[十七・あきらの真実(後編)] …1  翌朝、「フルメタルカフェ」の地下室で朴は目を覚ました。 「う、うん…。」 「目ぇ覚めたようやな。」  コーヒーを乗せたトレーを持って、あきらが部屋に入ってきた。朴はあきらの姿を認めると、上体を起こし軽く驚いた。 「な…。」 「あは…驚いた? もう安心してええんよ。ここはメタカフェやさかい。」  あきらの日常的な声によって、朴は心理的に安定した。 「あ、あきら…そうか、俺は助かったのか…。」 「そや、うちが助けたんやで…。」 「あきらが…。」 「一体どないしたんや? なんであないな連中に…。」 「あ、ああ…それがいきなりナイフで脅されてさ…。」 「へぇ…。」  あきらはベッドの横に置いてあるイスに腰掛けると、懐かしさに溢れた瞳で朴を見つめた。 「料理の修行…うまくいっとるんか?」 「あぁ…俺、店やめたんだよ。」 「え…?」 「クビになったんだ。」  朴はうつむきながら、そうつぶやいた。それ以上たずねることをなぜか恐れたあきらは、一階へと上がった。 「朴くんは目をさましたかい?」 「うん…。」  マスターはあきらの気落ちした様子を心配した。しかしその気遣いを察知すると、彼女は髪をかきあげた。 「信長連れて、今日も狩りに出るで…マスター。」 「なんだい?」 「真実の徒のことは、朴兄ぃには秘密にしておいて欲しいんやけど…。」 「…そうだね。」  マスターは優しく微笑んだ。あきらは二階に上がると、信長を探した。 「信長!」  信長はマスターの部屋でパソコンを操作していた。 「何やっとるんや。」 「パソコン通信で、連中についての噂を集めてるんだ…。」 「自分…その手でうちに情報を?」 「今までずっとそうしてきたんだ…一番新しい情報は、西日暮里だ…  多分、工作員がいる。」  あきらは信長の背後から、彼の首に両腕を回した。 「あきらさん…。」 「おおきに…。」  精いっぱいの優しさで、あきらは信長の努力に応えた。 「代償行為だったらやめてくれよ…。」 「え…?」  信長の冷たく難しい言い回しは、あきらに理解できるものでは無かった。 「朴さんと今のあきらさんは、住む世界が違い過ぎるんだ…  うまくいかないのは当然だよ…だけど僕は替わりなんかじゃない!」 「このスカタン!」  あきらは思いきり信長の頭を殴った。 「いた…いたた…。」 「そんなのと違う! なんや、たまに優しゅうしよう思うたら、  なーにが僕は替わりなんかじゃない…  このクソボケ! 殺したろか! ほんまに!」 「あは…あはは…。」  あきらの心、女性の心を理解するには、まだまだ時間が必要であると、信長は悟った。  あきらは、情報にあった西日暮里に信長と跳んだ。  隠密行動をとる工作員には独特の気配と間合いがあり、あきら達がそれを発見するのに大した労力を必要としなかった。 「見つけたでぇ!」  あきらは三人の工作員を発見すると意識を集中し、あたりの瓦礫を工作員達の頭上に出現させた。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  工作員達は瓦礫の下敷となり、泡と化した。 「へへーん、どんなもんや!」  勝ち誇るあきらであったが、信長にはどこか以前の凶暴性は潜めているように思えた。 『そうか…朴さんが、いい押さえになってるんだ…。』  朴という存在があきらにとってどれほど大きいものであるのか、そしてその代わりを自分がとても務められそうにないことを、信長はなんとなく理解していた。  深夜。以前の渋谷であれば、不夜の賑いを見せていたこの街も、いまは住宅街の様に静まりかえっていた。 「これじゃ、まるで正月よりひどいなぁ…。」  おそらくOLであろう、その女性は人気もまばらなセンター街を歩いていた。 「しっかし課長もムカつくよなー、いきなり残業だなんてさー。」  会社の上司に対しての愚痴をこぼしながら、女性は渋谷をNHK方面に歩いていた。 「あ…?」  女性は、自分の背後から何者かが近付いてくる気配を感じた。 「やだ、痴漢…?」  歩足を早め、女性は表通りに出ようとした。しかし背後から近付くそれは、空中へと跳ぶと彼女の前に着地した。 「ひ!」  女性が認めたその影は、大柄な男性のものであった。  端正な造形のその顔は、痴漢と言うよりは武道家の様でもあった。しかし生気はあまり感じられない。 「な、なんですか…。」 「ホルモンだ…。」  男はうなる様につぶやいた。 「はい…?」  女性の両肩を男は掴んだ。 「ひ、ひぁ…。」  肩を掴む男の力は、人間のそれを遥かにこえていた。 「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」  女性は左右に引きちぎられた。 「ぐふ…ぐふぅ…。」  男はまっぷたつとなった女性の身体を食らい出した。その食べ方は、まさしく飢えた野獣そのものであった。 「まだだ…まだ足りぬ…。」  食事を終えた男は、そうつぶやいた。  数日が経過した。朴は今だに「フルメタルカフェ」の地下に寝泊まりし、傷を癒していた。  あきらは朴の身の回りを世話し、信長は通信によって「真実の徒」の情報を集めていた。  そして、マスターはいつでも店を再開できる様、あまり急ぐことなく準備をすすめていた。 「あきら。」 「ん?なんや?」 「すまん、トイレに行きたいんだ…手を貸してくれ。」  あきらはベッドから起き上がった朴に肩を貸した。 「朴兄ぃ…。」 「なんだ?」 「肥えたやろ。」 「え…?」 「この間、担いだときも感じたんや…朴兄ぃ、体重増えとる…。」 「あ…そうかもな。なんせ修行しているときは、  うまそうなのが回りいっぱいだろ? ついついつまんじまってさ。」 「あっははは! せやからクビになるんや!」 「かもな。」  あきらと朴は、顔を見合わせて笑い合った。 「でも…うちは朴兄ぃがクビになったん嬉しいねん…。」 「あきら…。」 「こうして…一緒におられるもん…。」  そう言うあきらは、幸せそうな笑みを浮かべていた。 …2  夜となった。あきらは朴が眠るのを確認すると、一階へと上がった。 「あきらちゃん…。」  マスターはあきらを呼び止めた。 「なんや?」 「朴さんの怪我…どうなんだい?」 「ん…もう治ってきとるんやろうけど…。」 「え?」  看護をしているはずのあきらの、あまりにも曖昧な返答に、マスターは困惑した。 「朴兄ぃ、あんまり怪我見せてくれへんのや…手当ても自分でするゆうて…。」 「そうかい…。」 「せやけど、初めにうちが手当てした日から考えても…  あの程度の怪我やったら、もう治ってもおかしないはずやで。」 「治ったら…朴くんここから出て行くよ。それでもいいのかい?」  マスターの言葉に、あきらはうつ向いた。 「仕方あらへん…いつまでもこないなのが続く訳あらへんし…  朴兄ぃが出て行ったら…また元通りや。」  そう言うと、あきらは二階への階段を上がって行った。マスターはここ数日続いているこの奇妙な日常に、不安を抱きつつもなぜか違和感はなかった。  翌朝、あきらは信長に起こされた。 「あきらさん。あきらさん!」 「何や…。」  不機嫌さをそのまま顔に出しながら、あきらはベッドから起きた。 「通信で、変な情報を拾ったんだ…ちょっと見に来てくれる?」  あきらは着替えると、隣の部屋へと向かった。部屋では信長がマスターのパソコンを操作していた。 「…。」  あきらは妙な懐かしさをおぼえながら、モニターの情報を見た。 「渋谷で連続猟奇殺人事件が発生…新聞の記事やな。」 「うん。この近所だよ…被害者は仕事帰りのOL、  帰宅途中の女子大生に女子高生。流れてる情報を総合して考えてみると…。」 「…。」  あきらは息を飲んで、信長の次の言葉を待った。 「被害者の全部が何者かに食べられたらしい…多分、真実の徒の仕業だよ。」 「そうか…ポリが捜査始めとるんやったら、  うちらが掴めるネタも少ないかもしれへんけど、調べてみる必要はあるなぁ。」  あきらと信長は食事を採ると、早速事件現場に向かった。現場では複数の警官が現場検証をしており、報道陣も集まっていた。  あきらは報道陣や民間人の証言から、犯行手段が極めて残忍であること、そしてそれを実行したのは人間の力を超えた何者かであることの二点を知った。 「真ん中から引き裂かれて…。」  植え込みに腰掛け、あきらと信長はこれまで得た情報を整理していた。 「真実の徒しかおらへん…。」 「だけど変じゃないかな?」 「なんでや?」 「あいつらにしちゃ、証拠を残し過ぎだし…目的が不明瞭だ。」 「そうやな…せやけどあいつらかていつも完璧な仕事をするとは限らへん。」 「うん…。」  信長はあきらの言葉を否定したかった。しかし、不安は直感による認識であり、それを言葉にする気にはなれなかった。 「とにかく出直しや。このままじゃラチが開かへん。」  二人は「フルメタルカフェ」に帰った。 「連続殺人犯ねぇ…。」  朴はスパゲティを食べながら、新聞の記事を読んでいた。 「そうなんや…うちも今日、その現場見たでぇ。」 「恐ろしい話だなぁ…人間を食べるなんて。」 「そうやろ?」 「あきらも気をつけないと。」 「はっははは! 心配せんでもええ、うちには能力があるさかいに。」 「…。」  信長は、あきらと朴のやりとりを不審そうに見つめていた。 「…。」  その日の夕方。あきらはぼんやりとした表情で、ベッドの上に座っていた。  新しい情報もなく、朴の体調も回復しつつある今、あきらは時間をつぶす術を持っていなかった。 「いいかな?」  その声は信長のものであった。あきらは部屋に招き入れると、信長を椅子に腰掛けさせた。 「あ、あのさ、あきらさん。」 「なんや?」 「朴さんってさ…。」 「…。」 「あきらさんのグループがその後どうなったかとか、  今、あきらさんが何をしているのかとか、今まで聞いてきた?」  あきらは目を細め、信長を睨み付けた。 「別に…そないな話しはしとらへんで。」 「…おかしくないかな。」 「どうしてや。」 「だって、朴さんはあきらさんのグループの、前のリーダーだったんだろ?  聞かないのは変だよ。」 「何がいいたいんや…。」 「何って…。」  信長はあきらの気迫に押された。しかし数秒間を開けると、彼は自分の意見を一気に言葉にした。 「朴さんはおかしいと思うんだ。この店にいつまでもいること、  あきらさんの現在を聞いてこないこと、それに…真実の徒の話題が出ないこと…。」 「…。」  あきらは無言で信長を睨み続けていた。しかし、その瞳には僅かであるが迷いの色が宿っていた。 「朴さんは、真実の徒に関係がある…そう思うんだ。」 「自分…朴兄ぃが、連続殺人犯や言いたいんか?」 「それはわからないよ! だけどおかしいだろ?  あきらさんだって薄々勘ずいてるはずだ!」 「自分、調子に乗り過ぎやで!」  あきらに一喝され、信長は怯んだ。 「ぼ、僕は…あきらさんを心配して…。」 「せやったら、いいかげんなこと吹き込まんとってや!」  信長は肩を震わせながら、あきらの部屋から出て行った。 …3  翌日となった。あきらは顔を洗い、部屋から出た。 「あ…。」  廊下には朴が立っていた。 「朴兄ぃ…。」 「おはようあきら。」  優しく微笑む朴の表情を見て、あきらは不信感を弱めた。 「おはよう。」 「突然だけど…この店にやっかいになるのも、今日で最後なんだ。」 「え…?」 「怪我も全快したしな。新しい仕事も見つけにゃいかん。」 「そ、そうやな…。」 「でな、ちょっといいか? 話があるんだ。」  その言葉に、あきらは不安を覚えた。 「…。」 「いいだろ? ここじゃ話辛い…。」 「え、ええよ…。」  あきらが連れてこられたのは、以前彼女が、そして更に遡れば朴が、アジトにしていたガレージであった。 「ここならゆっくりと話せるな…。」  そうつぶやく朴の背中を見ながら、あきらは不安を確信へと変化させていた。 「なんでそう言えるんや…。」 「え?」 「ここは前からうちらのアジトやったやろ?  マモルも、ツヨシもいた…何で誰もおらへんのを不思議に思えへんのや?」  そう言うあきらの声は、既に涙声になっていた。 「あ、あきら…。」 「うちをだますんなら、もっとマシな方法があるやろ?」 「何を言ってるんだ…。」  振り返った朴の表情には、焦りの色が浮かんでいた。 「昨日もそうや、新聞には被害者が食われたなんて書いてあらへん。  なんで朴兄ぃがそないなこと知ってるんや?」 「あ、あれはマスターから…他の客から聞いて…。」 「もう嘘の上塗りはやめてぇな…。」 「あきら! 俺のことが信じられないのか!」  その叫びはあきらの心を打ち、彼女の身体を硬化させた。朴はその身体を抱き締めた。 「ぼ、朴兄ぃ…。」  朴はあきらの両肩に手を回すと、力を込めた。しかしそれは人間のそれを遥かにこえていた。 「う、うぁ…。」 「助けてくれ…助けてくれあきら。」  朴の声は、手に込められた力とは正反対にかぼそいものであった。 「朴兄ぃ…。」  朴の身体が一回り大きくなった様に、あきらは感じた。そしてそれは現実であった。 「俺は、俺は、こんな身体にされ…うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  朴の身体に変化が起こった。手足は長く伸び、顔面は中央からぱっくりと割れ、身体全体は深い体毛で覆われた。  それはまさしく不完全なる「獣人」である。 「ホルモンをくれ! 不完全に改造された俺の肉体は、  女のホルモンがなければ二日ともたないんだ!  このままじゃ身体が崩れて死んじまう!」  悲痛な叫びである。しかしあきらは朴の両手をふりほどくと、バットを引き抜いた。 「…。」 「ホルモンがいるんだぁ!」  身体の変化は、朴の精神から冷静なる理性をも失わせていた。 「朴兄ぃ…。」  あきらはバットに能力を込めた。獣人と化した朴は、あきらめがけて突進を開始した。 「日本人は俺を差別した! 仕事のチャンスもない俺は、  あいつらの組織に入るしか道がなかったんだぁ!」 「助けたる…今、楽にしたる…。」  能力を込めたバットは、朴の腹部に命中した。 「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  あきらは悲痛な表情のまま、バットを何回も振り降ろした。 「ぐぁ! ぎゃあ!」  朴はその戦闘力を奪われた。その姿はやがて元の姿に戻ると、鈍い音を立てその場に崩れ落ちた。 「う、うぁ…。」  あきらは倒れている朴に歩み寄った。 「つ、強くなったな…あきら…。」 「朴兄ぃ…。」 「俺は…弱かった…やってもいない罪をきせられ…店もクビになって…  連中の誘いに乗った…しかしその結果がこれだ…。」  朴の身体は、足から泡化が始まっていた。 「お前を食えば、連中は俺の身体を治してくれると言ったんだ…  だが…こんな苦しみも、もう終わりだ…。」  表情は安らかなものへと変化していた。これまでの事実は悪い夢である。そう認識することで、あきらは安心しようとしていた。 「だ、だけどな…始めから外側にいる奴は、決して日本人の中で幸せになることは…  できないんだ…く、くそぉ…。」  悲痛な声を上げ、朴は絶命した。  結局、あきらは安心することもできず、「フルメタルカフェ」に帰った。 「あきらちゃん…。」  マスターの声も無視して、あきらは二階へと上がって行った。自分の部屋に戻ると、あきらはベッドに身体を投げ出した。 「…。」 「あきらさん…。」  その声は信長のものであった。 「ごめん、勝手に入ったりして…。」 「朴兄ぃのことなら…ケリついたで…。」 「…。」  信長は、あきらの言わんとしていることを察知していた。 「明日から本格的に…まりか達を探すで…手伝ってくれへんか…。」 「あ、ああ! 情報を拾ってみるよ! うん!」  そう言うと、信長はあきらの部屋を後にした。 「朴兄ぃ…。」  あきらはその夜、泣けるだけ泣いた。そしてそれは彼女の生涯において、最後の涙となった。 [十八・トゥルーリーガー作戦] …1  その日、真実の人はいつものダークスーツから、サッカーのユニフォームに着替えていた。 「真実の人。」  入室してきたフランソワは、真実の人の服装を見ても表情一つ変えることはなかった。 「おおフランソワ君。」 「その服装はいかがなされたのですか?」 「これか? うむ、ついにトゥルーリーガー作戦、発動の日が来たのだよ!」 「真実の人。」 「なんだね?」 「サッカーにおいて、監督はユニフォームを着用しないものです。」 「うーむ。それは解っておる。しかし私は監督になるつもりはない。  私は集団を指揮するのは苦手だからな。」  現在の立場からすれば矛盾したことを真実の人は言ってのけた。彼はフランソワに背を向けると自分のゼッケン「12」を自慢気に見せた。 「私は十二人目の選手! つまりはサポーターという訳だ!」 「はい。」 「…作戦準備はどこまで進んでおる?」  フランソワが、自分の言葉にあまりに無反応なため、真実の人は少しばかり恥ずかしさをおぼえた。 「はい。誘拐対象となるクラブチームの選定は既に終了しました。  無論、計画も順調に進んでおり、後は実行を待つばかりです。」 「そうか! では作戦スタートだ! 黄色いブタ共に真実のプロスポーツの  姿を教えてやる! キックオーフ!」  八月も終わりにさしかかった東京、港区。東堂かなめはホワイトでの死闘の後、自宅にテレポートさせられていた。 「…。」  かなめは父である守孝と二人で朝食を採っていた。 「来週からは学校だな…。」 「ええ。」 「事件のことは先生に話してある。これからは普通にやるんだぞ。」  心配よりも威圧の要素が強いその言葉に、かなめはあからさまな嫌悪感を抱いた。 「わかってるわお父様…。」 「そうかそうか。」  娘の素直な返事に、守孝はすっかり気を良くしてしまった。 「林も、トンネルで連れ去らわれる様なヘマは、もう無しだぞ。」 「はい…。」  かなめの背後に立つ林は、うやうやしく頭を下げた。 「あれは不可抗力よ。」 「かなめ…。」  かなめの、静かだが強い口調は守孝を狼狽させるのに充分であった。 「それよりも派手に金を使ってるから、あんな連中に狙われるのよ。」 「かなめ! それは違うぞ!」 「違わないわ…私の他に誘拐された二つの家も、  随分と有名なお金持ちだったじゃない…。」 「何が悪いと言うのだ!?」 「別に…何となく言いたかっただけ。」  そう言うと、かなめは席を立ち、部屋を出て行った。 「かなめの奴…戻ってきてからずっとあの調子だ…一体何があったと言うのだ…。」  守孝には、娘のストレスの原因が自分にあることを気づくことはできなかった。 「…。」  かなめは自室に戻ると窓の外を見た。 「オルガって奴にやられて…気づいたら自分の部屋で倒れていた…。」  自分の身体が恐怖に震えていることを、かなめは認識していた。 「こんな家が嫌いだからって…もうあんな目にあうのはごめんよ。」  オルガとの戦いは、それまでのかなめの甘い認識をすっかりと改めていた。 「かなめお嬢さま…。」  その声は、執事の林のものであった。 「入っていいわよ。」  かなめに促され、林は部屋に入った。髭と濃い眉に覆われたその顔からは表情を読み取ることもできない。  かなめは生まれた頃からこの老人と接する機会が一番多かった。表情も感情も外的には読み取り辛いこの老人と。 「お嬢さま、僭越ですが、ご忠告申し上げたいことがあります。」 「…。」 「あれから何があったのか、存じ上げませんが。」 「お父さまと仲よくしろ…そう言いたいのでしょ?」 「はい…。」 「出来ればそうしたいわ…でもね、あの人はやっぱりああだってこと、  私いまさらながら思い知ったのよ?  娘の命よりダイヤの方が、あの人には大切なのよ。」 「そ、それは…。」  確かに、誘拐事件で見せた守孝の行動は、林の目から見ても苦しいものがあった。 「だけど私はまだ子供なの。この家から出ていくこともできない…  だったらああするより他に無いでしょ?」 「ですが…亡くなられた奥様は、いつも。」 「明るく楽しくっていう遺言? あの人にそうするには、  私がお母さまみたいに大人にならなくっちゃいけないわ!  だけどそうしたらこんな家、もういる必要無いもの!」 「かなめお嬢さま…。」 「お母さまの死に際にも…あの人はこなかった…  だけどそんなこと少しも気にせずに…私、お母さまみたいになれないし、  なりたくもないわ。」 「…。」  かなめの真意を、林は理解していた。彼は無言のまま、メモ帳を取り出した。 「かなめお嬢さま…今日の午後三時からなのですが…。」 「何か…予定が入っていたかしら?」  自分でも、先程までの言葉は言い過ぎであったと認識しているかなめである。  話題が切り替わったのであれば、努めて林の言葉を聞こうとしていた。 「はい。Fリーグ、サッカーの試合観戦があるのですが…。」 「行きたくないなぁ…。」 「ええ…ですが今日の試合は東堂システムの主催ゲームなのです…。」 「ならお父さまが行けばいいのよ…。」 「…。」  林は無言になった。かなめは能力を使う必要もなく、忠実な執事の困惑を読み取っていた。 「いいわ。行ってあげる。」 「かなめお嬢さま…。」  林の心が軽くなった。 「ごめんね。ちょっと困らせてみたかっただけ。林ってば真に受け止めるんだもの。」  かなめはいたずらっぽく笑ってみせた。 …2  千駄ヶ谷の国立競技場。その駐車場に、林の運転するベンツが停車した。 「ふぅ…。」  車から降りたかなめは辺りを見渡した。すると、かなめの姿を認めた関係者達が小走りに駆け寄ってきた。 「う…。」  かなめは条件反射的に、ポケットの中のグローブを探ってしまった。 「これはこれは東堂のお嬢さま!」 「本日はわざわざご足労頂き、誠にありがとうございます!」 「あ、ええ…。」  まりか達との数日間で、かなめの感覚は戦いのそれに順応してしまっていた。  かなめは関係者達に案内されるがまま、競技場の貴賓席にやってきた。 「こちらです。」  清潔そうな一人の青年がかなめの手を取り、席にうながした。 『ふん…東堂システムの一人娘か…こいつもどうせ、  ミーハーのサッカーファンだろーがよ。』  見かけの清潔さとは正反対の、ただれた真意をかなめは能力で読み取った。 「ありがとう。」  かなめはそう言うと、青年の手をはらい、席についた。 「かなめお嬢さま…。」  かなめの変化を感じ、林が背後から声をかけた。 「馴れているからいいわ…ところで今日は、どことどこの試合なの?」 「はい。フランス代表チームと武蔵野ライズの親善試合です。」 「ライズは…うちの会社がメインスポンサーだったわよね。」 「はい、お嬢さま。現在Fリーグ、首位独走中です。」 「ふぅん…。」  つまらなそうに、かなめは頷いた。そして辺りを見渡してみた。 「…。」  互いに部屋を出入りし、耳打で情報交換する。回りの大人達の様子は妙であった。  かなめに気づかれまいとしているものの、勘のいい彼女にとって、その努力は無駄であった。 「林。」 「はい、かなめお嬢さま。」  かなめの性格を知り尽くしている林は、その短い言葉のやりとりだけで、敬愛する主人の真意を見抜いた。  彼はかなめの背後から立ち去ると、辺りの異変の原因を探った。 「お嬢さま、どうやら…。」 「待って。」  かなめは林の手を取り、その心を読んだ。 『武蔵野の選手を乗せたバスが競技場へと向かう麻布トンネルの途中で  行方不明となった。』  かなめが読んだ情報は、そういうことであった。 『私のときと同じシチュエーション…装甲姉妹の仕業ね…。』  しかしその確信は、かなめに行動を促すものではなかった。 『まいったな…変に関わっても、またあのオルガって奴が出てきたら、厄介だし…。』  異変から十分が経過した。周囲の大人達はかなめに事実を隠すのを忘れ、不安を口々にしていた。 「選手のバスが行方不明? ふざけるな、もう客は入っちまってるんだぞ!」 「一応、警察に届けは出したが…。」 「まずいぞ、このままじゃ試合はできない。」 「いくらの損害になると思ってるんだ!」 「今日の試合だけじゃないぞ、もし見つからなければ、我が社の信用はどうなる!」  だが、そんな言葉もかなめの重い腰を上げるには、まだ不充分であった。 『損害なんて…関係ないもの。』  かなめは席を立った。 「かなめお嬢さま。」 「試合が始められない以上、ここにいても仕方ないわ。林、帰るわよ。」 「は、はい。」  しかし、帰ろうとするかなめを何人もの大人が制止した。 「東堂様、いま暫くお待ちを!」 「そうです、もうじき試合は始められます。」  ある青年などは、かなめの手を取って制止を試みた。 「お嬢さまに帰られては、我々のメンツというものが…。」  しかし、かなめはその青年の真意を覗いた。 『ちょっと待ちきれねぇからって、帰ることはねーだーろーが、このガキ!』  かなめは、青年の手を振り解くと、林を連れ貴賓席を後にした。  林が扉を開け、かなめは後部座席にすべり込んだ。 「お嬢さま!」  車の外では、相変わらず大人達が、かなめの帰宅を翻意させようと、無駄な叫び声を上げていた。 「林。出して。」 「はい。」  車は競技場を後にした。 「林、麻布トンネルに行って。」 「かなめお嬢さま…。」 「別にお父さまの会社を助けるわけじゃないわ。」  まりか達との行動により真実の徒との戦いに自信を持っていたかなめである。林の心配を、正確には把握していなかった。 「林。」 「かしこまりました…。」  林は車を麻布トンネルに向けた。 「ここね…。」  かなめは車から降りた。麻布トンネルの回りには警察と報道陣が詰めかけており、とても近寄れる雰囲気ではなかった。 「プロサッカーチームがバスごと消えたんですものね…  これだけの騒ぎになるのも当然か…。」 「かなめお嬢さま。よろしければこの林が情報を集めてまいりますが…。」 「頼むわ…。」  林は小走りで群衆に駆けて行った。数分後、燕尾服の乱れを直しながら、林が戻ってきた。 「やはり私たちが誘拐されたときと同じです。トンネルから出る時点で  バスは消えたそうです。」 「トレーラーで運ばれたの?」 「それが…そこまで目撃している人間が、どうにもいない様なのです。」 「そう…。」 「いかがいたしますか?」 「もう少し詳しい情報があれば…。」 「かなめお嬢さま。」  その声は、かなめを諭す様でもあった。 「わかってるわ林。でも私は…。」 「…情報として、有益か否かはわかり兼ねますが…。」 「え?」 「犯行を目撃している人間が、一人だけいるかも知れません。」 「どういうことなの?」 「迂遠な言い回し、失礼しました…いえ、犯行時間にトンネルの出口の公園で、  二歳になる子供が母親の目から離れ、一人トンネルの中に  入って行ったそうなのです。」 「子供が?」 「はい。母親が見つけ出した時も、子供はトンネル内にいたそうで、  時間的にもバスも消えた直後ですから、あるいはこの子供が犯行を  目撃している可能性があります。」 「警察も、二歳の子供じゃ証言の取りようもないわね。」 「はい。林もそう思います。」 「案内して。」  かなめは林に案内され、トンネルの出口に位置する公園にやってきた。この公園にもヤジ馬は大勢おり、かなめの気分を重くさせた。 「あの…ちょっといいですか?」  かなめが目当ての子供の母親に声をかけた。 「は、はい…。」 「坊や…可愛いね。ちょっとお姉ちゃんに、手を見せてくれる?」  かなめは子供の手を取ると、その心を読んだ。  脳裏に浮かぶヴィジョンは疾走するバス、その行く手を遮る装甲姉妹、蘭である。  しかし二歳児の思考のため、映像には固有名詞以外の正確な言葉がついていなかった。 「ふぅ…。」  かなめは子供から手を離した。 「あの…どちら様ですか?」  子供の母親は、不思議そうな表情でそう尋ねた。 「あ、いえ…何でもありません…。」  うまい言い逃れが思いあたらなかったため、かなめはただはぐらかすと車に戻った。 「かなめお嬢さま…。」 「あの子供からのヴィジョンでわかったわ…間違い無い、  ライズを誘拐したのは真実の徒の装甲姉妹…。」 「真実の徒…?」 「私たちを誘拐した、あの連中の名前よ…。」 「…。」 「林、西日暮里まで行って。地下鉄の駅よ。」 「…。」  しかし、林は車の扉を開けようとはしなかった。 「東堂かなめだな!」  その男の声に、かなめは即座に振り返った。 「真実の徒!」  かなめを呼び止めたのは、二名の工作員と、ソロモンタイプの獣人であった。 「もう…巻き込まれちゃったみたいね…。」 「かなめお嬢さま…。」  林の声は怯えていた。 「いい機会だわ…林、見てらっしゃい…あれから私が何をしてきたのか…。」  そうつぶやくと、かなめは林の制止を無視し、一歩前に歩み出た。 「たった三人で…東堂かなめを甘く見ないことね!」  かなめはグローブをはめ、真実の徒達と激突した。 「こ、これが…かなめお嬢さま…。」  かなめが乳児である頃から世話をしている林である。  いくらかなめが柔術を学んでいるとは言え、目の前で繰り広げられる死闘を現実の光景と認識することは難しかった。 「ふぅ…。」  戦いは、ほんの五分でけりがついた。 「か、かなめお嬢さま…。」  かなめの足元には泡がひろがっていた。 「私は…あの日以来、こいつらと戦っていたの…もうやめようかと思っていたけど…  やっぱりだめね。」 …3  林の運転するベンツは国道一号線沿いにある、西日暮里の駅までやってきていた。 「ヴィジョンの中で聞こえた単語…西日暮里の地下鉄駅…。」 「しかし…どういうことでございましょうか?」 「うん…。」  かなめは思考を巡らせてみた。 「とりあえず、行ってみましょう。」 「はい。」  かなめと林は、地下鉄の構内に足を踏み入れた。  駅の一部は丁度改装工事中となっており、かなめは陰謀の気配を感じていた。 『誰かが…私を見ている。』  その視線が真実の徒のものによることも、かなめは察知していた。 『手辺り次第に心を読むしか無いわね。』  かなめは、駅員、工事員の手に触れると心を読んで行った。 「な、なんだいあんた…。」 「工事…御苦労さま。」  最後の一人、工事現場の管理者とおぼしき男は、かなめに触れられるのをあからさまに拒んだ。 「私、こういった肉体労働に従事している人に頑張って欲しいって、  握手をしているんですの。」  かなめは既に、この男に対する容疑を固めていた。 「お、俺はいいよ…。」 「まぁ、そうおっしゃらずに。」  かなめは素早い身のこなしで、男の手を握り心を読んだ。 「ひ!」  男は即座に心をガードしたが、かなめの能力の前にあっては、その努力も無駄なものであった。 『工事現場の更に地下…真実の徒の収容施設…武蔵野ライズを拉致…  トゥルーリーガー作戦…。』  かなめはそこまで情報を引き出すと、男から手を離した。 「どうも…工事、頑張って下さいね。」 「…。」  かなめは林を連れ、一旦地上に出た。かなめに心を読まれた男は、持ち場を離れると、懐から携帯電話を取り出した。 「今こちらに東堂かなめが来た…警戒体勢が必要だ。」  男は電話を切った。 「う、うぉ!?」  足元から、男は泡と化した。  林は道路の通風口のフタを取り外していた。 「ありがとう林。」 「かなめお嬢さま…どうしても行くのですか?」  かなめの戦いを目の当たりにして、制止することを諦めた林ではあった。  しかしこの通風口が自分と主人との決定的な分岐路になることを、この老人は察知していた。 「こうして仕掛ける方がかえって安全なの…普通に生活しててもあいつらには  狙われるんだし…お父さまにも迷惑かけちゃうわ。」 「…。」 「いろんなゴタゴタがかたづいたら、絶対に帰るわ…  お父さまには林から言っておいて。」 「はい…かなめお嬢さま、くれぐれもお気をつけて…。」 「うん、ありがとう。」  そう言うと、かなめは通風口の中に飛び込んだ。  地表までは八メートル程の距離があったが、かなめは柔術で鍛えた受け身と、軽い念動力で着地した。 「さてと…。」  かなめは地下鉄線上に当然のごとく待ち受けていた工作員を倒すと、逆に彼らがいる場所から、収容施設へのルートを割り出した。 「行き止まりか…。」  突き当たりとなる壁を、かなめは探ってみた。すると壁は突如として消え、かなめはその中に吸い込まれた。 「隠し扉!? きゃあ!」  かなめはさらに地下へと続くシューターを転げ落ちた。 「いたたた…。」  地面に落下したため、かなめは腰を強く打ってしまった。 「うわ…。」  あたりを見渡したかなめは感嘆のため息をもらした。白系統で統一された配色、所々に見えるメカニック。それはまぎれもなく真実の徒の収容施設であった。 「ん…。」  かなめの視界に数十名の工作員の姿が目に入った。 「ふん…。」  かなめはグローブをはめ、暗殺者達と激突した。 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ…。」  工作員達との死闘は三十分にも及んだ。怪我こそなかったものの、かなめの体力は著しく消耗された。 「けっこうしんどいわね…。」  そうつぶやくと、かなめは施設の捜索を開始した。ライズのリーガー達は七つの部屋に分けられて収容されていた。  かなめは工作員との戦いを交えながら、この全てを解放した。 「さてと…これで全員ね…でもよかったわ。洗脳される前で…  もっとも、そうなっていても私の能力でどうにかできたでしょうけど…。」 「サイキが! よくも計画を邪魔してくれたな!」  その声は、かなめの背後からした。 「計画って…サッカー選手をバスごと誘拐するののどこが…。」  戦いの時間が続いていたため、かなめの精神はリラックスされていた。彼女は振り返ると、眼前に装甲姉妹・蘭の姿を認めた。 「うるさい! 真実の人の高尚な計画を、貴様ごときに理解されてたまるものかよ!」  装着されている装甲服の機能を、蘭は全てONにした。 「あの時は不覚をとったが…今度はそうもいかんぞ!」  蘭は脚部の機関砲を発射した。 「つぁ!」  PKバリアーで防いだものの、まりか程強い念動力が使えないため、かなめは衝撃により壁に叩き付けられた。 「今日はPK使いもテレポーターもいないんだな!」 「あ、あんたなんか…私一人で充分よ…。」  かなめは蘭との間合いを詰めると、柔術で腕を取り、あいた右手で蘭の頭部を突いた。 「完命流…霞命砕…。」  蘭の顔面は、唯一装甲が取り付けられていなかった。かなめはその額の中央に能力を込めた拳をぶつけた。 「う、うぁ…。」  蘭の抵抗もあったが、それを無視し、かなめは額を何度も突いた。 「ぐふぅ…。」  蘭は地面に倒れた。 「今日はお姉さんも来ないみたいね…。」 「く、くそぉ…。」  蘭の戦闘力は、殆ど奪われていた。しかしかなめは躊躇すること無く、拳を振り上げた。 「貴様なんかに、やられるわけにはいかないんだ!」  蘭はそう叫ぶと、天井にロケット弾を撃ち込んだ。 「うぁ!」  かなめは爆風から身を守った。蘭は背部のバーニアを全開に吹かすと、その場から離脱した。 「つ…逃げられた。」  かなめは天井を見上げた。ロケットの轟音は、まだ耳に残っていたが、既に蘭の姿を認めることは出来なかった。 「…戦う原因が希薄って…金本さんが言っていたけど…。」  髪をかきあげると、かなめは出口を探し始めた。 「息が苦しくなる父親に、つまらないことばかり考えている大人…  戦っている方がマシよ…。」  かなめは、まりか達との合流を決意した。 [十九・まりかの戦い(前編)] …1  まりかは自宅の居間で目を覚ました。 「う、ううん…。」  見慣れた部屋であるため、まりかは状況を即座に認識した。 「私…生きてるんだ…。」  その認識は、まりかの心を落ち着かせた。彼女はソファにつくと、大きく深呼吸をした。 「ふぁ…なんだかよくわかんないけど…逃げられたみたいね…。」  まりかは、居間の留守番電話に用件が五件入っているのに気づいた。 「…。」  それは、エジプトに旅行中の家族からのものであった。 「まりか、テレビで見たけど、日本じゃ大変なことになってるみたいね。  こっちでも渡航制限とかやってるみたいだけど、できるだけ早く帰るから。」  残りの四件も、全て似た様な内容であった。 「来週には母さん達が帰ってくる…早く出ていかないと…。」  まりかの気持ちは、既に真実の徒との戦いへと切り替わっていた。 「あきらさん達を探し出さないと…。」  まりかは外出の準備を済ませると、玄関に向かった。 「あ…。」  玄関の扉を開けたまりかの視界に、疲れた中年男性の顔が飛び込んできた。戸倉晋丞である。 「戸倉さん…。」 「やっと見つけたぞ…ちょっと話をさせてもらう。」  威圧的な口調で、戸倉はそうつぶやいた。  まりかと戸倉は、居間のソファで向い合っていた。 「お前さんがT資本にからんでいるのは、こっちも掴んでいるんだ…。」 「…。」  まりかは特に返事をしなかった。 「この間の電話…あれもあんただろ?」 「…。」 「こっちがどう動いても、連中のシッポすら掴むことができない。  だがあんたはあいつらの先手を打っている…警察署での銃撃戦…  起業家セミナー事件…そして昨日の爆発事件…なぜなんだ?」 「話さないと…やっぱりだめですか?」 「あたり前だろ? 俺たちはこの事件を片付けなくっちゃいけないんだ!  あんたが連中のことに詳しいんなら、俺はそれを知らなければならない!」  まりかがあまりに落ち着きはらった態度を取っていたため、戸倉は感情的になってしまった。 「わかりました…。」  まりかは工作員との出会いから、これまでの経緯を説明した。 「そ、そんな話を信じろって言うのかよ…。」 「…。」  まりかは意識を集中すると、戸倉を見えない力で空中に浮かび上がらせた。 「う、うわ!」 「戸倉さん…これが私の目覚めた能力です。」 「わかった! 信じる! 信じるから!」  戸倉は静かに降ろされた。始めて体験する超能力に、彼の現実主義は大きくぐらついていた。 「T資本を担当してから、ちょっとのことじゃ驚かなかった俺だが…  こいつはたまげたぜ…こんな力がありゃ、さぞかし楽しいだろ?」  戸倉のその言葉は、まりかを挑発しその精神面を推察するために発せられたものであった。 「私達の戦いは、自分の身を守るものなんです。こっちがかかわらなくても、  あいつらから手を出してくる…好きでやってるわけじゃありません…。」 「…。」  戸倉は思考を巡らし、これからの対応を考えた。 「なぁ、あんたがよければ、うちらと一緒に行動しないか?  俺たちにもT資本の情報は毎日入ってくる。」 「…。」 「うちらの情報力と、あんたの力を合わせれば、  T資本を挙げるのもずっと楽になるだろ?」 「…。」 「行動の自由は保障する。もちろんT資本を挙げた後は、君達の自由にすればいい。」  まりかは首を横に振った。 「嬉しいんですけど…私は仲間と行動します。」 「なぜ?」 「戸倉さんも上司には逆らえないでしょ?」 「そりゃあまぁ…。」 「保障してもらっても、真実の徒をやっつけた後、  上の方が私達の能力に興味を持ったりしたら…  私たち、自由になるために戦っているんです。  だから、誰にも貸し借りは作りたくないんです。」 「ふん…。」  子供にしては、随分冷静な判断力を持っている。戸倉はまりかをそう評価した。 「わかった…そうだな、国家権力だってロクなもんじゃない…  あんた達の好きにすればいい。」 「戸倉さん。」 「それに、その能力をこっちに向けられるのはかんべんだからな。」 「そんなこと、そんなことは!」  まりかは戸倉の言葉を強く否定した。 「あんたが国家を信用しないのと同じでね、俺も十六歳の女の子を  完全に信用することはできない。」  戸倉は真面目な顔でそう言った。 「それは…そうかも知れませんね。」 「だからな。今日見たこの力に関しては秘密にしておく…。」 「はい…でしたら私も帰ろうとする戸倉さんの口を封じる様なことはしません。」  まりかはわざとらしくそう言った後、にっこりと微笑んだ。 「はは…しかしな、俺は帰らんぞ。」 「え?」 「ここからは俺の個人的な行動だ…どうしても君に手伝って欲しいことがある。」 「何ですか…?」 「これなんだが…。」  戸倉は、懐から数枚の写真を取り出した。それは数体の死体の写真であった。まりかは眉をひそめ、その写真をみた。 「さすがだな…。」 「嫌な話ですけど…見慣れましたから。」 「ふん…でな、これは連続殺人事件の現場写真でな。」 「私に…犯人の逮捕に協力して欲しい…と?」 「いや、犯人を殺して欲しい。」  戸倉の暗いつぶやきに、まりかは戸惑った。 「え…。」 「その三枚目の写真な…それは俺の妻と娘だ。」  まりかは言葉を失い、戸倉を見た。彼の形相には、まりかがこれまで見た大人のどれよりも強い怒りと恨みが込められていた。 …2 「殺されたのはいずれも女性ばかり…犯行が行われたのは東京都内…  殺害現場と発見現場も同一だ。」  戸倉の説明をまりかは黙って聞いていた。 「そして…被害者は全て、著しい外傷が見られる…凶器は刃物と言うよりは  牙の様なもの…。」 「つまり、被害者は食べられた…?」 「ああ、君の言っていたソロモンって奴と同じだ。」 「真実の徒の仕業に違い無いでしょう…。」 「だがな、現場に犯人の指紋はおろか、証拠すら残っていない。」 「でしょうね…でも遺体を残すなんて、あいつららしくもない…。」 「犯行に妙な一貫性がある。まず、女性ばかりが食べられたということ、  そして十代の一部の被害者に限ってのことだが…。」 「はい。」 「手や足、つまり身体の一部が完全に損失している。」 「でも、食べられたんだったら…。」 「いや、犯人は肉や内臓しか食べていない、つまり骨は残しているんだ。  だが、一部の被害者に限り、手や足が骨ごと損失している…  つまり犯人が持ち帰った可能性が高い。」  戸倉の話に、まりかは嘔吐感を覚えた。 「なぜ十代の少女に限って、そうしたことになっているのかはわからん…  まぁこうした猟奇事件じゃ、よくあることなんだが…。」 「…証拠がないんじゃ、私にもどうしたらいいのか。」 「そうなのか?」 「私が使えるのは、物を動かすとかの…つまり念動力って奴なんです。  だから犯人を見つけてからなら何とかできますけど…。」 「レーダーみたいな力は無いってことか…。」 「ええ…。」  まりかは申し訳無さそうに、そうつぶやいた。 「わかった。俺もできるだけ早く証拠を押さえる。そうしたら連絡するから。」 「あ、でも私、来週になったらこの家、出ていっちゃうつもりなんですけど!」 「それほど時間はかけん、じゃ。」  そう言うと、戸倉はソファから立上り、部屋を後にした。 「…。」  一人残されたまりかは、テーブルの上に置かれた遺体写真を凝視した。 「みんな…巻き込まれてきている…。」  まりかはそう認識すると、遺体写真を念動力で消滅させた。 つづく