[十五・人工太陽ホワイト] …1  季節は夏に移り変わっていた。この年、記録的とはいかないまでも、いつもの様に暑く長い日々を日本にいる人々はすごしていた。 「日本の夏は暑いのだよ、フランソワ君!」 「はい、真実の人。」  それは「真実の徒」首魁である真実の人にしても同様であった。 「特に湿度の高い夜の蒸し暑さは、君達欧米人からすれば、  まさに地獄なのだよ。」  まるで、何かを懐かしむ様な口調で真実の人はつぶやいた。 「はい。」 「まぁ、この本部は完全空調だからな、そうした辛さとは無縁だが…。」 「はい。」  彼は体表面より精神的内面の熱気を高めると、金髪の秘書に背を向け両手を大きく広げた。 「私は今まで日本人を一方的に苦しめる作戦ばかりを計画してきた。  しかし今回はその方向性を若干変える。」 「はい。」 「蒸し暑くて眠れん夜であれば、そのものを無くせば良い。  つまり日本の夏から熱帯夜を無くすのだ!」 「…?」  真実の人の、言語こそ明瞭であるが意味不明なその言葉に、フランソワは初めて戸惑った。  そんな様子を察した真実の人は満足そうに頷くと、素早い動作で振り返った。 「失敗作である人工太陽ホワイトを使い、数十日間の白夜を提供する。  はははは私は何と親切な人間なのだ!」 「はい。」 「ついでに日照りにもしてしまおう、そうすれば海外の安くて美味しい  農産物を今以上輸入しなければならん。」 「はい。」 「眠れない夜も無くなり、うまいものまで食べられるのだ、  おぉ私にしては、何と慈悲深い作戦!  フワンソワ、具体的な立案に入りたまえ。後は君にまかせる!」 「はい。」  発案こそ彼のものであるが、それを実行段階に移すのは常にフランソワであった。  恍惚の真実の人は、部下のこれから起こるであろう苦労に全く感心を示すことなく、ただ大声を出して笑っていた。  そして、フランソワは自分の上司の絶頂を冷淡な表情で見つめていた。 …2  まりか達は、都内のファミリーレストランで食事を採っていた。 「新聞でも真実の徒の事件がいっぱい載るようになったなぁ…。」  信長は情報を収集するべく新聞を読んでいた。 「どんな取り扱い方なのかしら?」  かなめは信長の読んでいる新聞に興味を示したが、対面に座る彼女にはテレビ欄しか見えなかった。 「うん、ほら、あいつらは泡になっちゃうでしょ、  証拠が全然残ってないから謎のテロ集団ってことになってる。  真実の徒って名前は出てないね。」 「そう。」  信長の要約にかなめはうなずくと、テーブルのコップをなんとなく握った。 「かなめさん。」 「なに?」 「かなめさんの予知能力で、真実の徒の次の作戦なんてわかるのかしら?」  まりかの提案した可能性を、かなめは思案してみた。 「私の予知は、近いうちにおこる一番印象的な事件を見ることができる能力…  できないことは無いと思うけど。」 「ならお願い。やっぱりこっちから先手を打っていかないと駄目だだから。」 「わかったわ。」  かなめは意識を集中し、予知を開始した。まず彼女の脳裏に浮かんだヴィジョンは「太陽」の映像だった。  そして、それは激しく輝くと落下を始めた。 「太陽みたいな物が…落下して…こんなこと出来るのは真実の徒…!  金本さん、手をかして。」 「あ、ああ。」  あきらはかなめの手を握った。信長はそれを羨ましそうに見つめていた。 「金本さん、見えて?」 「ああ、ヴィジョンが浮かんどるでぇ…なんや、荒れ地やなぁ。」  あきらの認識を察すると、かなめは予知を止めた。 「具体的なことはよくわからないけど、太陽の様なものが落下してきて…  これまでとは比べ物にならない様な、大規模な作戦みたいよ。」  かなめのその言葉にあきらは大きく頷き、まりかの判断を仰いだ。  真実の徒の本部、地下五階は巨大な機械整備ドックとなっていた。  ドックには、直径およそ三十メートルをこえる暗灰色の巨大な球体が整備を受けていた。 「人工太陽ホワイト…不充分な制作期間のため、  完成したものの稼動時間と安定性に問題を抱えた…失敗作。」  ロナルドはホワイトを見下ろしながら、そうつぶやいた。整備ドックには、フランソワがやってきていた。 「そうだ、ロナルド隊長。」 「これはこれは、麗しのフランソワ殿。」  ロナルドの冗談を、フランソワは表情一つ変えず受け流した。 「貴様の次の任務が決った。マーダーチームカオスを使い、  この役立たずを廃棄処分しろ。」 「廃棄処分…?海にでも捨てるのか?」 「いや、真実の人は役立たずに最後の仕事を与えるそうだ。」 「役立たず…随分深い意味にとれるが…。」  ロナルドは苦笑いを浮かべた。しかしフランソワは言葉を続けた。 「貴様の意見はどうでもよい。マーダーチームカオスは  人工太陽ホワイトを新潟県に輸送、これを稼動させろ。」 「ほう…この失敗作を稼動させろと?」 「そうだ、数日間は稼動できるだろう。それで充分この作戦は成功する。」 「しかし自衛隊や米軍が攻撃を仕掛けてきたら、どうにもならんぞ。」 「ホワイトの内部にはコンドル用の爆弾、ソドムの柱を満載させる。」 「な…。」  その固有名詞にロナルドは動揺した。 「ソドムの柱を使うのか…?」 「そうだ。ホワイトが故障し、落下しても良し、軍隊による攻撃で  爆発してもよし、どのみち東北一帯は壊滅する。」 「そ、それは…真実の人の意思なのか?」  日本という国土の破壊を真実の人は望んでいない。  対面した回数こそ少なかったが、傭兵稼業を長年経験しているロナルドにとって、雇い主のこだわりは生き抜く手段として理解しているつもりだった。 「いや、作戦には私の修正が施されている。ソドムの柱を使うのは  真実の人のアイデアではない。」 「いいのかよ。アレンジが過ぎやしないか?」 「ホワイトには多額の資金を投下している。  ただ日照りをさせるだけでは元がとれんのだ。責任は私が取る。」 「それにしても…輸送任務とはね。」 「三人のサイキとの交戦も考えられるからだ。  既に現場には別同戦力を派遣させてある。」 「別同…?」 「ああ。」 「ふん…。」  ロナルドはフランソワの瞳を見つめた。 「なあフランソワ殿。」 「なんだ?」 「あんたはどういういきさつでこの組織に参加したんだ?」 「話す必要があるのか?」 「まぁ…あんたにゃ興味があるんでね。」 「残念だが、私の貴様に対しての興味はゼロだ。  従って私の個人情報を話す必然性もない。」 「ははは…。」  予想していた通りの回答であったため、ロナルドは自嘲気味に笑った。 「…そうだな、この作戦を完遂できたら少しは話してやろう。」  フランソワの表情が、一瞬柔和なものとなった。しかしロナルドはその事実には気づかなかった。 「エサを吊されるようになるとは、  カオスのリーダーも落ちぶれたもんだぜ…。」  ロナルドはそうつぶやくと、整備ドックを後にした。 「…。」  フランソワは立ち去るロナルドの後ろ姿をしばらく見つめた後、視線を暗灰色の鉄球に向けた。 …3 「空気のええとこやなぁ。」  あきらは伸びをしながら、田舎の空気を吸った。ここはかなめの予知した場所、新潟は味方村である。 「あきらさん。疲れてないの?」 「あ? ほんまのとこ辛いねん。どこぞで飯でも食わんか?」 「食事?さっき食べたばっかりじゃない!?」  あきらの提案に、かなめは反論した。 「何十キロも跳んだんや、しゃーないやろ。」  まりか達は農道脇の食堂に入った。あきらは定食を、空腹ではないまりか達はジュースを注文した。 「これでお店…まるでほったて小屋ね。」  定食屋は農道ぞいにある木造二階建ての建物で、店内は良く言えば地元の、悪く言えば貧乏臭いムードを醸し出していた。 「田舎なんだから仕方ないよ、かなめさん。」 「うん…。」 「それに、私好きだよ、こーゆーのも。」  まりかは店員に気を使うようにつぶやいた。 「育ちが違うのよねぇ…。」  かなめは頬杖をつきながら、そうぼやいた。信長はジュースを飲み干すと、視線を店外へと向けた。 「まりかちゃん、これからどうするんだい?」 「うん、かなめさんが予知した太陽…  この村の人達から何か聞き出せるといいんだけど…。」 「ここの二階、民宿になっとるんやな。」  全く関係無い話題をあきらは口にした。 「あぁ…。」  まりかは視線を店の奥に移した。あきらが言うように、二階へと上がる階段には「一泊二千円」とかかれたプラカードがつり下げられていた。 「聞込みするんなら、宿は必要やろ?」 「またボロ宿に逆戻りか…。」  かなめのぼやきを、だがあきらは相手にしなかった。  まりか達は村を歩き回り、予知した「太陽」についての情報を収集しようとした。  しかし具体的な情報は何一つなく、努力は徒労となっていた。 「これといった情報はないわね。」 「そうやろうな、真実の徒が簡単にシッポ出すとは思えへん。」 「だけど…この場所は、予知で見た場所よ。」 「そう…やな。」  そこは田畑からやや離れた荒れ地であった。しかしこの場所にも手がかりらしいものは何もない。 「どうするんだい?」  信長の促しに、まりかは数瞬思考を巡らせた。 「真実の徒がここで何かをするのはわかっているんだし…  時が来るのを待ちましょう。」  そう言うまりかの表情には、恐怖とそれに立ち向かう勇気が浮かんでいた。 「武藤まりかとその一派だな!」  その声は聞き覚えこそなかったが、言っている内容は聞き飽きたものである。三人のサイキはそれぞれの獲物を構えた。 「待つ必要も無いわね…。」 「ああ、あちらさんからお出迎えや!」  まりか達は工作員達と交戦状態に入った。 「ふぅ…。」 「工作員レベルやったら、もう楽勝やな。」  足元には、泡がひろがっていた。 「これでもう確実ね。」 「せやな、真実の徒はこの村に潜伏しておる。」  民宿までの帰り道で、まりか達は何度か工作員に襲撃された。  無論、そのことごとくを撃退したが、真実の徒がこの村をターゲットにしているのは、明らかな事実と認識できた。  翌朝となった。目を覚ましたまりかは、一階に降りた。一階の定食屋では、店の主人と駐在が何やら言葉を交わしていた。 『なんだろ…。』  まりかは階段で二人の話を聞いた。 「松山さんのとこの一郎くんが、昨日から帰ってこないそうなんですよ。」 「そりゃまぁ…そういや、ウチの母ちゃんが風呂沸かしてたんだよ。」 「はいはい。」 「そしたら、こーんな背の高ぇ外人さんが、そこん道歩いてたって、  それも腰に鉄砲さぶら下げてよ。」 「鉄砲!」  まりかは会話を聞きつつ、裏口から外に出た。 「大きい外人が鉄砲…カオスね…。」  その認識は確信であった。まりかは農道を見渡すと、敵の気配を探した。 「いないな…え!?」  その気配は背後から来るものであった。 「こ、この気配って…。」  まりかは振り返った。数メートル離れた農道を歩いてくるマント姿の人間。気配はそれから発せられていた。 「知ってる…一度感じた気配…。」  マントのフードが降ろされた。まりかが認めたその顔は、真実の徒のサイキ。オルガのものであった。 「会いたかったわ、武藤まりか…。」  オルガは刀を引き抜いた。まりかの脳裏に工場跡での死闘がフラッシュバックした。 「う、うぁ…。」 「この間は取り逃がしたけど、私もあれからレベルアップした…  ごめんね。」  相変わらず、オルガの口調は穏やかで寂しげなものであった。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  オルガは意識を集中した。まりかはオルガの能力により、定食屋の外壁に叩き付けられた。 「オ、オルガ…この間よりレベルが上がっている…!」  まりかも意識を集中し、オルガの能力を押し戻した。 「ふうん…。」  オルガはまりかの能力を認識した。それは工場跡の時以上の、制御された能力であった。 「能力の制御をおぼえたのね…。」  その認識は、オルガにとって悲しい事実でもあった。 「なんで…そんな能力を持っているのに…。」 「行くわよ、オルガ!」  まりかはリボンを懐から引き抜いた。 「くぅ!」 「つぅ!」  二人のサイキは早朝の農道で激突した。 「腕を上げたわね、武藤まりか。」 「戦いのキャリアを積んだってことよ!」  オルガは刀を振り降ろした。しかし能力をこめたまりかのリボンがその斬撃を防ぐ。  まりかの戦闘力は、オルガのそれに拮抗するレベルにまで達していた。 「この短い期間でここまでとは…。」 「わたしだって好きでこんなになった訳じゃないわ!」 「なに…。」 「あんた達が…あんた達がしつこいから、こうなったんじゃない!」 「く…。」  まりかは意識を集中した。あたりの小石が猛スピードでオルガを襲う。 「つぅ!」  オルガはそのことごとくを刀で防いだ。 「私だってこんなの嫌だよ!」 「なら…楽になりなさい…。」  刀を背後に構え、オルガは意識を集中した。 「つぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  オルガはまりかとの間合いを一気に詰めた。オルガの動きは早すぎ、迫り来る斬撃をまりかは認識することが出来なかった。 『危ない!』  その本能が、まりかに能力を使わせた。彼女は意識を集中するとPKバリアーを張り巡らせた。 「くぁ!」  バリアーを凌ぐ能力をオルガはぶつけてきた。まりかは勢いに飛ばされ、地面に叩き付けられた。 「く、くぅ…。」 「能力のポテンシャルが違い過ぎるのよ…あなたは私には勝てない…。」 「だ、だとしても…このままやられるわけにはいかない…。」 「なに…?」  まりかは立ち上がると、リボンを構えた。 「止めないと…人の命を簡単に奪う様なことは…絶対に…。」  オルガはまりかの目を見つめた。 「…。」  闘志と憎悪、そしてわずかな迷いがその瞳からは感じられた。瞳の主はその迷いを消すと、オルガとの間合いを詰めた。 「く!」  オルガはまりかのリボンを弾くと、その胴体を蹴り上げた。 「ぐふぅ!」 「あなたの頑張りは認めるけど、真実の追求には仕方無いの…  死んでもらうわ。」  オルガは刀を構えた。 『殺される…。』  なぜか以前の様な死の恐怖は希薄であった。 「え…?」  まりか達の上空が闇に覆われた。二人の頭上には暗灰色の巨大鉄球「ホワイト」が浮かんでいた。 「な、なんだっていうのよ…。」  これまでみたこともない巨大な浮遊物に、まりかは言いようの無い恐怖をおぼえた。 「オルガ様!日照りサン作戦の発動時間です!」  ロナルドの声がホワイトのスピーカーから鳴り響いた。 「勝負は御預けね…。」  オルガは安心した様に微笑むと、空中に浮かび上がり、ホワイトの内部に入って行った。 「まりか!」  あきら達がまりかに駆け寄った。その誰もの視線がホワイトに向けられている。 「なんや…ごっつうでかい風船やなぁ…。」 「武藤さん、あれは?」  かなめはホワイトを指さした。 「オルガ…とどめを刺そうと思えばできたのに…。」  まりかはオルガの行動が理解出来なかった。 …4  巨大鉄球「ホワイト」は、時速二十キロのスピードで北東に進路をとっていた。まりか達はそれを走って追いかけていた。 「真実の徒の機械みたい…あれ。」 「そうやろうな…。」 「なんの目的であんな物を…。」  かなめの疑問に、だがまりかは答えられなかった。ホワイトは、荒れ地で移動を停止した。 「ここは…。」  そこは、かなめが予知したヴィジョンの場所であった。辺りには駐在や村民がやってきていた。 「な、なんだこりゃ!?」  村民達にもホワイトの姿は奇異な物としてうつっていた。 「心貧しき黄色いブタ共よ、私が君達に永遠なる昼をプレゼントしよう!」  その声は、真実の人のものであった。駐在がとっさに拳銃を構えた。 「こら! お前ら最近話題のテロリストだな! おとなしくしろ!」  駐在にとっては当然の職務であったが、それはあまりに無駄な忠告であった。 「な、なに…。」  ホワイトの底のハッチが開き、中からカオス達があらわれた。 「ぐ、軍隊…お前達、逃げるんだ!」  駐在の叫びを、村民達は聞かなかった。彼らはフル装備の外人達を興味深く観察していた。 「マーダーチームカオス!」  ロナルドの叫びと同時に、カオスの銃口が火を吹いた。駐在を始めとする村民達は弾丸の嵐に凪ぎ倒された。 「くぅ!」  まりかは意識を集中し、PKバリアーを張り巡らせた。 「う、うぁ…。」  自分達の身を守ることはできた。しかし逃げ遅れた村民達はそのことごとくが重傷、もしくは絶命していた。 「オルガ様!」  ロナルドの叫びに応じ、ホワイトの各部に取り付けられた噴射口から炎が吹き出た。炎はホワイトを包み、暗灰色の鉄球は小型の「太陽」となった。 「た、太陽…?」  ホワイトは上昇を開始した。 「ふ…サイキとは言え、あのデカブツを相手にするのは…。」  あざける様な笑みを、ロナルドは浮かべた。 「止めてみせるわ!」 「そうや!うちの能力があれば、あのデカブツん中に  テレポることもできる!」 「そうさせんのが俺の仕事だ!今日こそケリを付けさせてもらうぞ!」  カオス達とまりか達の死闘は開始された。  まりか達の戦闘力は度重なる戦いで、飛躍的に上昇しており、カオス達との差は歴然であった。  戦闘開始からわずか数分で、二十名いたカオス達の九割が泡と化していた。 「ふ、ふふ…やるな…。」  ロナルドは覚悟を決めていた。 「だがな、今日は撤退する訳にゃいかないのさ…。」 「失敗が続き過ぎたものね…あなたの立場も危ういんでしょ?」  かなめの言葉に、ロナルドは首を横に振った。 「それもあるが…部下がこれだけ死んだんだ…リーダーがおめおめと  逃げ続けるわけにはいかねぇ…行くぞ!」  ロナルドと数名のカオスは、光線砲を構えた。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは近くの川から水を絞り出すと、自分達のまわりに滝の壁を作った。  光線はことごとく水により軌道が曲げられ、まりか達に大したダメージを与えることが出来なかった。 「み、水でバリアーを…。」  ロナルドはナイフを引き抜いた。 『武藤まりかは確実にその能力を使いこなしつつある…このままでは…。』  かなめはグローブをはめた拳をカオス達にふるった。 「完命流…霞命砕…。」  かなめの柔術はロナルドを除くカオス達を戦闘不能に陥らせた。 「テレポーションバスター!」  あきらは辺りの岩をロナルドの頭上に出現させた。それを避けたロナルドであったが、かなめの柔術が待ちかまえていた。 「せりゃあ!」  腕を極めたまま、かなめはロナルドの巨体を投げた。  腕を折られ、地面に叩き付けられたロナルドに、もう大した戦闘力は残っていなかった。 「う、うぅ…。」  しかしロナルドは瞳を見開くと、立上ってナイフを構え直した。 「こ、こんな子供に…カオスが全滅かよ…しかし、このままでは終わらん!」  ロナルドは胸のベルトについた手榴弾のピンを引き抜き、まりか達目がけて走って行った。 「くぅ!」  あきらはまりか達の手を取ると、空間に跳んだ。手榴弾はロナルドの身体ごと裂烈した。 「はぁはぁはぁ…特攻やと…?」 「…。」  まりかは爆発を凝視していた。 「あきらさん、あの太陽…。」  信長はあきらを促した。 「駄目や…見えへんものの中にはテレポることができへん!」  あきらは上空を見上げた。いつもより強すぎる日差しこそ降り注いでいるが、ホワイトの姿をはっきりと確認することは出来なかった。 「ロナルド…。」  ホワイトの内部、コントロールルームの中で、オルガはロナルドの死を感じ取っていた。 「あなたの死は無駄にはしない…このホワイトで…。」  決意するオルガの耳に、警報音が聞こえてきた。 「来たか…。」  陸上自衛隊の攻撃ヘリコプターが、ホワイトに接近しつつあった。 「ブタ共が…真実の光を受けるがいい…。」  オルガはコントロールバーに取り付けられている引き金を引いた。  ホワイトの噴射口から炎が吹きで、それはヘリめがけてうねりを上げた。 「…。」  空中で四散するヘリを、オルガはモニターで確認した。しかし爆風の中から数発のロケット弾が、ホワイト目がけて飛んできた。 「ブタの抵抗か…まぁいいわ。」  ロケット弾はホワイトの中心部に命中した。警報音がオルガの耳を打つ。 「さすがは失敗作…この程度の攻撃も持ちこたえられないのね。」  ホワイトは元の暗灰色の鉄球に戻ると、地面に向け落下を始めた。  激しい衝撃音と共に、ホワイトは上昇を始めた荒れ地に激突をした。 「オルガ様。」  工作員がオルガを促した。 「なに?」 「侵入者です。」 「応戦して…私はソドムの柱をセッティングするから…。」 「は!」  工作員は腰のナイフを確認すると、コントロールルームを後にした。 「すごいメカだなぁ…。」  信長は感嘆のため息をついた。それは、信長の知識では理解不能な機械で覆われた鉄球の内部であった。 「たぶん中心にコントロールする場所があるはず…  それを壊してこの鉄球を爆発させるわ。それと、真実の人がいるんなら…  ここでけりをつける!」  かなめの提案に、まりかとあきらは無言でうなずいた。  まりか達はホワイトの中心部を目指した。真実の徒の抵抗は、工作員の攻撃によってなされた。 「つぅ!」  工作員のナイフにより、かなめの太股から鮮血が流れた。しかし彼女はひるむことなく、工作員を柔術でしとめた。 「かなめさん!」 「だ、大丈夫よ…こんなかすり傷。それより急ぎましょう、  真実の人に逃げられたら…。」  まりか達は工作員や改造獣人を倒し、コントロールルームにたどり着いた。そこにはオルガが一人で待ちかまえていた。 「オルガ…。」 「ここには真実の人はいないわ…。」 「…。」  かなめはオルガを睨み付けた。 「武藤さん…。」 「うん、あいつはオルガ、真実の徒の…超能力者よ…!」 「私たちと同じ…。」 「あなたは三人目のサイキね…。」  オルガは軽く微笑んだ。 「気をつけて…オルガはとてつもなく強いわ…。」 「せやけどこっちは三人や、あん時の決着、つけさせてもらうで!」  あきらはそう叫ぶとバットを引き抜いた。信長はオルガの美しさに見とれていた。 「奇麗な人だなぁ…。」 「この人工太陽、ホワイトの内部には、半径三十キロメートルを  焦土と仮す爆弾、ソドムの柱が搭載されている…。」 「な…?」 「爆発まであと二十分…逃げるのなら今のうちよ…。」 「十五分で…。」  まりかはうなる様につぶやいた。 「十五分であなたを倒して、残りの五分で爆発を防げばいいのよ…  私達のこと馬鹿にして…。」  まりかはオルガのとる態度の、ことごとくが許せなかった。 「…。」  オルガは悲しみの気持ちでまりか達を見つめていた。 『この子達の意識には、私たちに対する憎悪と戦意しかない…。』  刀を引き抜き、オルガはそれを構えた。 「かかってらしゃい…能力の使い方を教えてあげるわ!」  まりか達とオルガは激突した。  しかし、三人の能力を用いてもオルガの牙城を崩すことはできず、まりか達は苦戦を強いられた。 「なんて強い能力なの…!?」 「空間跳躍拳!」  オルガは能力を込めた拳をかなめの腹部に打ち付けた。 「え!?」  かなめの姿が消えた。 「か、かなめさん…。」 「空間に消えてもらったわ…。」 「オ、オルガァ!」  あきらはバットをオルガ目がけて振った。しかしオルガはそれを刀で受けると、あきらにも空間跳躍拳をぶつけた。 「くぅ!」  あきらもこの場から姿を消した。 「あきらさん!」 「武藤まりか…あなたにも消えてもらうわ…。」 「くぅ…。」  まりかはオルガとの能力の差を感じていた。技術、闘法、戦いに対する気構え、その全てが自分を凌駕していた。 「勝てっこない…。」  その確信は、まりかに工場跡での戦いを思い起こさせた。 「けど…。」  まりかは意識を集中した。リボンは硬化し、能力が溢れ出ていた。 「まだそんな能力が…。」  オルガはまりかの潜在能力を認識した。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは全ての能力を込めたリボンを振った。オルガはそれをPKバリアーで防ごうとした。  しかし強すぎる能力はオルガのバリアーを破り、彼女は床に叩き付けられた。 「ぐふぅ!」 「まだまだぁ!」  能力の備蓄はとうに底をついていたが、自分の生命力を削ることで、まりかはリボンに再び能力を込めた。 「それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  再度振られたリボンを、オルガは避けることなく刀で防いだ。 「え…。」  オルガの表情は悲愴感に包まれていた。まりかにはそれが意外であり、彼女の戦意は一瞬萎えた。 「これだけの能力を持ちながら…真実に目覚めることが出来ないなんて…。」  オルガは拳に能力を込めた。 「武藤まりか…やはり仲間にはなれないのね…。」  拳はまりかの胸を打った。 「うわぁ!」  まりかは空間に跳ばされた。 「ま、まりかちゃん…みんな…。」  物陰から一部始終を見ていた信長は、まりか達の敗北に恐怖した。そして、それに気づいたオルガは信長に歩み寄った。 「武藤まりかの仲間ね…。」 「う、うぁ…。」 「私が怖いの…?」 「ま、まりかちゃん達をどこに消したんだ…。」 「…私はあの子達を殺せない…。」 「え…?」  その言葉は信長にとって、意外なものであった。 「だって…殺してしまったら、私はまた、一人ぼっちになってしまうもの…  真実の人、ごめんなさい…。」  オルガの言葉は、自分に向けられていない。それを信長は感じ取った。 「あなたも…消えてね。」  そうつぶやくと、オルガは信長の腹部に拳を当てた。信長はまりか達と同様、空間に跳ばされた。 「武藤まりか…どうすればあなたと友達になれるの…どうすれば…。」  オルガの両目からは多量の水分が分泌されていた。  戦いは続く。 [十六・あきらの真実(前編)] …1 「う、うぅん…。」  あきらは暗闇の中で目を覚ました。 「どこや…。」  鈍っている感覚を呼びおこし、あきらは辺りを見渡した。闇に馴れてきた視覚が状況を把握させる。 「こ、ここは…。」  あきらが以前アジトに使っていたガレージであった。床には現場検証の跡が残っており、あきらの意識を荒れさせた。 「今までのことは…夢やったのか…?」  しかしそうでは無いことを、あきらは認識した。足元に落ちていた新聞には。 「新潟で謎の巨大鉄球が爆発。死者三千名!」  という見出しが一面を飾っていた。 「夢やない…うちはオルガに跳ばされたんや…どないする。」  あきらはまりか達の姿を探した。しかし建物内には自分だけしかおらず、捜索は徒労に終わった。 「まさか…いや、あないな奴にやられるまりか達やあらへん!」  自分に言い聞かせる様に、あきらはそうつぶやいた。 「探すんや…まりか達を…だけどどないすればいいんや…。」  考えられる、あらゆる場所にあきらは跳んだ。  しかしまりか達の手がかりを見つけ出すこともできず、結局、あきらは新装開店していた「フルメタルカフェ」に潜伏することとなっていた。 「…。」  あきらは店のカウンターでコーヒーをすすっていた。 「この辺りも人通りが減ったよ、街はまるでゴーストタウンさ。」  マスターの言葉通り、渋谷の街にかつてのような賑いはなかった。 「ポリの締め付けがきつうなっとるんやろ?」 「それだけじゃない。東京での爆破、発砲事件、新潟での騒動、  仕事こそ休めないが、遊び歩くのは危険過ぎるからなぁ。」 「…。」  自分達の戦いの結果が市民生活に反映している。その事実はあきらを不安にさせた。 「あきらちゃん、これからどうするつもりだい?」 「…まりか達が見つからんのなら、うち一人だけでもやったる…。」 「でも…。」 「うちには仲間殺された恨みがあるんや。」 「…。」  マスターにも、あきらの決心を鈍らせることは出来なかった。 「あ、あきらさん…。」  入口から聞こえたその声は、信長のものであった。 「お、おまえ…。」 「あきらさん…。」  信長は、あきらに駆け寄って行った。 「自分、生きとったんかいな!」 「あきらさん! やっと逢えた!」  あきらと信長は、手を取り合って喜んだ。 「そうか…。」  信長はあきらが消えてからのいきさつを説明していた。 「オルガはうちらを殺さへん…そう言ったんやな。」 「うん…僕もその後消されちゃって…それで気づいたら  新宿の中央公園で目がさめて…。」 「ふん…。」  あきらは親指を噛むと思考を巡らせた。オルガの真意、真実の徒の意思、そしてこれからの行動。  しかし自分の心が軽く安らぐ結果は何一つ導き出せなかった。 「こうなったら…うちらだけでやるしかあらへん。」 「え…。」 「手伝ってもらうで…近場に潜んどる真実の徒を片っぱしから  叩き潰していくんや…。」 「うん…。」  あきらと信長は、「フルメタルカフェ」を拠点とし、真実の徒の工作員を捜し出してはこれを倒した。  情報を収集するのは信長、実際に戦うのはあきらであり、それはまさに真実の徒狩りとも言うべき行動であった。  狩りの対象は進行につれ、より強力なものへとレベルアップしていた。 「見つけたでぇ…。」 「か、金本あきらか…。」  新宿のガード下で、あきらと信長は、三名の工作員と対峙していた。 「やられてもやられても、懲りんやっちゃ…。」 「真実追求を阻む者に死を!」 「聞き飽きたでぇ…。」  あきらは残忍な笑みを浮かべると、バットを引き抜いた。 「…。」  信長は、息を飲んで戦闘を見守った。数十秒後、あきらの足元には泡がひろがっていた。 「はっはっはっはっ! また小物かいな…信長、メタカフェに帰るでぇ!」 「…。」  信長は、あきらの血塗られた獲物を見つめていた。 「あきらさんは今までと違う…。」 「あ?」 「相手を倒すのを喜んでるみたいだ…僕、怖いよ…。」 「ふん…これが…。」  あきらは信長に背を向けた。 「え…?」 「これがうち本来の姿ってやつや…まりかやかなめにつきおうてるうちに、  甘ちゃんになっただけや…。」 「あきらさん…。」  あきらの複雑な一面を、信長はかいま見た気がした。 …2  渋谷、新宿、代々木、都会の片隅に、彼等は隠れる様に棲息していた。あきらと信長はそれを執念深く捜し出し、戦闘力を奪った。  二人の真実の徒狩りは続いていた。 「空間転移打撃!」  能力を込めたバットをあきらは工作員の一人に振り抜いた。打撃をくらった工作員は空間から姿を消した。 「あ、あきらさん…。」 「オルガの技…ついにおぼえたでぇ…。」  あきらの能力は以前のオルガ戦に比べ、著しくレベルが向上していた。しかし、それに伴い彼女の本性である凶暴性もレベルアップしていた。 「…。」  信長はそんなあきらに恐怖をおぼえるのと同時に、認識の甘さを痛感していた。 『あきらさんは…やっぱりあっち側の人なんだ…僕とは違う。』  しかし、そのあきらの凶暴性のおかげで、自分達が真実の徒から攻撃されないのは事実である。 「信長、どないした?」 「あ、うん、なんでも無いさ…。」 「お前も馴れてきたもんやなぁ…。」 「そ、そりゃあそうさ。」  信長の返事に、あきらは苦笑した。その微笑みは、信長に少女の内的陽性を感じさせるには充分過ぎるものであった。 「ま、いいか…。」  信長はあきらに対して、好意を抱きはじめていた。 「良うないで…。」  さき程までの陽性はどこへやら、あきらの声には殺気がこもっていた。 「え…?」 「裏通りにおる。真実の徒の気配や…。」  あきらと信長は、雑居ビルを挟んだ裏通りに足を踏み入れた。時間は夕方六時過ぎ。真夏ではあるが、日は既に落ちていた。 「ん…。」  二人が見た光景は、これまでの真実の徒狩りに当てはまらないものであった。 「これまでだな…死んでもらうぞ。」  ナイフを握り絞めた五人の工作員が、一人の青年を取り囲んでいた。  青年は道に倒れており、彼らが青年の命を絶とうとしているのは明白であった。 「死ぬんは自分らや!」 「なに!?」  工作員達は振り向くとあきらの姿を認めた。 「ま、まずいな…。」  工作員達はあきらとの交戦を避け、その場から逃げ様とした。 「こっちから行かせてもらうで!」  あきらはバットを引き抜くと、残忍な笑みを浮かべながら、五人の工作員に格闘戦を仕掛けた。  レベルアップしたあきらにとって、工作員を倒す作業は何の苦労も必要としない行為であった。  三分で四名が倒れ、残る工作員は一名となっていた。 「や、やめてくれ…殺さないでくれ…。」 「やかましいわ! うちは殺しとらへん、自分らが勝手に  泡になっとるだけやないか!」 「そ、そんな…俺は組織に入って日が浅いんだ!」 「それがなんや!」 「ちょっとしたストレスの発散だったんだ…  俺の工場は日本人に乗っ取られて…復讐ができると聞いて…。」 「…。」  あきらが工作員の人間性に触れるのは、これが初めてであった。少女の感性が、凶暴さを制御する。 「う? うぐぁ!」  しかし、工作員の身体は足から泡と化していった。 「真実の人。お、お許しを…。」  工作員は絶命した。 「い…命乞いしただけで…消されるんかいな…。」  自分達の戦いが、あまりに苛烈である事実をあきらは再認識していた。 「あきらさん!」 「…。」 「あきらさん!この人、まだ生きてるよ!」 「生き…てる…。」  あきらは操り人形の様な、ぎこちない挙動で振り返った。信長は、道に倒れている青年を抱き抱えていた。 「そうか…よかったな…。」  その言葉に大した感情は込められていなかった。しかし次の瞬間、あきらの自意識は現実へと引き戻された。 「な…!?」  信長の抱き抱える青年の顔を認めると、あきらの表情は驚愕のものへと変化した。 「どうしたんだいあきらさん。」 「朴兄ぃやないか…。」 「え…?」  あきらのつぶやきを、だが信長は理解することは出来なかった。 「フルメタルカフェ」の地下一階に、あきらと信長は潜伏していた。  その地下室に、あきらは先程助けた青年を運び込んだ。 「これで一安心や…。」  あきらは青年をベッドに寝かしつけると、手際よく手当てをはじめた。  信長はそれを手伝おうとしたのだが、あきらの眼中には青年しかうつっておらず、彼は深い疎外感を抱き、一階へと上がって行った。 「八巻くん。」 「あ、マスター。」 「スパゲティ、できてるよ。君の好きなボンゴレ。」 「ご、ごめんなさい…。」  信長はカウンターに着くと、マスターの料理を食べはじめた。 「どうだい?」 「お、おいしいです。」 「そうか、しかし朴くんが真実の徒に命を狙われていたとは…  運命って奴は、どこまで偶然を作り出すものなのかねぇ。」 「え…? マスター、あの男の人のこと、知ってるんですか!?」 「あ? え? あきらちゃんから聞いてなかったの!?」  信長は、二回ほど首を横に振った。 「そ、そうか…。」 「教えて下さい!あいつは何者なんですか!?」 「あいつって…。」  信長の珍しい怒気を感じたマスターは、その真意を見通すと苦笑いを浮かべた。 「彼…朴くんは、あきらちゃんの先輩みたいなものでね…。」 「先輩…学校の?」 「いや、みたいなものだって…あきらちゃんが、三年ぐらい前だったかな?  この渋谷に流れてきたばかりの頃にな…。」 「ちょっと、ちょっと待って下さい!  あきらさんはここの生まれじゃなかったんですか?」 「ああ…だって大阪弁だろ?」 「そっか…で?」 「あきらちゃんがこの街に来る前、どうしていたか僕は知らない…  とにかく彼女は三年前、この店にやってきたんだ…。」  マスターは懐かしむ様な口調でそう語った。 「恐ろしく気の強そうな目で僕を睨んでいたよ…  あぁ、これはそういった筋の子だなって、ピンときたよ。  この子は不良だってさ。」 「はい。」 「注文を聞いても答えずに、とにかく睨んでいたんだ…  それで、僕は何も言わずにホットミルクを出してね。」 「まるで犬が猫ですね。」 「まぁ、それ以来さ。彼女はこの街に住み着いて、  ここによく出入りする様になったんだ。」 「ええ…。」 「そこで…あの事件があったんだ。」 「事件…。」  マスターの語調が神妙なものへと変化した。 「そっから先は、うちが説明する…。」  その声は、あきらのものであった。彼女は信長の横に腰掛けた。 「長い話になるけど…かまわへんか。」  信長は首を縦に振った。  それは、三年前のある雨の日の出来事であった。 …3 「ほら、タレ目ちゃん。」  マスターはあきらにホットミルクを差し出した。あきらはカウンターに手を伸ばすと、カップを取った。 「マスター。」 「ん?」 「うちはタレ目ちゃんやあらへん。」 「だって、ここに顔みせてから、名前も教えてくれないじゃないか。  そう呼ばれても仕方ないだろ。」 「…うちの名はあきら…。」 「え…?」 「金本あきらや。」  あきらの表情を、マスターはよく観察した。それは悔しそうであり、恥ずかしそうでもあった。 「へぇー! 君の名前はあきらちゃんって言うのかい!」  常連客の一人が、あきらの肩を掴んでそう叫んだ。その表情はにやけており、あまり品のいいものでは無かった。 「前々から気になってたんだ!ねぇ君、どこの子?」 「汚い手ぇ、どけんかい…。」  十四歳の少女にしては、その言葉はあまりにも迫力のあるものであった。 「な、なに…?」 「手ぇどけや!」  あきらは男の手をはらった。その力は男にとって強すぎ、彼はその場に尻もちをついてしまった。 「なれなれしいんや…この東京もんが…。」  そうつぶやくと、あきらは店を後にした。 「失敗したなぁ!」 「あんなガキによ!」  店内では、他の客達が男の失敗を嘲笑していた。  あきらは雨の街中を歩いていた。 「ま、またねぇか!」  背後から呼び止める声は、さっきの男のものであった。 「恥かかせやがって!」  男はあきらに襲いかかった。 「しつこいんや!」  あきらは男の突撃をかわした。しかし執念にかられた男の手があきらの腕を掴んだ。 「くぅ!」  当時から男まさりの気性だったとは言え、相手は大人の男性である。  力では抵抗のしようもなくまた、この時代のあきらは、未だ能力に目覚めていなかった。 「け、結局ガキじゃねぇか…へへ…へへへ…。」  男は両手であきらの自由を奪うと、自分の身体を密着させた。 「お前が悪いんだ…大人を馬鹿にしやがって!」 「や、やめんかこのボケ!」 「な…くそ!」  男は右手であきらの頬を張った。 「あぅ!」 「ガキがつけ上がりやがって…へへ…大人の怖さを教えてやる…。」 「う、うぁ…。」  あきらは恐怖を感じたまま、自分の無力さを悟った。 「がぅ!」  男は突如として、その場から崩れ落ちた。 「え…?」  あきらの視界に、別の男性がうつっていた。 「大丈夫か?」  背が高く、隆々とついた筋肉。瞳には深い理性と優しさがただよっていた。 「それが、うちと朴兄ぃの出会いやったんや。」 「へぇ…。」  信長は間抜けな声を出して感心した。 「朴くんは、当時この辺り一帯をしめていた不良グループのボスでね。  まぁ不良グループって言っても、立場が弱い者同士が寄り集まった  結果だったわけだけど。」 「うちは朴兄ぃの世話になったんや…当時は敵対グループもぎょうさん  おってな。もち悪タレばっかや、で、うちもそないな連中とやり合ううちに、  ケンカもおぼえ、今の能力にも目覚めて…。」 「なら、朴さんって言うのは、あきらさんの恩人?」 「それ以上や、優しゅうて、強おてほんま、  うちにとってはかけがえの無い人やった…。」  マスターはあきらの表情を見た。それは、自分に名前を初めて語った時の、恥じらいあるものであった。 「せやけどな、朴兄ぃは高校生やった。こないな世界から足洗う日が、  ついに来たんや…。」  あきらは、視線を表通りに向けた。  一年前、あきらと朴は、渋谷の裏通りで向い合っていた。 「あきら、これでお別れだ。」 「朴兄ぃ…。」 「俺も中華料理屋の職が決ったんだ…高校も卒業だしな。」 「うん…。」  朴と向かい合うあきらは、今からは想像もできない程気弱な気配を漂わせていた。 「俺のシマはお前に譲る…もうマモルには話をつけてある。」 「ん…。」 「だけどな…。」 「あは…うちも足洗え言いたいんやろ?」 「ああ…。」 「せやけど無駄や。うちは変な能力持っとるさかいに…  まともな世界では生きられへんもん。」 「…いつか迎えに来る…。」 「え…?」 「俺が料理で身を立てて、それでちゃんとなったら、  きっとお前を迎えに来る…。」 「朴兄ぃ…。」  朴はあきらを強い力で抱き締めた。 「ほんで…今に至る…そういうわけや。」  あきらはすっきりとした表情でそうつぶやいた。しかし当の信長は、あきらに背を向けていた。 「なんや…聞いてへんかったんか!?」 「話が長い上…そんな内容じゃ…僕、落ち込んじゃうよ…。」 「はぁ…?」  あきらには、信長が落ち込む理由が理解出来なかった。 つづく