[二十三・裏切り者(後編)] …1  まりか達は東京都内の考えられうる、あらゆる場所に跳んだ。  しかし、そのことごとくに真実の徒の構成員が潜んでおり、信長の傷を手当てする暇は与えられなかった。彼女達は一様に疲弊していた。 「ぜぇぜぇぜぇぜぇ…。」  あきらが出現場所に選んだのは、西日暮里の公園であった。  度重なる跳躍は、彼女の精神力を著しく消費させていたのだが、それ以上に信長の体力は消耗していた。 「う、ううう…。」 「武藤さん、ここには真実の徒はいないみたい…治療を。」 「わかったわ!」  かなめに促されたまりかは手に能力を込めると、それを信長の足に当てた。  しかし傷は塞がったものの、彼の意識は回復しなかった。 「大した怪我じゃないから…これで平気だと思うけど…。」 「まりか…うちの跳ぶ能力もそろそろ限界や…  しばらく休まんと、使えへんで…。」 「あきらさん…。」  あきらの顔には、疲労の色が濃く出ていた。 「見つけたぞ。武藤まりかとその一党!」  その声は、工作員のものであった。 「く!」  まりか達は、それぞれの獲物を構え、追っ手である工作員達と対峙した。 「しつこいでほんま!」  あきらは空間転移打撃で工作員の一人を消した。  戦場となる公園には、どこから嗅ぎ付けたのか、複数のマスコミがやってきていた。 「こ、こいつら…。」 「隠密行動じゃないってこと!?」 工作員達は姿を映されるのも構わず、まりか達に攻撃を仕掛けた。まりか達は、その行動に今までと違う恐怖を感じた。 「つぁぁぁぁ!」  まりかは十五人目の獣人をリボンで倒した。  駆けつけたマスコミも事態をようやく把握したのか、そのカメラはまりか達にも向けられた。 「いけない!」  まりかは顔を手で覆った。その瞬間。 「うわぁ!」 「まぶしい!」  カメラのストロボを遥かに上回る、巨大な光が公園を包んだ。 「こっちよ!」  真っ白な光に包まれたまりかの手を、何者かが引いた。 「え…?」 「私は敵じゃない…ついてきて!」  その声は女性のものであった。能力を使って確かめるゆとりこそ無かったが、女性の言葉に嘘はないとまりか達は思った。  激しい発光が続く中、まりかは女性に案内されるがまま、一台のランドビーグルに乗り込んだ。 「飛ばすわよ…しっかりとつかまって!」  そう叫ぶと、女性はギアを入れ、アクセルを思いきり踏み込んだ。  車は猛スピードで、西日暮里を後にした。 「ど、どこに連れて行くの?」 「私達の研究所…茨博士があなた達を待っているわ。」 「研究所…?」  かなめは、その言葉に不信感を抱いた。 「安心して…別にあなた達を研究材料にするつもりは無いわ…  東堂さん。」  その女性は二十代前半の理知的な印象を与える美人であった。着ている衣服は白衣であり、彼女の職業をまりかに連想させた。 「もうちょっと早く接触を取りたかったんだけど…  ごめんね、あなた達の居場所を掴むのに、  思ったより手間取っちゃって。」  車は、南千住は荒川土手の製薬工場跡までやってきた。 「製薬工場?」 「ええ、ここが私たちの研究所…。」  女性はそうつぶやくと、車を施設内のガレージに入れた。  製薬工場はくたびれた外観から廃屋の様な印象をまりか達に与え、ガレージ内も雑然としており、車の真新しさが妙な違和感を与えていた。 「着いたわ…降りてくれない?」  車の扉を開け、女性はまりか達をうながした。 「まりか。」 「なに?あきらさん。」 「こいつが敵やったら、それでもええ…  いざとなったらテレポればええんや…。」 「その通りよ、金本さん。」  そう言ったのは、謎の女性である。 「け…。」  嫌疑に対して全く動じない女性に、あきらは悪態をつくと信長を抱え、車を降りた。 「まずはその少年を手当てしないとね…ついてきて。」  まりか達は、女性に案内されるまま、ガレージのエレベーターに乗り込んだ。  エレベーター内は、施設の外観とは正反対の近代的な印象をまりか達に与えた。 エレベーターは、二十秒程で最下層まで到達した。扉が開くと、そこには二メートルを超える大柄な男が待ち受けていた。 「ググ…。」 「リキ…この少年を医務室に運んで…手当てをしてあげて。」 「あい…。」  リキと呼ばれる男はあきらから信長を受けとると、それを片手で担ぎ、歩き去った。 「なんや…あいつ…。」 「リキはああ見えても腕のいい医者よ…安心して。」  そう言うと、女性はまりか達を促した。 「ふうん…。」  まりかは女性の後を歩きながら、この施設内を見渡した。真実の徒の施設に劣らない、近代的な設備である。 「この研究所は、真実の徒と対抗するために、  茨博士がおつくりになった施設…日本を真実の徒から守る、  最後の砦よ。」 「え…。」  まりかは、女性の言葉を全て鵜呑みにすることはできなかったが、驚きと喜びの感情が沸き起こったのも、また事実であった。 「茨博士、武藤まりか、金本あきら、東堂かなめの  三名をお連れしました。」  つき当たりの扉の前で、女性はそう報告した。扉は自動で開き、女性とまりか達はその部屋に入った。  部屋の中は広いのであろうが、雑然と床に置かれた書類やゴミのせいで、本来の底面積は狭まっていた。 「おぉ…。」  茨であろうその男は、白衣をだらしなく着た老人であった。頭は完全に剥げあがっており、不毛地帯と化していた。  茨は強烈なる自信をみなぎらせた眼光で、まりか達を見つめた。 「俺が茨だ…。」 まりか達は、不審の視線を茨にぶつけた。 「君達のことは全てしっておる…遺伝子と環境の偶然が生み出した  サイキ…真実の徒どもに運命をねじ曲げられた、不幸な少女達…。」 「あなたは…何者なんですか?」 「俺は…真実の徒の科学者だった…しかし今は違う、  あやつらの陰謀に抵抗する…つまりは裏切り者というわけだ。」 「…。」  まりかは、まだこの老人を信用できなかった。 …3 「俺は十年前、組織を脱走してな…  その時に仲間はみんな死んでしまったよ…。」  茨は懐かしむ様な表情でそう語りはじめた。 「それまでは真実の徒で兵器の開発をしておった。  今、あやつらが使っておる武器にも、俺が設計したものがあるはずだ。」 「なに…。」  あきらは、強い敵意を茨にぶつけた。 「反省しておるよ…しかしあの頃は仕方がなかったんだ。」 「そんな事情はどうでもいいわ。」  かなめは、冷徹にそう言い放った。 「そう言ってもらえると、俺も助かる…。」 「で、真実の徒のことを教えてもらえないかしら?」 「うむ…真実の徒は様々な外国の資本により作られた、秘密結社だ…  その目的は、本来日本政府の脅迫や、組織に邪魔な要人を暗殺、  誘拐することにあった…俺もあの当時は日本政府に恨みを  持っていたんでな、しかしあの男が二代目の真実の人に  納まった時期から、組織の目的は変質を始めた。」 「二代目…。」  まりかは茨の話に興味を示した。  事実、まりかが知っている真実の徒の情報はあまりに微量であり、戦っていてもどこか疑問を抱き続けていたからである。 「あの男は弁舌でスポンサー達に取り入り、組織を私物化した。  今の真実の徒は、あの小男のストレスを発散するための、  いびつな集団でしかない。」 「なるほどね…道理で作戦に一貫性が無いはずだわ…。」  かなめは腕を組み直すとそう納得した。 「あいつは、俺のチームにおぞましい要求を突き付けた。  人体に薬物を投与し、その肉体を怪物化させる…俺はその時点で組織に  見切りをつけた。」  結局、茨の事情を聞いてしまったと、かなめは辟易とした。 「あいつの目的は、ただの殺戮、日本の破滅だ…このままでは  日本はあいつの望む、いびつな世界に塗りつぶされるだろう…  俺はあいつに抵抗するため、様々な兵器の開発を始めたんだ…  幸い、真実の徒で得た収入は、全て金で支払われておってな…  こういった施設を秘密理に建設するのも、それ程苦労はなかった。  それに数こそ少ないが、協力者もおってな…  そして、君達の情報を得た。」 「…。」  話が核心へと迫ったので、まりか達は緊張した。 「俺には技術がある。しかしそれを使える体力も勇気もない…  だが、君達にはそれができる!どうだ、俺と手を組まんか・」 「…。」  安易な返事は、自分達の立場を不利にしてしまうと、まりかは思った。かなめは立ち上がると、茨の手を取った。 「接触テレパスか、どうぞどうぞ。」  かなめは茨の心を読んだ。 「この人…嘘はついてないわ…でも…。」 「でも?」  まりかはかなめを促した。 「どちらかと言うと、日本を守りたいってよりは、真実の人に対する  個人的な恨みが強烈ね…。」 「どうでもいいだろ、そんなこと。」  茨はかなめの言葉にいじけて見せた。 「その方が、うちは安心するけどなぁ。」 「おおそうか…。」  あきらの発言に、茨の機嫌はすっかり良くなった。 「それでだ…。」  茨は、女性を促した。 「紹介がまだだったわね…私は岬久美子…茨博士の助手をしているわ…  あなた達と同じで、私も真実の徒に人生をねじ曲げられた者…。」 「久美子くん、例の物を。」 「はい、博士。」  久美子は、部屋のクローゼットを開けると、大型のプラスチックケースを取り出した。  その中には、リボン、バット、グローブ等が入っていた。 「あなた達用に、博士が作った道具よ…手にとってみて。」  まりか達は、それぞれの獲物を手にした。 「へぇ…。」  それは、自分達の身体のサイズに合わせて作られた獲物であった。 「能力の伝導率が、今まで君達が使っていた道具より、  はるかに良いはずだ…それなら少ない能力で大きな効果が得られる。」 「たしかに…。」  茨の言葉は真実であった。かなめは、グローブに伝わる能力が、極めてダイレクトに外部に放出されているのを実感した。  それは、まりか、あきらにしても同様である。 「他に防御用の装備や、便利な道具もある。今も開発中でな。」 「そうですか…あは、何か嬉しいな…私たち、今まで誰も協力してくれる  人がいなかったから…。」 「警察は当てにならん、君達の能力を利用しかねんからな。」 「はい。」  戸倉に申し訳が無いと思いつつも、まりかは茨の言葉に賛同した。 「俺達は直接行動することはできん、しかし君達に道具を  与えることはできる。」 「助かるで、こんだけ便利な道具があれば、西日暮里の施設に  殴り込めるさかいに。」 「でだ。」  茨は立ち上がると、後ろに手を組んだ。 「リボンが二万五千円、バットが三万八千円、グローブが一万九千円だ。」 「お金取るの!?」 「がめついやっちゃな!」  まりかとあきらは驚愕した。 「当たり前だ!それを開発するのにも金がかかっとるんだ、  タダでくれてやるわけないだろ!」  茨は激しい語調でそう叫んだ。 「武藤さん…今、いくら持ってるの?」 「母さんがくれた生活費に…真実の徒をやっつける度に拾える  お金を足して…こんなものね。」  まりかは財布の中身をかなめに見せた。 「お金を取る方が、かえって信用できるわ…貸し借りの無い関係って奴ね。  いいわ、買いましょう。」 「おおそうか! 東堂くんは、話がわかるのぉ!」  茨はかなめの手を取った。 「そうそう、このグローブは、もうちっときつめに付けた方がいいぞ。」  そう言うと、茨はかなめのグローブをしめつつ、彼女の胸に手を回した。 「うほほほ。」  茨は、心底嬉しそうだった。 「このエロじじい! 調子に乗るな!」  かなめは左肘を茨の後頭部に落とした。 「いた、いたたた…。」  うずくまり痛がる茨に、久美子は呆れた視線をぶつけていた。  結局、まりか達は新しい武器や防具、それに医薬品などいくつかの道具を茨から買った。 「じいさん。」 「なんだ? 金本くん。」 「これからも武器の研究を続けていくんやろ?」 「ああそうだ、まだまだ装備のグレードを上げることは可能だからな。」 「うちら、その度にここに来ればええんやな。」 「その必要は無い。」  茨はそう言うと、携帯電話のような物をあきらに手渡した。 「なんやこれ?」 「こことの直接回線が通じておるトランシーバーだ。  これで俺に連絡を入れてくれれば、久美子くんが品物を  持ってきてくれる。」 「へぇ。」 「じゃがな、建物の中や、真実の徒の施設内で注文しても、  一旦外に出なければ、配達することはできんぞ。」 「わかったで。で、これはなんぼするんや?」 「ああ、それは特別サービスで無料奉仕だ。」 「おおきに。」  あきらそう言うと、トランシーバーをまりかに渡した。 「取り敢えず疲れただろう、久美子くん。」 「はい。」  久美子は扉を開けると、まりか達を促した。 「今日は休んで行くといいわ…部屋を用意しておいたから。」  まりか達は久美子の用意してくれた部屋に入ると、やっと落ち着いた。 「疲れた…。」 「今日は戦いっぱなしだったものね。」 「せやけど、あないな奴がいたとはなぁ。」 「茨博士? そうね、ちょっとエロなとこがあるけど、信用できるわ。」 「そうやな、で、どないする?」 「装備も整ったし…明日になったら例の工場に行きましょう。」  まりかの提案に、あきらとかなめは無言でうなずいた。 「あ、テレビだ。」  そう言えば、ここのところテレビもロクに見ていなかった。まりかはそう思うと、テレビのスイッチを入れた。  テレビでは、どのチャンネルでも昼間のテロ騒ぎを報じていた。 「…。」  まりか達は息を飲み、報道に注意をはらった。  どの番組も、一貫して報道しているのは、政府が緊急対策本部を作ったこと、高官の弁明、そしてテログループの正体が未だ掴めていないことであった。 「何が対策や…ポリに真実の徒を逮捕できるわけあらへん。」  あきらはそう毒づいた。まりかもかなめも意見は同様である。 「でも、ここまできちゃったんだね…。」  自ら飛び込んだ非日常の日々を振り返り、まりかは感慨にひたった。 「そうね…戒厳令が出されるのも時間の問題だわ。」 「なんや、その戒厳令って。」 「外出禁止令みたいなものよ…。」 「それって、かえって助かるね。」 「ええ、民間人の被害も少なくなるし…でも私たちも検挙される  可能性が出てくるわ。」 「用心した方がええな、このゴタゴタ納まっても、  ポリに嗅ぎ付けられんのはカンベンや。」 「うん。」  まりかは、真実の徒との戦いがいつ終わるのだろう、そんなことを考えた。 「いま! 新宿中央公園に、この様な映像が出現しましたぁ!」  緊急ニュースを報道するアナウンサーの絶叫に、まりか達の注意が向いた。 それは、全高数十メートルに及ぶ、巨大な立体映像であった。黒いスーツ姿の小柄な男、顔は三角形の頭巾で覆われていた。 「日本国民の諸君!私は真実の徒総帥、真実の人だ!」  真実の人の神経質な声が、夜の新宿に鳴り響いた。 「このところ世間を騒がせているテロ事件、  全ては我々の手によるものだ! 我々真実の徒の目的は、真実の追求!  この日本という奇形的国家を、真実の楽園とすることだ!」  真実の人はこれまでの鬱憤を晴らす様な口調でまくしたてた。 「恐怖は適量であれば、進化への栄養となる!君達が真実に目覚めるまで、  我々の活動は続くであろう! 悩み、考え、そして行動せよ!  その果てには必ず君の真実が見えるはずだ!」  立体映像は映写機が壊されたのか、徐々に像が薄れ、やがて消えた。  報道は、この謎のテロリストがついに声明を発したのを過剰なまでに興奮した様子で伝えた。 「あれが真実の人…。」 「ああ…。」 「陰謀の時は終わったってことね…。」  まりか達は、それぞれ確認するまでもなく、戦いの状況が終盤戦に向かっている事実を認識していた。 [二十四・昭和のサイキ(前編)] …1  まりか達は、西日暮里地下にある真実の徒の施設までやってきていた。 「ぐぁ!」  まりかの足元に、工作員が崩れ落ちた。 「サイキ共が…パワーアップしているのか。」 「姉さん。」  燐と蘭は戦闘体勢をとりつつ、まりか達のアップした能力に驚愕していた。 「さあどうするの! 雑魚がいくら出てきても同じなんだから!」  自分達の能力に、まりか達は自信を持っていた。 「我々もこの施設を真実の人から任されている身…やらせはせん!」  二人の装甲姉妹は、プロテクターの全機能をオンにした。  サイキと装甲姉妹の戦いは、まさに激闘であった。  しかし、茨から購入した武器や道具の力は、確実にまりか達の戦闘力を上昇させており、勝利の女神はサイキ達に微笑んだ。 「う、うう…ねえさん…。」 「ら、蘭…。」  姉妹は互いの手を取り合い、泡と化した。まりかはその光景に罪悪感を覚えた。 「武藤さん、データルームに向かうわよ。」 「う、うん…。」 「いちいち気にしてても仕方がないわ…私たちがやらなければ、  被害者も増えるだけなんだし。」 「かなめさん…。」  かなめにしても、自分と同年代の少女達を倒すのは気のひける行為であった。  しかし彼女は自分の役目をよく理解していた。判断力こそあるがあまりにもろいまりかを冷徹にサポートするという役目を。  まりかはデータルームの扉を能力で壊すと、中のコンピューターを操作した。 「どう、あきらさん?」 「だめや…重要なデータはみんな消されとる。」  結局、施設の主な機材を破壊して、まりか達は茨の研究所に戻った。 「お帰りなさい。」  まりか達を迎えると、久美子は彼女達を病室に案内した。 「まりかちゃん…。」  ベッドには、信長が横になっていた。 「あの施設は壊したわ…だけど情報は…。」  まりかの気落ちした表情で、信長はその成果のほどを知った。 「そうか…久美子さんから聞いたんだけど、  真実の人が新宿で演説したんだって?」 「うん、これからは厳しくなるし…久美子さん。」 「なに?」 「信長くんを、ここで預かってもらえないでしょうか?」 「まりかちゃん!」  信長はまりかの言葉に驚き、反対の意思を示した。しかし数瞬もすると自分の置かれている立場を自覚するのがこの少年の長所でもある。 「僕が…そうだよな、役に立たない上、みんなの足まで引っ張って…。」  久美子は腕を組んで考えた。 「そうね…八巻くんにとっても、それが一番安全かも知れないわ…。」  信長は、完全に落ち込んでいた。 「僕は…自分の両親の仇も討てないんだ…僕は…。」  その場の重苦しい空気に耐え切れず、まりか達は病室を後にした。 「まりか、本気か?」 「うん。」 「武藤さんの判断は正しいわ…八巻くんは、  何の戦力にもなっていないんだし…これからは戦いも厳しくなるわ、  彼を守っている余裕なんて…。」 「…。」  あきらには、まりかやかなめの判断がなぜか不満であった。 …2  真実の徒の本部は西日暮里の施設が破壊されたため、その対応に追われていた。  工作員達は東京の支部や潜入工作員に連絡を取り、犯行がまりか達の手によることを知った。  真実の人の秘書、フランソワは情報を報告するため、総帥室にやってきていた。 「真実の人。」  真実の人は、横縞の水着を着ていた。足元にはビーチボールが置かれている。 「おお、オルガくん。」 「真実の人…その服装は?」 「うむ、新宿で宣言した通り、陰謀の時代は終わった、  これからは行動の時代なのだ! しかしそうなると私も忙しくなる。」 「はい。」 「そこでな、最後の休暇を取ろうと思うのだよ。」 「…。」 「海! 生命発祥の我らがふるさと! 私はその海に抱かれ、  生命の真実を見極めるのだ!」 「日程はいかがなされます?」 「うむ、十日程度が理想だな…フランソワ君、本部の実務は  ムハマドに任せ、君も来るんだ!」 「はい、真実の人。」 「ボディーガードとしてオルガも連れていく、水着を持ってこさせる様、  伝えておいてくれ。」 「はい、真実の人…水着は私もですか?」 「あるのか?」  真実の人は興味深い視線をフランソワにぶつけた。 「はい。」 「も、も、も、持ってこい。」 …3  まりか達は、研究所に用意された専用の部屋にいた。 「武藤さん。」  部屋に、久美子が尋ねてきた。 「はい…。」 「茨博士が話があるそうなの。ちょっといいかしら。」 「はい…。」 「気ぃつけろよ、まりか。」  まりかは苦笑いをすると、久美子の後について行った。 「八巻くん、悔しがってたわよ。」 「そうですか…。」 「気持ち、わかんなくないなぁ。私もね、両親が真実の徒の作戦に  巻き込まれて…。」 「久美子さん…。」 「今は博士の助手をしてるけど、もし私にあなた達みたいな能力があれば、  間違い無く戦っていたわ。」 「…。」 「だからね、八巻くんが悔しいのも、よくわかる…。」  優しさの中に僅かな寂しさを浮かべながら、久美子はそうつぶやいた。 「私、知っている人が傷つくのを…もう見たくないんです。」 「ええ、あなたの判断は決して間違っていないわ。」  まりかは久美子の案内で、茨の部屋にやってきた。 「おお武藤くん。」 「話って…なんですか?」 「うむ、君の能力のことなんじゃが…三条セツという名前を  知っておるかな?」 「セツは私の母方のおばあちゃんの名前ですけど…三条って名字は…  どうだったっけ。」 「そうか、やはり君はセッちゃんの孫だったんだな!」 「え…?」 「超能力は遺伝すると言うが…やはりなぁ…。」  勝手に懐かしむ茨をよそに、まりかはパニックに陥っていた。 「ちょ、ちょっと、茨博士はおばあちゃんのこと知ってるんですか!?  それに超能力って…。」 「なんじゃ、君は何も知らないのか…?」 「はい。」 「そうか…セッちゃんは俺の初恋の人でな…。」 「そうだったんですか…。」  まりか実感がないせいか、素っ気無く返事をした。 「うむ、本当に奇麗な娘じゃった…心も素直で優しくてのう、  あんな男と一緒になるとは、実にもったいない…。」  そう言う茨はどこか悔しそうであった。 「あんな男って…おじいちゃんのこと?」 「そうなるな…それでな、セッちゃんも君と同様、  超能力者じゃった…。」 「え…?」 「それも強力な念動力者でな…今の君も大したもんじゃが、  全盛期のセッちゃんには比べ様もない。」 「おばあちゃんが…。」  茨の話は到底納得できるものではなかったが、一定の興味をまりかはおぼえた。 「君が知らなかったとはな…しかし血は争えんの、  セッちゃんも君の様にある組織と戦っておったんじゃ。」 「…。」  嘘にしてはあまりにも突飛過ぎる。まりかは茨の話を次第に信用していった。 「当時、この国はあの愚かな大戦の準備をしておってな、  外国からのスパイが大勢おった…セッちゃんの両親は、  その諜報活動の巻き添えをくって…。」 「そんな…。」 「それからセッちゃんの復讐が始まった。事情を偶然知った俺も  協力させてもらったよ…今で言うと、君と信長くんの様な関係じゃ…  そして俺たちは、ついにセッちゃんの両親を殺したスパイと対決した…  その頃には、政府もセッちゃんのことに勘づき始めてな。」 「どうなったんですか・」 「ところが戦争が勃発した。全てはそれでうやむやじゃ。  そして、セッちゃんは、復員してきた本田のアホタレと結婚してのう。」  茨の両眼からは、大量の水分が分泌されていた。 「俺がもうちっとしっかりしとればなぁ…  それ以来、暗い研究室に閉じ篭って、この老人は現在に至る…。」 「茨博士…。」 「ほんと、惜しいことをした…セッちゃんの死に際は、どうじゃった?」 「私は五歳でしたから…でも母が言ってました。とても安らかに、  眠る様だったって。」 「そうか…そうか…。」 「だからおばあちゃんのお守りがきっかけだったのね…  このお守りには、きっとおばあちゃんの能力が込められてたんだ。」  まりかはそう言うと、祖母のお守りを取り出した。 「君が能力をもっと強力にしたいのなら、セッちゃんのことを  もっとよく調べてみることじゃ…きっと何かきっかけが掴めるはずだ。」 「はい、茨博士。ありがとうございます!」  一礼すると、まりかは茨の部屋から出て行った。 「セッちゃん、セッちゃーん…。」  茨はイスにしがみつくと、思いきり感傷に浸った。 「あきらさん!」 「おう、まりか。」 「変なことされなかった?」  そう言うかなめは苦笑いを浮かべていた。 「銚子に跳んでくれないかしら…。」 「銚子? 千葉やな。」 「うん。」 「そこに真実の徒の本拠地があるの?」 「ううん、でも私達が真実の徒を倒すために…  必要なものがあるかも知れないの!」 「ええで。」  あきらはまりかとかなめの手を取ると、銚子へと跳んだ。 「銚子…。」  信長は廊下から、まりか達の話を盗み聞きしていた。 …4  銚子沖の海岸、残暑の熱気はまだあるものの、海水浴はそのシーズンを過ぎており、人もまばらであった。 「海や海や!」  あきらは水辺に走って行った。 「つまり、ここにあなたのおじいさまの家があるのね。」 「うん、小さい頃はよく遊びに来てたんだ…おじいちゃん、元気かな?」 「…。」  自分に不似合いなシチュエーションがこれから繰り広げられる、かなめはそう確信した。  まりか達から一キロメートル程離れた海岸に、その男はいた。 「うーむ!」  水着姿のフランソワとオルガが見守る中、真実の人は、浮き輪をつけ海を泳いでいた。 「なぜ武藤まりかを殺せないの?」 「フランソワ…。」 「真実の人にごまかしの報告をするのも、もう限界よ…  作戦は最終段階に移りつつあるのだし…。」 「わかっているわ…次に会ったときには…確実にしとめる。」 「五星の意思じゃ無いわよね。」 「まさか…ブッフもライアも、今の私の動きには関知していないわ。」 「スポンサー直轄の五星会議…私や真実の人でも知らないことは多いわ…  不審な行動があった場合、疑われても仕方ないのよ…。」  泳ぎを終えた真実の人は、満面に笑みを浮かべながらオルガ達のもとに歩み寄ってきた。 「どうだった、私の泳ぎは!」 「素敵だったわ…真実の人。」  オルガは優しく、そうつぶやいた。 「おおそうか! どれ、君達も私に泳ぎを披露してくれんかね!」 「はい。」 「あ…。」  オルガはある気配を察知した。 「どうしたオルガ。」 「この気配…真実の人、武藤まりか達がこの近辺に出現しました!」  オルガの報告に、フランソワはさすがに緊張した。 「親衛隊を呼び出しますか?」 「いや。」  真実の人はあくまでも落ち着いていた。彼の表所には先ほどまでの日常感はまるで無くなっていた。 「私に考えがある…オルガ、サイキの気配を逃すなよ。」 「はい!」  真実の人は悪辣な笑みを浮かべた。  まりか達は、古ぼけた民家にやってきていた。表札には「本田頚一郎・本田セツ」と書かれている。 「留守みたい…。」 「でかけてるのかしら…?」 「うん、おじいちゃん、よく温泉に行くから…。」 「出直す?」 「ここまで来てか? うちは嫌や。」 「ならどこかで泊まりましょう、来る途中、ホテルがあったでしょ?」  かなめの提案で、まりか達は観光客向けのホテルにチェックインした。 「この辺は、真実の徒もあんまりいないんだね。」 「あいつらの目的は、まず東京やろ?」 「田舎じゃ戦術的価値も低いしね…でも人工太陽の例もあるから、  油断はできないわ。」 「かなめは苦労性やな。」  あきらは床から立ち上がった。 「どこ行くの?」 「風呂や、まりか達もいこ。」  まりか達は、浴衣を手に取ると、一階の温泉までやってきた。 「このホテルにあなたのおじいさまがいるって可能性は?」 「さっきフロントで聞いたんだけど、いないみたい。」  一階の大浴場は、しかし工事中であった。 「工事中…。」 「こっちのお風呂なら大丈夫みたいよ。」  まりかはかなめとあきらの手を引いた。大浴場の隣に位置するその浴場は、混浴であった。 「こないなホテルや、客はじーさんばーさんばっかりやろ。」 「かなめさん…。」  かなめのプライドを察し、まりかは気をつかった。 「いいわよ、ここまで来たら、混浴だろうが何だろうが。」  そう言うかなめは、どこかヤケ気味であった。  まりか達は脱衣所で服を脱ぐと、浴場に入った。中は広く、たとえ男性客が来ても、身体を隠す場所はいくらでもあった。 「気持ちいい…。」  ここのところ戦いに明け暮れる毎日であった。まりか達は心身共にリフレッシュしていた。 「…?」  浴場の扉が開いた。やってきたのが中年男性だったため、まりか達は場所を移動した。 「ほう…先客はお嬢様方かね…。」  品のある言葉であったが、声にはどこか神経質さが含まれていた。 「…。」 「気にしなくていいですよ、私の歳になると、  もう娘の身体を見てもどうということはないですから。」  しかし、まりか達は緊張を解くことはなかった。 「お嬢さん方は…観光ですか?」 「え、ええ…。」  返事をしたのはまりかであった。かなめは男の心を読もうとしたが、状況が状況のため、それをあきらめた。 「日本の温泉はいいですなぁ…世界に誇れる数少ないものだ。」 「そうですね。」 「まりか…。」 「いいんじゃない?敵ってわけでも無さそうだし。」  諌めるあきらに、かなめはそうつぶやいた。 「外国の方なんですか?」 「いいえ、私は日本人ですよ、ただ外国での生活が長くてね。  仕事も部下に任せられる様になったので、こうして祖国に  帰ってきたのですよ。」  男はそう言うと、まりか達の前まで移動してきた。それは紳士風だがどこか険のある表情の持ち主であった。 「外から見るとよく解るのですが…日本の自然は素晴らしい、  控え目でいて力強く、そして美しい…。」 「ええ。」 「だが人間の心はいけない。すさんでいます。」  男は膝に置いた手ぬぐいを水面に浮かせると、それをじっと見つめた。 「…。」 「私は思うのですよ、日本はこのままどうなってしまうのでしょうか?」 「おかしなテロリストもおるからな、ほんま、  いまの日本はわやくちゃや。」 「そうでしょうか…むしろ、彼らはこの国のことを真剣に憂いているのでは  無いでしょうか?」 「だとしても、手段に問題がありすぎるわ。どんな理想をかかげても、  あのやり方じゃ敵を作るだけよ。」 「しかし、闘争の中からより良い価値観が生み出される…  そうは思えませんか?」  浴場には、奇妙な緊張感が漂っていた。 「うちは…真実の徒はおもろいと思うで。」 「あきらさん…。」 「うちは汚い大人やポリが嫌いや、まりかやかなめにしてもそういう  部分はあるやろ?」 「うん…。」 「まぁね。」 「そんな連中に牙を剥く、真実の徒は正味の話、おもろい思う。」 「ほほう…。」  男は、あきらの意見に感心した。 「せやけどな、連中のやり方はかなめが言うとる通り無差別や、  うちはそこが好かん。」  まりかは無言で頷いた。 「なるほど…ですが誰かがそれをやらなければならない…  でなければ、この国はいつか膨張の末、破裂する。」 「なんや…あんた…。」  あきらも、男の気配に何らかの非日常を感じた。 「百年も昔であれば、それもよかった。植民地という名目の侵略が  許される時代でしたから、しかし今は違う、発達した倫理感は  国土の拡大を許すことがない。私の持論はね、国土の広さと国家の規模は  比例するということなのですよ。」 「でも、ソビエトの例があるわ。」  かなめは多少感情的になっていた。 「あれは、使える土地の実際が少なすぎますから、無論中国のことも  引き合いに出すのでしょうが、どちらにしてもこの両国は、  国土を利用する国力が弱すぎるため、繁栄しないのです。  しかしこの国は違う、こんな狭い国土だと言うのに、  経済は目ざましく発展し、その影響力は世界に対し、  計り知れないものとなった。だがそこには常にいびつさが付きまといます。つまり、発展と人の心が合致しないのです。  これは悪魔的な進歩と言えましょう。」 「…。」  男の表情が真剣そのものだったため、まりか達は言葉を失った。 「この国は、一度あの頃に戻るべきなのです…  廃墟と屍が並ぶあの五十一年前に…。」 「…。」 「すみません、十代の娘さん達に説教などしてしまって…  しかしあなた達は凄い、その若さで私の話を理解できるのですから。」  男はそう言うと、タオルで前を隠しつつ風呂から出た。 「おじさん。」  まりかは男を呼び止めた。 「はい?」 「難しい話は、私にはよくわかりませんけど、真実の徒が正しいか、  それに抵抗する人達が正しいか…全ては戦いの結果次第だと思います。」 「ふむ…。」  まりかの言葉に軽く納得すると男は浴場から去り、スーツに着替えロビーまで歩いた。 「真実の人。」  ロビーにはフランソワがいた。 「いま、三人のサイキと風呂場で会ってきたよ…。」 「すぐに親衛隊の手配をしましょう。」 「いや、それには及ばん。」 「真実の人…。」 「あいつらも休暇の最中の様だ…そこを襲っては、真実の追求など、  できるわけがない。」  真実の人の目は真剣であった。 「わかりました…しかしオルガ様に尾行は続けさせます。」 「うむ…。」  理由のわからない敗北感を真実の人は感じていた。  まりか達は、浴場で出会った男のことをなぜか話題にしようとしなかった。  しかし、三人ともあの男が真実の人であることを確信していた。 …5  翌日、まりか達は再び祖父の家を訪れた。 「おぉまりか!」  祖父は湯治から帰ってきていた。 「おじいちゃん!」  まりかは祖父である、本田頚一郎に抱きついた。 「あなた方は…?」 「私の友達よ。」 「始めまして…。」  あきらとかなめは軽く会釈をした。頚一郎は、歳こそとっていたが、体格のがっちりとした男性であり、顔には野性味と優しさが漂っていた。 「そうだ、永美から何度か連絡があったぞ、一体どうしたんじゃ?」 「う、うん…ちょっといろいろあって…。」  頚一郎は、まりかの表情からなんとなく事情を察した。 「まぁいい…ま、中に入りなさい。」  まりか達は頚一郎に促され、土間までやってきた。 「おじいちゃん…。」 「なんだ?」 「あのさ…二、三日、泊めてもらえないかな…。」 「わしは構わんが…。」 「ありがとう! 助かるわ!」 「何かと事情がありそうじゃな…どうだ、永美にはわしから  連絡を入れておこうか?」 「ううん、それは自分でやるからいいよ!」 「そうか…。」  まりか達は、家の中をうろついた。するとあきらがまりかを呼び止めた。 「まりか。」 「ん?」 「ええじいさんやな。」 「うん…。」  あきらはこの家も、頚一郎も、まりかの環境も羨ましかった。 「ところでこの家に、何の手がかりがあるの?」  かなめは廊下を見渡すと、そうつぶやいた。 「茨博士が言っていたのが本当だったら…わたしのおばあちゃんについて、  調べて見ようと思うの。」 「そういう場合、まずは納屋とか倉庫から調べるのがセオリーね。」 「けったいな話やな、自分のじいさんの家を、屋捜しするなんて。」 「だけどおじいちゃんに事情は話せないよ…。」 「そうやな。」  最初に調べたのは庭にある納屋であった。そこには、一本のクシがあった。 「クシ…。」  まりかはクシを手に取ると、それに能力を込めてみた。 「す、すごい…能力がどんどん流れていくいく…。」 「ええ…。」  まぎれも無い、それは祖母、本田セツが使っていた獲物であった。 「これではっきりしたわ…おばあちゃん、やっぱり能力者だった…。」  夕方となった。まりか達は台所で鍋物の準備をしていた。 「すまないのう…鍋の準備をしていただいて。」 「かまへんかまへん、泊めてもらえるせめてものお礼や。」 「材料も提供してもらっているんだし…おじいさまは気になさらないで。」  娘達の台所仕事を、頚一郎は目を細めながら見守っていた。 「…。」  まりかは一人不満だった、なぜならあきらとかなめは食材をさばく手際が良く、明らかに自分一人、料理の腕が劣っていたからである。 「あきらさんはわかるよ…一人でいることが多かったんだし。  でもどーしてかなめさんまで手際がいいのよ…。」 「育ちが違うのよ…この程度のことは、小さい頃から教わっていたわ。」 「まりかも練習しとかんと、いい男もつかまらへんで。」 「いいもん、私お金持ちの人見つけて、毎日外食するから!」 「くくくく…。」  あきらはまりかをからかうのが、心底楽しかった。  鍋を囲んでの食事は、まりか達にとって久々の、家庭的な団欒となった。 「でな、その時か、こーんなでかいサメが出てな!」 「うそぉ!」 「ホンマかぁ…?」 「新聞にも出たんじゃ、村の漁師が三人も食われてな、  しかし漁をやめるわけにもいかん。」 「おじいさまは、どうしたんですの?」 「ああ、サメはわしらの飯ダネも食いよるからな、  みんなで団結してサメ退治に出ることになったんじゃ。」 「へー!」 「しかしこの話の落ちは、実に呆気無いものじゃった。  結局夜通し捜しまわったが、サメは見つからなかったのじゃ。」 「あらら。逃げたんですか?」  かなめは頚一郎のような老人の話相手をするのが、楽しかった。 「うんにゃ、浜辺にうち上がっておった。腹から、  こー引き裂かれておってな!」 「誰に…やられたんや?」 「それがわからんのじゃ、あんなことできるのは、  海にはおらんし…人間がやったとしても、大勢でやらんと出来ない  仕事じゃ。」 「へぇ…。」  まりか達は、サメを退治した人間をなんとなく確定していた。  食事の後、土間から隔てた客間にまりか達は寝ていた。 「まりか…。」  布団に横になっていたまりかに、隣で寝ていたあきらが話し掛けた。 「え?」 「大した成果はあがらんかったが、明日にはここを出たほうがええ。」 「そうだね。」 「じいさんに迷惑がかかるのもそうやが…ここは居心地が良すぎる…  戦う気持ちが薄れてしまう。」 「あきらさん…。」 「まりかはええな、あないな家族がおって…。」  あきらはまりかに背を向ける様に寝た。 つづく