グループの資本を上げ、政府に資金援助をするという内容であった。 「…。」  かなめは複雑な心境で、画面を見ていた。 「資金援助なんて…かなめさんのお父さんも思い切ったことするなぁ。」  信長のつぶやきに、だがかなめは首を横に振った。 「どうせスタンドプレーよ…あの人が自分に利益の無いことを  するわけ無いわ。」 「素直や無いな…。」 「何よ金本さん。」 「ああやって声明出さんでも、援助の方法はあるやろ?  真実の徒に命狙われる覚悟があっての発表や…。」 「…。」  それに気づいているかなめであったが、今までのわだかまりが彼女の心を固く閉ざしていた。 「え…。」  かなめの心に、言葉が飛び込んできた。 「どうしたの、かなめさん。」 「テレパシー…誰かが…オルガ!?」  かなめの言葉に、まりか達は驚愕した。 「こ、これは!?」  オルガがかなめに送ったヴィジョンは、真実の徒の本部入口のものであった。 『我々はここで待つ…武藤まりかと二人のサイキよ…決着を付けましょう…  ここには真実の人もいるわ。』  その言葉を最後に、テレパシーは途絶えた。 「オルガが…決着をつけましょうって…  真実の徒、本部のヴィジョンを送って来たわ…。」 「罠かも知れないな…。」 「ううん…オルガはそんな事しない…。」 「行くしかあらへんな。最後の決戦や。」  あきらはバットを引き抜くと、それに能力を込めた。 …5  まりか達は決戦に備え、茨から買った装備を整えていた。 「レーザー砲の予備バッテリーも充分と…。」  信長は、カバンに薬やらバッテリーやらを詰め込んでいた。 「まりか。」 「なに? あきらさん。」 「出発は明日でかまへんか。」 「う、うん…どうしたの?」 「ちょっと…行っておきたい所があるんや。」  あきらはそうつぶやくと、部屋から廊下へ出た。 「信長くん。」  まりかは信長の背中を押した。 「まりかちゃん…。」 「一緒に…行ってきなよ。」 「あ、ああ!」  信長は頷くと、あきらを追って、部屋を出た。かなめは意に介せずグローブを拭いていた。 「武藤さん。」 「なぁに?」 「あなたも…今日は家に戻ったら?」 「…。」 「別れが辛くなるのなら、せめて電話ぐらいした方がいいわ…  ご両親も心配しているでしょう…。」 「そうだね…うん。でもかなめさんは?」 「私はいいわ…。」  そう言うかなめに、まりかはそれ以上声をかけることは出来なかった。 「あきらさん!」  信長は廊下を歩くあきらを呼び止めた。 「なんや…信長かいな。」 「渋谷に跳ぶんだろ? 僕も連れて行ってくれよ。」 「あかんゆうても…ついてきそうやな。」 「まだ街は安全じゃない…ボディーガードが必要だ。」 「あほ…それはうちの台詞や。」  あきらは信長の手を取ると、渋谷のガレージ跡に跳んだ。 「…。」  ガレージの中は、化け物となった朴を倒した当時から大した変化を見せていなかった。  あきらはその中を歩き始めた。信長は入口で立ち止まると、あきらの後ろ姿を見ていた。 「みんな…明日、仇がうてるねん…。」  あきらはマモルの部屋へと入った。 「明日で…全てがしまいや…。」  背後から、信長がやってきた。 「信長…。」 「ここがあきらさんのこれまでだったんだよね…。」  信長はマモルの部屋を見渡した。中にはジャンクパーツで組み立てられたパソコンがあり、信長は苦笑いを浮かべてしまった。 「ああ、そうや…。」 「これからは…どうなんだろう。」 「…わからへん。」 「戦いは…多分明日で終わる…あきらさんはどうするんだ?」 「旅に…出るのもええな。」  これまでにない穏やかな口調で、あきらはそうつぶやいた。 「まりかやかなめは帰る家があるきに…でもうちには何もあらへん。  一人ぼっちや。」  信長は拳に力を込めた。 「僕は…どうしよう。僕にも帰る家は無い…。」 「自分で決めたらええ…。」 「あきらさん…。」 「うちはズッとそうしてきた…自分もそうしたらええんや…。」  そう言われた信長は、自分の決心を固めた。しかし、彼があきらにそれを告げることは出来なかった。  まりかは、茨の部屋を訪れた。 「おお、何の用かな?」 「久美子さんに聞いたら…電話、ここにしか無いって。」 「家にかけるんじゃな。」 「はい。」  茨は書類の海から電話機を発見すると、受話器をまりかに手渡した。まりかは、自宅に電話をした。 「はい! 武藤です。」 「あ、はるみ?」 「おねーちゃん!」 「うん…ね、母さんか父さん…いる?」 「うん! パパは仕事だけど、ママならいるよ!」 「かわって。」 「いいけど…まりか姉、いまどこにいるの?」 「ん…。」  妹の素朴な疑問に、だがまりかは返事を出来ないでいた。 「ま、いいや。ママとかわるね!」 「ありがとう、はるみ。」 「あと…賢治の番組、ビデオで取ろうと思ったんだけどね、  全部潰れちゃってるの!」 「あぁ…特番ばっかりだもんね。」 「じゃ、かわるね!」  電話には、はるみにかわって母の永美が出た。 「まりか…。」  母の声は、まりかの予想に反しておだやかなものであった。 「母さん…。」 「いま、どこにいるの…。」 「うん…安心して、私いま、東京で一番安全な場所にいるわ。」  それは事実である。 「そう…ね、まりか。」 「母さん。」  まりかは、母の言葉を遮った。 「明後日には…きっと家に帰れる…だから安心して。」 「まりか…。」 「絶対に帰るから…約束する。」 「…わかったわまりか。母さんは何も聞かない。」 「あ…ありがとう。信じてくれるのね!」 「娘を信じない母親なんていませんよ…まりか、気をつけてね。」 「うん。」 「まりかが大好きなシチューを作って…待ってるから。」 「うん…うん。」  その声は涙声になっていた。まりかは電話を切ると、受話器から手を離した。 「武藤くん…。」 「は、はい。」 「今のはお母さんか?」 「ええ…。」 「そうか…きっとセッちゃんや君の様に、  美しい人なんだろうなぁ…。」 「これが終わったら…。」 「え?」  まりか涙を拭うと笑顔になった。 「私の家に招待します…久美子さんも、リキさんも。  母のシチューを食べに来て下さい。」 「武藤くん…。」  茨はまりかの強さと優しさを同時に見た様な気がした。 …6  翌日、まりか達は茨の部屋にやってきていた。 「くれぐれも気をつけるんじゃ…あいつは用心深い男じゃ…  何か罠があるかも知れん…。」 「心配なら無用、うちらこれまでぎょうさん危険な橋、  渡っとるんや。」 「博士の作って下さった道具…必ず役に立ててみせます。」  あきらとかなめの言葉に、茨は目を細めた。 「ねーねー信長くん。」  まりかは小声で信長につぶやいた。 「なんだい、まりかちゃん。」 「実際、あきらさんとはどこまでいったのよ。」 「な、何を言い出すんだ急に! 別に、なんにもなってないよ…。」 「ふぅん…つまんないの。」 「僕が結論を出さないと…これが終わったら、僕は生まれ変わるんだ…  そしたら…。」  あきらは全員の手を取った。 「跳ぶで…。」 「みんな…気をつけて。」  久美子の言葉に、まりかは頷いて応えた。あきらは意識を集中すると、かなめのヴィジョンを受け入れ、その場所に跳んだ。  まりか達が出現したのは、建設中のレジャー施設の入口であった。 「あぁ! ここって鹿妻新島じゃないか!」  辺りの風景を見て、信長はそう叫んだ。 「鹿妻新島って…十五年前に海底火山の噴火であらわれた?」 「うちは知らへんで。」 「こんな所に本拠地があったんだ…確かにここなら住民も殆どいないし…  考えたなぁ…。」 「どーも納得いかへん。」 「どうして?」  あきらの疑念を、まりかは理解できなかった。 「茨は海外のスポンサー言うてたけど、  ちょっとぶっとび過ぎとらへんか?」 「簡単よ…。」 「なんや?」  かなめは両手を組むと、自分の意見を語り出した。 「政府の中にも真実の徒とつながっている連中がいるのよ…  日本って私達が思っているより遥かに、外の国から狙われているし、  内通者も多いってこと…でも今はそんなこと議論している場合じゃ無いわ…  あそこ。」  かなめが指さした先には、地下へと通じる巨大な扉があった。 「きっとあれが本部に通じる扉よ…。」 「…。」  まりか達はその扉へと歩を進めた。 「つぁ!」  まりかは空気圧縮爆弾で扉を破壊した。すると彼女達の背後に、巨大な立体映像が浮かび上がった。真実の人である。 「よく来たな! 真実に背を向ける破滅のサイキ共よ!  私は真実の人!」 「出たなぁ…。」  あきらはバットに能力を込めた。 「この最下層で貴様達を待っているぞ! 力と力の勝負だ…。」 「望むところよ…。」  そうつぶやくと、まりかは扉の中を見た。そこには数十名の工作員、獣人、リバイバードッグ、装甲アサシンが待ちかまえていた。 「あきらさん、かなめさん、突破するわ! 信長くんは援護を!」 「ああ!」 「わかったわ!」 「これで最後だ!」  まりか達と真実の徒は激突した。誰も知らない地下で、これまで以上の激闘が開始された。  まりか達の能力と真実の徒の総力は互いにぶつかり合い、激しさは階層を下るほど増して行った。 「こ、こいつら死にもの狂いや…。」 「こういう敵はあなどれないわ…。」  あきらとかなめは、敵の質量に弱気を見せていた。それは援護をする信長にしても同様である。 「次は不定形タイプとリバイバーの混成部隊!  かなめさんは不定形を、私はリバイバーを引き受けるから、あきらさん!  回復よろしく!」 「あ、ああ…。」 「わ、わかったわ。」  しかしまりかの戦意は衰えること無く、むしろ研ぎ澄まされていた。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは意識を集中すると、火炎と冷気の両方の攻撃を同時に繰り出した。ある獣人は業火に焼かれ、ある装甲アサシンは冷気に凍った。 「つぎ!」  叫ぶまりかの姿からは、大量の殺気が放出されていた。  地下四階。まりか達は研究施設にたどり着いた。 「ここは…。」  そこでまりか達が見た光景は、まさにこの世の地獄であった。  宙吊りにされた犬や猛獣の上半身、ベッドには切り刻まれた人間の肉塊が横たわり、床には臓物がぶちまけられていた。 「これは…真実の徒が獣人を作るための…研究室ね…。」 「この世の地獄や…。」  実際信長などは、吐き気を堪えるのが精一杯であった。まりか達はその部屋を後にすると、廊下に出た。 「う…。」  まりかは身構えた。彼女の視線の先には、刀を持ったオルガが静かにたたずんでいた。 「武藤まりか…あなたは取りかえしのつかない事をしているのよ…。」 「どうしても邪魔するんなら…!」  まりかはリボンを引き抜くと、それに能力を込めた。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「く!」  まりかとオルガは廊下で激突をした。まりかに続き、あきらとかなめもオルガに攻撃を仕掛けた。  戦闘は、銚子でのそれを遥かに上回る能力のぶつかり合いを見せた。 「外国の人がどう思おうと…今までの私たちの生活を!」  まりかはリボンをオルガの胸にうちつけた。 「否定なんてさせない! この国の責任は、私達がとっていけば  いいんだから!」 「それには導くきっかけが必要なの…でもあなた達はそれを拒んだ!」 「そないな屁理屈!」  あきらはテレポーションバスターを仕掛けた。しかしオルガはそれを瞬間移動で回避した。 「内戦で孤児になった私は十歳のとき賢人同盟に拾われ、  三年前にこの支部の担当となった…。」  オルガは刀に能力を込めた。 「五星会議の一人に選ばれても…  子供だった私は、ただ任務を遂行するだけの、  人の心を持たない人間だった…。」  刀に込めた能力を、オルガは放出した。まりかとかなめは力を合わせることで、より強力なPKバリアーを張り巡らせた。 「しかしあの人…真実の人と出会うことで、私は変わった!  真実の人は私に人として生きる価値を教えてくれた!  それをあなた達は!」  オルガはまりか達との間合いを詰めると、空間にひずみを作り出した。 「な!?」  まりかはそのひずみから逃れた。ひずみは壁に達すると、それをごっそりと削り取った。 「真実の人を思う気持ちが私の能力を膨らませる…。」  オルガの能力は、今までのそれを凌駕していた。 「なら私と一緒だ…。」  まりかはリボンに能力を込めた。 「私も自分の世界が好き…決して誰にも壊させはしない…  私とあなたは同じ…どっちが悪いとかじゃない!」  まりかとオルガは互いの獲物で激突した。 「まりか! お前だけやあらへん!」 「そうよ!」  あきらとかなめはオルガの両脇にまわると、能力をぶつけた。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  オルガの全身はまりか達の能力に包まれた。服は引き裂かれ、その刀は折れた。 「う、うっく…。」  オルガはその場に崩れ落ちた。 「わ、私には仲間はいなかった…私は…。」  戦闘力を奪われたオルガは、発する言葉も苦しそうであった。 「あなたと…。」  オルガはもう、語ることも聞くこともできなかった。しかしその身体は泡になることなく、ただ意識を失っている様にも見えた。 「まりか…行くで。」 「う、うん…。」  まりか達四人は最下層、地下五階を目指した。 「なに…? この部屋は…?」  それは、真実の人の自室であった。 「真実の人の部屋だよ…ここは。」  まりか達は、部屋の中を探索した。すると、棚の中に一冊の本が入っていた。 「なんやこれ。」  あきらは本を開いた。それは真実の人の日記であった。 「一千九百七十六年、三月七日…会社をクビになった。  俺があまりにこだわり過ぎたせいだろうか…  全ては自分に非がある。」 「四月十日。面接を受けたが落ちた。面接官に、君は面接以前の  問題である…と言われた。確かにそうかも知れない。」  日記には、真実の人がスポンサーである賢人同盟に拾われるまでの過程が克明に記されていた。  会社との折り合いの悪さ。作家を志すが断念。出版社を襲撃するが、警察に逮捕。出所後、浮浪者になる。  ページの最初の方は、反省に満ちていた内容も、逮捕を境に社会への恨み言と変化していく様子が、まりかにもよく理解できた。  日記の最後の頁には、真実の人の本名が記されていた。 「真崎…実…真実の人は日本人だったんだ…。」 「みたいやな…。」 「まりかちゃん!」  部屋の中を捜索していた信長が、まりかを呼んだ。 「なに?」 「これ…。」  信長が指さしたのは、真実の徒の旗であった。彼はそれをめくった。 「扉…。」  旗で隠す様に、その扉は存在した。まりかはそれを能力で破った。 「下へ続く階段がある…みんな、行きましょう。」  まりか達は階段を下って行った。その突き当たりには「第六研究室」と書かれた扉があった。まりかはその扉を破壊した。 「…。」 …7  部屋の中は研究室と言うにはあまりに広い、ホール状の建築構造になっていた。 「よく来たな…。」  その真実の人の声と同時に、部屋に灯りがともった。部屋の奥、ステージ状になっている場所に、スーツ姿の男がいた。 「真実の人…!」 「そうだ。真実を追求し、ついには真実そのものとなった者…  それが私、真実の人だ…。」 「逃げへんとは…さすがに親玉やな!」 「能力を持たないあなたが…おろかね。」  あきらとかなめの言葉にも、真実の人は動じなかった。 「銚子の温泉宿で…あのとき仕掛けておけば、  こんな事態にはならなかった…全ては俺のミスだ…  ふふ…こんなに自分を責めたのは、何十年ぶりかな…。」 「無防備だろうが…僕達はあんたを許さないぞ!」 「少年…。」 「う。」  真実の人の一言で、信長は身体が硬直しそうになった。 「非日常とは楽しいだろう…巻き込まれる事で、  君はエキサイティングな非日常を送ることができた。」 「ふざけるな! 父さんと母さんを殺しておいて!  こんな状況、楽しい訳無いだろ!」  信長はそう叫ぶと、レーザー砲を担ぎ、それを発射した。 「やった!」  レーザーは、真実の人の右腕を切断した。しかし真実の人は動じることも無かった。 「な、なに…?」 「平凡な人生など、つまらないものだ…  終わらない日常より、限りある非日常…私はそれを選んだ…  その結果がこれだ!」  真実の人の切断された肩から、泡が吹き出した。それはある程度すると固まり、手の形を形成した。 「私は日本人だ…私はこの国の日常というやつが許せんのだ…  全て灰になってしまえばいい!」  真実の人の身体が全体的にふくれ上がった。手足は伸び、指先は鈎爪の様に変化した。  身長は三メートルをこえ、服は敗れ、筋肉は鋼鉄のような鈍い光を発し、鎧となった。真実の人の真実の人である部分は、その平凡な顔のみとなっていた。 「う、うぁ…。」  まりか達は真実の人の姿に恐怖した。それはまさしく彼女達が容易に想像する「悪魔」の姿であったからだ。 「ふははははははははははは!  サイキの能力には我々の科学力で対抗する! これが私の真実の姿!  究極日本人だ!」  おぞましい笑い声を真実の人は発した。それは部屋全体に鳴り響き、まりか達の鼓膜と足の裏を振動させた。  まりか達はこれまでそうしてきた様に、それぞれの獲物に能力を込めた。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかが先陣を切り、戦いは開始された。怪物となった真実の人はその力を思う存分ふるった。 「へたれがぁ!」  あきらはバットで足元に攻撃しようとしたが、真実の人の長い爪先に、背中を裂かれた。 「うぁ!」 「そんな能力しか無いのか!?  それでは真実を越えることなぞ出来ん!」  真実の人は、口から強酸の唾液をかなめ目がけて吐いた。  なんとかジャンプしてそれを避けたかなめであったが、その地点には真実の人の爪が待ちかまえていた。 「きゃあ!」  かなめは胸を引き裂かれ、床に叩き付けられた。 「かなめさん!」 「う、うぅっく…なんて…力なの…。」 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは空気圧縮爆弾を、真実の人の胴体に撃ち込んだ。 「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  腹から血を吹きだし、真実の人は苦悶の叫びを上げた。 「まだだ…まだやれる!」  まりかの戦意は、純粋なる高まりを見せつつあった。 …8  究極日本人と化した真実の人に、まりか達は苦戦を強いられた。しかし、戦いのキャリアが三人のサイキ達に勝機を見いだしていた。 「はぁはぁはぁはぁ…。」 「真実の人の攻撃…全部読めたで…。」 「ええ…。」  まりか達は一様に疲弊していた。しかし日常を取り戻そうとする気持ちが、彼女達の戦意を支えていた。 「ま、まだやれると言うのか…。」  疲弊は、真実の人にしても同様である。しかし彼の日常を破壊したいという欲求が、身体を持ちこたえさせていた。 「まりか…。」  あきらはまりかの手を握り締めた。 「?」 「空気圧縮爆弾をうちの前に作れるか…? それも特大の奴を。」 「やってみる!」  まりかは目前の空気を練ると、それを掌中で圧縮させた。空気中の元素は縮対を始めた。 「かなめ、何とかあの…霞命砕を成功させられへんか?」 「やるしか無いでしょ…。」  かなめはそうつぶやくと、あきらの手を握った。かなめは空間に跳ぶと、真実の人の頭上に出現した。 「くぁ!」  真実の人は両手をかなめ目がけて振り上げた。  爪の斬撃は、確かにかなめの両腕を切り裂いたが、彼女はかまわず真実の人の額に能力を込めたグローブを打ちつけた。 「ぐぅ!」  その集中力を、真実の人は一瞬奪われた。あきらはそれを認めると、縮対元素を真実の人の腹部にテレポートさせた。 「何!?」  真実の人は、空気圧縮爆弾の直撃を食らった。腹部は裂け、大量の血液が床にこぼれ落ちた。 「これで…最後だよ…。」  そのまりかのつぶやきと同時に、彼女の両手から火炎と冷気が発生した。それは真実の人を取り囲んだ。 「私が敗れると言うのか!? 認めんぞ!」  真実の人はそう叫ぶと、爪を振った。それは信長のバッグに命中し、中に入っていた医薬品は全て粉々となった。 「まだあがく!?」  まりかは火炎と冷気を更に強めた。 「その能力が、その能力が!」  真実の人の背中からワイヤーが伸び、それはまりか達の腕に巻き付いた。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりか達は自分の能力が吸い取られていくのを感じた。しかしその行為は、真実の人の肉体に過大な負担を強いた。 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  真実の人の身体は四散した。 「や、やったのか…。」  既に傷ついていた信長は、水蒸気に満ちた室内で真実の人の姿を見つけようとした。煙はやがて晴れ、床にはまりか達と、倒れている裸の真実の人の姿があった。 「はぁはぁはぁはぁ…。」 「ぜぇぜぇ…。」 「お、終わったのね…。」  真実の人は肥大化する前の体格に戻っていた。身体中は血塗れになっており、その戦闘力はほぼ奪われていた。 「く、くぅ…。」  真実の人の右腕には、拳銃が握られていた。 「武藤さん…こいつ、まだやる気よ…。」 「とどめを刺すか…?こいつ、泡にはならん様や。」  戦いは終わった。しかし、真実の人の意地は戦闘の継続をさせようとしていた。 「こ、こんなことで…私は…。」 「この人はもう戦えない…私には…もうこれ以上できない…。」  まりかの言葉を聞いたためか、真実の人の意識は失われた。まりかはリボンをしまうと大きく一息ついた。  あきらもかなめも信長も、まりかの判断に逆らうことは無かった。 …8  かなりの時が流れた様にまりかは感じた。実際の時間としては一分程度の静寂であったのだが、それは信長の言葉によって破られた。 「戦いは終わったんだ…さぁ、帰ろう。」 「そ、そうね…。」  かなめは自分の身体がそうとう痛めつけられていることを実感していた。 「せやけど全員でテレポる体力はあらへんで…  うちも限界や、休まへんと、能力が回復せぇへん。」 「うん…薬も道具も、さっきの戦いで粉々にされちゃったし…  ならこの基地で休んでいこうよ。医療施設だってあるんだ。」 「そうやな…。」  まりか達は階段を昇って行くと、真実の人の部屋へと戻った。その瞬間、施設全体が大きく振動した。 「え…?」  外の廊下から足音がした。そしてそれが止まると部屋の扉がゆっくりと開いた。 「私はフランソワ…真実の人の秘書を務めている…。」  フランソワの背後には、数十名の親衛隊の姿があった。 「ま、まだ敵がいたんかいな…。」 「真実の徒はもうおしまい…だけどあなた達も道づれにしていく…  残った最後のソドムの柱…その起爆装置をセットしたわ。  この施設はあと十分で爆発する…。」  フランソワはそう言うと、廊下に戻った。 「な…。」  あきらは残り少ない能力の備蓄残量を確認した。 『跳べて…二人が限界か…。』  あきらもかなめも信長も、そしてまりかも、もう戦う力は残っていなかった。  あきらとかなめは互いに視線を交わし、ある事実を確認し合った。  自分達の日常感の代表であったまりかと信長。  しかしこの最後の戦いでまりかは敵に対する冷酷さを身につけ、信長は真実の人との対話で闘う理由を明確化させた。  もし真実の人の主張が正しいのであれば、それを正しく実践するのはこの二人である。  認識は覚悟となって、二人のサイキの間を鋭く流れた。 「まりか…。」 「ええ、爆弾を取り除くのね!」 「いや…そんな余裕はあらへん。うちが最後の能力を使う。  まりか、お前だけでも東京に戻るんや。」 「え…?」  まりかはあきらの言葉に耳を疑った。 「金本さんの言葉に従いなさい…あなたには、帰る家がある…。」 「かなめさん…。」 「辛いこともあったけど…楽しかったわ…。」  かなめは腹部を押さえていた。そこは鮮血で真っ赤に染まっており、事実彼女の言葉は途切れ途切れであった。 「さぁかかってらっしゃい!  この東堂かなめ、簡単には死なないわよ!」  かなめはそう叫ぶと、最後の力を振り絞り、廊下に待ちかまえる親衛隊達に向かって走って行った。 「かなめさん!」  まりかはかなめを援護しようとしたが、背後から信長に手を掴まれた。 「!?」 「かなめさんは時間を稼いでくれてるんだ!」 「だ、だけど…。」 「僕も…。」  信長はレーザー砲のバッテリーを確認した。あきらは立ち上がると、まりかと信長の肩に手を触れた。 「あきらさん…。」  信長はある事実を認識した。 「お前も…逃げるんや…うちの能力は二人分しか跳ばすことができへん。」 「お、おい…。」 「生きるんや…うちや、かなめの分まで…。」  あきらは意識を集中すると、まりかと信長を空間に跳ばした。 「かなめ! 手伝うで!」  あきらはバットを手にすると、戦場へと走った。 「金本さん…あなたにしては、いい判断だったわね。」 「はん! 最後まで憎まれ口かいな!」  あきらとかなめに、サイキとしての力はもう残っていなかった。  二人にとってそれは悲しい現実であったが、敵との戦いが終わろうとしている今、これ以上生き続けまりかと信長という希望を巻き込むにはためらいがあり、秤にかける気にもなれなかった。  数分後、ソドムの柱は爆発した。あきらとかなめは廊下で、フランソワはロナルドの部屋でそれを感じていた。しかし施設内にオルガの姿は無かった。  二人のサイキと真実の徒の残存兵力とともに、鹿妻新島は爆発し、海底へと沈んで行った。  まりかと信長はあきらの最後の能力によって、茨の研究所に跳ばされていた。 「こ、ここは…。」 「茨博士の…。」  まりかの目の前には、茨と久美子がいた。 「お帰り…。」 「今テレビでやっておった…鹿妻新島は水没したそうじゃな…  よくやってくれた。」 「…金本さんと東堂さんは…?」  しかしまりかは、久美子のその質問に答えることができなかった。 「武藤さん…。」  久美子と茨は、そのまりかの表情から全てを察した。 …9  次の日、まりかと信長は研究所のガレージにいた。 「茨さん、久美子さん。ほとぼりが覚めたら、  きっと家に招待しますね。」 「セッちゃんの娘さんの手料理か…楽しみじゃのう。」 「ええ、博士。」  リキは無言で頷いた。 「皆さんはこれからどうするんですか?」  信長の質問に、茨は数瞬の間を置いて答えた。 「賢人同盟はいずれまた、この国を狙ってくる…  いつになるかはわからんが、俺達はその時に備えて研究を  続けていくつもりじゃ。」 「私達は表の世界には出られないから…。」  久美子は苦笑いを浮かべてそうつぶやいた。 「ね、そう言う信長くんはどーすんのよ。」 「僕かい?」 「ん。」  信長はまりかに背中を向けると、カバンのかけ紐を握りしめた。 「旅にでも出るよ…自分で決めたんだ。  しばらくこの国から離れてみようと思う…。」 「そっか…。」 「真実の人が言っていることの全てが間違いじゃないと思うんだ…  僕は外から、それを確かめてみたい。」 「電話…ちょうだいね。」 「手紙を書くよ…。」  まりかと信長は握手をすると、それぞれ別の方角へ向かって歩き始めた。  その頃、永美は自宅でシチューを作っていた。 「おや。」  仕事から帰ってきた博人は、テーブルに置いてあるボールが四つであることに気づいた。 「永美…ボールが四つあるけど…。」 「まりかが帰ってくるんです。」 「え…?」  永美は静かにシチューを煮込んでいた。 「私…わかるんです。電話があったからじゃ無い…  まりかは今日、きっと帰ってきます。」  そう言うと、永美は玄関の方に振り向いた。博人とはるみもそれにならった。  戦いは終わった。 [三十三・戦いは続く] …1  真実の人は追い詰められていた。彼の武器はドイツ製の自動拳銃が一丁、部下も側近もいなかった。  そこは代々木にある使われていない製薬工場の跡地、まりかが始めて能力に目覚めた場所である。  その回りには、警察を始め報道関係の車が数十台取り囲んでいた。  真実の人は生きていた。施設の爆発からどうやってこの場所までこれたのかは不明である。 「く、くぅ…もはやこれまでか…。」 「真崎実! 君は完全に包囲されている。おとなしく投降せよ!」  公僕の声がメガフォンにより拡声され、真実の人の鼓膜を振動させた。 「真実の人がぶざまに捕まる訳が無かろう…そんな姿、私は認めんぞ!」 「こらー! 人で無し!」 「人の皮を被った悪魔!」 「出てきやがれ!」  その野次は、住民からのものであった。 「真実を解せん黄色いブタ共め…貴様らに私を罵倒する権利は無い!  それができるのは!」  真実の人は自分のこめかみに銃口を当てた。 「私と武藤まりかをおいて他にはおらん!」  引き金を引いた真実の人であったが、その直前、彼の手から拳銃は奪われていた。彼の背後には、十代の少年が出現していた。 「な、なななんと!?」  真実の人は背後を振り返った。その少年は少女の様に美しい容姿をしており、手には真実の人の拳銃が握られていた。 「お、お前は…。」 「私は真実の人…。」 「あ、え?」  自分以外の人間がその名を名乗るのに、彼はあまりなれていなかった。 「賢人同盟に選ばれた、三代目の真実の人だ…  真崎、お前の役目は終わった。」 「だまらっしゃい! 真実の人は私だ!」 「いいや…今のお前はただの黄色いブタだ。陰謀も実行も…  私が引き継いでやる…安心して地獄に落ちるんだな。」  少年は引き金を引いた。真実の人と名乗っていた日本人は、その命を永遠に絶たれた。 「戦いは終わらん…それが真実だ。」  拳銃を置くと、少年は空間から姿を消した。  新たな戦いが始まる。 超能力少女まりか[完] 一千九百九十五年十月二十八日脱稿