[十二・半世紀の代償(後編)] …1  地下二階にその部屋はあった。広さは八畳程度。事務机や本棚が並んだその部屋は事務所の様でもあった。 「そうか、新宿の事務所に警察がねぇ。」  椅子に腰掛けた小太りの中年男性が、そうつぶやいた。男の名はロカ。「企業化セミナー入れ食い作戦」を指揮する「真実の徒」幹部である。 「はい、ロカ様。御指示通り事務所は撤収しましたので、  国家警察にここの所在は知られておりません。」 「そうかそうか。」  工作員の報告にロカは満足そうにうなずくと、薄暗い天井を見上げた。 「しかしこれからは口コミで生徒を募集しなければならんなぁ。」 「は…ですが民間人を誘拐して洗脳するという手も…。」 「バカモン! それでは真実の人の理想とは食い違うわい!  生活に窮した失業者を犯罪者に変化させるのがこの、  起業家セミナー入れ食い作戦の本質なんじゃい! ぐぅぅぅ、わかったか!」 「わかりました…!」  ロカの唐突なる恫喝は、迫力に欠けるものであった。しかし立場の違いが工作員の恐怖を喚起する。  その様子を満足そうに認めると、ロカは薄笑いを浮かべた。 「うむ…しかし報告によると、三人組のサイキが  首を突っ込んできたらしいな。」 「はい、このままですとこの本部にも…。」 「それはないだろう。この場所は秘密になっている。  受講者も目隠しをして連れてきているんだからな。  バレることはないない。」 「ですがロカ様の身に危険が及ぶ可能性も、無くはありません。」 「それって真実の人の意見か?」  工作員は己の使命を果たすべく、ロカの洞察に動じることなく大きくうなずいた。 「そうです。ですからガードマンとして、  改造獣人ソロモン二世、三世、四世を連れてまいりました。」 「真実の人も心配症なお方だ…まぁよい、それより本日の受講者は?」  ロカに促された工作員は、手元のファイルに目を通した。 「隣の起業室に来ております。秋野幸治五十五歳。  もと製粉会社の役員だそうです。」 「オッサンか…こりゃ追い詰めるのもホネだが、  やりがいもあるということだ。なんせ二億円めの顧客だからな。」  ロカはそう言うと、丸々太った体を椅子から起こし、退出した。 「定年前だと言うのに、こんなことになってしまい…お恥ずかしい限りです。」  事務室の隣にある講習室では、受講者とロカのやりとりが始まっていた。 「恥入ることはありまセン。アナタはついに選ばれたのデス。」 「えら…選ばれた?」 「ハイ。アナタは真実の資本主義を実践する、  その求道者としての才能があったからこそ、  この国の欺瞞に満ちた経済体系からドロップアウトをしたのデス。」  抑揚を押さえた宣教師の様なロカの口調は、事務所でのそれと完全に異なっていた。  彼の表情は恍惚に満ち、その口からは無尽蔵に言葉が吐き出されていた。  失業者、つまり弱者を金銭面と精神面から追い詰めるこの任務を、ロカは心の底から気にいっていた。 「はみ出したことを恥じることはありまセン。  アナタを弾き出したシステムそのものが、間違っていたのですから。」 「私はどうすればよいのでしょうか?」 「起業家です。事業を起こし、今度はアナタが雇う側となるのデス。  そう、真実の資本主義を実践する、正義の企業主となるのデス。  しかしそのためにはいくつかのハードルを  乗り越えてもらわなければなりまセン!」  言葉の抑揚を解放したロカのテンションは、ある意味での性的興奮に到達しようとしていた。  しかし、絶頂は乱暴なる衝撃音によって阻まれた。 「誰デス!?」  ロカは乱暴に開かれた扉を振り返った。 「ぐ、ぐぅ…。」  工作員が、うめき声を上げつつ戸の影から倒れてきた。 「な、なに…。」  ロカは事態の急転、その原因を瞬時に把握した。彼の予想通り、加害者である三人のサイキが部屋へと入ってきた。 「サイキ共か!」  ロカの語調の変化が中年失業者の精神を、現実世界へと引き戻した。 「な、なんなんだよ!」  かなめは、軽やかな身のこなしで中年失業者に近付くと、彼の手を握った。 「あ? はぁ?」  中年失業者の意識に、意味をなさない大量の情報が一瞬にして流れ込んだ。彼はその情報量に耐え切れず、意識を失った。 「情報過多…しばらく気絶しているわ。」  ロカを一瞥すると、かなめはそうつぶやいた。 「く、くぅ…三人のサイキ共め、何故ここの場所がわかったのだ!?」  ロカの問いに答えることなく、まりかはリボンを取りだしつつ、一歩前へ出た。 「真実の徒、私達がいつまでも攻められっぱなしって、これからは違うわ。」 「まりか、どないする?見たとここのオッサン、  うちらとやりあうタマと違うようやでぇ。」  あきらの言葉に応じることなく、ロカは身構えた。 「ソロモン共!この小娘共を追い返せ!」 「え!?」  ロカの叫びに応じ、室内に数名の獣人が乱入してきた。その姿はまりかが以前戦った「ソロモン」に酷似していた。 「ソ、ソロモン…。」 「まりか、知っとんのか?」 「うん…あきらさんもかなめさんも気をつけて!  あいつ、タフで手ごわいから!」  警戒したまりかであったが、結果から言えば、ソロモンと同タイプの改造獣人達は、カオス以上の善戦をすることはできなかった。  三体の獣人は泡と帰し、まりか達の足元にその亡骸をさらしていた。 「か、改造獣人がこうもあっけなく…バ、バケモノ共め…。」  驚愕しつつも、ロカの敵意は一向に萎える気配を見せなかった。 「さて、もう用心棒もタネ切れやな…。」 「かなめさん。」 「わかっているわ。」  かなめはまりかに促されると、ロカに歩み寄った。 「な、何をするつもりだ!?」  殺意こそなかったものの、かなめの瞳にはロカに対する軽べつの念が込められていた。それを察知した彼は恐怖し、壁に自らの背中を密着させた。 「どうして私たちがあなたの仕事を、こうして潰したか…わかって?」 「な、なんだと…。」 「なるべく早くケリをつけたいの。真実の徒の本拠地…教えてもらうわ。」  ロカの手をかなめは握りしめた。 「私の心を読むつもりか!? やめろ! やめるんだ! やめてくれ!」  その狼狽はこっけいな程、オーバーなものであった。しかしかなめはロカのそんな態度を意に介せず、意識を集中した。 「な…。」  ロカの知識がかなめに流れ込もうとしたその瞬間、彼の肉体がソロモン達と同様の崩壊現象を起こし始めた。 「真実の人…お、お許しを…グボ…ゲボ…も、もっと…  追い詰めたかったぁ…。」  無念さを言葉に込めたまま、ロカは泡と化した。 「機密管理…?心を読もうとしたら…。」  かなめも、さすがに動揺を隠ことはできなかった。 …2  結局、なんの有益な情報も得られないまま、まりか達は「フルメタルカフェ」の近所まで帰ってきていた。 「真実の徒との決着…なかなか簡単にはつけられないわね。」  かなめは歩きながらボソリとつぶやいた。 「そうね。なんて言うのかな…これからもしばらくは  モグラ叩きが続きそうだね…。」  CD工場襲撃とそれほど変わらない今回の結果に、まりかはかなめほどの焦燥感を抱いていなかった。 「モグラ叩き…そうかも知れないわ。」 「でも…かなめさんは凄いんだね。」 「え?」 「真実の徒との戦いもアッという間に馴れちゃったし…。」 「せやな、まぁウチは下地があったさかいに、  頭の切り替えは早ようついたけど、まりかなんかは大変やったもんなぁ。」 「うん。」  まりんはあきらの言葉ににっこりとうなずいた。 「そうね…。」  かなめは髪をかきあげると、遠くを見つめた。 「うそ…。」 「なんやと…。」 「…。」  「フルメタルカフェ」に到着したまりか達は言葉を失った。建物は瓦礫と化し、その周辺には捜査のパトカーが数台停車していたからである。 「真実の徒…。」  まりかのつぶやきは、他の二人の気持ちを代弁してのものであった。 「ま、まりかちゃん…。」  うめき声を上げ、まりかの背後から信長が手をかけてきた。 「信長くん!」 「カ、カオスが来たんだ…強盗のオッサンがやられて…。」  信長の左足は、カオスの銃弾により負傷していた。 「ぼ、僕だけなんとか逃げ出せたんだけど…。」 「マスター、マスターはどないした!?」 「怪我して…警察に運ばれたよ…。」  信長はそう言うと意識を失った。 「まりか!」  あきらはまりかの決断に頼った。 「う、うん…。」  しかし状況の急転は、まりかの判断力を鈍らせていた。 「とにかくここにいたら、警察に見つかっちゃう…  どこか安全なところに…。」 「安全…ね。」  かなめのそのつぶやきには、冷笑と自嘲と憤りが込められていた。 [十三・不定形マニトット] …1  「起業家セミナー入れ食い作戦」を壊滅させたまりか達であったが、彼女達が定住する場として利用していた「フルメタルカフェ」は、マーダーチーム「カオス」により破壊されてしまった。 「ここは品川やな…。」  疲労した身体と信長の怪我を治すべく、まりか達はあきらの空間跳躍の能力を使い、品川まで来ていた。  なぜ品川か…具体的な理由はなかった。あきらの直感は感覚的記憶から都会であるにもかかわらず、比較的人口密度の低いこの街を選択させていた。  そしてまりか達はあきらのそんな感覚に頼ることに、それほど不安は抱いていなかった。 「泊まる場所を探しましょう。信長くんの怪我を治さないといけないし。」 「ならあそこがいいわ。」  かなめは駅前に建つ「品川インペリアルホテル」を指さした。地上二十階建ての巨大なホテル。外層は真新しく、宿泊費用も相応とおぼしき印象をまりかは抱いた。 「ここって…前にテレビで見たわ。新しいホテルなんでしょ?」 「ええそうよ。」 「せやけどタレ幕には来週からオープンって書いてあるで。」  あきらが指摘するように、確かにタレ幕には「八月十六日よりオープン! 宿泊予約受付中!」と書いてあった。 「あ…ほんとだ。」  宿泊を断念しかけたまりか建ちの背後から、一台のスポーツカーがやってきた。  車はガードレールもないこの道幅に対し、あまりにも早すぎるスピードを出していた。 「きゃ!」  スポーツカーの突進を避けるため、まりかはしりもちをついてしまった。車は、まりか達とすれ違った数メートル先の道端に停車した。 「どこに目ぇつけとるんや!」  あきらは激昂し、車めがけて走って行った。すると、車の扉が開き、中から一人の男性が現れた。 「これは失礼! お怪我はありませんでしたか?」  その男性は、長身で均整の取れた肉体を持つ青年であった。理知的な風貌は、清潔さと柔和さを同時に醸し出している。 「う…うちは別に平気やけど…。」  男の誠実な言葉に、あきらは戸惑ってしまった。 「そうですか…ところで私共のホテルに、何か御用ですか?」 「え?」  まりかは腰を上げつつ、男の言葉に驚いた。 「あなた…ここのホテルの人ですの?」  かなめは興味深そうな表情で、そう尋ねた。 「あ、ええ。申し遅れました。私は当ホテルのオーナー。村上といいます。」 「ホテルのオーナー…。」  それにしては若く、タレントのような風貌に、まりか達は驚いていた。 「ええ…私達、今日の宿を探していましたの。  それで、こちらのホテルが素晴らしいと思いまして。」 「あぁ、なるほど。」  かなめのいわゆる「馴れた」対応に、まりかは感心していた。 『やっぱりお嬢さまなんだなぁ。』 「けどだめですね。まだオープン前ですし。」 「いえいえ、私の運転でご迷惑をおかけしたのです。」 「え…?」 「オープン前ですが、宿泊の準備は全て整っております。どうですか?」 「泊めさせてくれるんですか!?」 「はい。」  まりかの問いに、村上は満面に笑みを浮かべて答えた。 「あきらさん、かなめさん、泊まろうよ! ね!」 「私は別に構わないけど…。」  素っ気なく答えるかなめであったが、本心は読心するまでもなかった。 「うちも。」 「それではどうぞ。」  この時点で、村上に対して疑念を抱く者は皆無であった。 …2  まりか達は「品川インペリアルホテル」の十五階、スイートルームにやってきていた。  信長をベッドに乗せ、まりかはPK治療を開始した。 「どや?まりか?」 「うん…これで大丈夫だと思うわ。怪我も大したことなかったみたいだし。」 「そうか。」 「それにしても凄い部屋だよね…。」 「そやな、うちもこないなとこに泊まるんは、はじめてや。」  あきらは部屋をぐるりと見渡した。広く清潔な室内に、高級な家具の数々。 「一泊なんぼなんやろなぁ。」  あらゆる意味で、それまで宿泊していた「フルメタルカフェ」の二階とは異なる印象を、あきらは感じていた。 「やっぱり泊まるところはこうじゃないとね。」  かなめはせいせいした様な表情で、そうつぶやいた。 「かなめさんは、やっぱりこーゆーのが合うんだろうね。」 「ええそうよ。」  キッパリと言い切るかなめに、あきらは軽い嫌悪感を抱いた。 「なんやその言い方…。」 「あら気に障ったかしら? でも仕方ないでしょ?  あなた達と関わってからしばらく、  あんなボロ部屋に泊まらされていたんですもの。」 「メタカフェのこと、ボロや言うとるんか!?」 「事実でしょ。金本さんはアレが性に合うんでしょうけど、私には…。」 「ほんまムカつくやっちゃな!」  あきらはそう叫ぶと、扉の方に向かって歩き出した。 「あきらさん。」 「偵察や!」  あきらは部屋から出て行った。 「…。」  かなめは軽い後悔の念を抱きつつ、出ていくあきらの後ろ姿を見送った。 「かなめさん。」 「わかってるわよ…マスターが怪我したのに、言い過ぎたって。」 「うん。」 「でも、ついつい言っちゃうのよね。金本さん見てると、  なんか怒らせたくなっちゃって。」  そんなかなめの言葉に、まりかは苦笑いで答えた。  あきらはホテルをうろついていた。オープン前ということなので、宿泊客の姿は皆無であったが、途中何度か従業員と出会い、言葉を交わした。 「どいつもこいつも愛想がええなぁ。まるでお姫様になった様な気分や。」  あきらは廊下で立ち止まると、形のいいあごに人さし指をあてた。 「あぁ、この気分が当然や思うようになると、  かなめの奴みたいになるんやな。用心用心。」  翌朝となった。  高級ホテルのベッドは、疲労していたまりか達の睡眠をより深いものにしており、彼女達はフロントからのモーニングコールでようやく目を覚ました。 「あきらさん、かなめさん、朝食が出来てるって…どーする?」 「うん…食べに行きましょう。カフェがどんなのか、見ておきたいし。」  まりか達は、隣の部屋で寝ている信長を起こすと、一階の食堂へと向かった。  食堂は洋風のカフェとなっており、ホテルのグレードの高さを窺わせる、高級な作りとなっていた。 「どうにも、こーゆーんは肩こるなぁ。」 「わたしも。」 「でもでも凄いよね! 僕、こんなとこで朝メシ食べるのはじめてだよ!」  信長は興奮していた。 「おはようございます。」  まりか達のテーブルに挨拶をしにきたのは、オーナーの村上であった。 「おはようございます。村上さん。」 「当ホテルは…いかがですか?」 「ええ、とても気に入りましたわ。」  答えたのはかなめである。 「そうですか。それはそれは。」 「内装もヨーロッパ風にまとめてあって…  それでいて嫌味がなく、シックな印象を与えていますし、  きっとこのホテル、人気が出ると思えますわ。」 「はははは、そう言ってもらえると、従業員の励みになります。」 「何でもええけど、メシはまだかいな?うちはハラへっとるんや!」  空腹だけではない、退屈な会話を聞きたくないため、あきらはそう叫んだ。 「かしこまりました。」  村上は頭を下げると、その場から立ち去った。そして村上と入れ替わる様に、ウエイターが食事を運んできた。  前菜が運び終わるのを待つと、かなめは視線をテーブルに向けたまま深いため息をついた。 「こういうホテルで怒鳴るのって…マナーがなっていないわね。」 「うちは実りの無い会話が好かんだけや。」 「ふん…だけど他の客がいなくて良かったわ。」 「どういう意味や!?」 「あなたみたいなのと仲間だなんて思われたら、笑われますもの。」 「なんやと!?」 「二人ともやめなさいよ!」  まりかはあきらとかなめの相性の悪さに辟易としていた。 『あきらさんとかなめさんって…  真実の徒がいなかったら、関わり合うことも無かっただろーなー。』  食事を採りながら、まりかはそんなことをぼんやりと考えていた。  朝食を終えたまりか達は、部屋に帰ってきていた。 「これからどうしようか?」 「そうやな、カオスがここ見つけるんは時間の問題や。  迷惑かける前に出ていった方がよさそうやな。」 「そうかしら?」  あきらの性急な答えに疑問を持ったのはかなめであった。 「カオスにしても、警察の目から逃れて動きまわっているはずよ。  ここでじっとしていれば、外に出るより時間は稼げると思うわ。」 「ふん…。」  頑迷ではないあきらである。かなめの意見にも一理あると頷いた。 「なら、これからどうするかを話し合おうよ。」 「ああ。」 「そうね。」  最近、自分が柄にもない意見調整役を務めていると、まりかは思った。信長も含めた四人は、これからの行動を話し合った。 「まず、私たちが命を狙われないようにするには、三つの道があると思うの。」 「三つ?」  まりかの提案に、あきら達は興味を示した。 「一つは…真実の徒の手が届かない様な場所に逃げる…。」 「…。」  信長は、まりかのバランスのいい横顔を見ながらうなずいた。 「一つは、真実の徒と交渉して、私たちから手を引いてもらう。」 「ふん。」  あきらは視線を反らすことで、その可能性を否定して見せた。 「最後の一つは、真実の徒のリーダー、真実の人を追い詰めて、  手が出せないようにする。」  かなめは腕を組み、数秒思考を巡らせた。 「二つ目と三つ目は重なる部分が多いわね。」 「簡単に言うなら、真実の徒を脅して手ぇ引かせるって訳やな。」 「うん。」 「だけど簡単にはいかないわね。情報を引き出すだけで  消されるような組織よ。真実の人って人に直接仕掛けないと、  手を引かせるのは難しいわね。」 「そうだね。うん…。」  しかし言葉で言うよりはるかに困難な事実であることを、まりかは感じていた。 「ね、ねぇ。」  気弱に手を上げたのは信長であった。 「一つ目のアイデアはだめなのかい?逃げるっていう…。」 「あほたれ、そないな場所、どこにあるん思うとるんや?」 「外国とか。」 「仮りにあるとして、いつまでいるんや?ポリが真実の人をパクるまでか?」 「そ、それは…。」  あきらの強い否定に、信長は反論することができなかった。 「うちらはどのみち打って出るしかないんや。  真実の徒を叩き潰して…もとの生活に戻るんは、その手ぇしかあらへん。」 「もとの…生活…。」  その言葉は家族を殺された信長にとって、辛いものであった。 「信長くん…。」 「新しい生活でもええんや、それにうちらが真実の徒と戦うんは  身を守るためだけやない!」 「復讐…かしら?」  かなめは視線をあきらに向けると、そうつぶやいた。 「あなたは仲間がやられたものね。」 「そうや! それのどこが悪い!?」 「別に復讐心を抱くのが悪いとは思わないわ。だけど八巻くんは…。」  信長はテーブルを見つめた。 「わかってるよ…逃げきれることなんて出来ないって…  でも、僕は戦うのに何の戦力にもなってない…足を引っ張ってばかりで…。」 「そんなことないよ…。」  まりかは優しい笑みを信長に向けた。 「まりかちゃん…。」 「信長くんは役に立ってる。例えば…。」  考えてみたまりかであったが、適当な回答は見あたらなかった。 「あ…無いかも…。」 「ほら! やっぱりそうだろ! 僕なんかいたって迷惑なんだ!」  信長はそう叫ぶと部屋から出て行った。 「信長くん!」  呼び止めようとしたまりかであったが、かなめの冷たい視線と気配がそれを阻んだ。 「悪戯な慈悲は、相手を傷つけるだけにしかならない…武藤さん。」 「そんなこと言ったって!」 「ま、八巻くんがいきなり情緒不安定になったのも事実だから、  全部が武藤さんのせいにもできないけど。」 「と、とにかく連れ戻してくる!」  まりかは信長の後を追い、部屋を飛び出して行った。 「まったく…。」 「なんや、何が言いたいんや。」  あきらは険をこめてそうつぶやいた。 「別に…そうぞうしいって思っただけよ。私の好きな展開じゃないわ。」 「言いたいことをずけずけ言うやっちゃな。自分、友達おらへんやろ。」 「不良に言われたくないわ。」 「はん! うちは不良かも知れへんが、あんたのような  戦闘オタクやあらへん! まだマシな方や!」 「戦闘オタク!? どう言う意味よ!」  あきらの挑発に、かなめは乗ってしまった。 「うちらとつるむ動機が希薄なんや! そう思われてもしゃあないやろ!」 「私には私の事情があるわ! だけどそんなこといちいち言う必要ないでしょ!」 「隠し事があるなら、ねちっこい嫌味な態度やめや!」 「だから関係ないでしょ! 互いの能力が必要で、  行動を共にしているだけなんだから! それに。」 「ん?」 「武藤まりかっていう個性にも興味があるし…。」 「ふん…。」  本音を聞き出せなかったものの、かなめのその言葉は、あきらにとって興味深いものであった。 「信長くんが足手まといとは思わないけど…。」  まりかはホテルの廊下を小走りに歩いていた。 「疲れるのは事実なんだよね。」  信長を探すため、ホテル内を歩き回っているまりかであったが、その姿を認めることは難しかった。 「外には出ていないはずだけど…変ね…。」  まりかは一つの事実に気づいた。 「ホテルの人…どうして誰もいないんだろ…。」  時間は十二時、昼食時である。にもかかわらず、ホテルの食堂はおろか、厨房にも人影は皆無であった。 「なんか、なんか変だよ、このホテル…。」  異変は静かに進行していた。 …3  あきらとかなめは部屋にいた。特に言葉を交わすことなく、二人のサイキは何となく時間を潰していた。 「…。」  居心地の悪さに辟易としたあきらはソファから立ち上がった。 「どこに行くの?」 「シャワーや。」  そう言うと、あきらはシャワールームへと向かった。 「にしても、うちらホンマにあいつらを倒せるんやろうか…。」  そうつぶやきつつシャワールームの扉を開けたあきらは、眼前に一体のブロンズ像を認めた。 「なんや…なんでシャワールームにこないなものがあるんや?」  ブロンズ像は、中世ローマの軍人をモデルにしたものである。  確かにシャワールームに置くには不適当な代物であった。そして、その像の目が一瞬光った。 「あ!?」  発光は一瞬だったため、あきらはその事実をはっきりと認識することが出来なかった。 「今…確かに光った様な気が…。」  しかしあきらは気分を切り替えると、シャワーを浴びることにした。 「ふぅ…。」  熱いシャワーは、あきらの気分を転換させるのに充分であった。彼女はその長い髪をタオルで拭いた。 「う、うぐ!」  唐突に、殺気を感じることなく、背後からあきらは首を絞められた。絞める手はシャワーのカーテンから伸びていた。 「ぐ…ぐぁ…。」  あきらは全身に力を込めると、その手を振り解いた。彼女は背後を振り返り、自分を扼殺しかけた敵を確認しようとした。 「誰や!?」  しかし、そこにはカーテンしかなかった。 「どうしたの!?」  あきらの叫び声を聞きつけたかなめが、シャワールーム入ってきた。 「今、誰かがうちの首を絞めたんや!」 「なんですって!?」  かなめにしても、敵の気配は察知していなかった。  まりかはホテルの地下まで来ていた。 「ボイラー室…こんなとこにはいないだろうなぁ…。」  そう思いつつも、まりかは奥へと歩を進めていた。ボイラー室の突き当たり、そこには「事務長室」と書かれた扉があった。  機械の動作音に紛れ、その中から声が聞こえてくるのをまりかは認めた。 「く、くそ…あのサイキ、なんてバカ力だ…。」  その声は、村上のものであった。 「しかし…早めに始末してしまわないとまずいな…  カオス共が来てしまってからでは、せっかくの手柄もふいになってしまう…」 「始末…手柄…!?」  村上は真実の徒である。こうも呆気なく状況を把握してしまった事実に、まりかは軽く戸惑った。 「あきらさん達に…知らせないと!」  まりかはボイラー室を後にすると、エレベーターに乗り込み、十五階へのボタンを押した。  上昇を開始したエレベーターであったが、七階で突然動きを止めてしまった。電源も切れ、エレベーター内は暗室と化した。 「やっぱり…。」  まりかは確信の度合を更に強めていた。そして、背後からの殺気を感じた。 「真実の徒!」  リボンを引き抜き、まりかは意識を集中した。エレベーターの壁は形を崩し、攻撃するための「手」と変化した。 「くぅ!」  リボンの一撃で、まりかは「手」の攻撃力を奪った。「手」は形を崩すと今度は「足」と化した。 「アメーバみたいなの…形を変えて…。」  まりかは意識を集中すると、エレベーターの扉を能力で破壊し、廊下に飛び出た。 「間違い無い…真実の徒の新しい追っ手ね!」 あきらとかなめは、十五階のエレベーターホールまでやってきていた。 「エレベーターは故障中…階段を使うしか無いわね。」 「そうやな!」  二人のサイキは階段を下った。すると、下からまりかが駆け上がって来た。 「あきらさん! かなめさん!」 「まりか!」 「このホテルに真実の徒がいたわ!」 「ああ! うちも命狙われたで!」 「色々形を変える…アメーバみたいな奴よ。」  まりかのその言葉に、あきらとかなめはシャワールームでの暗殺を思い起こした。 「八巻くんは無事なのかしら…。」  かなめのその心配に、まりかは数瞬思考を巡らせた。 「わからない…でもオーナーの村上が手柄って言ってたから、  あいつを見つければ…。」 「村上…あいつがボスなんやな。」 「多分。」  人数、戦力の規模、見えない敵との交戦は始めての経験であった。まりかも状況を正確には把握できなかった。 「な!?」  階段の床が崩れ、それは「手」に変化した。 「こいつがアメーバ野郎かいな!?」 「そんな下等生物と一緒にしてもらっちゃあこまるな…。」  「手」は言葉を発した。その声は村上と同じものである。 「しゃべった…。」  村上の形に、「手」は戻った。 「俺は不定形マニトット…真実を追求した結果、  こんな姿になった…求道者だ。」 「真実の徒も次から次へと、人材が豊富な様ね。」  かなめは手にグローブをはめながら、そうつぶやいた。 「このホテルを使い、黄色いブタ共を恐怖のドン底に落としてやろうと  思っていたのだが、とんだ大物がかかったものだ!」 「ちょうど良かったわ…。」 「なに?」  まりかの言葉を、マニトットは理解できなかった。 「被害者が出る前に叩き潰すことが出来て…。」 「そうやな。どうやら敵はお前一人みたいやし、楽勝やな!」  まりか達はそれぞれの獲物を構えた。 「これまでの様にはいかんぞ! 俺には貴様らの能力は通じん!」  マニトットは床と同化した。 「く!」  まりか達はマニトットの姿を見失った。 「うわぁ!」  天井よりの打撃に、あきらは後頭部を痛打した。 「えぇぇぇい!」  まりかは意識を集中すると、天井を破壊した。しかし、マニトットにダメージを与えた手ごたえはなかった。 「くぅ…。」 「下手に見えるってーのは、やっかいなもんだな…  真実の徒の素晴らしい技術で、俺は自分の体を何にでも変化させることが  出来る。貴様らに勝ち目はないさ。」 「だったら!」  まりかは意識を集中し、辺り一面に振動を引き起こした。 「ぐ、ぐぅ!」  床に潜伏していたマニトットは、能力による打撃を受けてしまった。 「まりか、冴えとるで!」 「私達を狙える範囲にあるものを…全て攻撃すればいいってことね…  信長くんはどこ!?」 「誰が教えるか…ふふ、しかし拡散されたその技では、  俺にとどめを刺すことはできん…。」  マニトットは気配を消した。 「まりか。」 「逃げられたわ。あきらさん、かなめさん、信長君はきっとあいつに  捕まってる…このホテルを探しましょう。」  まりか達はホテル中を捜索した。途中、マニトットとの交戦が何度かあり、彼女達は一様に疲弊していた。 「はぁはぁはぁ…。」 「信長のバカタレ…どこにいるんや…。」 「武藤さん!」  階段から駆け上がってきたのは、確かに信長であった。 「信長君!」 「何とか逃げ出したんだ。」 「フン…。」  あきらはバットを構えると、残忍な薄笑いを浮かべた。 「せこいで!」  振り抜かれたバットにより、信長は壁に叩き付けられた。 「ぐ、ぐふぅ…。」 「武藤さんやて? 信長はそないな呼び方せぇへん!」  信長の形をしたそれは、壁と同化した。 「く、くぅ…油断のならん奴め…。」 「うちは呼び方にはこだわるんや!」  あきらは意識を集中すると、マニトットの同化した壁をまるごと空間に消し去った。 「くくくく…。」  その不適な笑い声は、マニトットのものであった。 「逃がしたか…。」 「マニトット…人質に取ったんなら、  どうして八巻君を楯にしないのかしら。」 「しないんじゃなくって、出来ないのよ…  信長君、多分逃げ出せたんじゃないのかしら?」 「それにしても能力の使い過ぎや…まりか、ここは一旦外に出て、  立て直すしかあらへんで。」 「で、でも信長君は…。」 「彼に利用価値があるから、マニトットも殺してはいないんでしょ?  私の時と同じだわ。」  かなめの提案に、あきらは意を決した。 「行くで。」  あきらはまりかとかなめの手を取ると、意識を集中し、ホテルから外への空間跳躍を試みた。 「あ?」  あきら達が出現したのは、十五階の宿泊していた部屋、そのバスルームであった。 「な、なんや…。」 「バスルーム…。」 「お、おかしいで…もう一回や。」  あきらは意識を集中して空間に跳んだ。しかし何度跳躍を試みても、出現するのはバスルームであった。 「何で外に出れへんのや…。」  あきらの視界に、ブロンズ像がうつった。 「ははははは!そのブロンズ像の発光が、貴様の頭にヴィジョンを  インプリントさせた! テレポートをいくら使っても、  このホテルから出ることは出来ん!」  ブロンズ像に内臓されたスピーカーからマニトットの声が発せられた。 「へたれがぁ…。」  確かに、あきらの脳裏にはブロンズ像のヴィジョンが擦り込まれていた。しかも深層部のため、彼女はその事実を認識することが出来なかった。 『私の能力で金本さんの頭から、  ヴィジョンを取り去ることはできるかしら…。』  かなめはそんなことを考えていた。 「あ! まりかちゃん!」  部屋に入ってきたのは信長であった。 「信長君!?」 「…。」  かなめは信長の手を取った。 「な、何をするんだかなめさん!」  そういう信長の顔は、いつもより締りのないものとなっていた。かなめは信長の心理を覗き、彼が本物である事実を認識した。 「本物みたいね…。」 「当たり前だろ? それより大変だ! ここのオーナー!」 「真実の徒や言いたいんやろ。」 「なんだ…知ってたの。」 「しっかしどないする…。」 「壁を壊して…外に出るしかないわ、一階まで降りましょう。」  そう言うまりかの顔には、疲労の色が強く出ていた。 「はぁはぁはぁ…。」  エレベーターが使えないため、階段を下って一階まで降りてきたまりか達であった。 「…。」  出口を封鎖している鉄骨の山を見て、まりかは息を飲んだ。 「どや? 壊せそうか?」 「ちょ、ちょっと無理っぽいかな…。」 「なら、うちがどっかに跳ばしたる…。」  あきらはそうつぶやくと、鉄骨に手を触れた。 「な!?」  鉄骨は突如として姿を「手」に変えた。「手」はあきらの腕を掴んだ。 「マニトット!?」 「リスクを覚悟してのカケなんだ! 逃がしはせんぞ!」  あきらは強引にマニトットを振り解くと、愛用のバットを構えた。 「ふん…。」  かなめは目を細めると、一歩前に出た。 「私達を追い詰めるんなら…もっと準備をしっかりとして  おくべきだったわね。」 「なに…?」 「手柄を前にして判断を誤った…気持ちはわからなく無いけど…。」 「小娘が言うか!?」  マニトットは床と同化すると、かなめとの間合いを一気に詰めた。 「ウッシャァー!」  奇声を上げたマニトットは巨大な「鎌」と化し出現した。かなめはそれを冷静に観察すると、その刃に手を触れた。 「!」  かなめは意識を集中し、マニトットにテレパスを仕掛けた。 「死ね!」  「鎌」と化したマニトットは、かなめに体当たりをした。斬撃を何とかさばいたかなめであったが、右腕からは赤い体液がしたたり落ちていた。 「かなめさん!」 「平気よ…それより武藤さん、金本さん、仕掛けるわよ!」  「鎌」による斬撃でも、かなめの戦意は萎えることはなかった。むしろ、ある確信を表情に浮かべ、彼女は力強く身構えた。 「言われへんでも!」 「ふははははは、何度やっても同じこと、俺には物理攻撃は効かん!」  あきらはマニトットの言葉を無視し、バットを鎌めがけて振り抜いた。 「ぐわぁ!」  打撃はジャストミートした。「鎌」はその場に崩れ落ちた。 「な、なんだ…なぜ床と同化できん…。」  打撃の痛みを感じつつ、マニトットは困惑した。 「観念固定…あなたはもう、その姿から変わることができない。」 「な、なに…?」 「金本さんのインプリントの事を考えているときに思い付いたのよ…  ぶっつけ本番だったけど、うまく行ったわ。」 「く、くそぉ…。」 「小策士が策に溺れたわね…。」  かなめはグローブをはめた手を構えた。 「完命流、心中砕!」  かなめの拳は「鎌」の中央部に振り降ろされた。 「ぐはぁ!」  マニトットはその戦闘力を奪われた。 「ぐ、ぐぅ…真実の人…お、お許しを…。」  かなめの足元に泡がひろがった。 「マニトット…一人で私たちに立ち向かって…。」 「そうやな、大した度胸やったな。」  戦いの後に常にやってくる嫌悪感をまりか達は感じていた。 「はい、もしもし、戸倉ですが。」  戸倉は霞が関にある「T機関対策本部」で電話を取っていた。 「なに?真実の徒…T資本のことだな。品川インペリアルホテルだと!?  お、おいあんたは!」  戸倉は電話を切った。 「タレ込み…品川インペリアルホテルがT資本の所有物だと…  にしても誰なんだ…?」  それはまりかからの電話であった。 [十四・獣人デパート] …1 「こら!入っちゃいかん!」  「品川インペリアルホテル」での事件から数日が経った。  まりか達は都内のビジネスホテルを転々とすることで、「真実の徒」からの追及を逃れていた。  そして、カオス襲撃事件以来立ち寄ることの無かった渋谷に、三人のサイキと一人の少年は再び舞い戻っていた。  「西徳デパート」、「起業家セミナー入れ食い作戦」の際にカオスが襲撃したデパートである。  現在は営業も再開しており、まりか達も生活必需品を購入するため立ち寄ろうとした…  しかしデパート周辺には数台のパトカーが停止しており、警官によって店舗への立ち入りは阻まれていた。 「どうしたんですか?」  まりかは自分達の行く手を阻む警官に笑顔で訪ねた。 「ここのデパートはテロリストに占拠されているんだ!」 「テロリスト?」  警官の言葉に反応したのは信長であった。 「そうだ、さっきからたて篭ってる、危険だから近付くんじゃない!」  テロリストとはおそらく「真実の徒」である。そう判断したまりか達は周辺の民間人から情報を収集した。  断片的な言葉を組み合わせてみると、一つの事実が判明した。こうした際、それを明瞭に言語化するのも、いつのまにかまりかの役目になっていた。 「西徳デパートに獣人が乱入、その後バリケードを作って立て篭り…  いまも被害者が出ている…か…。」 「真実の徒が、どうしてデパートなんかを…。」  カオスの襲撃とは明らかに事情が異なっている。信長にはそう思えた。 「脱走者かも知れへんな…。」 「脱走者?」  信長の問いに答えたのはあきらであった。 「じき自衛隊も来るやろ。」  あきらは、今回の篭城騒ぎは自分達が関わる種類のものではないと認識していた。 「タカシ! タカシ!」 「だめだ!入っちゃいかん!」  包囲網の側にいたまりか達は、警官に止められる中年女性の姿を認めた。 「私の息子が逃げ遅れたんです! 助けて下さい!」 「もうすぐ自衛隊も来る! それまで待つんだ!」 「そ、そんな…!」 「相手は化け物なんだ、我々の手にはおえん!」 「私の子供が…。」  単純すぎる状況であった。涙を流し嘆願する母、それを止める公僕。正直、あきらはこういった状況が苦手であった。  かなめは情に流されることなく、その場から立ち去ろうとした。 「中に跳ぶで…。」  あきら低くうなる様につぶやくと、かなめの歩を止めさせた。 「私は反対よ。」  辟易とした表情で、かなめは振り返った。 「なんでや!」 「罠の可能性もあるし…私たち、もっと他にやらなくっちゃ  いけないことがあるんじゃなくって?」 「…まりか、信長、行くで。」 「だ、だけど…。」 「かなめさん…。」  介入と無視、あきらと信長はどちらでもよかった。しかしあきらとかなめの対立は見過ごせる種類の問題ではなかった。 「やっぱりこいは金持ちのお嬢さんや。自分のことしか考えとらん。」 「私は大局的に物事を判断しているだけよ。」 「言い訳なんて聞きとうない!」  あきらはまりかと信長の手を取ると、強引に空間へ跳んだ。 「…。」  かなめは髪をかきあげるとデパートを見上げた。 …2  デパートの中は電源が落とされており、闇に包まれていた。 「暗いね…。」 「う、うん…。」  まりかの言葉に、信長は頼りなく頷いた。 「お出迎えや。」  あきらは闇の向こうから、殺気が込められた気配を察知した。それはやがて姿を見せた。 「出たぁ!」  信長の視界に、数体の獣人達が姿を現した。 「行くでまりか!」 「ええ!」  かなめこそいなかったが、獣人達はまりかとあきらの敵ではなかった。ハリネズミの様な姿をした獣人は次々と倒され、その亡骸は泡と化した。 「ソロモンとも違う…新しい獣人?」  闇になれたまりか達は、デパート内の捜索を開始した。動力の切れたエスカレーターを昇ると、そこは化粧品売り場であった。 「え…?」 「人間…?」 「生き残りかいな?」  化粧品売り場の一角に、数名の民間人の姿をまりか達は認めた。 「君達! 逃げ遅れたのか!?」  そう声をかけてきたのはデパートのガードマンであった。 「ま、まぁ、そんなところです。」  この事件を解決しに来た…と言えるわけもなく、信長はそんな答えをした。 「そうか…わたしはガードマンだ。」  まりか達はガードマンの手引きで化粧品売り場に招かれた。  棚によって作られたバリケードの中には数名の買い物客達が、おびえ切った表情でまりか達を見上げていた。 「外の様子はわかりました。もうすぐ自衛隊が到着するそうです。」 「自衛隊…? それでもあいつらに勝てるかどうか…。」  まりかの説明に、ガードマンは皮肉そうに答えた。 「生き残ったんは、こんだけか?」 「おそらく…あいつらがやってきてから四時間経っている…  他の人達は…。」 「どうしてここには獣人がいないんだ…?」  信長は当然過ぎる疑問を口にした。そしてその瞬間、エスカレーターから数体の獣人達がこのフロアーに降りてきた。 「出おったな!」  あきらはバットを引き抜くと、バリケードから飛び出そうとした。しかしその行為はガードマンによって止められた。 「いや、いいんだ!」 「え…?」  獣人達はバリケードまで近づいてきた。  しかし彼らはバリケードに触れると、途端におびえの叫びを上げ、中まで侵入することなく飢えた獣の様にその周囲をぐるぐるとうろついた。 「な、なんなの…。」  まりかには、そのあまりに獣的な獣人達の様子を理解することができなかった。 「理由はわからん…だがこいつら、ここには入ってこれない様だ…。」 「化粧品…?」  信長は獣人達の侵入できない理由をそれとなく推理した。 「だから生き延びることができた…。」 「…。」  しばらくすると獣人達は襲撃を諦め、上の階へと戻っていった。 「ふぅ…みんな、化け物達は帰ったぞ!」  ガードマンの言葉に、生き残った人々は皆安堵の表情を浮かべた。 「それと…もうすぐ自衛隊が来るそうだ、  もうすこしの間、持ちこたえるんだ!」  その言葉に、信長は軽く呆れた。 「さっきは自衛隊でも勝てるかどうかって、言っていたのに…。」 「みんなを安心させたいんやろ…  しっかしほんま、獣人の弱点が化粧品やったとはな。」 「それはどうかな。」  あきらの結論に疑問を抱いたのはまりかであった。 「ん?」 「うん…ここにいる獣人は、確かに化粧品が苦手なんだろうけど…  いくらなんでも。」 「敵がそこまで間抜けなわけないってか…。」 「せやから脱走者なんやろ? 落ちこぼれ獣人や。」  あきらの言葉は、緊張したまりか達を納得させるのに充分すぎる説得力が込められていた。 …3  化粧品売り場のバリケードの中で、まりか達は商品をなんとなく眺めていた。  普段であれば購入することもかなわない高級品が、無造作に散らばっている状況である。興奮せずにはいられなかった。 「あ、私この色欲しかったんだ!」 「パクれパクれ!」  まりかとあきらのやりとりを聞きつけたのか、店員とおぼしき中年男性がはいずりながら近寄ってきた。 「こ、こら君達!欲しいんなら、ちゃんとお金を払うんだ!」 「なんやて…?」  あきらは残忍な目で、店員を見下ろした。この様な状況でも、慣れからか恐怖と緊張はなく、ガードマンを除けば誰よりも精神的に優位な状況であるまりか達であった。 「う、う…。」 「うちら、おめかしで欲しいゆうとるのとちゃう!  化け物と戦うためや!」 「し、しかしそれは売り物…。」 「こないな時に何言うとるんや! 今は非常事態やで!」  騒ぎを聞きつけ、ガードマンがやってきた。 「店長。」 「お、おう、丁度よかった。」 「店長、彼女達が言っていることは正しい…  今はつまらないことに拘っている場合じゃない。」 「し、しかし私はこの店を任されて…。」 「商売より生き延びる方が先決でしょう。」 「う、うーむ…。」 「話のわかるおっさんや。」  あきらはこのガードマンに行為を抱いたが、彼は首を数回振ると、彼女に苦笑いを浮かべた。 「だがな、君達の様な女の子が戦うってーのは間違いだぞ。」  その言葉に、あきらは呆れるしかなかった。 「女の子…ねぇ。」  まりか達の本来の動機は、タカシという少年を救い出すことにあった。それを思い出した三人は、バリケード内の生き残りから、少年の行方を聞き込んだ。  しかしそれらしい情報もなく、当然生き残りの中にもタカシという少年はいなかった。 「タカシって子…どこ行ったの…?」 「考えてても仕方があらへん。探すんや。」  意を決したまりか達はバリケードから出ようとした。その時である。 「どこに行くんだ君達!」  ガードマンがまりか達の行為を止めようとした。 「タカシって子供がいないんです。見てきます!」 「しかし、この外にはさっきの化け物がいるんだ!」 「化粧品を持って行けば平気です。」 「し、しかし…。」  毅然としたまりかの対応に、ガードマンは違和感を抱いた。 「心配あらへん。うちら、ただの女の子とちゃうねん。」  まりか達は化粧品売り場を後にすると、更に上の階へと調査に向かった。そこは呉服売り場であり、普段のまりか達であれば素通りする売り場であった。 「う…。」 「この匂いは…。」 「ああ…。」  鼻をつく異臭が、三人の嗅覚を刺激した。馴れたあの臭い。死臭である。  歩を進めるまりか達は、やがて獣人達の気配を察知した。  呉服売り場の奥、蝋燭によって薄ぼんやりと照らされたその場所に、数体のハリネズミ型獣人が、タコの様な姿の獣人を取り巻く様に座っていた。  彼らは一様に何かを手にし、それを口に運んでいた。 「う、うぁ…。」 「あ、あれって…。」 「ああ…人の肉や…。」  表情こそ認識できなかったが、歓喜のうめき声が獣人達の感情をまりか達に認識させた。 人の肉を食らい、血をワインのごとく飲む…それは、獣人達のパーティーであった。 「か、神崎まりかか!?」  まりかの姿を認めたタコ型の獣人は、そうつぶやくと立ち上がった。彼の手には女性のものとおぼしき足が掴まれていた。 「あんたがボスね…。」 「そう!俺はトラムダートスピーシーズ、  その実験体、プロトダートだ!」 「そんなことどうでもいいわ…。」 「組織の追っ手かと思ったぜ…ヒヒヒ。」  その言葉に、信長は認識を強めた。 「やっぱり、脱走か…。」 「俺達は不完全な改造を受けた実験体でな、  どうせ亡びる身であれば、最後に好きなだけ  人の肉を食らってやろーとな。ウヒヒヒヒ…。」 「人の肉…。」 「そうだ。俺達獣人は人間の肉が大好きなのさ。」 「どうかしてるぜ…。」  虚勢を張ることで、信長は自分の意識を何とか保っていた。 「そうかな? 日本人はもともと肉を食わん草食民族だったんだろ?  しかし俺達は全員肉食民族だ。草食動物は肉食動物の餌だからなぁ。」 「だったら…。」  まりかは低くうなるようにつぶやいた。 「?」 「だったらおぼえておいた方がいいわ。その草食動物の中にも、  肉食動物を狩る者がいるってことを!」  まりかとあきら身構えると、自らの心を戦意のみに純化させ、獣人達のパーティーに乱入した。  狂気に包まれたまりか達の戦闘力は獣人達を凌駕し、戦いはものの数分で決着した。 「グフ…さすがにバルブを破壊したサイキだけのことはある…。」  重傷を負ったプロトダートは、まりか達の戦闘力を認めるとそうつぶやき、その場に倒れた。 「タカシ君を探しましょう!」 「もう食べられてるかも知れないけど…。」  まりか達は更に上のフロアーへと向かった。そこは玩具売り場であり、獣人達に荒らされた形跡もまだ無かった。 「行け! クロスバトラー!」  闇に包まれた玩具売り場で、一人の幼児がプラスチック製のロボットで遊んでいた。  その姿を発見したまりか達は、幼児のものと思われる小さなカバンを拾い上げると、名前を確認した。 「タカシって…あの子だね…。」 「ははは…おもちゃで遊んでるよ…。」 「タカシ君は獣人、見とらん様やな…。」  まりか達はタカシを保護するべく、彼に近づこうとした。その瞬間である。瀕死のプロトダートが玩具の棚を破壊し、姿を現した。 「さっきの獣人!?」 「プロトダートだ…。」  プロトダートはつぶやくと、タカシを抱え上げた。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「グ、グフゥ…このガキの命が惜しければ…  神崎まりか! 貴様の肉体を食わせろ!」 「く…。」  まりかはリボンを構えた。 「おっと…能力を使おうって、そうはいかねーぞ。  少しでも妙な真似してみろ。」  プロトダートは、触手の様な手をタカシの首に絡めた。 「いたいよ!こわいよ!」 「まりか!」 「そ、そんな取り引きに応じることないよ!」 『どうしよう…。』  まりかの判断は鈍っていた。 「グフフフ…ガキの肉もうまいが、年頃の娘の肉も、  これがまた…グフ、グフフフフ…。」 『タカシくんの命…食べられる…敵は一人…デパート…。』  状況の激変は、まりかの思考を混乱させていた。 「さぁどうする! ガキを見殺しにするか! それとも食われるか!」  プロトダートの興奮が絶頂に達した瞬間、彼はあらゆる気配に対して無防備となった。そして次の瞬間、彼の体に激痛が走った。 「何!?」  激痛は腰より上半身にかけて走り、プロトダートは耐えきれずタカシを手放した。  あきらは反射的にタカシを受け止めた。プロトダートは倒れ、その背後には。 「完命流…稲妻崩し…。」  身構えたかなめが立っていた。 「かなめさん!」 「ウワーン!ウワーン!」  恐怖におびえたタカシは、ただひたすらあきらに泣きついていた。幼児の頭を数回なでると、あきらはかなめを睨み付けた 「自分、何しに来たんや…。」 「別に…。」  かなめはいつもの冷徹な視線をあきらにぶつけたが、どこかぎこちなかった。 「かなめさん…。」  まりかはかなめの感情を察すると、苦笑いを浮かべた。 「私、あなた達を助けるために来たんじゃなくってよ。」 「ならなんや。」 「敵を知る必要があると思ったのよ。か、勘違いしないでよ。」 「まぁ…ええんやけどな。」  あきらにしても、かなめの感情は理解できた。 「なによそれは!」 「ははは…何にしてもよかった…。」  かなめの激昂も、信長の頼りない笑いによってかき消された。 「うん…。」  まりかは溶けていくプロトダートの亡骸をなんとなく見つめていた。 「どうしたんだい?」 「この獣人が言ってたこと…草食は肉食に食われるって…。」 「あんなの、人の肉を食べるための方便だよ。」 「うん…。」 『食べる側と食べられる側…私たちの運命は  そうだって言いたかったの…?』  まりかはプロトダートの言葉をしばらく反芻させていた。 つづく