[九・超能力少年(後編)] …4 「う、ううん…。」  まりかが目覚めたのは、ベッドの上であった。 「ん…目ぇさめたか?」 「あ、ここは…。」 「フルメタルカフェ…うちがよう使うとるバーの二階や。」 「…。」 「店長にはナシ通っとるから安心しいや。」 「そうなんだ…。」 「一応手当てはしておいた、傷は…治るかどうかわからへん。せやけどここやったら安全や。」 「…。」  まりかは無言で太股の包帯を取った。  傷口はふさがることなく、まりかの足にその刻印を焼き付けていた。まりかは意識を集中すると、傷口を撫でた。 「まりか…。」 「物を動かす力があるんなら、傷を治すこともできると思うの…。」 「…。」  あきらは息を飲んで、まりかの超能力治療を見つめていた。まりかの傷は見る見るうちにふさがっていった。 「つ…まだちょっとつっぱるけど、歩くことならできるわ。」 「な、治るものなんやな。」 「わからない…私にお医者さんの知識があれば、もっと確実に治せるんだろうけど…あ、八巻くんは?」 「…。」  まりかの質問に、あきらは憮然とした表情を浮かべた。 「あんへたれ、イカサマやったんや…。」 「イカサマって…。」  あきらはまりかに信長の真実を伝えた。 「じゃ、じゃあ…。」 「ああ、僕は家に帰ってママに慰めてもらうんですー! てな、とっとと帰りよったわ。」  まりかは立ち上がった。 「だめよあきらさん!」 「な、なんや…。」 「あのカオスって連中、八巻くんの命も狙い始めたのよ!」 「せやけど…。」 「南千住に行きましょう!」 「うちはあんガキに構うのは嫌や!」 「あきらさん!」  まりかは怒鳴ると、殺気を込めた瞳であきらを見つめた。あきらはまりかの気迫に圧倒されてしまった。 「…。」  あきらはまりかの手を握った。 『不思議なやっちゃ…普段はお嬢さん然しよるのに、なんちゅう殺気や…。』  二人のサイキは南千住へと跳んだ。 「あきらさん。」 「なんや?」 「私が気を失ってから、どれくらい経ったの?」 「そやなぁ…丸一日かな?」 「なら、もう間に合わないかも知れない。」 「?」  あきらには、まりかの深刻さが今一つ理解できなかった。 「カオスっていう新しい敵、普通の人達を巻き込むのに何のためらいもなかった…。」 「あぁ…そうかも知れへんな…。」  まりかとあきらは信長の家までやってきた。いや、正確に記すなら家の付近までやってきた。  家のまわりには数名の警官が現場検証をしており、まりか達はそれ以上近付くことができなかったのだ。  まりか達は付近の住民から、信長の家族がテロ集団に虐殺され、信長自身も近所の警察署に収容されている事実を聞かされた。 「…。」 「まりか。」 「私達のせいだよ…。」 「せやけどなぁ…。」 「…。」  まりかは今にも泣きそうな顔で、ただ地面を見つめていた。 「過ぎたことをぐだぐだ抜かしてもしゃあないやろ! それより今は、信長くんをポリ公から連れ出すのが先決やろが!」 「え…。」 「信長くんがうちらのこと、ポリにうたってみい!」 「あ、うん…そうだよね。」 「それに真実の徒が信長くんのこと諦めるとは思えへん、助けなあかん!」 「わかったわ。」  南千住警察署には、内閣特務調査室次長代行である戸倉晋丞が、今回の一件の事情聴取に来ていた。  内閣特務調査室とは、もと警察、もと自衛官のエリートによって構成されている国家公安組織の実働部隊であり、外国からのテロ活動の初動捜査などを主な任務とする組織である。 「…。」  戸倉は信長が収容されている部屋の外から、中の様子を伺っていた。 「パパぁ…ママぁ…。」  信長はベッドの上でただ震えていた。 「聴取は当分無理ですな…。」 「だろーな。」 「錯乱が納まるまで、しばらくの時間が必要です。」  眉間にシワを寄せながら、若い警官が戸倉にそう言った。 「遺体の第一発見者が彼なんだろ?」 「はい。」 「十六歳のガキにゃ、ちと酷だったろーな…。」 「次長代行、どういたしますか?」 「待たせてもらうさ。目撃証言からしても、俺達の管轄だろーしな。」 「その件で一つ…。」 「ん?」 「八巻信長くんがここに収容された直後、こちらとしては精神を安定させるために、睡眠薬を使用したのですよ。」  戸倉は、警官のもったいぶった物言いに多少うんざりしていた。 「それで?」 「寝ている最中、うわごとの様に繰り返していた言葉があったのです。武藤さん、金本さん…と。」 「なんだと!?」  武藤という固有名詞は、それまでの余裕を戸倉から消し飛ばした。 「武藤って言ったんだな!」 「はい、間違いありません!」 「やはりあの娘、偶然でT資本に絡んでいたんじゃなかったのかよ…。」  戸倉の独り言を、だが警官は理解できなかった。 …5  睡眠薬によってもたらされた眠りも、精神の錯乱を納めることはできなかった。  信長は恐怖の感情をひたすら反芻させており、思考は負の方向にしか向いていなかった。 「やつらが来る…やつらが!」  はっきりとした認識は、信長にある行動を取らせた。彼は扉を開けようと試みた。しかし外側からは鍵がかかっていた。 「閉じ込められた…僕は捕まったのか氈@出してくれ! ここ  から出してくれぇ!」  信長の叫びに警官が応じた。 「どうしたんだ!?」  扉の小窓から、信長は警官の姿を認めた。 「警…官…? そ、そうか…。」  安堵の感情が、信長に平常心を取り戻させた。 「どうしたんだ、八巻くん。」 「あ、あ…あいつらが…。」 「あいつら?」 「あいつらが来るんだ! 僕も殺される!」 「誰なんだ? あいつらって誰なんだ?」  その名前を信長が口にしようとしたときである。 「マーダーチームカオス!」  ロナルドの叫びが警察署の廊下にこだました。 「カオス…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  信長は再び恐怖に襲われた。その悲鳴に共鳴するかのごとく、ロナルド達の機関銃が一斉に火を吹いた。  警察署は戦場となった。警官達は訓練以外では撃つことのない拳銃を手に応戦を試みた。  しかし火力はもとより、戦場での経験の差が状況を絶望的なものとしていた。  カオス達は訓練された兵士であり、その判断力、行動力は警官達のそれをはるかに上回っており、戦局は五分と経たず、カオス達にとって決定的なものとなっていた。 「う、う…。」  外に逃げようとした信長は、自分が先程まで会話していた警官の死体を足元に認めた。  かつての彼であれば足もすくみ、下手をすれば気絶してしまう様な光景でもあったのだが、愛する両親のそれを見た後である。悲鳴はうめき声でとどまっていた。 「あ、あいつらは僕の命を狙っているんだ…こ、殺すならさっさとやってくれ…。」 「言われんでもな。」  硝煙の立ち込める中、信長の前に姿をあらわしたのは、ロナルドとその部下達であった。 「う、うう…やっぱり死ぬのはいやだ!」  警官の遺体から、信長は拳銃を手にしようとした。しかし歴戦猛者であるロナルドは、それより早く機関銃のトリガーに指をかけた。  数十発の弾丸が信長を襲う。 「うわぁ!」  しかし信長がその命を失うことはなかった。弾丸は軌道を変え、あたりの壁に跳弾した。 「サイキ共か!」  ロナルドは信長から視線を離した。硝煙の向こう、まりかとあきらが姿をあらわした。 「それぇ!」 「うりゃあ!」  PKバリアーを張り巡らせながら、まりかとあきらはそれぞれの獲物を手に、ロナルド達との間合いを詰めた。  数度の接触で、四名のカオスが戦闘不能に陥った。 「うろたえるな! 光線砲、照射用意!」  ロナルドの指示で、カオス達は光線砲を引き抜いた。 「まりか!」 「うん!」  まりかは意識を集中し、カオス達の立っている床を陥没させた。光線砲を構えようとした男達は穴に飲み込まれ、その戦闘力を奪われた。 「そらぁ!」  バットを構え、あきらはロナルドに突っ込んで行った。近すぎる間合いは、ロナルドに格闘戦を選択させた。  彼はバットの一撃を銃底で受けると、その長い足で蹴りを放った。 「ぐふぅ!」  蹴りはあきらの脇腹に命中した。激痛が少女を襲う。 「あきらさん!」 「く、くぅ…。」  ロナルドは二発目の蹴りをあきらに放とうとした。しかし能力のこめられたリボンはロナルドの足にからみついた。 「なに!?」 「それぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  まりかは意識を集中した、見えざる力がロナルドの身体の自由を奪い、彼は壁に押し付けられた。 「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」 「テレポーションバスター!」  あきらは大量の瓦礫をロナルドの頭上に出現させた。 「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」  ロナルドは瓦礫の下敷となった。あきらはそれを確認すると、まりかと信長の手を取り空間へと跳んだ。 「く、くぅ…。」  煙をかきわけながら、階上から戸倉がやってきた。彼が目にしたのは自分のいたフロアと大差ない光景である。 「逃げられたか…ん?」  戸倉は陥没している廊下で立ち止まった。 「これも…連中がやったのか? いや!?」  床にこびりついている泡を戸倉は見逃さなかった。 「まさか…。」  戸倉は状況を様々な方向性から思案してみた。  あきら達は、渋谷の公園に出現していた。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  あきらとまりかは呼吸を整え、精神を落ち着かせていた。極度の緊張状態から解放された二人のサイキは、確かな充実を感じていた。 「あきらさん。」 「あ? ああ。」  まりかに促され、あきらは信長の方を見た。 「な!?」  あきらは我が目を疑った。信長は警官が持っていた拳銃を両手で構え、それを自分達に向けていた。 「お、おまえ…。」 「お前達が! お前達がこなければこんなことにならなかったん  だ! お前達が!」  両手は確かに震えていた。しかしそれまでになかった強い意思を、信長はその瞳に宿していた。  あきらは傍らにあるゴミ箱に手をかけようとしたが背後からまりかに止められた。 「あきらさん。」 「お前がやるのか? そやな、鉄砲にはPKバリアーが一番やしな。」 「ううん。さっきの戦いで、わたしの力、もうほとんど残ってない。」  それは嘘であった。 「せやったら。」 「信長くん。」 「う。」 「私を撃って気が済むのならそうしたらいいわ。だけど…あなたの御両親の…仇を討てるのは…。」 「君達だって言いたいのかい!」  信長にはわかっていた。もとはと言えば、自分が超能力者などという嘘さえつかなければ、こんな目にあうこともなかったという事実を。 「そう…でもだめだよね。私だってあなたと同じ目にあえば…私に比べれば、あきらさんや八巻くんのほうが、ズッと辛い目にあっているんだものね。」  まりかの両眼から熱いものがこみ上げてきた。信長は銃口をまりかに向けた。 「く、くそ…。」  信長は引き金を引くことができなかった。彼は拳銃を地面に投げ捨てた。 「撃てる訳ないだろ!? あんた何考えてんだよ!?」  信長は地面にうずくまると、両手で地面を叩いた。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  心の底から、信長は泣いた。 「八巻くん…私もどうしていいかわかんないよ。うえ、ひっく。」  まりかも情けなくなり泣き出した。 「…。」  あきらはただ一人、腕を組んで二人を傍観していた。  戦いは続く。 [十・その名はかなめ] …1  南千住署襲撃事件から四日後、まりか達は渋谷のファーストフード店で食事を採っていた。 「東堂かなめ?」 「うん、僕が小学校の頃のクラスメートでさ…。」 「それがどないしたんや。」 「ほら、武藤さんも金本さんも言っていたでしょ。仲間がいるって。」 「ええ。」 「かなめちゃんは不思議なちからを持っていた子だったんだ…。」 「あんたみたいなイカサマやないやろな?」 「そ、そんなことはないよ、かなめちゃんは正真正銘の超能力者さ。お嬢様だったから、僕みたいに雑誌とかに応募してたわけじ  ゃないけど。」 「あんたはペテン師。」 「それを言うなよぉ!」  力の無い抗議を信長はあきらにした。あきらは人の悪い笑みを浮かべ、信長を無視した。 「かなめちゃんは人の心が読めたんだ。それに予知能力みたいなも  のもあったんだ。」 「予知?」  まりかはその言葉に興味を持った。 「うん、次の日のナイターの結果とか、ズバリと言い当てるんだよ。」 「ほー。」  あきらが感心したのもフリだけである。彼女は未だにこの偽超能力少年の言動を信じていなかった。 「僕は彼女に憧れてて…。」 「インチキに走ったんやろ…。」 「う、うん…。」 「中学の頃の同級生って言ったけど…住所はわかるの?」 「わかる、わかるよ。」 「ははぁーん…。」  あきらはある納得をした。 「自分、その子に惚れてるんやな。」 「え、え!?」 「くくく…。」  うろたえる信長を眺めながら、あきらは苦笑いをした。 「まぁええ…せやったらその子に…。」 「会いに行きましょう。」  まりかとあきらは、ファーストフード店の固いイスから立ち上がった。  三人は港区一の橋にやってきていた。国道からやや離れた住宅街、その中でも一際大きい豪邸が東堂かなめの家である。 「むっちゃ、でっかい家やなぁ…。」  あきらは東堂家の巨大さに驚愕していた。 「そりゃそうさ、かなめさんのお父様はアメリカに本社があるコン  ピューターソフト会社の社長なんだ。」  信長は、まるで自分のことの様に言った。 「あきらさん!」  まりかはあきらの腕を引いた。三人は塀の影に隠れた。 「パトカー…。」  まりか達は一台のパトカーが東堂邸の前に停車するのを認めた。複数の公僕が車内から、邸内に入っていく。 「かなめっちゅう奴の親父…脱税でもしたのかいな?」 「さぁ…。」 「よっしゃ、うちが様子を見に行くよって、ここでまっとき。」  あきらは空間から姿を消した。 「…。」  信長は不安そうに、玄関を凝視していた。あきらは東堂邸の廊下に出現した。 「あいたたた…。」  あきらが出現したのは厨房の洗い場であった。流しに下半身がはまってしまったあきらは身体を起こすと辺りの様子を窺った。 「厨房やな…失敬。」  あきらは食材をつまむと、それを口に含んだ。 「めっちゃうまいわ…金持ちは食うとるもんも違うで…。」 …2  東堂邸の居間では、複数の刑事と戸倉が、かなめの父から事情を聴取していた。 「娘さんが誘拐されたのは。」 「はい、学校が終業し、古武道の道場に通う途中…移動中の車ごと誘拐されたのです。時間は…たぶん四時くらいでしょうか。」  かなめの父、東堂守孝は動揺を隠しながら戸倉にそう言った。 「ふむふむ…古武術ですか?」 「はい、護身術としてかなめに通わせていたのです。しかし、こんなことになるのなら…。」 「行き先がソロバンやピアノでも同様の結果になっていたでしょうが…。」 「刑事さん、そしてこれが犯人の脅迫電話を録音したテープです。」 「刑事じゃないんだけど…まぁいいでしょう。」  戸倉は頭を掻くと、守孝の用意したテープを聴いた。 「そうだ、用件を手短に伝える。娘の命、その値段は十億円だ。明  日正午ちょうど、新宿駅南口清算機の右下に用意しろ。」  その声は女性、それも少女のものであった。 「そ、そんな、十億も…。」 「いいか、十億円は紙幣ではない、そう貴様が所有するダイヤ、ナイルのしずくだ。」 「あ、あれは…。」 「正午ちょうどに置けばそれでいい。もし従わないのであれば、娘  は無残な屍となって帰宅させる。」 「あ、うあ…。」 「警察に知らせるのであればそれはそれでいい。」 「お、お前達は…。」 「日本を破滅に導く徒…。」  テープの内容はここまでであった。 「東堂さん。」 「はい…確かに犯人の要求するダイヤ、ナイルのしずくは時価十億円です…我が家の財産ですが…仕方ありません。」 「用意できるのですね。」 「ええ…。」  そういう守孝の声は、どこか悔しそうでもあった。 「それでは明日の正午、我々と新宿駅に行きましょう。」 「け、刑事さん!」 「保障はできかねますが、娘さんもダイヤも…日本政府の威信にかけて守って見せます。」  守孝を安心させる様に、戸倉は言った。 「よろしくお願いします! 娘は…幼い頃に母を無くし、男手で育てたものですから、わがままな所もあります! しかし、私に  とってはたった一人の娘なのです!」 「ええ。それと東堂さん。」 「は、はい。」 「私は内閣調査室次長代行…刑事じゃないんで…。」  戸倉は数名の刑事を残し、部屋から出た。 「こりゃ、同一犯の犯行だな。」 「やはり…。」 「新宿駅か…他の二件は?」 「新庄家の子息誘拐が品川駅十一時五十分、高田家の老婆誘拐が上野駅十二時十五分です。」  戸倉の問いに若い刑事が答えた。 「十分から十五分おきの指定か…。」 「わかりません。複数犯であれば、なぜ同時刻に身代金の受領をさせないのでしょうか?」 「うーむ。」  戸倉は腕を組んで考え込んだ。 「仮に単独犯としてだ、品川から新宿へ十分で移動できる手段はあるか?」 「…道路はまず無理です。仮に移動ができたとしても、身代金の受け取り時間が足りません。」 「そうか、なら組織犯対応で行こう。駅周辺の幹線道路をあらゆる角度から封鎖するんだ。」 「道路封鎖…。」  誘拐事件というスケールにはそぐわない戸倉の提案に、若い刑事は驚いた。 「相手はそれだけの連中さ…。」 「…。」  廊下の角から様子を窺っていたあきらは、空間に姿を消した。  あきらはまりか達に、事情を説明した。 「誘拐だって!?」 「困ったわね…。」 「た、助けないと。」  これまでの経験で多少の胆力がついていた信長であったが、憧れのもとクラスメートが誘拐されたという事実は、彼を充分狼狽させた。 「犯人は間違い無い、真実の徒やな。」 「…。」  まりかは考えを巡らせた。 「品川、新宿、上野の三箇所で十分から十五分おきに身代金を…。」 「ポリは複数犯やなんてぬかしてたで。」 「そう…。」 「武藤さん、金本さん。」  信長は頼りきった表情だった。 「東堂さんを助けよう。」  まりかはそうつぶやいた。 「せやな、ここで恩売っといた方がトクやし。」  まりか達は住民達の情報から、かなめを乗せた車がガード下をくぐろうとした際、前に停車していたトレーラーに運び去られた事実を知った。  牢獄の様な薄暗い部屋にその少女はいた。東堂かなめ十七歳。  囚われの身でありながら、彼女は毅然とした態度を崩さずコンクリートの床に座っていた。その容姿は美しく整っていたが、どこか近寄り難い印象を与える。 「…。」  かなめの後ろには初老の男がかなめ同様、座っていた。男はかなめに何かを言おうとしたが彼女は男の手を取ると、それを遮った。 「言っても仕方がないでしょ…あんな方法じゃどうしようもなかったわ。それより林、私を誘拐した連中は何者なのかしら。」  優しさよりも高慢さが、その声には宿っていた。 「組織力はかなりしっかりしたものだと、この林は考えます。」 「お父さまのライバル企業かもね。」 「それはなんとも…。」 「まぁいいわ。殺さないってことは、利用価値があるということ…しばらく相手の出方を待ちましょう。」  そう言うと、かなめは精神を集中させた。 「あ…見えるわ…二人の女の子が私を助けてくれる…この場所は…新宿中央公園ね…。」  かなめの能力、それは接触した者の心を読む接触テレパスと、最も印象的な事柄を抽象的にビジョン化させる、未来予知の二つであった。  翌日、まりか達三人は新宿駅南口構内に来ていた。駅には数名の警官が配置されていたが、民間人も多数おり、政府の真実の徒に対する甘さが認識できた。 「いまが十一時四十五分…脅迫だとあと五分で品川駅の引渡しね。」 「せやな。」  姿を隠すように、まりか達は清算機の様子を窺った。 「あのオッサン、東堂かなめのお父や。」 「…。」  スーツケースを持った守孝が、清算機の近くにまでやってきていた。そして十一時五十分過ぎ、数名の警官が駅構内の花屋に移動した。そのいずれもが過度の緊張をまとっている。 「動いたみたいだね。」 「こっちは十分後か、かなめさん…。」  正午一分前となった。まりか達の耳に噴射音が聴こえてきた。 「え!?」 「なんや!?」  南口の出口反対側。つまりホームからの階段の壁が突如破壊された。壁を破壊したそれは轟音を響かせつつ、清算機前までやってきた。  それは、人間の形をした機械の様でもあった。背面には飛行用の安定翼とロケット噴射装置が取り付けられていた。  そしてそれは、ホバリングをしながら守孝の置いたスーツケースを拾い上げた。  ロケットの爆風はあたりの民間人を吹き飛ばしており、花屋からは戸倉達が踊り出た。 「T資本だな! 人質はどこだ!」 「これだ。」  ロボットのようなそれは、少女の声で返事をした。警官達は一様に拳銃を構えており、ロボット少女を威嚇していた。 「…。」  ロボット少女は三つ抱えているズタ袋のうち、その二つを地面に投げた。 「ナイルのしずくは頂いた。さらばだ、黄色いブタ共。」  噴射を全開にし、ロボット少女は駅を後にした。 「十億のダイヤや! まりか、新宿中央公園にきいや!」  あきらはそう叫ぶと空間へ跳んだ。  戸倉達はズタ袋を開けた。中からかなめと林が姿を現した。 「かなめ!」  守孝はかなめに走り寄った。しかしかなめは立ち上がると、脱兎のごとく走り去った。 「なっ!?」  父は娘の行動が理解できなかった。 『私の予知は必ず当たる…中央公園で…何かがおこる!』  ロボット少女は駅から飛び立っていた。 「うまくいった…次は上野か。」  少女は背中にいきなりの重さを感じた。空間に出現したあきらである。 「何!?」  あきらの出現は、少女の飛行軌道を変化させた。 「金本あきらか!」 「そや! ダイヤはいただくで!」  あきらは少女ごと空間へ跳んだ。 …3  あきらとロボット少女は、新宿中央公園に出現した。 「つぅ!」 「くぅ!」  二人は地面に転がると、体勢を立て直した。ロボット少女は残った一つのズタ袋を傍らに置くと、戦闘体勢に入った。 「あたしは装甲姉妹、蘭!」 「装甲…人間だったんかいな。」  あきらから見ても、蘭の姿はロボットの様にうつった。蘭は安定翼を収納させると左手から光線砲を引き出した。 「真実の追求を阻む者! あんたなんてここで死んじゃえ!」  光線があきらを襲った。しかしあきらは空間跳躍でそれを回避すると、地面に手を触れた。 「行け!」  蘭の足元の地面がすっぽりと消えた。 「うわぁ!」  蘭は体勢を崩した。あきらはそれを見逃さず、バットを構え間合いを詰めた。 「そらぁ!」  しかしバットの打撃は装甲により、ダメージを与えることが出来なかった。 「かったぁ…。」 「あたしの装甲は機関砲をも跳ね返す! そんな攻撃なんて、通じないよ!」 「しっかし、次から次へと…。」  蘭はサブバーニアを吹かし、あきらへと突っ込んで行った。 「放熱短刀!」  蘭の左腕に装備されたホットナイフがあきらの喉元を襲った。 「つぁ!」  あきらは金属バットをうちつけることにより、斬撃を凌いだ。しかし劣勢であることには変わりがない。 「あきらさん!」  対峙する両者に、まりかと信長が割って入った。 「武藤まりだな…。」 「まりか、こいつの装甲はめっちゃ固い! 並の攻撃は効かへんで!」 「うん!」  まりかは意識を集中すると、辺りのベンチや大量の石を蘭に飛ばした。しかしそのことごとくが蘭の身体に傷を負わせることができなかった。 「なら!」  まりかは攻撃方法を切り替えた。見えざる力が蘭の自由を奪う。 「PKレスト!? くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」  蘭は装甲服の出力を上げた。 「データと違うよ…こいつ、レベルが上がってる…しかし!」  蘭は出力をフルパワーにすると、まりかのPKレストから自由を奪い返した。 「な、なんてパワーなの…。」 「あっははははは! サイキの能力なんて大したことないね!」  脚部に装着されている機関砲を、蘭は掃射した。 「くぅ!」  まりかはPKバリアーを張り巡らし、砲弾を防いだ。 「やるね!」 「スキあり!」  あきらは池の水を、蘭の頭上からかぶせた。 「な、なに…。」  蘭の装甲服に、異常が生じはじめた。モニターにはノイズが入り、各関節がきしみを上げる。 「な、なんや…水が苦手なんかいな…。」 「あきらさん!」 「よっしゃぁ!」  あきらは再び水を使ったテレポーテーションを仕掛けた。そして、浴びせられた水は、まりかの念動力によって、更に装甲の奥に入り込んだ。 「く、くう!」  蘭は光線砲を発射した。しかし狙いは完全にそれており、まりか達を引き裂くことはできなかった。 「いけるで!」  あきらはテレポーションバスターを仕掛けた。コントロール機構がショートした蘭の装甲服は、その防御機能も極端に低下しており、  バスターは確実に彼女の体力を奪った。 「うわ!」  蘭は形勢の不利を悟った。その時である。かなめは予知したビジョンで見た場所、まりか達と蘭が戦っている公園にやってきた。 「まぁすごい。」  かなめの目には、まりか達の戦いも現実的光景としてうつっていなかった。 「かなめさん!」  信長がかなめに駆け寄った。 「あなた誰?」 「えっ?」  かなめと信長、中学時代のクラスメートと言っても、二年前までは机を並べ勉強をした仲であった。しかしかなめは信長のことを忘れていた。 「と、とにかくここは危険だ! 安全な場所に逃げないと!」 「嫌よ。」  かなめはきっぱりと言い切った。 「ど、どうして。」 「私の能力がこの場所を教えたの。」 「チャーンス!」  そう叫ぶと、蘭はかなめに急接近し、彼女をはがい絞めにした。 「きゃ!」 「あは…あははははははは!」 「あなた…私を誘拐した犯人ね?」  事態を理解していないせいか、かなめの口調はあまりに緊張感が欠けたものであった。 「二人のサイキ! あたしに能力を使ってみろ、こいつの命は無いよ!」 「かなめさん!」  信長は叫んだ。 「ち…まりか…。」  あきらは舌打ちをした。まりかは一歩前に出た。 「あ、あなた達は…ビジョンに出てきた女の子達…。」  かなめはまりかとあきらの姿を認め、そうつぶやいた。 「能力を使うのには精神集中が必要なんだろ? ちょっとでもやってみろ、その時は…。」  蘭のホットナイフが展開された。 「それに跳躍者! 追ってきても同じ結果になるんだからね!」 「く、くそ…。」  まりかは蘭を睨みつけるとリボンを取り出した。 「な…。」  蘭は狼狽した。 「やってみればいいわ…もともと私とその子、何の関係もないんだし、今はあんた達を倒すことの方が先決だもの。」  まりかには一つの作戦があった。 「なんだと…。」 「やりなさいよ! 人が死ぬのも見飽きたわ! だけど…。」  まりかが言葉を続けようとしたその瞬間。 「うわ!」  蘭の五百kgもある身体が宙を舞った。装甲少女は受け身を取ることもできず、地面に激突した。 「う、うぐぐぐぐ…。」 「鎧が邪魔で、折ることはできなかったけど…。」  接触テレパスという知覚能力は、武道技術をより研ぎ澄ましたものとしていた。蘭を投げたのは、はがい絞めにされていたかなめであった。 「東堂かなめを甘くみないで欲しいわね。」  まりかとあきら、そして信長は眼前の光景を信じることができなかった。 「く、くぅ…。」  蘭は立ち上った。 「姉さん! 助けて!」  地面に向かって、蘭は叫んだ。 「姉さん…?」  まりかは言葉の意味がわからなかった。そして数秒後、まりか達の立つ大地が大きく揺れ動いた。 「な…地震!」 「うわぁ!」  蘭の前方五十センチメートル程の場所にポッカリと穴が空いた。蘭はその穴に飛び込んだ。 「こら待たんか!」  あきらは穴に向かって走った。しかし掘り返された土砂が穴から凄さまじい勢いで吐き出されたため、追撃を行うことは不可能だった。 「くそ! 土ん中逃げられたら、テレポることもできへん。」  地震はやがておさまった。そして次の瞬間、あきらの耳に聞こえてきたのはいつもの不快音、パトカーのサイレンであった。 「まりか! 逃げるで!」  あきらはまりか達の手を取ると、空間へと跳んだ。無論、かなめも連れて。  数十秒後、戸倉達が現場へとやってきた。 「く…いないか…。」 「ナイルのしずくはどこだ!」  戸倉は守孝のその言葉に、耳を疑った。 「あんた…。」 「どこだ、どこに消えた!」  しかし守孝はそんな戸倉の狼狽をよそに、物欲を剥き出しにして辺りをかけずり回った。 「娘は気にならないのかよ…。」  戸倉と一緒に来ていた林は、蘭の逃げた穴を見下ろしていた。 「かなめお嬢さま…。」 …4  あきらは「フルメタルカフェ」の一階にいた。彼女はマスターと数回言葉を交わした後、二階へと階段を上がって行った。  二階にはまりか達がいた。 「どや、お嬢さん。状況は飲み込めたか?」 「一応ね…。」  かなめはしれっと言った。 「うちら、あいつらとやりあうんに仲間が必要なんや。」 「仲間ね…いいわよ。」 「かなめさん!」  信長は本当に嬉しそうである。 「え?」  まりかはかなめの返事が信じられなかった。 「私の能力があいつらに知られた以上、あなた達と行動を共にしたほうが安全ですものね。」 「話が早いわ! あっはははは!」 「どうやらあなた達、嘘をついてる様でもないし…。」 「ついとらへん、ついとらへん。」 「手で触れてみてわかったわ…。」 「東堂さん、よろしくね。」 「こちらこそ。でもその前に…。」  かなめはイスから立ち上がると、まりかの頬を力いっぱい張った。 「つ…。」 「何すんのや、このガキ!」  あきらの突出を押さえたのはまりかであった。 「あなたがさっき…私を見殺しにするって、そうね、たぶん私でも同じ様な行動を取るでしょうけど、こうでもしないと気がおさまらないわ!」  次第に語気を強めつつ、かなめはそう言い放った。 「その気持ち、理解できるわ…。」  言い訳ではないまりかのつぶやきに、かなめは満足気な笑みを浮かべた。 「うふ…。」  まりかとかなめは気持ちを通い合わせた。 「かなめさん。」 「えっと…。」 「うん、三年の時同級生だった、八巻信長だよ。」 「あ、ええ…そうか。いたわね。」 「うん…。」  かなめの視界に信長はかすかに入っている程度であった。かつても、そして今も。 「で、なに?」 「僕たちと一緒に行動するのはいいとして…。」 「ああ、お父さまには適当に言っておくわ…。」 「適当って…。」 「…。」  かなめは言葉を口にすることなく、嫌悪と憂いを顔に浮かべた。 [十一・半世紀の代償(前編)] …1 「トライアングル誘拐作戦は失敗に終わったぁ!」 真実の人は天井を見上げ、そう叫んだ。 「真実の人…今回の失敗は仕方がありません。」 「!?」 「三人目のターゲット、東堂かなめがサイキとは誤算でした。」 「運が悪いと言うのか汢^汢^命氓サんなもの、私は認めんぞ!なにがサイキだ!黄色い小ザルごときがなせ私の計画をことごとく妨害できる氈v 「三人のサイキは敵対勢力としてあなどれませんが、我々の計画を停滞させる要因とはなりえません。真実の人、次なる計画を実行に移しましょう。」 ソランソワの提案に、真実の人は一応の平常心を取り戻した。 「そうだな…こうなれば競争だ…きゃつらと我々の…。」 「はい。」 「で、フランソワ君。例の作戦…起業家セミナー入れ食い作戦の進行状況はどうなのだ?」 「準備は万全…後は実行あるのみです。」 「そうか。」 真実の人は満足そうな笑みを浮かべた。 「半世紀に渡る矛盾の代償を支払うときが来たのだ…黄色いサル共め、覚悟しておけよ…。」 そうつぶやく真実の人の目からは、鈍い光りが発せられていた。 「関西で多発する強盗事件…犯人はいずれも、もと一流企業の社員…。」 フルメタルカフェのカウンターで、新聞を読んでいた信長はそうつぶやいた。 「もとって?」 まりかは興味深そうに新聞をのぞき込んだ。 「今は不景気でしょ?この犯人達ってリストラで会社を首になった連中なんだってさ。関西じゃ特に多いみたいだよ。」 「みんながみんな?」 「うん。」 何の疑問も持たずに、信長は頷いた。 「あれ?」 信長は更に記事を読み進んだ。 「犯人のいずれもが、真実企業塾で講義を受けており、逮捕後も”真実の資本主義を実行した”不当に資金を蓄える銀行に正義の鉄槌を振り降ろしたのだよ”等と供述しており、警察では同塾の事件との関連性を捜査中であり、近く大阪と東京の事務所を捜索する可能性も…。」 「…。」 信長の読み上げた内容に、まりかは息を飲んだ。それは二階から降りてきたあきら、かなめにしても同様である。 「真実企業塾…そのものズバリやな。」 「そうね。」 まりかも二人に同意する様にうなずいた。 「ど、どういうことだい?」 信長には三人の少女が納得している理由がわからなかった。 「アホ、真実の徒の仕業て言うとるんや。」 「そ、そうか…。」 「ただいま。」 「おかえりなさい、マスター。」 マスターは買い物袋を抱えながら、店内に入ってきた。 「ん?情報収集かい?」 マスターは、まりか達と真実の徒の戦いを知る、数少ない民間人の一人である。彼は新聞をのぞき込みながら、そうつぶやいた。 「…。」 まりかが返事をしようとした時である。店の扉が乱暴に開かれた。 「なんや氈v 乱入者はくたびれたスーツに身をまとった中年であった。やつれ、無精髭が伸び放題になっている顔。  目は異様に血走っており、手にはやくざ者が使う長ドスが握りしめられていた。 「俺に金を与えろ!」 強盗にしては奇妙な言葉を男は発した。 「…。」 まりかは対処を考えた。真実の徒に比べたらとるに足らない相手ではある。 「ご、強盗か!」 マスターの問いに、男は苦笑いで答えた。 「くっくっくっ…俺は強盗なんかじゃない。真実の資本主義を実践する…求道者だ!」 「随分と屁理屈が好きな強盗ね…。」 かなめが冷徹に言い放ったその言葉は、強盗の心に亀裂を生じさせた。 「うるせぇ!金を出しやがれ!」 その言葉は、あまりにもありふれた強盗のフレーズである。男は長ドスを構えた。 「ぐわ!」 まりかは能力を使い、イスを男の頭部にぶつけた。強盗は気絶し、その目的を果たすことが出来なかった。 「お見事…。」 「…。」 かなめの言葉に返事をすることもなく、まりかは男を見下ろしていた。 「この人、真実の徒じゃないわね…。」 「そやな。いかれたカタギや。」 まりか達は、男を二階に運び込んだ。 「かなめさん。」 「そうね、私の仕事ね。」 「なにをするんだい?」 「この男の深層心理を覗いてみるわ。」 「真実の徒と関わりがあるんやったら、何かわかるかも知れへんしな。」 「そうか。」 かなめは男の手を取ると、その心を覗こうとした。しかしその瞬間。 「うわぁ!」 かなめは男から手を離すと、その場に崩れ落ちた。 「かなめさん!」 「どないしたんや!」 まりか達がかなめに走り寄った。かなめは首を横に振りながら、呼吸を整えた。 「だ、大丈夫…ブロックがきつすぎて…。」 「ブロック…?」 「ええ、なにかこう…何重にも壁があって、心の奥が読めないのよ。こんなの初めてだわ。」 「…。」 まりかもあきらも読心術の能力は持ち合わせていないため、かなめの困惑を正確に把握することは出来なかった。 「壁は人為的に作られたもの…難しい言葉でできた壁…。」 まりかは様々な可能性を思案してみた。 「洗…脳…?」 「?」 あきらはまりかのつぶやきを理解出来なかった。 「そうかも知れないわ…ううん、そうね。」 かなめは手を撫でながら、まりかの言葉に納得をした。 「どないするんや?うちにはサッパリやで。」 「おそらく真実の徒の主催する真実企業塾…この男はそのセミナーに参加して洗脳、マインドコントロールをされたのよ…それに大丈夫、表面的な情報は壁の外側にあったから。」 「外側?」 「ええ、少しだけど…セミナーの場所が見えたわ…。」 まりか達四人は、新聞広告に載っていた真実企業塾の東京事務所がある、新宿駅東口の雑居ビルまで来ていた。  しかしビルの入口には数名の警官が来ており、まりか達は中に入ることが出来なかった。 「ウチの出番やな。」 あきらはそう言うと、空間へと跳んだ。 「…。」 建物内に出現したあきらが見た光景は、実に味気ないものであった。もぬけのカラとなった事務所と、その現場を検証する警官達。  手がかりらしいものは何も残っていなかった。あきらは調査をあきらめると、再び空間へと跳んだ。 「アカン、事務所には何もあらへん。トンズラこいた様やで。」 「金本さん、いいかしら?」 かなめはあきらの手を取った。 「…この事務所じゃないわね…あの男から見えたビジョンとは違うわ…。」 「なんや!ウチの心を読んどるんかいな氈v あきらは気味悪がりながら、かなめから離れた。 「違うってことは…セミナーをやっている場所は別にあるってことなのね?」 「でしょうね。」 まりかの問いに、かなめはそっけなく答えた。 「出直しやな。かなめ、あんたのその能力使うて、強盗の心をもっと詳しく読まなアカン。」 「読んで…どうするの?」 「ウチに考えがあるさかいに。あんたは今の気色悪い能力を使うたらええんや。」 「気色悪い、ねえ…。」 そう言うかなめの眼光には、あきらに対する敵愾心が宿っていた。 …2 「フルメタルカフェ」に戻ったまりか達であったが、そこに強盗の姿は見えなかった。 「すまん!ちょっと目を離している隙に逃げられちまった!」 マスターはまりか達にそう謝った。 「え氈v 「あの強盗、次は西徳デパートを襲うって叫んでたぞ!」 「わかりました!」 まりか達は「フルメタルカフェ」から数十メートルに位置する「西徳デパート」にやってきた。 「俺に金を与えろ!」 デパートの一階、化粧品売場であの強盗が長ドスを振り回していた。 「あんのへたれ!懲りへんやっちゃな!」 あきらは叫びつつテレポーションバスターを仕掛けた。男性のマネキンが、強盗の頭上に出現した。 「ぐわぁ!」 男はまたしても気を失った。 「つくづくワンパターンやな…。」 あきらは正直、今回の一件にうんざりもしていた。 「自分達も含めて…行動がパターン化するのは仕方ないわ…あきらさん。」 「わかっとるまりか。ほな、こいつを回収して退散や。」 その時である。機関砲の一斉射撃、その轟音がまりか達の耳をつんざいた。 「マーダーチームカオス!」 ロナルド達カオスは、デパート店内の民間人を機関砲の弾丸で凪ぎ倒しつつ、まりか達に迫った。 「な…う、うぁ…。」 カオス流の強引な戦法に、まりかは恐怖した。あたりには血と硝煙の匂いが立ち込めていた。 「奴隷の足取りを追えば、貴様達を捕捉できると思っていたが、こうも早くとはな…。」 そう言うロナルドの表情は、どこか焦っている様でもあった。 「人の命をなんだと思ってるのよ…。」 これまでにない質量の怒りを、まりかは真実の徒に対して抱いた。 もっとも、その真意は死体を見ても心の琴線が大して波動しない、自分の意識に対して向けられてたのかも知れない。 「真実を追求するためだ!黄色いブタ共の命などで非難される筋合いはない!」 まりか達はそれぞれの獲物を構えた。 戦闘は二十分に渡って繰り広げられた。ロナルド達は善戦した。しかし善戦の域を脱することなく、彼らはまりか達の抹殺を果たすことは出来なかった。 「また取り逃がした!あいつら…戦いに馴れてきているのかよ…!」 「フルメタルカフェ」の二階。かなめは気絶した強盗の手を取り、その心を読んでいた。読心の内容はヴィジョンとなり、かなめの脳裏に映像となって映し出された。 「見えるわ…事務所で手続きをして…二十万円の入会金と四十万円の保証金を支払って…。」 かなめは強盗がこれまでたどったセミナーの段取りを順序立てて探って行った。 強盗「私は十五年間、会社に奉仕し続けてきたのです。それが不景気を理由に解雇されてしまい…。」 講師「ここに来るのはみな、その様な事情を持った人ばかりデス。」 強盗「先生、私はどうすれば社会復帰をすることができるのでしょうか?」 講師「焦ることはありません。当セミナーの目的は、顧客の社会復帰はもちろん、起業家としていかに成功するかを指導することなのデス。」 強盗「起業家になるには、どうしたらよいのでしょうか?」 講師「それにはまず、真実の資本主義を理解し、実践することが必要なのデス。」 強盗「真実の…資本主義…。」 講師「そう、この国の戦後資本主義は、真実からほど遠い、略奪と搾取、そして欺瞞に満ちた奇形的なものデス。    当セミナーにやってきたアナタは、そうした奇形的資本主義とは気質の合わない、真実の資本主義を実践できる可能性を秘めたエリートなのデス。」 強盗「エリート…?会社から落伍者の烙印を押されたこの私が?」 講師「アナタは失敗なぞしてはいません。烙印を押した資本家が、 そもそも間違っているのデス。アナタが前の会社を辞めたのは、むしろ正しい展開、真実への第一歩だったのですよ。良かったデスネ。」 強盗「言っていることの意味が、よくわからないんですが…。」 講師「理解は言葉ではなく、感覚によってなされるものです。アナタ、会社に対して恨み、ありますか?」 強盗「そ、そりゃあまぁ…。」 講師「OK…その感覚は正常デス。アナタは今後、おそらくどの様な企業に就職しても、常に落伍者として扱われるでしょう。」 強盗「そ、それは…。」 講師「そうなのデス!何故なら、この国の企業はアナタの様な人材を恐れているのデス!」 強盗「お、恐れて…。」 講師「そう、真実を見つめることができるアナタは、この国の資本主義からは天敵として敵視される運命にあるのデスから!」 強盗「わ、私はどうしたらいいのでしょうか…。」 講師「心配めさるな。真実は欺瞞を常に駆逐するもの。アナタが真実の資本主義に目覚め、実践することができるのなら、 欺瞞たるこの国の資本主義を必ず打倒できます。アナタは真実の資本主義にのっとった企業主となるのデス!」 強盗「う、あう…。」 講師「そのためには、まずこの国の経済体系を裾野から破壊することが必要です。不当な中間手数料を取る小売り店、資金運用を名目に、場当たり的な顧客拡大を計る銀行。    全て真実の追求を阻む憎むべき敵なのデス!    しかし!それらを破壊した暁には、キットアナタの世界、すなわち真実の資本主義による公正な経済体系が、この国をより良く導くことができるでしょう!」 強盗「…。」 講師「疲れているようデスね…では、このCDを聴いてリラックスして下さい。起業家への具体的な道は、そのあと示唆いたしマス…。」 講師が取り出したCD、それは「真実の世界」であった。 「原因と結果をすり替えて、自分達の主張を擦り込む…最後は洗脳CDで仕上げか…どうりでブロックがきついわけだわ…。」 額の汗を拭いながら、かなめはそうつぶやいた。 「何が見えたの?」 「セミナーの様子よ…例の洗脳CDまで使ってたわ。」 「真実の世界やな。」 「ええ…。」  何重にも渡って心をガードしている「壁」を取り払い、深層心理と記憶をたどる。  その行為はかなめの精神力を著しく消費させていた。彼女はベットに腰掛けると、呼吸を整えた。 「人が困ってるとこつけこんで強盗をさせる…ううん、この人は自分が強盗したなんて、思ってもいないんだろうな。」 まりかのつぶやきに、信長は無言でうなずいた。この部屋にいる誰もが真実の徒のいびつな作戦に嫌悪感を抱いていた。 「まりか、どないする?」 「…。」 あきらの問いに、まりかも即答はできなかった。 『私達がうかつに動いたら…またあのカオスっていう連中が仕掛けてくる。あいつらはまわりの人を巻き込むのを何とも思っていない…どうしよう。』 まりかの悩みをあきらも理解していた。彼女はまりかの肩に手を乗せると数度首を横に振った。 「心配することあらへん。」 「あきらさん。」 「かなめがセミナーの場所、覚えとるんならウチがそこにテレポればいいんや。」 「あ…。」 まりかはあきらの機転に感心した。 「ふーん。あなたの空間跳躍ってどういう理屈でやれるの?」 「うちが行ったことある場所は確実やろ…あとは見えとる場所、それとある程度予想できるんやったら、家の外から中なんかは楽勝や、ま、その場合どの部屋に出るかはわからへんけどな。」 かなめの問いに、あきらは自慢気に答えた。 「私のヴィジョンをあなたに流し込むのはいいとして…でも似たような部屋は、いくらでもあるんじゃなくって?」 「せやから詳しく読んでもろたんや。イメージが鮮明な程、確実な跳躍ができるさかいに。」 「わかったわ…けど。」 「けど?」 「ヴィジョンを流すのには、あなたが言った気味の悪い能力を使わなくっちゃいけないのよ?」 その言葉には、かなめなりの嫌味と挑発が込められていた。 「こだわるやっちゃなぁ…。」 あきらは意欲的な表情を浮かべると、かなめの手を握った。 「ふん…なら始めるわよ。」 「おう、見えたと同時に跳ぶさかいに、まりか、ウチの手ぇ握ってくれへんか。」 「うん。」 まりかは言われるまま、あきらの手を握った。 「僕は?」 「戦力外や。ここでこいつの見張りしとき!」 「…。」 あきらに一喝され、信長は肩をがっくりと落とした。 …つづく