[二十・まりかの戦い(後編)] …1  真実の徒の行動は、自分の知人でもある戸倉の人生にまで影響を与えていた。 その認識は、まりかに行動を促した。翌日から彼女は戸倉の言葉を頼りに犯行現場を巡りはじめた。 「目撃者もいないのか…。」  一番最近の犯行現場である新宿にきていたまりかであったが、これといった情報は得られなかった。 「猟奇殺人、今度は渋谷で連続して発生…。」  帰宅途中、まりかは露店で新聞を買うと公園のベンチでそれを広げた。 「だがな、そいつは俺が追っているのとは別の犯人だ。」  まりかの背後から声をかけたのは戸倉であった。 「戸倉さん…。」  戸倉はまりかの隣に腰掛けた。 「公園で新聞を読むなんざ、女子高生とは思えんな。」 「戸倉さんからの連絡が来ないんですから、仕方ないでしょ。」  まりかはムッとすると、そう反論した。 「まぁいいが…とにかくその渋谷の事件は別の犯人による犯行だ…  まず、被害者が十代であっても、例の損失が無い。それに  食い方が乱暴だ…もっとも、T資本絡みにゃ違い無いだろうがな。」 「そうですね。」  自分が気にかけているものとは別の事件。 その存在はまりかに行方の解らなくなっていた二人の仲間の安否を思い起こさせていた。 「でな、こっちの方は、どうやら容疑者を限定できそうなんだ。」 「本当ですか!?」 「ああ、明日には連絡できる。それまで待っていてくれ。」 「わかりました…なんか、刑事ドラマみたい。」 「俺は刑事じゃないんだがな。」  頭をかきながら、戸倉はそうつぶやいた。 「内閣なんとかって…警察とは違うんですか?」 「ああ、俺のセクションは海外のテロリスト専門でな。  一応、警察より上の権限を持たされている…  だからこんな個人行動が取れるのさ。」 「へぇ…。」 「まぁ、君のレベルでの理解なら、警察と同じだと思ってくれて、結構だ。」  戸倉は公園を後にした。 「真実の徒…やり口が派手になってきてるな…。」  その事実が自分にとって有利なのか不利なのか、今のまりかにはわからなかった。 まりかは仕方無く、家へと戻ってきた。 「あ! まりかちゃん!」  呼び止める声に、まりかは懐かしい感覚をおぼえた。声の主は家に入ろうととするまりかに駆け寄ると、その大きい瞳をまばたかせた。 拝島恵子である。 「恵子!」 「どーしたの! もう帰国なんだ!」 「あ、うん…昨日ね。」 「ふーん…日本じゃ大変だったんだよ!」 「みたいね。」 「…。」  恵子はまりかの顔をまじまじと見つめた。 「な、なによ…。」 「んー? まりかちゃん、なんか変わったかなぁって、ね。」 「そ、そりゃあエジプトに行ったのよ! 人生観だって変わったわよ!」 「そうだよねー!」  恵子はにっこりと微笑んだ。まりかはその笑みが大切でかけがえの無いものであると思った。 『なんだろ…恵子のこと、大して好きでもなかったのに…  なんだかほっとする…。』 「…。」  恵子は再びまりかをじっと見つめた。 「どうしたの?」 「おみやげ…。」 「あ、ごめん!まだ整理とかしてないから、学校で渡すね!」 「いいよ、あ、それから賢治の番組、ビデオに取っといてあるから、  ダビングしておくね!」 「ほんと! サンキュー!」  まりかの気分は、すっかり女子高生のそれに戻っていた。 「あのねーまりかちゃん。」 「ん、なぁに?」  恵子はまりかから数歩離れると、恥ずかしそうに地面に視線を移した。 「恵子ね、明日すごいことするんだよ。」 「すごいこと…?」 「当ててごらん。」 「んー…えー、もしかして。」  まりかはいやらしい笑みを浮かべた。 「やだ! そっち方面じゃないよ!  恵子ね、オーディション受けるんだ!」 「オーディション!? なんの?」 「新しくできた芸能プロダクションの! すっごいでしょ!」 「うんすごい!」  まりかは素直に驚いた。 「でさ、もしまりかちゃんが良ければ、  着いてきてくれないかなーって…。」 「うん行く行く!…と、駄目だ…。」 「えー、どーしてー!」  恵子はあからさまに、不満を言葉にした。 「明日は大切な電話が来るの…時間もわからないんだ…。」 「そっかぁ。」  そう言う恵子は、とても残念そうであった。 「でも結果はすぐでるんでしょ、教えて。」 「うん、まりかちゃんにだったらいーよ! でももし落ちたら、  いっぱいグチ聞かせちゃうぞ!」 「あっはは! 恵子なら大丈夫だよ。だって可愛いし、明るいもん!」  恵子は突然まりかの両肩を掴んだ。 「な、なによ…。」 「ありがと…やっぱり不安だもん。まりかちゃんにそう言ってもらえると、  嬉しい。」 「恵子…。」 「じゃあね!」  恵子はまりかの肩を叩くと、小走りに去って行った。 「芸能プロ…いいなぁ…。」  まりかは真実の徒との戦いも忘れ、ただうらやましがっていた。 …2  翌日。まりかは電話のベルで起こされた。 「もう十二時…。」  自室にある、専用電話の受話器をまりかは取った。 「戸倉さん…。」 「この電話で起きたのか?」 「は、はい…。」 「まぁいい、重要な情報を手に入れた。三宮公園まで出られるか?」 「ええ、すぐ行きます。」  まりかは着替えると、自宅の近所の三宮公園までやってきた。 「こいつだ。」  戸倉は写真をまりかに見せた。それは小柄な中年、それも欧米系外国人男性のものであった。 「外国人…?」 「名前はクリス・バーンガニア…最初の事件の通報者だ。」 「はい…。」 「おそらく…こいつが犯人だと、俺はふんでいる。」 「どうしてです?」 「まず、連続して起こっている犯行の、全てにおいてアリバイが無い…  それと、調べたところ身元があやふやでな。」 「…。」  捜査については素人であるまりかであったが、戸倉の語る理由はどれも的確で無いように思えた。 「そして…俺の勘が、こいつが犯人だと知らせている…。」 「戸倉さん…。」 「実を言うとあれから大した証拠があがっていないんだ…  それに君はあと数日でいなくなってしまうんだろ…?  だとしたら俺はもう、こいつに賭けるしかないんだ。」  戸倉の表情は真剣そのものであった。 「でも…どうして通報なんてしたのかしら。」 「わからん。だが犯罪心理学においては、  そんなに不自然なことじゃない。」 「え?」 「犯人は、始めてやった自分の人食を知らせたかったのさ…  あの日は曇りがちな天気でな、雨が降れば、殺害現場は荒らされる。  それに、あの辺りは繁華街が近く、野良犬も多い…。」 「そんなことって…。」 「異常な犯罪者だ…その心理を君が理解できないのも当然だろうが…。」  公園のベンチで話すまりかと戸倉は背後からの殺気を感じた。 「く!」  戸倉が拳銃を抜くより早く、まりかはリボンを引き抜いた。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは五名の工作員と激突した。戦いは二分とかからず決着がついた。 「戸倉さん…片付きましたよ。」  まりかは戸倉の方を向いた。しかし戸倉は腕からの出血を押さえ、地面に伏していた。 「戸倉さん!」  まりかは戸倉に駆け寄った。 「ドジったぜ…銃を抜こうとしたら、この有り様だ。」 「いま治しますから。」 「治すって…。」  まりかは手に能力を込め、それを戸倉の傷口にかざした。出血はおさまり、戸倉の傷は塞がった。 「こ、こいつぁ…。」 「念動力って、こういう使い方もできるんですよ…。」 「…。」  戸倉は言葉を失った。 「行きましょう…ここに居ても、あいつらが来るだけです。」 「そ、そうだな。」 「クリスって人…表向きは何をやって、どこにいるんですか?」 「芸能プロダクションの社長に就任したらしい…。」 「え…?」  まりかの胸に、嫌な予感が走った。 「T資本の出資だろうが…今日はそのプロダクションの  オーディションに出席しているらしい…。」 「恵子が…。」 「あ…?」 「恵子が危ない! 戸倉さん! その場所は解っているんですか!?」 「あ、ああ…。」 「今すぐ連れて行ってください! 私の友達が、  そのオーディションに行ってるんです!」 「わかった。」  まりかと戸倉は、目白にある「フォーエバー音楽事務所」まで車でやってきた。 『戸倉さんには悪いけど…クリスって人、違ってて欲しい…。』  まりかが恵子のことをここまで思うのは、生まれて始めてのことであった。二人は車を降りると、事務所の入口にむかった。 「オーディションの子? 悪いけど、もう閉めちゃったよ。」  入口にいた若い職員は、まりかを見てそう言った。 「違う。ちょっとおたくの社長に用があってな、入らせてもらうぞ。」  そう言うと、戸倉は若い男を押しどけた。 「ちょ、ちょっと! 困ります!」  戸倉とまりかは建物の中に入った。若い男はナイフを抜くと、それをまりかの背中に突き立てた。 「やはり!」  戸倉の予想が確信へと変化した。まりかはリボンを引き抜くと、能力を込めた一撃を若い男にくらわせた。 「ぐぁぁぁぁぁぁ!」  若い男は足から泡と化した。 「…。」  まりかは、事態が最悪の方向に変化していることを認識した。 「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」  その叫び声は上の階からした。若い女性のものである。 「武藤くん! 急ぐぞ!」 「はい!」  まりかと戸倉は上の階へとつながる階段を目指した。しかし、階段には十数名の工作員達が待ちかまえていた。 「真実の追求を阻む者には死を!」 「邪魔しないで!」  まりかはオルガ戦のときと同等の能力をリボンに込めた。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  リボンによる打撃と能力による衝撃波で、工作員達は吹き飛ばされた。  中には対まりか用の兵器を装備した、ワンランク上の工作員もいたのだが、今のまりかには関係なかった。 「恵子!」  まりかは叫びながら二階に上がり、扉を開けた。 「う…。」  まりかは言葉を失った。その部屋の床は一面血の海と化しており、あちこちに少女の遺体が転がっていた。 「こ、こいつは…。」  さすがの戸倉も、この地獄絵図には言葉が出なかった。まりかは、遺体の中に恵子がまざっていないことを確認した。 「オーディションに来た少女達だな…クリスの奴、狩りの方法を替えやがった…。」 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  一階で聞いた叫び声と同様のそれは、更に一つ上の階から発せられていた。 「ち! 奴は上か!」  まりかと戸倉は、再び階段に戻った。  そこには、先程と同数の工作員達が待ちかまえていたが、まりかは一瞬にして邪魔な敵を粉砕した。 「…。」  まりかと戸倉は三階の社長室前までやってきた。まりかは扉を乱暴に開けた。 「うぁ…。」  まりかは室内のある物体を認めた。それは自分がよく知っている人間の頭部。恵子のものであった。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかの絶叫をよそに、社長室の机の奥で彼は背を向けるかたちでうずくまりながら食事を採っていた。  食べているのは人間の胴体。それも恵子のものである。 「ムシャムシャ、バリバリ。」  そのものをたいらげると、彼はゆっくりと立ち上がった。 「ごちそう様…だれだ?人の食事の最中にうるさかったのは。」  その声は低く、獣の様な印象を与えた。 「クリス…バーンガニアだな…。」 「そう名乗ったこともあるが…俺は真実の徒…人食鬼グールだ…。」  戸倉の問いに、グールはそう答えた。 「武藤まりかと戸倉とか言うやつか…ふん、嗅ぎ付けるのが早いな…。」 「ふざけやがって…。」  戸倉はホルスターから拳銃を抜くと、それをグールに向けた。その後ろ姿はおどろくほど華奢で小柄である。 「あんたのかみさんと娘はおいしくいただかせてもらったよ…。」 「な…。」 「随分と追い詰めるのに苦労したよ。ひひひ、だがな、  狩りの苦労は多い程、食事もうまいと言うものだ。」 「き、貴様ぁ…。」  拳銃を握る戸倉の両手は、怒りに震えていた。 「そんなに怒るなよぉ…安心しろ。かみさんの方はババァで  どうしようも無かったが、娘の方はたいそう美しくてな、  ひひひ、そう特に胸のあたりが最高だぞ。だからそこは食わなかった。」 「…。」 「俺は女のホルモンを摂取しないと死んでしまう身体なんだ。  生体実験の失敗作って奴よ…だがな、俺はそんな自分を  決して悲観しなかった。むしろ喜んでいる。なぜだと思う?  そう、女はいい…特に十代の少女、それも日本人は神が  この世に生み出した、最高の造形傑作だ。  だからな、食うだけじゃもったいない…。」  グールは始めて戸倉の方を向いた。 「ひ…。」  戸倉は我が目を疑った。グールは、顔こそ写真通りの欧米系男性であったが、身体は十代の少女のそれである。  しかも、それは手や足のあちこちがつぎはぎだらけの、つまり「寄せ集め」のものであった。 「ひひひ…素晴らしいだろう、俺は気にいったパーツを集めて  究極の少女になるんだ! 胸なんかはお前の娘のものだ! おぉ!」  グールの目は、まりかの顔を捕らえた。 「素晴らしい…何という造形…今までこれといったフェイスには  出会えなかったが…おぉ!」 「私は…。」  まりかは低くうなる様につぶやいた。 「今までこれほど、あんた達を殺してやろうと思ったことはなかったわ…。」 「何を言っている!? お前は友達がいのない奴だな!」 「…?」  グールはか細い右腕を突き出した。 「これは誰のパーツだと思う…。」 「!?」 「そう! お前の友人、拝嶋恵子のものだ!   つまりおまえのフェイスが俺のものとなれば、  お前は友人と同化することができる! これが真実の友情だろ!」 「ふざけるな! 何が真実だ!」 「うるさい! 男に用は無い!」 「貴様は…俺の小さな幸せを奪った…俺の家族を…  貴様だけは生かしておくわけにはいかん!」  戸倉は引き金を立て続けに引いた。しかしグールの素早い身のこなしは、銃弾のスピードを遥かにこえていた。 「く!」 「おいおい、自分の娘のパーツを傷付けたりしちゃいかんぞ!」  グールはそう言うと、ナイフを戸倉めがけて投げた。 「ぐぁ!」  戸倉の腹部に、ナイフが突き刺さった。 「戸倉さん!」 「お、俺に構うな!」 「ひひひ、この身体は戦闘には不向きなんだ。  今日のところは逃げさせてもらうぞ。」  グールは窓から外に出ようとした。 「ぐぅ!」  しかしグールは目的を果たすことが出来なかった。彼は見えない能力で身体の自由を奪われ、壁に叩き付けられた。 「いたたたた…。」 「…。」  まりかは無言でグールに歩み寄った。その表情には激しい怒りが浮かんでいる。 「死ねぇ!」  まりかは能力を強めた。グールのつぎはぎだらけの身体はあちこちが綻び、彼の戦闘力は完全に奪われたかに見えた。しかし。 「くぅ!」  グールは渾身の力を振り絞ると、右手でまりかの首を絞めた。 「ひひひ、友人の手によって、息の根を止められる…  悲しくて美しきかな、この友情よ!」 「言いたいことはそれだけ…。」 「なに…?」 「それはもう恵子じゃ無い…それはただの手、恵子じゃ無い!」  そう叫ぶと、まりかはグールの頭に能力を込めたリボンを打ち込んだ。 「ギャハァ!」  グールの頭は粉々に粉砕され、彼の命は永遠に絶たれた。武藤まりか、始めての殺人である。  まりかはグールの死を認めると、戸倉に駆け寄った。 「戸倉さん!」 「や、やったのか…。」 「はい。」  まりかはうなずくと、手に能力を込めた。 「そうか…はは…もう無駄だ…傷を塞いでも…。」 「と、戸倉さん…。」  能力により、戸倉の傷は塞がっていた。しかし、顔は青ざめたままで生気は無い。 「血が…出すぎちまった…俺はもう助からん…  それよりもここから…早く逃げるんだ…じきに警察が来る。」 「…。」  まりかの両眼からは大量の水分が分泌されていた。 「人が死ぬのは見慣れているんだろ…さっさとここから出ていくんだ…  後は俺がどうにかしておく。」 「戸倉さん…戸倉さぁん。」 「行け!」  戸倉は僅かな力を振り絞り、まりかを促した。 「う、うぁ…。」  まりかはふらふらとその場から立ち上がると、部屋から駆け出した。 …3  どこをどう走ったのか、まりかにはわからなかった。気がつくと自宅の前である。  そして、そこにはあきら、かなめ、信長がいた。 「まりか!」 「良かった…。」  まりかは悲痛な表情のまま、あきら達に歩み寄って行った。 「武藤さん…。」  かなめはまりかの心を読もうとしたが、それを諦めた。まりかはあきらに倒れかかった。 「ま、まりか…どないしたんや…?」 「みんな…みんな死んじゃった…。」 「え?」 「私、誰も助けられられなかったのよ!  恵子も、戸倉さんも、みんな死んじゃったよ!」  まりかはあきらに抱きつくとそのまま泣きじゃくった。あきらには、まりかの涙がなんとなく理解できた。 「そうか…越えさせられてしもうたんやな…まりかも。」  あきらは静かに、そうつぶやいた。 [二十一・さよならのプレゼント] …1  まりかがあきら達と合流してから数日が経過した。  一応の平静を取り戻したまりかは、再び仲間達と真実の徒の作戦を食い止めるべく、フルメタルカフェをベースキャンプとし、行動を再開した。  しかし信長の集める情報の信憑性は低く、敵組織の具体的な動きは何一つ察知できない日々が続いた。  もっとも、かなめは「トゥルーリーガー作戦」の際に突き止めた収容施設の場所を知っていたのだが、まりか達にはその情報を伝えていなかった。 『武藤さんや金本さん…それに八巻くんは敵と戦う  動機がしっかりしている…でも私にはなんにもない…。  私は逃げるために戦ってるだけ…。』  これまで、唯一まりかと共有していた日常感は、恵子と戸倉の死で失われていた。  そんなまりかをかなめは羨ましく思いつつ、軽い自己嫌悪にさいなまれていた。  まりか達は、これまで比較的真実の徒がよく出現する、新宿駅一帯を食料の買い出しも兼ねてパトロールしていた。 「う、ぅぅぅぅぅ…。」 「震えていやがるぜ、このジジィ!」 「あぁ、ガタガタしてる!」 「うぁ…。」  そのやりとりは、今では人通りも少なくなった新宿駅南口の工事現場から聞こえてきた。  うめいているのは老人であり、それを楽しんでいる二人組の声は、マスクを通したかの様に不明瞭であった。  二人組の声がかなりの確率で工作員のものと思えたまりか達は、このやりとりに耳だけではなく足も向けた。 「やめなさい!」 「なに!?」  老人は、工作員の二人組に追い詰められていたところだった。  まりかの声を聞いた二人組は、腰に装着されたナイフを引き抜きつつ身構えた。 「む、武藤まりか…!?」 「ど、どうする…。」  まりか達の戦闘能力は、既に末端の工作員レベルにまで知れ渡っていた。 「武藤まりかは殺せ…それが組織の命令だ、やるぞ!」 「お、おう!」  二人組はまりか達の殺害を試みた。驚異的な能力を持ったサイキであっても、常にその能力を万全に使えるとは限らない。  その判断が二人組にとっての寄りどころであった。  しかし、まりか達はその能力を万全に使うことなく、二人組の工作員を泡と化した。 「弱すぎるで…。」  あきらはバットを背中のホルダーに戻すと、そうつぶやいた。戦闘に参加していなかった信長はへたり込んでいる老人に歩み寄った。 「こ、腰を打った…。」  老人は頼りない声でそうつぶやいた。その風体は薄汚れており、数カ月も風呂に入っていないであろう肉体からは異臭が発せられていた。  まりかはためらいつつもその老人の腰に手を当てた。 「な、なんだ…。」  老人…浮浪者にはまりかの行為が理解できなかった。まりかは息を止めたまま、念動力による治療を続けた。 「うおー! 腰が、腰が治ったぞ!」  すっかり腰部の痛みが取れた浮浪者はいきよい良く立ち上がるとその場で飛び跳ねた。まりかは呆れ顔で浮浪者から離れた。  すると、浮浪者が手にしていた紙袋の底が抜け、そこから包装された箱がこぼれ落ちた。 「なにこれ…?」  まりかは浮浪者に似つかわしくない、真新しい包装のその箱に興味を示した。 「こら!」  箱に手を出そうとしたまりかを浮浪者は制した。彼は箱を拾い上げるとそれを大切そうに抱えた。 「これは息子へのプレゼントだ!」 「プレゼント?」 「じいさん、どう見たってホームレスだぜ。」  信長は皮肉な笑みを浮かべた。 「うるせー! 俺に息子がいて何が悪い!」 「まりか、行くで。」  あきらは素っ気なく、そうつぶやいた。 「あきらさん…。」  こうした経済的弱者には比較的寛容なあきらである。この態度に信長は意外さをおぼえた。 「こないなおっさんに構っとる余裕あらへん。」 「あきらさんらしくないなぁ…。」 「…。」  信長の言葉に、だがあきらは返事をしなかった。 「息子さんって、何をやってる人なんですの?」  かなめはなんとなく、自分でもわからないまま浮浪者にたずねた。 「警察官だ。」 「お巡りさん?」 「そうだ! 最近話題のテロリストと戦っとるんだ!」 「ふぅん…。」  興味を示すと、かなめは浮浪者に近づき、その手を握った。 「な、なんだ、手を握ったりして!」 「そのプレゼント…私達が届けてもよくってよ。」 「なんだと!?」  浮浪者にも、かなめの外見が高所得者のそれであることは理解できた。しかし、その行動と言動は全く信じられるものではなかった。 「んふ…いいでしょ?」  かなめの笑みに、浮浪者は精神的抵抗力を失った。 「そ、そうしてくれると助かるが…  しかし見ず知らずのお嬢さん方にそんなに…。」 「いいんですの。仕事見たいなものですから。  武藤さん。行きましょう。」 「う、うん…。」  かなめに促され、まりか達はその場を去ろうとした。 「ま、まて! 息子の…!」 「赴任先と名前は解ってますわ。」 「え…? どうして…?」 「読ませてもらいましたから…。」  浮浪者の困惑をよそに、まりか達は新宿中央公園に向かった。 「かなめ、どういうことや?」  公園に到着した途端、あきらはかなめに詰め寄った。 「あの浮浪者…自分の身なりで息子さんに会うのって  気が引ける様なの。プレゼントを買ったはいいけど  届けるのがままならないみたい。」 「へぇ…。」  信長のまぬけな感心をあきらは無視した。 「そないな事情はどうでもええねん。うちが聞きたいのは!」 「メリットがあるんじゃないかって判断したからよ。  敵の事件を担当してるんなら、  情報とか引き出せるかも知れないじゃない。」 「ほんまにそれが理由か?」 「さぁね。」 「なんやと!?」 「ま、まぁ引き受けた以上は仕方ないじゃん。」 「そうだね…で、息子さんはどこにいるの?」  行動を決定するのはまりかの役目である。この発言によって、あきらは激しく反対するのを諦めた。 「三ノ輪の警察署ですって…。」 「じゃ、じゃあ…。」  その地名は信長にとって忘れることのできない場所を意味していた。 「そうね。カオスとの銃撃戦で亡くなっている可能性もあるわ。」 「せやったらなんで引き受けたんや!」 「…今は答えられないわ…。」 「…。」  かなめの行動はまりかにとっても不可解であった。 …2  まりか達は三ノ輪警察署前までやってきた。 「金本さん。八巻君。」  かなめの言葉に、あきらと信長は振り返った。 「あなた達が呼び出してきて。  私と武藤さんはここで敵がこないか見張ってるから。」 「外まで連れてきて、情報引き出すんやな。」 「そうよ。」 「信長、行くで。」 「う、うん…。」  二人が警察署に入っていくのを認めると、かなめは外に注意を向けた。 「かなめさん…私には理由を聞かせてくれるよね。」 「私達、敵と立ち向かうためには  もっと強くならなくっちゃいけないわ。」 「うん…。」 「能力だけじゃなくって心の方も…。」 「ここは信長くんにとって、訳有りな場所だものね。  だけどあきらさんは?」 「金本さんは、この件に対する反応が妙だなって、そう思えたのよ。  いつもの彼女なら、こうした事件は真っ先に首を突っ込むはずだのもの。」 「うん。」 「トラウマがあるんなら、それに立ち向かわないと…。」  そう語るかなめは、だが視線を決してまりかには合わせていなかった。 「でもそれって、かなめさんにも言えるんじゃない?」 「武藤さん…。」  かなめはまりかの目を見た。 「ごめん。すっごく嫌な言い方だった…。」 「そうね…でも…そうね…。」  かなめは、自分が何故今回の様な行動をとったのかようやく自覚し、理解できた様な気がした。  あきらと信長は警察署の受付に、浮浪者の息子の呼び出しを頼んだ。 「町田巡査ですね。ちょっと待っててね。」  そう言うと、受付の婦警は部屋の奥へと消えた。信長は拍子抜けした表情で警察署を見渡した。 「以外と憶えられてないんだな、僕…。」 「そうやな。」 『ここで…僕は金本さん達に助けられたんだ…。』  見渡しながら、信長はそんなことを考えていた。 「かなめん奴も、酷な仕事させよるわ。」 「だけど…改めて認識しなくっちゃいけないのは解るよ…  僕だって、いつまでも引きずるわけにはいかないんだ…  この場所は僕が…。」  何かを言い切ろうとした信長であったが、戻ってきた婦警によって、その言葉は遮られた。 「町田巡査はパトロール中です。」 「パトロール?」 「近所でしょ? 行こう。」  長居しても厄介ごとを生むだけである、そう判断した信長はあきらを促した。  外に出たあきらと信長は、まりか達に事情を説明した。 「パトロール…。」 「この辺だと思うよ。」 「探しましょう。」 「うん。」  かなめの判断に、まりかは従った。 「署内を見て思ったんだけど、  あの銃撃戦がまるでなかったみたいだったよ…。」 「信長君…。」  信長の唐突なつぶやきに、まりかは返事の言葉が見あたらなかった。 …3  浮浪者の息子である町田巡査を探すのに、それほどの手間はかからなかった。  彼を小学校の裏で見かけたまりか達は呼び止めるとプレゼントの話を切り出した。 「プレゼント?」 「ええ、お父さまから預かってきました。」 「なんで君達が…。」  町田巡査はかなめの言葉を決して信用していなかった。 「成り行きでそうなっちゃったんです。  別に知り合いって訳じゃあないんですけど。」 「そうか…。」  信長の言葉に、町田巡査は妙な説得力を感じた。しかしそれを認識した途端、彼の表情が曇った。 「受け取りたくないんやろ。」 「あきらさん。」  あきらの態度にまりかは意外さをおぼえた。 「なんで人使って渡すんや…そう言いたいんやろ。」 「…。」  しかし町田巡査は返事をしなかった。 「あないなお父や。自分、いろいろ思うとこ、あるんやろ?」 「あきらさん。変だよ…。」  信長にも、問い詰める様なあきらは不可解であった。 「どうなんや。」 「父を見れば、そう思われても仕方ないが…プレゼントは受け取る。」 「そうじゃないと困るわ。」  かなめ怒気まじりの声でそうつぶやいた。すると、巡査の無線機から呼び出し音が鳴った。 「はい、町田巡査です…なに!? わかりました!」  町田巡査は自転車にまたがった。 「あ、どこ行くんです!?」 「駅前のディスカウントショップにテロリストが出たんだ!  プレゼントは後で受け取る!」  そう叫ぶと町田巡査はその場から駅前へと向かった。 「金本さん、どういうつもり。」 「何のことや。」  かなめの言葉に、あきらは低くうなる様に返事をした。 「何のって…。」 「…うちのお父もあないな奴やった…。」 「…。」 「事情は誰にだってあるさ! それより早く行こう!」  信長の言葉に、まりかは力強く、あきらは軽く、かなめは戸惑いつつ、それぞれうなずいた。  まりか達は巡査の向かった地下鉄駅前のディスカウントショップにやってきた。  しかし時は既に遅く、店内は荒らされ町田巡査は血を流したままレジ前に倒れていた。 「遅かった…!」 「サ、サイキ共か!」  まりかの言葉に反応したのは店の奥にいたソロモンタイプの獣人だった。  彼にも語りたい事情や主張、これからやりたい行動や人生もあったのであろうが、それ以上のリアクションも許されることなく、三人のサイキの能力の前に泡と化した。  まりか達は倒れている町田巡査に歩み寄った。 「武藤さん。」 「ええ。」  まりかは能力で町田の傷を塞いだが、彼の残りわずかな生命に時間を与えることはできなかった。  意識を取り戻した町田は、精いっぱいの声をふりしぼった。 「き、君達…こんなとこにいちゃ危険だ…。」 「化け物は…どこかに逃げました。」  混乱をさけるための嘘をかなめはついた。 「そ、そうか…しかし悔しいよな…拳銃も通じないなんて…  そ、そうだ…親父のプレゼントを…。」  かなめは町田にプレゼントの箱を包装を破いてから手渡した。 「バクチばっかりで…ひどい親父だったけど…。」  町田が開けた箱の中には野球帽が入っていた。 「あは…俺がまだ野球好きだと思っていやがる…  もうガキじゃねーのに…。」  そうつぶやくと、町田巡査は静かに息を引き取った。 「…。」 「嫌な結果や…こんなんは…。」  かなめは言葉を失い、あきらは嫌悪感にさいなまれた。 …4  その日の夕方、まりか達は新宿に戻ってきていた。浮浪者の老人に事の顛末を話すためである。  しかし浮浪者のたむろするタクシー乗り場付近には、あの老人はおろか、一人の浮浪者の姿も見えなかった。 「この辺りにいたホームレスだったら、強制立ち退きさせたよ。」  信長に事情を尋ねられた警官は、そう返事をした。 「強制…?」 「通路や道で寝られても迷惑なんだ。  テロリストのいい隠れ蓑にもなるし…  そうだな、中央公園あたりに移動したんじゃないのかな?」  警官の言葉通り、新宿駅にいた浮浪者の何割かは、中央公園にそのねぐらを移していた。  例の老人はベンチに寝ていた。かなめは優しい笑みを浮かべると老人の背中に語りかけた。 「おじさん…プレゼント、確かに届けました。」  しかし老人からの返事はなかった。寝ているものかと様子を伺ったかなめであったが、老人は寝息すら立てていなかった。 「…この人、もう…。」  信長は言おうとした言葉を止めた。 「あないな帽子や…パクったんやないのなら、  ぎょうさん無茶したはずやで…。」  あきらの言葉に耳を傾けることなく、かなめは公園の出口まで歩いた。 「いい気なものね、東堂かなめ!」  かなめは夕暮れに向かって声を張り上げた。 「かなめさん…。」  まりかにはかなめの行動が理解できなかった。 「こんなことに首を突っ込んで…  自分の家庭がうまくいってないからって、  理由をごまかしてリーダッシップを取ったつもりの偽善者!  東堂かなめ…それがあなたよ!」 「能力を使えても…どうにもならないことだってあるわ…。」  今のまりかには、そんなつぶやきしか出来なかった。 [二十二・裏切り者(前編)] …1  「フルメタルカフェ」の地下で、まりか達はこれからの行動を打ち合わせていた。 「真実の徒…早めに何とかしないと、被害者は増える一方だな…。」  信長はそうつぶやいた。 「そうだよ、あいつら、やり方に分別が無くなってきている。」  まりかは信長の考えをそう補足した。その口調はこれまでのまりかに無い、強い意思が込められていた。 「どないする? うちは真実の人を見つけ出すのが  いっちゃん早いと思うが。」 「よく考えてみたら、僕達って真実の人を見たことも無いんだよなぁ。」  まりか達のやりとりを、かなめはやや離れた位置で聞いていた。 「私…真実の徒の施設を一つ知っているわ。」 「ほんと!?」 「警察にも連絡していないから、  あれからどうなってるか解らないけど…どうかしら?」 「そうやな、人間やったら泡にされるかも知れんが、  機械の情報やったらひょっとして…。」 「行きましょう、かなめさん!」 「…。」  かなめは、暗く冷たい表情でまりかの覇気を受け流した。  あきらの空間跳躍能力で、まりか達は地下鉄西日暮里駅まで跳んできた。 「この地下に…あいつらの収容施設があったのよ…  どうする? 地下鉄の線路から行ってもいいし…。」 「そないな手間はごめんや、かなめ、この真下なんやろ?」 「ええ、二、三十メートル程の地下かしら…。」 「テレポるで…ええな。」  まりか達はあきらの手を握った。あきらは精神を集中すると地下へと跳んだ。 「うわ…ホワイトの時と同じだ…。」  収容施設を見渡しながら、信長はそうつぶやいた。 「これだけの規模だったら…きっと管理するための部屋があるはずね。」 「そうやな、情報がぎょうさん詰まった  コンピューターなんかもあるやろ。信長。」 「ああ、そっちの操作はまかせてくれ。」 「信長くん…コンピューターなんて出来るんだ?」  まりかは信長がマスターのパソコンで情報を収集している現場を未だ見たことが無かった。 「うん、小さい頃からね。」 「ふーん。」  それはそれで、信長らしいとまりかは思った。 「…。」  かなめは、状況に対して一人不信感を抱き始めた。 「おかしいわ。」 「なんや?」 「私たちが侵入したのに警報も鳴らなければ、工作員の一人も出てこないわ。」 「そうだね…。」  まりかはかなめの言葉に、気を引き締めた。 「考えてもしゃあないで…罠があるにしても、  ここでじっとしておるわけにはいかん。」 「それもそうね。」  まりか達は、収容施設内を歩き出した。  かなめは、先日自分が潜入した時に比べ、施設内の様子が若干異なっている事実に気づいた。 「あの時とは違う…もうここは誘拐した人間を  収容する施設じゃなくなっているのね…。」 「目的が変わっとる言いたいんやな。」 「ええ。」  変化は、収容施設というよりは、何かの工場施設の様な印象をまりか達に抱かせた。  しかし相変わらず工作員の一人もおらず、作動している機材が不気味な音を上げていた。 「コントロールルーム…。」  突き当たりのその扉には英語でそう書かれていた。 「ここやな。」 「入るわよ…。」  まりかは用心深く扉を開けた。扉には何故か鍵がかかっておらず、三人のサイキと一人の少年はあっけなく部屋に入れた。  中には制御用のコンソールとコンピューターがぎっしりと設置されており、信長はそのうちの一つを起動させた。 「はは! 楽勝楽勝!」  信長は喜々とした表情でキーボードを操作した。画面には、これまでの真実の徒の作戦が次々と表示され始めた。 「信長、どうや。」 「そ、それが…。」 「どないしたんや!?」 「ここのコンピューターには、今までの作戦のデータと、  この工場を管理するためのデータしか入ってないみたいなんだ。」 「せやったら、別の記憶媒体にアクセスすればええやんか。」 「あきらさんは意外とコンピューターに詳しいんだな…  でも駄目だよ、ここのコンピューターは  互いにネットワーク化されていない…  十機あるマシンのどれもが個別で動いているんだ。」 「なら、全部調べたらええ!」  あきらは別のマシンを起動させた。 「かなめさん…。」 「ええ…ここまでやって、誰も出てこないのはおかしいわね。」 「何かあったのかしら…。」 「わからないわ。」  結局、この部屋から引き出せた情報は、この施設が「地下鉄ビリビリ作戦」という計画を実行するための、工場兼アジトだということぐらいであった。 「コンピューターはここだけなの?」 「いや…あとはデータルームっていうのがあるらしい…。」 「データルーム? そこや!」 「モニターにマップを表示するから、みんな見てくれ。」  信長はそう言うと、正面の大型スクリーンにこの施設の地図を表示させた。 「この、赤く点滅しているのが僕たちのいるここ、  で、黄色く点滅しているのがデータルームだよ…。」  それは、現在位置から最も遠くに位置する、つまり入口寄りの部屋であった。  まりか達も一度は道に迷い、その部屋の前までは来たのだが鍵がかかっていたため入れなかった部屋である。 「いま…データルームの扉の鍵を解除した…これで中に入れるはずだよ。」 「金本さん、跳べて?」 「無理や…直接見えへんし…この平面的なマップじゃ、  うまくテレポることもできへん。」 「なら、部屋の前か近くまで跳ぼうよ!」 「だめや、こん中、みんな同じ様な構造になってて、  イメージする自信があらへん。」  あきらにしては珍しい弱気であるが、言っている内容も事実である。 「信長くん、データルームの映像は出せないの?」 「さっきからやってるんだけど…。」  まりかは思考を巡らせた。 「行きましょう、そんな大した距離じゃないし。」 「ええ。」  まりか達は部屋から出た。そして、かなめの不安は的中した。 「…。」  廊下の両端には完全武装をした工作員を始め、ソロモンタイプの獣人、怪人が数十名、戦闘体勢をとっていた。 「まるで罠にかかった鼠だな!」  右端の一軍の中央に立つのは、装甲姉妹、蘭である。 「中央公園以来だな…私は蘭の姉、装甲姉妹、燐!」  そう叫んだのは、左端の軍団を指揮する、蘭と同型のプロテクターを装備した少女である。 「…。」  まりかは敵の戦力が、あまりにも膨大である事実に息を飲んだ。 「武藤さん、どうする?」 「敵が多すぎるわ…あきらさん。」 「どこかにテレポるしか、あらへんな…。」 「逃げるつもりか!」 「そうだ!お前達の欲しい情報はすぐそこにあるのだぞ!」  蘭と燐の挑発を無視し、あきらはまりか達の手を握り、空間に跳んだ。 「ふん…数に圧倒されたか…  サイキなどと言っても、他愛がないものね、姉さん。」 「蘭、追撃戦に移るわよ。あいつらがこの施設の所在を  知っている以上、いつ仕掛けてくるかわからないから!」 「うん!」  蘭と燐は、それぞれの部下に指示を出すと、まりか達の追撃を開始した。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  まりか達は渋谷駅前に出現した。 「もう一歩だったのに…惜しかったね。」  信長は安心と落胆が混ざった表情で、そうつぶやいた。 「ええ…でもあれだけ人数がいる上、  装甲姉妹が二人とも揃っているとなると…  今の私たちの戦力じゃ、どっちみち勝つのは難しいわ…。」  かなめの論評は、全員の気分を代表してのものであった。  実際、あの施設で出くわした真実の徒の量は、これまで交戦したそれを凌駕しており、いくらレベルアップをしたまりか達と言えども、その全てを倒すのは不可能であった。 「このままじゃ…フルメタルカフェに戻っても、迷惑かけちゃうね…。」 「そうやな…うちらはあの施設を知っとるさかいに…  ち…どないしたらええんや。」  信長の意見に、あきらは舌打ちした。 「ん…。」  かなめは異変を察知した。それは地面が振動する音、決して地下鉄の走行音ではない。地鳴りである。 「みんな! 来るわ!」  地表が割れ、土砂が吹き上げた。 「こ、こんな町中で!」  地中から現れたのは、装甲姉妹、燐である。 「ターゲット捕捉!」 「たった一人で!」  まりかはリボンを引き抜くと、それに能力を込めた。  燐が出現したのは駅前の、それもガード下の歩道であったため、道行く民間人や走行中の車はパニック状態となった。 「な、なんだ!?」 「またテロか!?」 「まりか!決着は早めにつけなあかん!」 「ええ!」  まりかは燐との間合いを詰め、リボンを打ち込んだ。 「そんな攻撃が効くか!」  燐はまりかの打撃を完全にガードすると、脇腹に装着されているリニアガンを発射した。 「つぁ!」  まりかはPKバリアーを張り巡らし、リニアガンの弾丸を弾いた。 「はっははははは! バリアーは大したものね…  だけどこれを防ぎきれるかしら!?」  燐の脚部と肩部の装甲板が展開され、中から大型のロケット弾がせり出した。 「シュート!」  発射されたロケット弾をあきらは瓦礫をテレポートさせることで防いだ。しかし爆発の破壊力は高く、まりか達は一様に傷を負った。 「きゃあ!」 「つぁ!」 「くぅ!」 「どんな奴と戦ってきたのかは知らないけど…  私は戦うために強化された装甲姉妹…今までの様にはいかないわよ!」 「それぇ!」  油断した燐の背後から、かなめが柔術を仕掛けた。 「く!?」  燐は腕を取られた。かなめは能力を込めた拳を燐の顔面に打ち込んだ。 「ぐぁ!」  燐は顔面を押さえ、その場に崩れ落ちた。 「完命流…霞命砕…。」 「うらぁ!」  倒れた燐めがけ、あきらは能力を込めたバットを振り降ろした。  燐の背面にそれは命中し、背負っているドリルパーツが粉砕された。 「く、くそぉ…。」 「私の霞命砕は一時的に集中力を奪うことができるのよ…  不覚を取ったわね。」 「まだだ!」  燐は再度、ロケット弾を発射した。 「甘い!」  まりかは弾道を能力でそらすと、燐との間合いを詰めた。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  能力を込めたリボンが、燐の頭部に命中した。 「ひぐぁ…。」  燐は、ここにきてようやく戦況の不利さを悟った。 「蘭…蘭、助けて!」  姉の叫びに呼応するかのごとく、まりか達の鼓膜をロケットの噴射音が震わせた。 「姉さん!」  蘭は急降下をしながら機関砲を乱射した。 「きゃあ!」  とっさの出来事であったため、まりかはバリアーを張るのが遅れた。蘭は地上でホバリングをすると、姉の手を取った。 「蘭!」 「離脱するわ、姉さん!」  蘭は燐の手を取ったまま、上昇を開始した。ロケットの上昇力は凄さまじく、二人の装甲姉妹は瞬く間に姿を消した。 「逃げられた…。」  かなめは上空を見上げていた。 「う、ううう…。」  地面には、流れ弾に当たった信長が倒れていた。 「信長君!」 「足に…足に弾がかすったぁ…。」  信長は涙を流しながら、そう訴えた。 「まりか! やばいで、ポリが来よる!」  パトカーのサイレンの音が確かに接近しつつあった。あきらはまりか達の手を取り、空間に跳んだ。  あきら達が出現したのは、品川であった。 「はぁはぁはぁ…まりか、信長の手当てを!」 「うん!」  まりかは信長の足に手をかざそうとした。しかし。 「逃げられるとでも思ったのか!」  三名の工作員と二名の獣人が、まりか達に迫った。 つづく