[三十・αの暴徒] …1  まりか達は、パソコン通信で拾った情報、 「謎の怪音波がある時間、ある地域に決って五分感程流される。また、それを聞いた人間は凶暴化する。」  を調査するべく、渋谷にやってきていた。 「情報だと、この地区の午後三時ちょうどに、怪音波が流れるそうなんだ。」 「ふうん。」  まりかはハチ公像を見上げつつ、それらしいスピーカーを探した。 「確かにここ数週間で、この地区の犯罪発生率が上がっている…  それも三時過ぎにだ。」  調べ上げた情報を信長はまりか達に説明した。 「せやけどポリも調べてるんやろ?」 「うん、スピーカーを見つけては撤去しているみたいなんだけど…  いたちごっこになってる見たいだね。」 「真実の徒も、御苦労さんやな、ほんま。」 「無駄が多い上に消極的な作戦ね。」  かなめの論評は的を射たものであった。 「テストをしているのかも知れない…。」  信長はそんな事をぼそりとつぶやいた。 「こうして普通にしている人達が、ある時を境に真実の徒の言いなりになる…  考えただけでぞっとするよ。」 「でも真実の世界は密室で聞かないと効力は発揮しないわ。  現に三時過ぎに凶暴化する人間も限られているのよ。」  敵の窮状を感じていたかなめにとって、真実の徒の作戦から脅威を覚えることはできなかった。 「そうだね。だからより効果の高い方法を  実験しているんじゃないのかなぁ。」 「今回は、これが必要になるね。」 「なんやそれ?」  懐からまりかが取り出したのは、小型のイヤホンであった。 「久美子さんに武器の材料を渡したときに買ったんだ。  α波をカットできるんですって。」 「茨のおやじも次から次へと、ほんまけったいな物つくりよるなぁ。」  まりかは、あきら達にイヤホンを手渡した。結局、時間もまだ一時であるため、まりか達は「フルメタルカフェ」に立ち寄った。 「やぁまりかちゃん。」 「こんにちはマスター。」  まりかは、マスターから今回の一件に関わる話を聞いた。 「確かに三時から、変な音波が流れてるよ。  うん、つよし君が聞いてたCDと似た曲だったなぁ。」 「やっぱり…。」 「警察がうちにも事情を聞きに来たよ。だけどいくらスピーカーを撤去しても、  次の朝には新しいのが取り付けられているんだって。」 「なら張り込めばいいんや。」 「そうもいかないらしいよ。東京じゃもっと深刻なテロ騒ぎが  あちこちで起こってるんだ。事件のレベルが低いからね。  本腰にはなれないんだろ?」  時間は三時となった。問題のハチ公前広場では、数十名の機動隊員がスピーカーの撤去作業に取り掛かっていた。 「これじゃ、音もならせないね。」 「そうね…。」  まりか達は、機動隊の作業をのどかな気分で観察していた。その時である。一台のライトバンが、駅前の交差点でストップした。 「なんや? 選挙の演説かいな?」  ライトバンのサンルーフが開き、中からスピーカーが現れた。するとちそこから大音量の真実の世界が流れ、機動隊の注意が向いた。 「その手があったわ!」  かなめの叫びに呼応するがごとく、機動隊員がライトバンを取り囲んだ。しかし、一人の隊員が仲間に発砲した。 「え!?」  凶行に出たのは一人ではなかった。数名の隊員が錯乱状態となり、交差点で銃撃戦が始まった。 「ふはははは!」  声と同時に真実の人の姿が浮かび上がった。立体映像である。 「国民諸君! 私が作曲した真実の世界ボリューム3はどうかね!?  より君達の本性が露呈される様に、改良を重ねた自信作だ!  このメロディーに身も心も任せ、自己を解放するのだ!」  錯乱を始めたのは機動隊員だけではなかった。  戒厳令のため数こそ少なかったが、道行く人々の大半も、真実の世界の効果により凶暴化を始め、辺りでは殴り合いの喧嘩が始まっていた。 「まりか!」 「ええ!」  意識を集中すると、まりかは空気圧縮爆弾をライトバンに撃ち込んだ。バンは粉々に爆発したが、事態は鎮静化を見せなかった。渋谷駅前は暴動の中心地と化した。 「武藤さん、こうなってしまっては私達に手の打ち様もないわ、  一旦退却しましょう!」 「う、うん…。」  まりかはためらいつつも、かなめの指示に従った。 …2  まりか達は、新宿に出現した。 「これではっきりしたわ…あいつらの狙いは強化された真実の世界で  暴動を起こすこと…その隙にクーデターでも起こすんでしょうけど、  だとすればいずれ東京各地にあのライトバンが出現するわ。」 「そんなことになったら…。」  かなめの意見は、まりかにある種の恐怖を抱かせた。 「東京は大変なことになるわね。もとが民間人だけに、  私たちも攻撃できないし…。」 「どうしたらええんや。」 「ライトバンがどこから発車しているのかを突き止められれば…  結局元になっている支部なり、作戦の指揮者なりをどうにかすればね…。」 「手間はかかるがしゃーないな…で、どないして突き止めるんや?  連中のことや、手がかりなんて大してあらへんやろ。」 「そう…そこが問題なのよね。」  議論は煮詰まってしまった。信長はそれを横目にラップトップパソコンを操作した。 「ネットにもいい情報は転がってないね…  今回ばっかりはお手上げじゃないのかなぁ。」 「…。」  このままでは東京全土で暴動が起こる。予測は容易であったが、その手がかりを掴むのは困難を極めた。  まりか達は思い当たるポイントをしらみ潰しに捜索したが、努力は徒労に終わった。 「だめや! ここにも手がかりはあらへん!」   あきらの足元には、工作員であった泡が広がっていた。 「僕たちがこうしている間にも、  あいつらの作戦は進んでいるんだろうなぁ…。」  まりか達は焦っていた。そしてその姿を隠しカメラから見つめる者がいた。真実の徒、ロネットである。 「あは…焦ってる、焦ってる…だけど無駄だよ、  あたしはハーミオン達と違って慎重なんだ…  簡単に尻尾は掴めないよ。」  ロネットは十二歳の子供である。しかしその統率力と判断力はハーミオン、ガリーナを上回っていた。  彼女はアジトの駐車場に向かうと、スピーカーの装備されている十三台ライトバンを見上げた。 「ドグラ、マグラ。」 「ロネット様…なんでございましょうかぁ…。」  ライトバンの影から、ドグラとマグラと呼ばれる二人の男が姿を現した。二人とも背の低い小人であり、頭髪の一切無い頭部は異様に盛り上がっていた。 「αプラスの日作戦の決行を明日にするよ。  車の準備、しっかりしておいてよね。」 「グフュフュ…お任せ下されロネット様。」 「全車両の最終整備も終わっております…。」 「そうなんだ。なら二人には別の仕事をしてもらおうかしら。」  ロネットの言葉には、作戦を指揮する者の緊張感は皆無であった。 「グヒュヒュ…なんなりとお申しつけ下され…。」 「我ら兄弟はロネット様の忠実なる下僕…  命じられればどのような仕事でもこなしてみせ  ましょう…。」 「武藤まりかとその一党が、あたしの計画に勘づいたみたい…  あんた達二人でうまく撹乱してちょうだい。」 「グフュフュ…。」  言葉にならない態度は、同意の現れであった。 「明日の三時まで、あいつらの動きを封じて欲しいの。  どこでもいいわ、適当な場所に釘づけにしておいて。」 「ロネット様ぁ。」 「なに?」 「僕達でやっつけられそうなら、やっちゃってもいいんですかぁ?」 「無理だろーけどいいよ。動きさえ止められるんなら、  好きにしていいよ。」 「グヒュヒュ!」  二人の小人は手を取り合って喜んだ。 「だけど武藤まりかと金本あきらの命は奪わないでね。」 「グヒョ?」  ドグラは、ロネットの言葉に首をかしげた。 「あの二人は兄さんの仇なんだ…とどめはあたしが刺す!」  そう言うロネットの顔には、憎悪がにじみ出ていた。 「ごほうびはいつもの倍にはずむから…絶対足止めするんだよ。」 「倍! グヒョヒョヒョ!」  ドグラとマグラは再び喜びをわかち合った。 「作戦は必ず成功させる…真実の人、成功をお祈り下さい…。」 …3  翌日、まりか達は西日暮里の真実の徒施設跡に来ていた。 「ここはもう、完全に警察の手が入っているのね…。」  施設の扉は閉鎖されており、まりか達は地下鉄線路から施設の中に入ることが出来なかった。 「グヒョ、グヒョヒョ…。」  その声は、まりか達の背後からした。 「真実の徒だな…。」  信長は光線砲をカバンから取り出した。声の主、ドグラとマグラはまりか達の前方十メートル程の位置にたたずんでいた。 「チビっこいやっちゃな。」 「真実の徒の人材ももう底が見えたってことかしら…。」  あきらとかなめは、ひ弱そうなドグラとマグラから、何の威圧感も殺気も得られなかった。 「グヒョヒョヒョ…倍のごほうびが待ってるんだ…  僕達兄弟、必死だぞぉ…。」 「それにしても可愛い女の子達だなぁ…フヒャヒャヒャ…。」 「…。」  まりか達はそれぞれの獲物を取り出すと、それに能力を込めた。 「あんた達なんかに時間を潰している余裕はないの…  暴動作戦のこと、教えてくれるんだったら命までは取らないわ。」  そう言うまりかにしても、この双子の小人の戦闘力を過小評価していた。 「暴動…? ド、ドグラ…。」 「αプラスの日作戦の事を言ってるんだ…。」  二人のやりとりは、まりかにある確信を抱かせた。 『この二人…あの作戦に関わってるんだ。』  まりかはかなめの手を取った。 『かなめさん、あの二人の心を読むことってできるかしら?』 『できるけど…具体的な情報は引き出せないわよ。』 『そっか…。』 『…私にいい考えがあるわ。』  かなめは進み出ると、ドグラの肩に手を当てた。 「ビョビョ…なんだ?」  懐に手をやると、かなめは東京の鉄道路線図を取りだし、それをドグラの視界に入れた。ドグラの視線は一瞬動き、再びかなめに戻った。 「そう…。」  かなめは納得の表情を浮かべると、ドグラから離れた。 「かなめ…何のつもりや?」 「あなた達! αプラスの日作戦のアジトは、錦糸町ね!」 「グギョ!?」 「な、なぜそれを…!?」  正直者の兄弟は、自分達の真意を隠すことができなかった。 「な、なんだ…?」  信長にしても、なぜかなめがアジトの場所を聞き出せたか理解できなかった。 「具体的な情報を引き出そうとすると、こいつら泡になるでしょ…  でもきっかけを与えて反応するキーワードを探すだけだったら…  なんの問題も無いわ。」 「それで鉄道の路線図を…?」 「ええ、単純な連中だけに呆気無くキーワードが拾えたわ…  そしてこのうろたえ様…金本さん!」 「ああ!」  あきらは全員の手を取ると、錦糸町へと跳んだ。 「グヒョビョ…。」 「た、大変なことになったぞぉ…。」  取り残されたドグラとマグラは、なぜアジトの場所がばれてしまったか、未だに理解できないでいた。 …4  錦糸町には戒厳令下の緊張感が漂っていた。 「…。」  かなめは野良猫の頭に手を乗せて、その心を読んでいた。 「間違い無いわね…ライトバンの発車口をはっきりと見てるわ。」 「この猫が?」 「ええ…。」  かなめは猫の頭から手をどけた。 「ごめんねかなめさん…。」  まりかは申し訳無さそうに、かなめに頭を下げた。 「猫は…犬より思考が単純ね、記憶もかなり曖昧だったわ。」  かなめはそう言うと、まりか達の手を取った。  錦糸町の地下では、ロネットの部下である工作員達がライトバンに搭乗し、発車準備をしていた。 「この作戦が成功したら、あんた達全員に真  実の人から報奨金が出るよ!」  そう叫ぶロネットに対し、どよめきが生じた。 「悪いけど…報奨金はあきらめた方がいいわよ。」  そのつぶやきはガレージのシャッターの外側からした。 「なに!?」  シャッターは空気圧縮爆弾により四散した。立ち込める煙の中、まりか達が姿を現した。 「武藤まりか!? なぜここが…?」 「部下をもっと良く選ぶことね…。」 「あと、野良猫にも注意することや。」 「ドグラとマグラ…しくじったか…。」  ロネットは言いつつも戦闘用バイザーの機能をオンにした。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは意識を集中した。すると十三台のライトバンが次々と爆発した。 「く、くぅ…。」  狼狽するロネットは、作戦の失敗を悟った。 「し、しかし…これで兄さんの仇が討てるというもの…。」 「兄さん…?」  ロネットのつぶやきに、まりかは反応した。 「そう、お前達が殺害した時計男は  あたしのたった一人の兄さん!恨み、はらさせて貰うぞ!」  ライトバンから降りてきた工作員達がまりかに襲いかかった。 「知るかい!」  あきらは能力を込めたバットで工作員達を凪ぎ倒した。 「時計男はうちのダチを皆殺しにした…  うちはその復讐をしただけや、恨まれる筋合いはあらへん!」  あきらの目には殺気が宿っていた。 「貴様らクズ共と、兄さんの命を同じ計りにかけられるか!  くらえ!」  ロネットのプロテクターの左胸が展開し、中から発光器がせり出した。そして発光と同時に、まりか達の背後が爆発した。 「きゃあ!」 「やってくれる!」  かなめはロネットとの間合いを詰めると、彼女の手を取ろうとした。しかしその時である、かなめは足元を掴まれその場に転倒した。 「きゃ!」 「グヒョヒョ…ロネット様ぁ…。」 「申し訳無い…。」  かなめの突進を止めたのは、二人の小人であった。 「おしおきは後だ! ドグラマグラ、あたしに手を貸して!」 「あい!」 「グヒョヒョ…奇麗な足だなぁ…俺ぁ奇麗な物が大好きだぁ…。」  マグラはかなめの足を舐めまわしていた。 「ずるいぞマグラぁ。」  ドグラはかなめに抱きつくと、その顔を舐め回した。 「ブヒョヒョヒョヒョ…ロネット様ぁ…  こいつ、俺たちのコレクションに加えてもいいかぁ?」 「こ、こいつ!」  かなめは小人を振り解くと、グローブを構え直した。 「やるかドグラ?」 「おう、マグラ。」  ドグラとマグラは身構えると、深呼吸を始めた。 「コホォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」  二人の口の中に、空気の歪みが生じた。 「ヒャッハー!」  ドグラは口から冷気の塊を打ち出した。それはまりかの足元に命中すると、辺りを凍らせた。 「くぅ!」 「マグラァ!」  マグラの口からは、圧縮した力の塊が打ち出された。凍っていた足元は、その塊の衝突により砕けた。 「きゃあ!」  破壊された床の破片がまりか達に襲いかかった。 「ドグラの冷気は物質を凍らせ、マグラの衝撃がそれを破壊する…  双子の攻撃、簡単には凌げないよ!」 「それなら!」  まりかはドグラとの間合いを詰めた。能力は音波となり、ドグラの鼓膜を振動させた。 「あ、あ、何か気持ちがいい…グヒョヒョヒョヒョ。」  精神が混乱したドグラは、身体のコントロールが効かないまま、醜い踊りを始めた。 「あーん?」  まりかに腕を掴まれたドグラは、腹の中が急激に冷えていくのを感じた。 「な、なんだか冷たいぞぉ…ヒュヒュヒュヒュ…。」 「そらぁ!」  かなめはドグラの腹を思いきり叩いた。 「グビャァ!」  ドグラの胴体は砕け散った。 「ド、ドグラァ! ウショショショ!」  マグラは両眼から大量の水分を放出すると、まりか達めがけて突進した。 「お前達なんて、死んじまえ!」  圧縮弾をマグラは乱射した。しかしまりかとかなめはPKバリアーを張り巡らし、全ての攻撃を無力化した。 「コレクションって言ったわね…。」  まりかはそうつぶやくと、リボンに能力を込めた。 「あんた達は真実なんて追求して無い…。」 「はぁはぁはぁ…。」  力を出し切ったマグラは、肩で息を切らせていた。まりかは躊躇することなく、リボンを振り降ろした。 「グビャア!」  頭部に強烈な打撃をくらったマグラは、その戦闘力を奪われ地面に倒れた。 「痛ぇ、痛ぇよぉ…!」  マグラは頭を抱えたまま、足元から泡と化した。 「うっく…。」  ロネットはまりかの気迫に圧倒されていた。 「な、なぜこんなことに…。」 「真実の人が何を言ってるのか、わたしには解らないし解りたくも無い…。」  まりかはリボンに能力を込めた。 「だけどあんた達の好きにはさせない!」  リボンはロネットのプロテクターを粉々に砕いた。 「火炎圧縮弾!」  ロネットはまりかの作り出した粉塵爆弾の衝撃により、壁に叩き付けられた。 「ぐはぁ!」 「ま、まりかちゃん…。」  信長は、まりかの背中が小刻みに震えているのを認めた。 「あなたは自分のやったことを全然理解していない…  音に惑わされて暴動の被害者になった人の中には…  あなたと同じ歳の子供だって、いっぱいいたんだから!」  まりかは自分より四歳も年下の少女の命を絶った。その認識は彼女の神経を高ぶらせ、周囲の空気を歪ませていた。 [三十一・コンドルが飛ぶ日] …1  まりか達は錦糸町地下の真実の徒施設をくまなく探索していた。 「…。」  ドグラとマグラの部屋、そのクローゼットを開けたかなめは絶句した。そこには子供の物とおぼしき白骨死体が数体分散乱していた。 「ここには何も無いな。」  まりか達はコントロールルームまでやってきた。 「どうせロクなデータはあらへんやろうけどな。」  あきらはそう言いつつ、信長と二人でメインコンピューターを操作した。ディスプレイには様々なデータが表示された。  そこには、これまでの作戦の因果関係と、これからの展望が映し出されていた。 「評論家を洗脳することにより、世論を操作する…  これは真実の徒が目的を達成した後の倫理感を構築するためには  必要不可欠な作戦である。実際のXデーの際には、  不足する戦力をリバイバードッグ等のビーストで補充し、  作戦を円滑に進行させる。また、不定形タイプの獣人による犯行は、  相互不信を呼び、防衛活動を混乱させるであろう。そして、  重要なのはαプラスの日作戦の発動である。  この暴動作戦による首都の混乱に乗じ、  最終兵器であるコンドルが飛び立つ、コンドルに搭載された  ソドムの柱は首都機能を完全に破壊し、ここに我々組織の目的は  完遂されるものとする。単純な破壊では無く、価値観、倫理感を  構築した上での作戦は、この国を武力制圧した後においても、  円滑なる統治を導き出すであろう。」  全文を読み上げたまりかは大きなため息をついた。 「ウイルス研究所での事件を除けば、全部がこの内容に当てはまるね。」 「なら連中も、もう打つ手が無いやろ。」 「コンドルが気になるわね…文面からすると、爆撃機か何かじゃない?」  かなめの提案に、まりかは頷いた。 「せやけど積むはずの爆弾も、全部うちらが始末したんや、  何もでけへんで。」  まりかの無線機の呼びだし音が鳴り響いた。 「久美子さんですか?」 「ええ、今ちょうど、最後の武器の作成が終わったわ。  届けるから外で待ってて。」 「はい!」  まりか達は情報の検索を一通り済ませると、施設の外に出た。そこには、久美子のランドローバーが停車していた。 …2  真実の人は、自室でフランソワの報告を受けていた。 「な…何だと…。」 「Xデーに向けての準備作戦は、全て武藤まりかの手により  失敗に終わりました。」  最悪の内容を、フランソワは表情一つ変えずに報告した。真実の人はイスから崩れおちると、頭を抱え悲観した。 「も、もう終わりだ…洗脳も失敗、補強戦力のビーストも失敗、  ソドムの柱の生産も失敗、暴動も失敗!?  なんなのだ、私が一体何をしたと言うのだ!?」 「真実の人、我々が取れる行動は二つに一つです。」 「…。」 「現にこの国は充分混乱しています。もう一度戦力を立て直し、  再度首都襲撃計画を練り直すか…。」 「…。」 「幸い、ソドムの柱はまだ試作品の二発があります。  一発はこの本部に取っておくとして…残りの一発を搭載し、  それで首都爆撃を敢行するかです。」 「…。」  真実の人は放心状態となっていた。 「まだ手は残っておる…フランソワくん、オルガをここに呼べ。」 「はい。」  オルガはフランソワに呼ばれ、真実の人の部屋にやってきた。 「何でしょうか、真実の人。」 「オルガ…五星でありながら、  私などという卑しい人間を愛してくれる女神よ…。」 「真実の人…。」  すさみきった真実の人の表情は、オルガをうろたえさせた。 「どうしたの? 真実の人らしくも無い…あなたの担当を任された時から、  私はあなたの理想に心服し、あなたの一部でいられることを  幸せに感じているの。そんな弱気は私を苦しめるだけ…。」 「工作員を…。」  真実の人はぼそりとつぶやいた。 「はい?」 「工作員を二千名、この国の中枢にテレポートさせることはできるか?」 「真実の人…。」  オルガは真実の人の言葉に驚愕した。 「私は崖っ淵に立たされている! このままではスポンサーからの  援助も当てにはできなくなる!」 「しかし…五星の間でもその様な話は…。」 「ここに武藤まりかが来てからでは遅いのだ!  その前に、この国を制圧せんことには、私はあのお方に消される!  崇高にして恐怖の対象であるあのお方に!」 「…。」 「このままでは…私は人間以下であったあの生活に戻ってしまう!  それだけは嫌だ! 頼む…頼むオルガ、私に力を貸してくれ…。」  真実の人はオルガの手を握りしめたまま、その場に崩れ落ちた。 「わかりました…。」 「オルガ!」  泣き顔のまま、真実の人はオルガを見上げた。 「しかし二千名もの工作員を同時に転移するには、  それなりの量の能力をため込む必要があります…  四日間、時間を稼いで下さい。」 「おぉオルガ…素晴らしきオルガ…私は、私は何という果報者なのだ…!」  真実の人をオルガは寂しそうな目で見つめていた。 …3  オルガは、自室に戻るとベッドに身体を投げ出した。 『オルガ…聞こえるかオルガ…。』  その声は直接オルガの脳裏に届いていた。 「ブッフね…。」 『賢人同盟の結果を伝える。真実の人は来月をもって解任。  ムハマドを三代目の真実の人に据えることが決定した。』  声はあくまでも事務的に、オルガに真実の人解任の事実を伝えた。 「え…?」 『君は彼に個人的信頼を寄せている様だな。  しかし彼は失敗しすぎた。放任も限界だ。』 「だけど…唐突過ぎるわ。あの人も良くやっている。」 『だが彼は敵意を煽り過ぎた。その結果が武藤まりかという  最悪の事態を生み出したのだ。この失敗は看過できん。  計画中の作戦を全て中止し、賢人同盟の次なる指示を待つ様、  彼に伝えろ。』 「それは無理よ、もう動き出してしまったのよ!?  今更後戻りはできないわ!」  事務的な声に対して、オルガは感情的に対応した。 『それを止めるのが君の役目だ。もしこの決定に従わないのであれば、  真実の徒は賢人同盟の手により滅ぼされるであろう。』 「一方的過ぎるわ!あの人は成果だって上げている、  現にこの国の政治経済は、賢人同盟が望む様に混乱し、  弱体化したわ!」 『…。』  声の主は思考を巡らせているのか、言葉を失った。 「いつまでもとは言わないわ…あと一カ月、いいえ、二週間待って…  それで結果が出ないようなら…。」 『オルガ…。』 「真実の人はわたしが責任を持って始末します。」 『わかった…しかしその時には君の立場も危うくなるのだぞ…。』 「私は、あの人と出会うことで幸せになれたのです。」 『そうか…。』  ブッフと呼ばれる男からの通信が途絶えた。 「…。」  オルガは悲痛な表情で天井を見つめていた。  ロネットのアジトから出たまりか達は、錦糸町で久美子から武器を受け取っていた。 「これがあなた達に渡せる最後の武器…値段も高いけど、効果もそれに比例しているわ。」 「…。」  まりか達はそれぞれの獲物を手に取った。  自分達で苦労して手に入れた素材によって作られたそれは、いずれも高い伝導率を示していた。「これなら…いけるで…。」  強力な武器は、まりか達に自信を芽生えさせた。  となると次はこの武器を使う機会である。まりかは久美子にコンドルの件を尋ねてみた。 「コ、コンドル…。」  常に余裕をもって自分達に応対してくれる久美子であったが、その固有名詞は彼女のゆとりを奪った。 「知ってるんですか!?」 「博士から聞いたことがあるわ…以前、そう言う名前の  爆撃機を開発したことがあるって…武藤さん、私についてきて。」  まりか達は、久美子のランドローバーで茨の研究所までやってきた。 「コンドルか…まさかあれが開発に成功するとは…。」  久美子から報告を受けた茨は、まりか達を自分の部屋に集めた。 「なんやねん、それは。」 「真実の徒の母体とも言える、賢人同盟の命令によって、  俺が設計した爆撃機の名前じゃ。」 「賢人同盟?」  まりかははじめて耳にする固有名詞を聞き返した。 「真実の徒を設立した世界的結社の名前じゃ…  真実の徒のスポンサーにもなっておる。」 「ややこしい話やなぁ。」 「しかしコンドルが完成したとなると、うかうかしてはおられんぞ。」  茨は眉間に深いシワを寄せた。 「せやけど、それに積むはずやった、ソドムの柱っちゅう爆弾は、  全部うちらが始末したさかい、大して怖くはあらへんで。」 「それを聞いて安心した…しかしコンドルを甘く見るな…  あれは単体でも恐るべき力を発揮する…  今の弱りきった日本政府では、対応のしようもないぞ。」 「どうすればいいんですか?」 「あれにはあらゆる通常兵器が効かん、内部から分解するより他に、  破壊する方法は無い。」 「分解?バラバラにするんですか?」  信長の問いに、茨は無言で頷いた。 「あの頃と設計が変わっておらんのであれば、  これが役に立つはずじゃ…。」  茨は引きだしの奥から、カードとディスクを取り出した。 「このカードはコンドル内部のセキュリティーカードになっておる、  まぁしかしこれは使い物にならんな、恐らく暗証番号が変更されている  はずじゃ。」 「一応、貰っておきます。」 「それと…。」  かなめにディスクを手渡すと、茨は机上のパーソナルコンピューターに別のディスクを差し込んだ。 「これはコンドルの図面じゃ、良く見ておけ。」 「はい。」  モニターの中には簡略化されたコンドルの図面が映し出されていた。 「コンドルを破壊するには内部からバラバラにするしか方法が無い。  しかしこの爆撃機、仲々の設計でな…。」 「何いうてん。エンジン切り放せば墜落するだけの話やろ?」 「うむ、ところがコンドルには翼下左右四基、胴体二基、  尾翼に一基と実に七基ものエンジンが搭載されておってな、  このうち二基が稼動すれば、揚力を得られる様になっておる。」 「なんのこっちゃ…。」  コンピューターには強いが、メカニックにはさっぱりなあきらには、理解が難しい話題であった。 「つまり…七基中、六基のエンジンを切り放さないと、  コンドルは墜落しないんですね。」  信長はそうつぶやいた。 「その通りじゃ…他にも墜落させる手段はあるが、  このエンジンを切り放すという方法が一番簡単で確実じゃ。」 「方法はわかったわ…後はコンドルが出てくるのを  待つしかないわね。」  かなめの発言は、まりかにある疑問を抱かせた。 「茨博士は…コンドルの発進場所とか、連中の本拠地なんかは  知らないんですか?」 「それがわかれば苦労もせんわい…俺が脱走した後、  九州にあった本拠地は完璧に撤収されてたよ…  連中の愚かさにも限度がある、そう簡単に尻尾は掴めん。」 「せやけど、じいさんの記憶をかなめが覗くやろ。」  あきらはそう言いながら、目線でかなめを促した。 「ええ。」 「そのヴィジョンをうちにくれたら、真実の人の部屋へ  跳べるんやないんか? 個人の部屋やったら、特徴的やし  引っ越しても大してかわらへんやろ。」  かなめは無言で頷くと、警戒をしながら茨の手を取った。 「手を握ってくれるのは嬉しいが、無駄じゃぞ。」 「あらどうして?」 「俺はあの組織にいた当時、薄暗い研究室にこもりっきりじゃった…  自分の部屋と研究室の往復が、あの二十年間の全てじゃ…  真実の人の部屋なぞ、入ったこともないわい。」  茨の言葉を無視したまま、かなめはその心を読んだ。 「どう、かなめさん。」 「…。」  かなめは顔をしかめると、茨から手を話した。 「二十年間の全てだったわりには…随分もやもやしたヴィジョンしか  浮かばないのね。」 「ははは…最近物忘れが激しくてな!」  茨は頭を掻いて弁明した。かなめは数度首を横に振った。 「だめね、こんないいかげんな記憶じゃ、テレポートの参考になんて  ならないわ。」 「おじいさんだものね…。」  気まずい空気を作った張本人にもかかわらず、まりかは落胆していた。「その上エロな妄想までしているんだもの…勘弁して欲しいわ。」 「すまんのう…。」  結局まりか達は、真実の徒の本部に先回りするのを諦めた。 …4  鹿妻新島の地下、ここ真実の徒の地下アジトでは、戦術重爆撃機「コンドル」の最終調整が行われていた。 「ムハマド。」 「は!」  コンドルの翼下で真実の人に敬礼したのは、身長二メートルをこえた浅黒い巨体を持つ男、ムハマドであった。 「最終作戦、サンダーボルトの前哨戦だ…君にコンドルの指揮を任せる。」 「よろしいのですか…実行隊長であるこの私が、  本部をあけてしまっても。」  ムハマドの低い声、そして毅然とした態度は、事情を知らない人間が見れば真実の人との立場を逆に思わせてしまいそうであった。 「しかしこの困難な状況でコンドルを運用できるのは、  君しかおらんのだ…黄色いブタ共の首都に、  真実の塊を撃ち込んでくれ!」  真実の人はムハマドの両手を握った。 「私が一つ懸念するのは…。」  手を握られつつも、ムハマドは真実の人から視線をそらせた。 「ん…?」  ムハマドの黒い瞳はコンドルを見上げていた。 「武藤まりか達の動向です。当然この機内にテレポート  してくるでしょう。」 「うーむ…。」  自分も信頼するこの勇者が、臆病風に吹かれたとは思っていない真実の人であったが、安心させなくてはとも考えた。 「あやつらの能力はオルガ様でも引き分ける程と聞きます。  その上茨との協調もあるのなら、あなどれません。」 「君の部下を持ってしても、食い止めるのが難しいと言いたいのだな。」 「はい、それにソドムの柱を撃ち込めたとしても、  その段階で我々が全滅したら、誰が真実の人をお守りするのですか。」 「親衛隊もおる…それにサイキ共がこの本拠地に来たのなら、  その段階で我々は破滅だ。そう言う論法になるだろう?」 「なる程…。」 「もうあの化け物共に対抗できる戦力など、ありはせんのだ。  であればこの国を滅ぼし、我々の制圧下に置くことで勝利を納める他に  生き延びる方法は無い。」 「はい…。」  真実の人の性格な論評は、ムハマドにとって信頼に値したが、その内容は彼の心を暗くした。 「実を言うとな、賢人同盟の動向も気になるのだ…  ここいらで戦果を上げて置かなければ、仮に私が解任になった後、  君達の立場も弱くなる。」  真実の人の言葉に、ムハマドはショックをおぼえた。 「真実の人…その様なことを…。」 「私は傲慢な男では無い…ここまでの失敗は謙虚に受け止めている…  勇者ムハマドよ、これからの真実の徒は君の手腕に  かかっているのだ。」  ムハマドは真実の人の手を取った。 「もったいないお言葉…このムハマド、必ずやソドムの柱を首都に  撃ち込んで見せましょうぞ!」  ムハマドは部下と共にコンドルに乗り込んだ。真実の人は管制室からその発進を眺めていた。 「フランソワ君。」  真実の人の背後には、いつものように金髪の美人秘書の姿があった。 「はい真実の人。」 「コンドルの自爆装置だが…オペレーションはこちらから  出来る様にしておいただろうな?」 「はい…。」  真実の人は悪辣な笑みを浮かべると、満足そうに頷いた。  コンドルは海底より発進すると、鹿妻新島の北東十キロメートルの海面から浮上した。まりか達は、久美子の用意した部屋のテレビでその光景を見ていた。 「ここ、伊豆南端百三十キロの地点に突如巨大な飛行物体が  出現しました!」  テレビに映っているそれは、巨大な戦術爆撃機「コンドル」の姿であった。 「コンドル…。」  つぶやいたのは久美子である。まりか達は誰が率先するわけでもなく、立ち上がった。 「あきらさん…。」 「ああ…進路さえ解れば、テレポるのは訳ないねん…。」 「多分東京を目指してると思うよ…。」  まりか達は取り敢えず伊豆の南端に跳んだ。そこは岬となっており、先端には灯台があった。 「あの灯台や! てっぺんに登るで!」  灯台の入口には、だが数匹の獣人が待ちかまえていた。 「じゃま!」  まりかは意識を集中すると、獣人達を能力で吹き飛ばした。  灯台の中でも真実の徒が待ちかまえていたものの、まりか達は何とか頂上まで登ることができた。 「あきらさん!」  まりかは海の方を指さした。その先には小さいながらも赤い影があった。 「あれね…。」  かなめは、コンドルの回りを取り囲む煙を認めた。 「跳ぶで…。」  あきらは全員の手を取ると、空中のコンドル目がけて跳んだ。 「どこかしら…。」  まりか達が出現したのは、コンドルの中央左端の廊下であった。 …5  コンドルのコクピットでは、警報が鳴り響いていた。 「武藤まりかめ…やはり来たか…。」  ムハマドは腰の大刀に手をやると、インターホンに向かって叫んだ。 「賊が侵入した! 武藤まりかとその一党だ! 皆のもの、  総力を上げて侵入者を抹殺せよ!」  廊下にはまりか達がこれまで見たことの無い、装甲服に身を包んだ男達が身構えていた。 「我らムハマド様直下の装甲アサシン!  武藤まりかとその一党、命もらい受ける!」  古風な口上を告げると、アサシン達は大刀を引き抜き、まりか達に襲いかかった。 「あきらさん、かなめさん!」  二人のサイキはまりかの言葉に耳を傾けた。 「この飛行機を落とすにしても、地上に到達してからじゃ駄目…  時間はそんなにかけられないわ!」 「わかっとる!」 「行くわよ!」  三人のサイキはそれぞれの獲物に能力を込めると、装甲アサシン達と激突した。  アサシン達は、これまで戦った工作員達やカオス達よりも遥かに手ごわく、まりか達は苦戦を強られた。 「ここは…。」  まりか達が迷い込んだのはコクピットであった。しかし、そこには人影は無かった。 「自動操縦になってる…やっぱりエンジンを切り放さないと…。」  信長の言葉に従い、まりか達は翼下を目指した。 「このレバーね…。」  まりかはエンジンの切り放しレバーを見つけると、それを引いた。轟音と共に一番エンジンが切り放された。 「あと五つ!」  コンドル内はいくつかの隔壁によって区切られており、それをこえるにはその隔壁に合ったセキュリティーカードを差し込まなければならなかった。  まりか達はそれを、装甲アサシンとの戦闘で次々と手に入れた。翼下の四基のエンジンを全て切り放したまりか達は、胴体部へと向かった。 「楽勝、楽勝!」  まりかは戦いの中、気持ちが高揚していくのを感じていた。そして胴体部、左側のエンジンを切り放すと、右側に向かった。  機内は激しく揺れ動き、残った二基のエンジンは最大出力で巨体に揚力を与えようとしていた。 「あ…。」  左側のエンジン前には、ムハマドとその手下である装甲アサシンが四名待ちかまえていた。 「私はムハマド…真実の徒幹部にして装甲アサシン首領…。」 「大物の御登場ってわけね…。」  まりかはつぶやきつつ、リボンに能力を込めた。 「あと十五分でこの機は日本本土に到達する…勝負だ…。」  ムハマドは低い声でそうつぶやくと、刀を引き抜いた。 『こいつ…今までに無いプレッシャーだわ…。』  まりかはムハマドに、これまでにない力を感じた。事実、彼の戦闘能力はズバ抜けており、冷静な判断力は能力による攻撃の大半を無力化していた。 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」  ムハマドの斬撃がまりかの肩をかすめた。 「きゃあ!」 「予想外だったよ…こうも手際良く、エンジンを切り放されるとはな…  茨の入れ知恵か!?」 「だったらどないするんや!」  あきらはバットを振り降ろした。しかしムハマドは楯でそれを防ぐと、左手からマシンガンを引き抜いた。 「甘いわ!」  ムハマドの弾丸は、あきらの左手に命中した。 「くぁ!」  あきらはその場に崩れ落ちた。 「あきらさん!」  信長はレーザー砲を撃った。しかしムハマドの楯は、それを難なく防いだ。 「レ、レーザーまで防げるの…。」  かなめは驚愕した。 「この勇者の楯は、あらゆる物理攻撃から私の身をまもることができる…  さて…仲間の恨み、はらさせてもらうぞ! これはキラーゼロの分!」  ムハマドは刀を振り降ろした。かなめはPKバリアーでそれを防ごうとしたが、剣圧はそれを凌駕し彼女は壁に叩き付けられた。 「くぅ!」 「これは時計男の分!」  今度はあきらが斬撃を受けた。 「これはロカの分! そしてマニトットの分!」  まりかも、ムハマドの斬撃を防ぎきることは出来なかった。執念と意地、ムハマドの命をかけた攻撃はサイキ達を圧倒していた。 「な、なんて重い攻撃なの…。」 「捕獲網!」  ムハマドのマシンガンの先端から金属製のネットが発射され、それがまりか達の身体の自由を奪った。 「死ねぇ!」  ネットから電撃が放出された。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかとかなめがPKバリアーを張ることにより感電死こそ免れたが、二人の体力と気力は著しく消費された。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  十分もの長期に渡る戦闘は、まりか達だけでは無く、ムハマドをも疲労させていた。 「あと五分…。」 「かなめ!」  あきらはかなめをムハマドの背後に跳ばした。 「跳躍か!?」  ムハマドはかなめの方に振り返ると、刀を突き出した。 「早い!」  かなめは斬撃を避けるため、ムハマドに仕掛けることができなかった。 「なに!?」  かなめに注意を払っていたムハマドは、まりかの能力によって自分の左手が凍りつくのを気がつかなかった。 「はぁはぁはぁ…冷気縛り…うまく行ったわ。」  ムハマドの楯とマシンガンは凍りつき、その機能をふるうことが出来なくなった。 「く、くぅ…。」  かなめは背後からムハマドの手を取ると、彼の額にグローブを当てた。 「完命流…霞命砕…。」  勝負は決した。ムハマドは頭を右手で押さえると、その場に崩れ落ちた。 「ぐぁ…ぐぁぁぁぁぁぁ!」 「はぁはぁはぁ…。」 「ふぅ…。」  まりかはエンジン切り放し用のレバーに手をかけると、それを思いきり引いた。 「こ、これで…真実の徒も終わりだ…まさか…たった三人の少女に…  こうもしてやられるとは…。」  泡化が始まったムハマドは、無念そうにつぶやいた。 「…。」 「真実が敗れるのか…正義は…どこに…。」  ムハマドの全身は泡と化した。 「まりか、時間があらへん、行くで。」  あきらはまりか達の手を取ると、茨の研究所に跳んだ。  巨大戦術重爆撃機「コンドル」はその目的を果たすこと無く、伊豆南端三十キロの地点で墜落、水没した。  搭載されていた「ソロモンの柱」も猛威を震うことなく、実行隊長のムハマドも死んだ。真実の徒はその戦力の大半を失い、破滅への道を急速に進み始めていた。 つづく