[二十五・昭和のサイキ(後編)] …1  祖父である本田頚一郎の家で一晩過ごした翌朝、あきら達より先に目を覚ましたまりかは、洗面所で顔を洗っていた。 「まりか。」  タオルを手にしたまりかに語りかけたのは頚一郎であった。 「あ、おじいちゃん。」 「昨日はよく眠れたか?」 「うん、あ、それでさ、やっぱり私たち、今日帰るね。」 「そうなのか?」 「うん…。」  その理由を語れるはずのないまりかであった。 「まりかや。」 「え?」  頚一郎の表情は、まりかがこれまで見た中で最も真面目に感じられた。 「ばあさんのことを調べに来たんじゃろ…。」 「おじいちゃん…。」 「事情は言わんでいい…屋根裏に、あいつのものがまだいくつかあるはずじゃ。」  頚一郎はそうつぶやくと、穏やかな表情で洗面所を後にした。  まりか達は客間から屋根裏に跳んだ。中は薄暗く、まりかは懐中電灯の灯りを頼りに捜索を開始した。  しばらくして見つかったのは、日記とアルバムであった。  アルバムには、祖母の若い頃の写真がいくつか貼り込んであった。 「おばあちゃん…ほんとかわいかったんだ。」  まりかは祖母の写真から、自分に遺伝した特徴を探し出そうとしたが。 「日記の方はどうや?」  あきらの促しでそれをあきらめた。 「うん。」  まりかは日記を読んでみた。それには、激動の大戦時から戦後の動乱期の様子が克明に記されていた。 「能力については…特に書いてないな…。」  屋根裏を、まりか達はもう少し詳しく調べてみた。 「なにかしら…。」  まりかは、小さなつづらの中から、一通の手紙を発見した。その封筒には「永美に」と書かれていた。 「母さんへの手紙だ…。」  その手紙は、祖母が母に宛てた、非常時における能力の使い方を明記した手紙であった。 「こ、これは…。」 「何の手紙なの?」 「おばあちゃんが…母さんに能力の使い方を教えた手紙…  意識の集中の仕方から始まって、念動力の応用まで…  すごく丁寧に書いてあるわ…。」  読み進むと、そこにはまりかも知らなかった、様々な念動力の応用技が書き記してあった。 …2 「お世話になりました。」 「おぉ、またいつでも遊びに来なさい。」 「じいさんも元気でな。」  まりか達は、玄関先で頚一郎に別れの挨拶をした。 「じゃおじいちゃん、私たち東京に帰るね。」 「今度は、はるみも一緒にな。」 「うん!」  まりかは微笑んだ。それは真実の徒と出会う前の、彼女本来の明るさが発現していた。  頚一郎の家を後にしたまりか達は、茨の研究所に跳ぶことなく、銚子の海岸を何となく歩いていた。 「敵も宣戦布告をした…これからは厳しい戦いになるわね。」 「うん…。」  かなめの言葉にまりかは頷いた。その時である。 「オルガ…。」  まりか達の前方七メートル程の距離に、オルガは静かにたたずんでいた。 「不本意だけど…あなた達をしとめなければならない私の気持ち…。」  オルガは、悲しそうな表情をまりかに向けた。 「解ってほしいとは言わないけど…。」  まりかはリボンを引き抜くと、それに能力を込めた。 「な…?」  オルガは、まりかの能力の込め方が以前と変化している事実を認識した。 「私は不本意なんかじゃないわ…私たちの友達を…罪もない人々の命をもて遊んだお前達を…!」  まりかの戦意は最高潮に達していた。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  間合いを詰めるとまりかはリボンを打ち込んだ。  刀でガードするオルガであったが、攻撃力は防御力をはるかに凌いでいた。 「う! くぅ!」 「うらぁ!」  体勢を崩したオルガを待ち受けていたのは、あきらのバットであった。  オルガはそれを避けると刀を構えた。かなめは拳に能力を込めると、自分達の周囲に軽いPKバリアーを張り巡らせた。 「こ、この三人…能力の使い方をマスターしたと言うの…?」 「それぇ!」  まりかは地面に手を当てると、能力を放出した。 「きゃあ!」  激しい地面の揺れに、オルガは再び体勢を崩した。かなめはすかさず、オルガの手を取った。 「完命流…稲妻崩し…。」  左手を取られたオルガはその体勢を崩された。 「つぅ…。」  まりか達のレベルアップを、オルガは戦いの中感じ取った。 「今解ったわ…あなた達は危険な存在…野放しにしていてはいけない…。」  オルガは立ち上がると右手で刀を構えた。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  刀に込められた能力は、工場跡での戦いのそれを遥かに凌いでいた。 「やっとその気になったのね!」 「存在が対等になった以上、私も本気を出させてもらう!」  オルガは刀を振った。剣先から放出された大量の光は、まりか達目がけうねりを上げた。 「かなめさん!」 「わかってるわ!」  まりかとかなめは能力を合わせ、より強力なPKバリアーを張った。  弾かれた能力は辺りに散らばり、海水を蒸発させた。あきらはかなめの身体に触れ、彼女をオルガの背後に跳ばした。 「甘い!」  オルガはかなめの出現位置を予測すると、振り返りながら刀を一閃した。 「くぅ!」  グローブで剣先を弾いたものの、かなめは強い衝撃を受け、地面に倒れた。  四人のサイキ達の戦いは、二十分に渡り続いた。  パワーアップしたまりか達であったが、これでようやくオルガ一人と対等といった状況であり、お互いに致命的なダメージを負うことはなかった。 「はぁはぁはぁ…。」 「ぜぇぜぇぜぇ…。」  まりか達とオルガは能力の使いすぎにより、一様に疲労していた。  オルガは残り少ない能力を振り絞ると、それを刀に込めた。 「我は真実を求めたらん…我の求める能力、光の矢となり、追求を阻む者を打ち砕かん!」  刀を振り抜こうとしたオルガであったが、側面に注意が反れた。 「なに!?」  オルガは、左側面から来る光の束を回避した。 「くそぉ…あたらなくっちゃ、しょうがないじゃないかよ。」  つぶやいたのは巨大な大砲を抱えた信長であった。まりかはオルガに生じた隙を見逃さず、リボンを撃ち込んだ。 「うぁ!」  頭を押さえ、オルガはその場に倒れた。 「わ、私は死ぬわけにはいかない…私の心と身体は、真実の人のもの…。」  オルガは空間に逃れた。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  まりかは自分の戦闘力のあからさまなレベルアップを実感していた。 「信長!」  あきらは信長に駆け寄った。 「あきらさん…。」 「…。」  かなめは腕を組むと、冷やかな視線を信長にぶつけた。 「僕も…久美子さんに頼んで、あいつらと戦う武器を手に入れたんだ…  頼む、僕も連れて行ってくれ! 父さんや母さんの仇を討ちたいんだ! でないと…僕は、この戦いが終わってもいじけたままになっちまう…。」  涙声で、信長はそう訴えた。 「うちからも頼む…。」 「あきらさん…。」  信長はあきらの顔を見た。その表情は、真剣そのものである。 「覚悟はできてるんやろ…?」 「もちろんだ…。」  信長とあきらは、互いの意思を確認し合った。  戦いは、より本格化しようとしていた。 [二十六・ソドムの森] …1  真実の人は医務室にいた。 「おぉオルガ! おぉ!」  彼はベッドで意識を失っているオルガの手を握り、狂ったように声を上げていた。  そんな指導者を、金髪の美人秘書は冷徹な口調で諭した。 「真実の人、オルガ様は意識を失っています…。」 「武藤まりかめぇ! 私が見逃さなければ、今ごろ屍をさらしていたものを! 許さんぞ! 許さんぞ!」  その言葉には陰湿なる意思が込められていた。真実の人はオルガから手を放すと、フランソワに向き直った。 「武藤まりかの家族はどうなっておるのだ?」 「はい、現在インド旅行の最中です。渡航規制が敷かれておりますので、まだ帰国は無理の様です…。」 「く! インドか…えぇいフランソワ、刀を持て! インドへ飛ぶぞ!」 「し、しかし真実の人…。」  フランソワは珍しく、言葉に感情を込めてしまった。 「だまらっしゃい! 武藤まりかは私の一番大切なものを傷つけた! 今度は私がそうする番だ! これであいこだ!」  目茶苦茶な論理を、真実の人はまくし立てた。 「真実の人…。」  つぶやいたのはオルガである。 「おぉオルガ! 気がついたのか!」  振り向くと、真実の人はオルガの手を乱暴に握った。 「真実の人…いまあなたが本部を空けてはだめ…  それに武藤まりかの血筋がサイキの家系であることが判明しました…下手に手出しをすれば、敵を目覚めさせる一方よ。」 「武藤まりかの家族に、サイキがいると言うことか!?」 「その可能性があるということ…真実の人、私の怪我は大したことないわ。いまは本来の目的の達成が先よ。」 「そうかそうか、よしわかったぞ、お前の受けた苦しさを、そのまま黄色いブタ共全てに味あわせてやる! フランソワくん!」  真実の人はフランソワに向かって叫んだ。 「はい。」 「これからは総力戦だ、作戦の出し惜しみは無しにするぞ。」 「では…。」 「おう、評論家洗脳作戦、ゾンビ家畜作戦、そしてαプラスの日作戦、  以上の三作戦を同時に発動する。」 「はい真実の人。ですが進行状況と結果にいくらかのズレが生じますが…よろしいのですか?」 「構わん、それとあのいまいましいサイキ共への追求は緩めるなよ。」 「当然です。真実の人…。」  そう返事をしながらも、フランソワは計画の実行に不安を抱いていた。 …2  真実の徒作戦会議室。真実の人の前には三人の少女が立っていた。 「真実の人、ついに我々に作戦の御指示ですか?」  中央の、一番小柄な少女がそう言った。 「そうだ…ハーミオン、ロネット、ガリーナ。」  そう言われ、二人の少女は互いの顔を期待に満ちた表情で見合わせた。  ただ、左側の少女は無表情に、真実の人の言葉を聞いていた。 「お前達はそれぞれ日本人に恨みを持つ者…その気持ちを作戦にいい形で反映させてくれ。」 「はい! 真実の人の期待に、必ずや沿う様な結果を残してみせます!」  そう言ったのは、右側に立つ少女だった。 「ハーミオン。」 「はい!」  ハーミオンと呼ばれた右側の少女は、イギリス系のそれも美しい容姿を持っており、三人の中でも一番上品な印象を与えた。 「武藤まりかの祖母が、三条セツであることが判明した…。」 「な…。」  ハーミオンは言葉を失った。 「お前には、評論家洗脳作戦を命じるが、指揮中に余裕があるのならば…。」 「はい! 武藤まりかとその一党の命をこの手で…。」  深い憎悪の表情を浮かべると、ハーミオンは自分の拳を握り絞めた。 「ロネット。」 「はい、真実の人。」  ロネットと呼ばれたのは中央の少女であった。三人の中では最も年少であり、実際、まりかより四つ年下の十二歳であった。  アメリカ系ということもあってか、与える印象は派手である。 「お前には、αプラスの日作戦を命じる。同時発動する三作戦の中で最も重要な作戦だ。失敗は許されんぞ。」 「御任せ下さい真実の人…私には、兄を武藤まりかに殺された恨みがあります…その怒り、必ずや結果に!」 「ガリーナ。」 「…。」  ガリーナと呼ばれた左側の少女は、だが真実の人の呼びかけに返事をしなかった。  ロシア系の長い黒髪の少女であり、その印象は透明感があり、生気に欠けていた。 「お前が実行するのはゾンビ家畜作戦だ…お前が最も得意とするタイプの  計画だが、気を抜いてはいかんぞ。」 「…。」  ガリーナは静かに暗く、ただ頷いた。 …3  オルガとの戦いの後、東京に戻ったまりか達は、ディスカウントショップで購入したパソコンを使い、新宿中央公園で情報を収集していた。 「うわぁ…。」  インターネットやパソコン通信をオペレーションをする信長は、真実の徒絡みの情報が、あまりにも膨大になっている事実を確認し、驚愕した。 「貯水池に毒を投げ込んだ工作員…。」 「都内の幼稚園を襲撃…。」 「真実の徒の本部は千代田区にあるらしい。」 「CIAの特種工作員が来日、政府要人の警護についた…。」 「真実の人には関西のお笑い芸人だった過去がある…。」  どの情報を信用していいか、まりか達には解らなかった。 「まりか…どないする? 今までの逆や、こんだけ情報が多いと正味の話、  どれを信用して動いていいか、わからへんで。」 「まいったなぁ…。」  まりかは腕を組むと、モニターの情報を更に追った。 「でもはっきりしてるのは、真実の徒の動きをリークしているか、  非難しているかのどちらかの意見しか無いってことね。」  かなめの意見は、まりかにある不安を抱かせた。 「真実の徒並みに過激な意見もあるしね…。」  信長はそうつぶやくと、拾い出したデータを更にスクロールさせた。 「あれ…?」  三日前からの日付である、僅かであるが、真実の徒を擁護する意見が書き込まれていた。  それはいずれも理論的に高い水準の書き込みであり、現在の日本政府を批判しつつ、真実の徒の正義を消極的にうたっていた。 「書き込んでるのは違う人だけど…意見は似たようなものが多いな。」  まりかが指摘する通り、どの意見も多少の論旨の違いがあるものの、似たような事実を糾弾する内容であった。  それは日が経つにつれ、徐々に増えていき、真実の徒に批判的な論客を苛立たせていた。 「間違い無いわ。」  真実の徒を擁護する意見が、真実の徒自身の手によって書き込まれており、その目的は一般民意を更に煽ろうとしたものである。まりかはそう確信した。 「真実の徒はわざと回りの感情を煽ってる…。」 「暴徒を作り出すため?」 「そうかも知れないわ…。」  かなめの問いに、まりかはそう答えた。 「パソ通なんてオタクのやってるもんや、そないなもんで、暴れ出したりはせんやろー。」  あきらは馬鹿にした様な口調でそうつぶやいた。 「そうかも知れないけど…真実の徒が何かを狙ってるのは事実よ。」 「どうしてこの書き込みが連中だってわかるんだい?」  信長の疑問は、だがまりか達にとって答え辛いものであった。 「私たち、真実の人に会ったのよ…。」 「え…!?」 「多分そうだと思うの…向こうも名乗った訳じゃないし…でもここに出ている意見は、あの時真実の人が言ったことと、凄く似通っているんだ。」  まりかはそうつぶやくと、公園のベンチから立ち上がった。 「真実の徒が日本を破滅に導くって言葉…どこか信用できなかったのよ、いくら凄い技術を持った秘密結社だって、国一個を本当に滅ぼすなんてこと、できっこないわ…。」 「まりかちゃん…。」  信長はまりかの言葉から、彼女が出会った時より内面的に成長している事実を認識した。 「でも、今の日本を破滅させるって言うのが、軍事的なものじゃなく、  政治的な面での意味合いが強いのなら…真実の徒はかなりの成功を納めてるわね。」 「かなめ、そらどういう意味や。」 「はっきりとは言えないけど…真実の徒の目的は単なる破壊じゃなくって、今までの作戦がみんな何かの意味を持っている…そう思えるのよ…。」  まりかとかなめは同じ不安を抱いていた。 「どのみちじっとしておっても始まらんのや、書き込みが多くて信漂性のあるネタから当たろうやないか。」  まりか達は、液晶ディスプレイに表示されている情報を検討した。その結果、まりか達が信用できると思われる情報は、以下の六通りのものであった。 1・テレビに出演している評論家の内、何人かの意見が、四日前を境に真実の徒よりになりつつある。この変化は怪しい。 2・巨大な「手」や「足」に人間が襲われ、食われた。どうやら 死体が真実の徒の生体実験に利用されているらしい。 3・真実の徒は筑波の研究所に保管されているある薬品を狙っている。これを使って都民を奴隷にするらしい。 4・街から野良犬や烏が急に減った。また、そうした動物に襲われた人間がいるらしい。 5・群馬山中に謎の工場、どうやら真実の徒が爆弾を製造しているらしい。 6・謎の怪音波がある時間、ある地域に決って五分間程流される。また、それを聞いた人間は凶暴化する。  まりか達は、取りあえず五番目の事件を調査するべく、群馬へと跳んだ。 …4 「行けども行けども森ばかりや。」 「こんなところに工場があるのかなぁ…。」 「どうだろうね…。」  群馬山中をまりか達は歩いていた。  山道はなだらかな登り坂となっており、あてのない調査が長時間に渡った場合、疲労感が高まるのも容易に想像できた。  しかしまりか達は自らの気配を消すこと無く、むしろ強く放射することによって真実の徒が引っかかるための対策も立てていた。 「武藤まりかと!」 「その一党や!」  敵のお決まりになった口上をあきらは振り返りつつ、ゆとりの表情で言い足した。 「カ、カオス…。」  まりかは背後から現れた敵の服装を良く知っていた。それは「マーダーチーム・カオス」かつてロナルドが隊長を務めていた暗殺部隊のユニフォームである。 「新潟で全滅したんやなかったんか…!?」 「おおかた残党でしょう…でもこれではっきりしたわね!」 「隊長の仇! 覚悟!」  数名のカオス達は、その装備を構えつつまりか達に迫った。  しかし以前のまりか達ならともかく、カオスの隊員達に勝てる可能性はゼロに近かった。奇跡が起きるはずもなく、彼らはものの数分で全滅した。 「う、うう…。」  まだ泡化していないカオスが力を振り絞り立ち上がると、山道を駆け登っていった。 「あ! 逃げる!」  信長は久美子から貰ったレーザー砲を引き抜くと、震える手でそれを抱え上げた。逃げるカオスを打ち抜くためである。 「好都合ね…。」 「そ、そうか…あいつの後をついていけばいいんだ!」  かなめの判断は、信長にとって救いとなった。  まりか達は、今度はできるだけ気配を消しながらカオスの後をつけた。  しばらく山道を登っていたカオスは、しばらくすると森の中へと歩を進めた。  山中を進むと、彼は行き止まりである崖面を手で探った。 「う、ううう…。」  崖面は扉の様に横にスライドし、傷ついたカオスはその中へと消えた。 「ここが入口ね。」  まりかはカオスが消えた崖面をなでると、あきらを促しその中へと跳んだ。 「間違い無いね。」 「この設備…いつものあれやな。」  崖面の内部は、真実の徒の基地であった。 …5  群馬山中にその施設はあった。  「賢人同盟日本支部・真実の徒・新型爆弾製造第二工場」というのが正式名称であったが、ここで働く工作員達はそんな長い名ではなく、爆弾の名称を使い「ソドムの巣」と呼んでいた。 「ソドムの柱。指示通りの八発、ついに完成しました。」 「そうか…ではついに冥滅作戦が開始できるのだな。」 「はい。」  工場長である「真実の徒」構成員は年老いたフィリピン人男性であった。  彼は工作員からの報告に満足すると、執務用のテーブルに視線を落とした。 「苦労して開発した甲斐があったというものだ。警戒を怠るなよ。」  工作員が工場長の指示を実行に移そうと、部屋から退出しようとしたその時、扉が乱暴に開かれた。 「う、うううう…。」  無礼な入室をはたしたのは重傷を負った「カオス」構成員であった。工場長は執務机からはなれると、工作員とともに倒れそうなカオスの両肩を抱いた。 「どうしたんじゃ!」 「パトロール中、サイキ共と交戦しました…。」 「サイキじゃと!?」 「は、はい!」 「警報を鳴らせ! 第一級警戒体勢じゃ!」  工場長の叫びに呼応し、工作員が警報のブザーを鳴らした。鳴り響く高音の中、工場長は傍らのカオスを睨み付けた。 「貴様…。」 「なんでしょう博士。」 「ワシは判断力の無いものは嫌いじゃ!」  工場長は懐からホースを取り出すと、そこから大量のガスをカオスに浴びせた。 「グ、グワァァァァ…!」  ガスを浴びせ掛けられたカオスは悶絶し、その肉体は溶解をはじめた。 「バカモノが! おめおめと帰ってきおって!」  溶解した泡跡を一瞥すると、工場長は執務室を後にした。 「どうしよう…。」  事の一部始終をまりか達は天井裏から覗いていた。信長は不安なつぶやきをすると、判断をまりかに委ねた。 「あの爆弾がソドムの柱なら危険だよ。」 「人工太陽に積んでいたものと同じってことですものね。」 「うちが全部、海に沈めたる!」  まりか達は行動を開始した。ソドムの柱と呼ばれる爆弾の倉庫を発見したあきらは、自分の身長の数倍はあろうその鉄塊に手を触れ、空間に飛ばした。 「いね!」  完成された爆弾は二十本以上あった。そのことごとくを空間に飛ばしたあきらは、満足そうな笑みを浮かべた。 「全部片付けたでぇ…。」 「次はあの博士よ。彼が開発したんだったら、また作る危険性が残ってるわ!」  かなめのその判断により、まりか達は工場のコントロールルームを目指した。  途中、工作員やカオス達によってコントロールルームまでの守りは固められていたが、それはまりか達三人のサイキにとって、単なる障害物でしかなかった。  まりかはホースを構えた工場長と対峙していた。 「う…このガードラインを突破するとは…。」 「真実の徒! 私達を甘くみないことね!」  そう啖呵を切ったのはかなめであった。 「く、くぅ…この国を真実の業火で焼き尽くせるはずが…。」 「何が真実の業火や! 爆弾テロが偉そうなこと抜かすな!」 「ただの爆弾ではない!あれはワシの恨みが込められた…魂そのものじゃ!」  その工場長に、まりかは一定以上の興味を示した。 「魂…?」 「まりか、悪い癖や…!」 「この国はあの大戦でワシの故郷を悪魔の火で焼き尽くした…恨みを晴らさねば気がすまぬ!」 「真実の徒」に集う人間は、みな何らかの形で日本に恨みをもっている者達である。  そして工場長の年齢と国籍は、その憎悪にリアリティを付加させていた。 「戦争責任の話…?」 「あんな裁判なぞ、ワシは認めん! あれは戦勝国が、敗戦国を裁いた茶番じゃ! 被害者は報われておらん!」  かなめのつぶやきに、工場長はそう反論した。するとその叫びに呼応する様に、ソロモンタイプの獣人が数体乱入してきた。 「やれ!」  工場長の指示に従い、ソロモン達は両手に持った機関砲を構えた。  しかし引き金を引くより早く、まりか達はそれぞれの武器に能力を込め、それを獣人の群れに叩き込んだ。  戦いはいつもの様に、今のまりか達にとっては日常的なほど退屈に終了した。足元には数秒前まで獣であった泡が広がっていた。 「…。」  かなめは振り返ると、工場長へと歩み寄った。 「ワシを殺すか! やるならやれ!」  工場長の虚勢に気押されることなく、かなめはその手を取った。 「う、うぅ…。」  かなめの能力によって意識を失うと、工場長はその場に崩れ落ちた。 「何をしたんだい?」  信長はかなめの厳しい横顔を覗き込んだ。 「この博士の…記憶を消したの。」 「記憶を!?」 「情報を引きだそうとすれば泡になってしまうけど、記憶をいじるんなら問題無いみたいね…。」  かなめは倒れている工場長を見下ろしつつ、そう静かにつぶやいた。 「ボ、ボクは一体…?」  意識を回復した工場長はあたりを見渡した。その視線にはまりか達の姿が入ったのだが、記憶を一切失った彼にとってそこから認識できる情報は皆無であった。  幼児の様な表情で途方に暮れたまま、彼はぼんやりと記憶を整理しようと試みた。 「それなら、これからは誰も殺さずに済むね!」 「違うわ。」 「え?」  信長の明るい問いに、だがかなめは短く返答した。 「この人…きっと組織に始末されるわ…それに記憶が戻る可能性だってあるし…。」 「だったらどうして…。」 「戦えない人間に破壊の能力は使えなかっただけのこと…でもどんな辛い記憶でも、この男はそれを頼りに今まで生きてきた…。」 「それを消されるのって…死ぬことと変わりはないか…。」 「ええ…。」  短い返事を信長に返すと、かなめは静かにため息をつき、右手のグローブをゆっくりと外した。 [二十七・筑波の夜] …1  群馬山中の爆弾工場を破壊したまりか達は、次なる行動の舞台を筑波に移した。  目的は「真実の徒は筑波の研究所に保管されているある薬品を狙っている。これを使って都民を奴隷にするらしい。」という情報の真意を確かめるためにあった。 「筑波って始めて来るなぁ。」  大学や研究所が立ち並ぶ町中を、まりか達は歩いていた。 「情報を額面通りに信じるんなら、連中は薬品を狙ってるんでしょ?」 「ああ。」  情報収集を担当している信長は、かなめの問いに自信をもって答えた。 「こらこら、ここは子供が来る様な場所じゃないぞ。」  見当をつけた生化学研究所で、かなめは当然のごとく門前払いを受けた。 「ごめんなさい。道に迷ってしまって。」  かなめは丁寧に謝ると、応対する研究所職員の手を握った。 「な、なんだ…!?」 「行きましょう。」  狼狽が論理的抵抗に変わる前に、かなめは手を放し研究所を後にした。外にはまりか達が待機していた。 「かなめさん。どうだった?」 「専門的な内容はよくわからないけど…遺伝子破損を薬品で治療するための研究をしているみたい。」 「よくわからないね。」  まりかのつぶやきに、あきらと信長は無言で頷いた。 「幸い、薬品はまだ盗まれていないみたいね。ただ…それらしい連中は、夜中にうろうろしている様ね。」 「せやったら、ちょうどええ。」  あきらは研究所前の通りに出ると、数メートル先の建物を指差した。 「隣がホテルや。見張ればええ。」 「多分敵は夜に出ると思うわ。」 「だったら私がやる。」  見張りを引き受けると、まりかは研究所の外観をぼんやりと眺めた。 …2  あきらの見つけたホテルは、ありふれたビジネスホテルであった。  「真実の徒」との戦いを開始して以来、彼女達はよくこうしたホテルを宿泊場所に選んでいた。 「せやけど連中、なんで薬なんか狙うんやろ?」  部屋を借りたまりか達であったが、まだ夜までは時間があった。備え付けの冷蔵庫を開けると、あきらは疑問を言葉にした。 「そうだね。」 「薬品だったら、いくらでも作れるはずよね。」  あきらが取り出したジュースをまりか達は受け取った。信長は視線を窓に向けると、生化学研究所の場所を確認し、つぶやいた。 「あいつらにも作れない薬があるんじゃないのかな?」 「…?」  信長にしては思慮深さを感じるその言葉に、まりか達は耳を傾けた。 「言い辛いんだけど…加藤さんや、グールの話があるでしょ。」 「ええ…。」  グールの名は、まりかにとって辛い固有名詞であった。それはあきらにとっての加藤も同様である。 「生体改造に失敗して、ホルモンを欲しがっていた…つまり、連中の技術も完璧じゃない…遺伝子破損って聞いて、ピンときたんだ。」 「敵は改造人間のための薬を狙っている…?」  かなめは信長の考えを、そう補足した。 「あの研究所の薬品を、そのまま使うかどうかまでは解らないけどね。」  結局結論もでないまま、まりか達はホテルで夜を迎えた。  見張りのまりかは窓辺で外の様子を伺い、あきらとかなめはベッド、信長はソファで寝ていた。 「…。」  外をしばらく眺めていると、意識こそ集中するが次第に注意が拡散していくのをまりかは認識していた。  筑波の夜は退屈で、研究所の前を通る車もまばらであった。 「眠くない? コーヒー入れようか?」  まりかに声をかけたのは信長であった。まりかは振り返ると首を軽く傾けた。 「うん…平気。」  しかしそれ以上会話は続かず、二人の間にすれ違った感情が湧き起こりつつあった。 「いつもソファでごめんね。」  そんなことを、意味も考えずつぶやくまりかであった。 「いいんだよ。戦ってるまりかちゃん達がグッスリ眠れないと意味がないし…別の部屋に僕だけ寝てて、敵にさらわれたりしたらね。」 「うん…。」  信長はソファに腰掛けると、視線を無意味に出口へと移した。 「いつまで続くんだろうね…。」 「あいつらを倒すまで…そうしたら。」 「僕はどうすればいいんだろう…。」 「信長くん…。」 「いろいろあるんだろうけど、まりかちゃんには帰る所がある…だけど僕には…。」  まりかは信長にかける声を失った。  その気持ちを察知した彼は、なぜ自分がこの様な話題を切り出してしまったものかと、軽い自己嫌悪に陥った。 「…。」  まりかは間を持たすため、注意を再び窓の外へと向けた。  すると研究所に向かう一つの影が目に入った。それはゆっくりと研究所の門をくぐると、扉を両手で壊し、建物の中へと侵入した。 「みんな起きて! 敵よ!」 「う、うぅん…。」  まりかの号令も、あきらとかなめの意識を現実へと引き戻すには時間がかかりそうであった。 「先に行ってるから!」  意を決すると、まりかと信長は部屋から飛び出した。  研究所では非常ベルが鳴り響いていた。壁に面した窓ガラスが割れ、建物の中からソロモンタイプの獣人が姿を現した。 「ケケケケ! 薬は頂いたぞ!」 「ど、泥棒!」  制止する職員の声を無視すると、ソロモンは敷地外へとジャンプした。 「む、武藤まりか…!」  着地したソロモンの前に現れたのは、まりかと信長であった。  まりかはリボンに能力を込めると、それをソロモンに叩き込んだ。 「トゥ、真実の人…あなた様の薬…手に入れることができない我が無能、お許しを…。」  戦闘力を奪われたソロモンは伝わることのない言葉をつぶやき、泡と化した。 「真実の人の…薬!?」 「どういうこと…。」  信長にもまりかにも、ソロモンの言った言葉の意味が理解できなかった。 「まりか!」 「もう…終わったの?」  かけつけたのはあきらとかなめであった。かなめの問いに、まりかは視線を泡跡に移すことで答えた。 「うん、薬は獣人ごと溶けたわ。」  真実の人の薬。言いながらも、まりかの脳裏にはその言葉が離れなかった。 つづく