[七・五星のオルガ] …1  その部屋には必要最低限の内装しか施されていなかった。  配置された物は事務机に椅子、そしてベッド、特徴といえばそのどれもがあわい紫のカラーで統一されいることぐらいであった。 「…。」  椅子には一人の少女が腰掛けていた。  短く切った頭髪、端正な顔立ちに醒めきった目。あきらと似通った印象を持っているが、目がつり上がっている分、彼女の方が年上にも見え、また実際にそうであった。  少女の名はオルガ。  彼女の部屋は加妻新島の地下、真実の徒、本拠地にあった。 「オルガ。」  呼び声は扉の外からのものであった。神経質な中年の声。真実の人である。 「はい。」  オルガの返事と同時に、扉は外から開かれた。真実の人はゆっくりと室内に入ってきた。 「武藤まりかの件は聞いているな?」 「はい、先日の会議で議題になっていました…。」  真実の人を迎えるオルガの表情は、あくまで穏やかであった。 「キラーゼロがやられたのだ!」  感情の激発は、だがキラーゼロの死を悔やむものではなかった。真実の人はオルガに駆け寄ると、その細い手を握り絞めた。負の感情を込めて。 「真実の人…心が荒れていますね。」  オルガは真実の人の頭をなでると、そう優しくつぶやいた。 「あぁ、ああ!」 「わかりました…武藤まりかはこのオルガが必ずやしとめましょう。」  オルガの早すぎる判断は、真実の人にとって不快なものであった。 「オルガ…そなたは…。」  真実の人は嘆願の表情をオルガに向けた。 「判断が早いとおっしゃるのでしょう…ごめんなさい。  だけど我々の目的を遂げるためには、障害は早急に取り払わなければ  なりません…ね。」  オルガの微笑みは、真実の人の心を落ち着かせた。しかし負の感情はいまだ納まらず、彼の精神をかき乱していた。 「オルガぁ! そなただけだ、私の心を穏やかにするのは!」 「そんな…めっそうも無い…。」 「おぉオルガ! 素晴らしきオルガ! 私の女神!」  讃える言葉とは裏腹に、真実の人は乱暴にオルガを抱き締めた。 「オルガぁ…怪我するなぁ、オルガぁ…。」 「ええ…私は身も心も真実の人のもの…。」 「オルガぁ…。」  真実の人は、常にまとっている立場という鎧を脱ぎ捨て、オルガの心のやわらかさを貪った。 …2  キラーゼロを倒してから二カ月後、一学期の終業式を終えたまりかは、恵子と共に帰宅の途についていた。 「やっと夏休みだねー。」 「うん…。」  まりかに元気は無かった。夏休みとなれば、自分の命を狙う謎の集団の活動が、より活発化すると思えたからだ。 「まりかちゃんは家族でエジプトに行くんでしょ?」 「う、うん…。」  恵子もそれとなくまりかの負の感情を感じていた。 「まりかちゃん…。」 「あ、恵子…うん。ほら、エジプトとかって病気とか多いって言うじゃない、  だから不安だなぁって…ね。」 「病気…そうだよねー。」 「恵子ともしばらく会えなくなるね。」  まりかは苦々しく微笑んだ。 「寂しくなるよねー…あ、だけどおみやげよろしくね!」 「ええ。」  しばらく会えなくなる。特に誰に対してということでも無いが、ここ最近、まりかはそんなことをよく考えていた。 エジプトへ旅行に行くためではない。まりかは交差点で恵子と別れると、自宅へと向かった。 「エジプト旅行…行けないよなぁ…どうやって断ろう…。」  家族との別れを、まりかは真剣に考えていた。 「エジプト、エジプト。」  まりかの妹であるはるみは、父の博人と顔を合わせる度、つまり夕飯時であるが、数日後に出発する国の名を呪文の様に唱えながら、食事を採るのを習慣にしていた。 「こらはるみ。」 「はは。」  永美は娘の行儀を注意し、博人はただ微笑んでいた。平凡な日常、幸福な家族。しかしその中でまりかはただ一人思考を巡らせていた。 「父さん、母さん。」 「ん?」 「なに?」 「わたし…決めたの。」  まりかはそう静かにつぶやいた。 「わたし、大学…T大を受けるわ。」 「え…。」 「T大…。」  まりかが口にしたのは、彼女の通う高校からも、年間二、三名しか合格者を出していない。  この当時最も難関といわれる国立大学の名前であった。博人と永美は娘のいきなりな持ちかけに、混乱して言葉が出なかった。 「わかってる…今の私じゃT大に受けるのが無謀だってことぐらい…  でもまだ一年生だし、これから頑張れば何とかなる。」 「だけどどうして? まりかは短大を受けるって言っていたじゃないか。」  博人はそう尋ねた。 「うん…今まではそれでいいと思ってたんだけど、それじゃだめだって…  私、スポーツとか何にもしてないし、このままじゃ  ただなんとなく大人になっちゃうんじゃないかなって…そう思って…。」  まりかの返事に、博人は腕を組んで考えた。 「そうか…父さんは反対はしないが…だけどな、まりか。」 「うん。」 「T大は昔から変わらない難関中の難関だ。生半可な気持ちじゃ受からないぞ…。」 「そうだよね。うん、だから私、この夏休みからいっぱい勉強する。」 「うん。」  博人はまりかの目を見た。そこには彼が今までに見たことがない、娘の決意がやどっていた。もっともそれは、T大受験のための決意ではないのだが…。 「よし、まりかがそこまで本気なった姿を父さんは知らん。全面的に協力するぞ!」 「父さん!」 「予備校に通うんなら、早く選ぶんだ。」 「うん!」 「それと…そうだな、エジプト旅行は中止しないとなぁ。」 「え?」  その言葉に反応したのは、はるみであった。父の予想外の提案に、まりかはうろたえた。 「あ、それはいいの! 私留守番して勉強してるから、  父さんやはるみ達で行ってきていいんだよ!」 「でもなぁ…。」 「もう飛行機とか全部取っちゃったんでしょ?  はるみも楽しみにしてたのに、ね、行ってきていいんだよ!」 「そ、そうか?」 「うん。」 「だけどな、後で無理だったからって、そのときにはわがまま言うんじゃないぞ。」 「当然よ!」  まりかは自信ありげに返事をすると、食事を終え、自室へと戻って行った。 「まりかがT大ねぇ。」  永美は食器をかたずけながらつぶやいた。 「驚いたよなぁ。」 「でもどうしてかしら?」 「母さんは聞いてないのか?」 「私も今初めて聞いたのよ。」 「そうか…。」  食器を片付けながら、永美はある確信をした。  自室に戻ったまりかは、ベッドに体を投げ出した。 「よっし…これで夏休みの間は父さん達も安全ね…。」  T大の話は全てまりかの嘘であった。せめて夏休み中だけでも家族に危険が及ばぬ様にするための、それは罪悪感の伴わない嘘であった。 「あとは…夏休み中にけりをつける…。」  決意したまりかの耳に、ノックの音が聴こえた。 「母さんだけど。」 「あ、入っていいよ。」  永美はまりかの部屋に入ると、娘と並ぶようにベッドに腰掛けた。 「ね、まりか。T大の話、ほんとなの?」 「もちろんよ。」 「…父さんは浮わついてるけど…母さん、まだよくわからないわ。  まりかがどうしてそんなこと言い出すのか。」 「言ったでしょ? 私、自分の力を試してみたいの。」  具体的目的は違えど、まりかの感情は自分に正直なものであった。  そのため、永美にもまりかの決意は本心から来るものだと理解できた。しかし彼女は未だT大の件は信用していない。むしろある確信をより強めた。 「まりか。」 「え?」 「母さん達がいない間だけど…。」 「ご飯とかなら平気だよ、私もう全部自分でできるから!」 「ええ、父さんに頼んでお金は置いていくから…でね。」 「うん。」 「銚子のおじいちゃんに電話しておくから、いつでも遊びに行きなさい。」 「銚子の…。」  銚子の親類とは、母永美の父にあたる血縁であった。しかし母が何故その存在を口に出したのか、まりかにはわからなかった。 「お盆もあるし…おばあちゃんに線香の一つでもあげてきなさい。  それに…静かだから勉強も捗るでしょ?」  最後の言葉は、まるで取って付けたような印象をまりかに与えた。 「母さん…。」 「色々と大変でしょうけど、頑張るのよ。」  永美はそう言うと、娘の部屋から出て行った。 「母さん…気づいてるの…?」 …3  数日後、まりかの家族は四週間のエジプト旅行に旅立つこととなった。  本来なら空港まで家族を見送りたいまりかであったが、謎の組織の追及を嫌い、自宅の玄関先で見送ることにした。  無論、両親には受験勉強の忙しさを口実にして。 「まりか、お金は分けて使うのよ。」 「うん。」 「まりか姉におみやげ買ってきてあげるね!」 「うん、頼むわよ。」 「銚子のおじいちゃんには連絡しておいたから、行くときには電話してくのよ。」 「わかってる。」  母の忠告を、まりかは面倒臭そうに聞いた。 「まりか。」 「なに? 父さん。」 「父さん達も気をつけるけど、まりかも危ない奴には用心しろ。  この間みたいなのが来たら、警察か戸倉さんに連絡するんだ。」 「大丈夫だよ。」  まりかは父親を安心させるためにそう返事をした。 「そうか、じゃあそろそろ行くか。」 「ええ。」  親子の別れは極めて淡白なものであった。もしかしたら永遠の別れになるかも知れない。  その心配もあったのだが、決して悟られてはならなかった。まりかは悲しみと決意を込めた拳を握りしめ、自室へと戻った。 「これで一人か…連中がこのチャンスを見逃すわけがない…。」  まりかは懐から祖母のお守りを取り出すと、それを見つめた。 「銚子の家になんか行けないよ…おじいちゃんに迷惑かけちゃう。」  しばらくして落ち込んだ気分を振り払うと、まりかはこれからの戦いに使えそうな武器を探し始めた。 「あの力はそのまま使うと疲れ過ぎちゃう…でもバットとか、  何か手に持って、それに軽く力を込めれば充分武器になるな。」  しかし家中を探した結果、武器になりそうなものは何もなかった。 「父さんがゴルフでもやってたらよかったのに…。」  自室に戻ってきたまりかは、あたりを見渡した。 「あら?」  まりかはタンスの上にある布切れに視線を止めた、ホコリをかぶったそれは、自分が昔、髪をまとめるために使っていてたリボンであった。  手に取ると、まりかは軽く意識を集中してみた。すると能力の込められたリボンは光を放ち、硬化した。 「これなら力をほとんど使わなくても戦える…。」  まりかはそう確信すると意識を広げた。そしてそれに反応する様に、リボンはだらりと垂れ下がった。 「え!?」  意識を広げた直後、まりかの心に何かが反応した。自分の能力と同質の気配、足元からくる、それは初めての感覚であった。 「私と同じ感覚…だ、誰なの…?」  まりかは感覚が発せられる足元、自分の部屋の下に位置する居間へと駆けて行った。居間には見慣れぬ外国人の少女がソファに腰掛けていた。  短く切った髪、端正な顔につり上がった目。落ち着いたたたずまいが、まりかの警戒心をより一層強めた。 「武藤…まりかね?」  その少女、オルガは小さな声でつぶやいた。 「そうよ…あなたは?」 「私はオルガ…あなたの命を奪いに来たサイキ…。」 「サイキ…。」 「さっきから様子を窺っていたの…  あなた、どうやらに家族には私たちのこと、教えていないようね。」 「え、ええ…。」  キラーゼロとは違うオルガのたたずまいに、本性を隠すための礼儀ただしさではなく、オルガの本質がうみ出す余裕にまりかは圧倒された。 「なら手間がはぶけるわ…。」  オルガは目を伏せ数瞬、言葉の間をあけた。 「殺すのはあまり好きじゃないから…。」 『ここじゃ戦えない…。』  まりかは踵を返すと、部屋から出ていこうとした。しかし、開いていた扉は、見えない力によって閉ざされた。 「え!?」 「言ったでしょ…わたしはあなたと同じサイキ…。」 「超能力者ってこと…?」 「そう。まぁ座って…色々と話を聞いておきたいの。」 「ふざけないでよ! あなた私を殺しに来たんでしょ!」  オルガのゆとりに、追い詰められていたまりかの感情が爆発した。 「お話しが終わり次第そうするわ。私知りたいの、  あなたがどうやって能力に目覚めたのか。」 「殺されかけたら勝手になったのよ!」 「なら私と一緒だ…。」  そうつぶやくオルガは、どこか悲しそうでもあった。まりかはその物腰を作戦と決め込み、決して油断をしない様、気持ちを引き締めた。 「あんた達って本当にわからないわ…。」 「わからない…そうかもね。私たち真実の徒は社会に理解されない者達の集団…。」 「真実の徒、それがあんた達の…。」 「組織名よ…真実の徒は日本を破滅に導く集団。」 「悪の秘密結社ってことね…  ううん、どうせあんた達は自分のこと悪党だなんて思っていないでしょうけど。」 「ええ、私たちは善悪をこえた集団。真実を追求する徒。」  自分がこれから殺さなければならない少女のあまりに陳腐な対応に、オルガは呆れかけていた。 「真実の追求? それならどうして切符爆弾なんて作るのよ! おかしいわ!」 「おかしくないわ。真実の追求にはまずこの国をリセットすることが必要なの…。」 「…。」  まりかは言葉を詰まらせた。この連中には、自分の考えなどみじんも通用しない、そう確信できた。  オルガはまりかのそんな感情を洞察すると、呆れの感情を軽い怒りに転換させた。 「考えてもみなさい。この国は矛盾に満ちているわ。  真実から目をそむけ、一時の快楽のみを追求する政治家や官僚。  そして彼らの悪行を浄化することのできない集愚達…  真実の追求に、日本人は邪魔なのよ。」 「くだらない屁理屈なんて聞きたくもない!」  そう叫ぶと、まりかは窓を開け外に出た。 「所詮…仲間にはなれないということね…。」  オルガはソファから立ち上がると、まりかの追跡を開始した。  追及を避けることができないと判断したまりかは、オルガとの戦場をいつもの工場跡に選んだ。両者は対峙し、互いに視線を交わした。 「ここなら誰もこないわ。」 「そうね、私達サイキにとっては一番都合の良い場所。」 「行くわよ!」  まりかは意識を集中し、瓦礫をオルガめがけて打ち込んだ。しかし瓦礫は目的を果たすことなく、オルガの眼前で破裂した。 「や、やるわね…。」 「能力に目覚めたのはつい最近だと言うけど…稚拙ね。」 「く…。」  諦めることなく、まりかは瓦礫を次々と打ち込んで行った。しかしそのことごとくが破裂し、オルガにダメージを与えることは出来なかった。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  能力を連続で使うことは、まりかの精神力を著しく消耗した。 「あなたに私を傷つけることはできない…。」  オルガのつぶやきを聞くこともなく、まりかは間合いを詰め、能力を込めたリボンを振った。 「な!?」  硬化したそれは、オルガの顔面に命中した。 「う、うまくいったわ…。」  オルガは口を拭った。その手には、微量であるが彼女の赤い体液がこびりついていた。 「傷つけてやったわ…そんなに差はないってこと。」  まりかは得意気にそう言った。オルガは眉をぴくりと動かすと、背中に手を回した。 「私の身体は真実の人のもの…静かに殺してあげようと思っていたけど…そうもいかないわね。」  冷静に、だが低い声でオルガはつぶやいた。彼女は背中から西洋風の刀を引き抜くと、それを構えた。 「う、うぁ…。」  刀に能力が込められていくのをまりかは感じていた。それも自分より圧倒的に大きい能力をである。 「とぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  オルガは刀を振り抜いた。刀全体から光と化した力が発射され、それはまりかに襲いかかった。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは意識を集中し、光を防ごうとした。しかし力はまりかのPKバリアーをはるかに上回っており、彼女は壁に叩き付けられた。 「ぐふぅ!」 「PKバリアー…でも防ぎきれなかったみたいね。これでとどめよ…。」  オルガは再び刀を構えた。こめられる能力は先程のものより大きく、まりかはただ恐怖した。 「う、うぁ…。」 「あなたにやられた私たちの仲間も…  きっとそんな恐怖を味わったんでしょうね…。」  オルガはまりかと出会って以来、初めて微笑んだ。 『こ、殺される…わたしの力じゃこいつには…勝てない!』  死への絶望感、そして自分と同じ能力を持った人間が他にもいたという事実、驚きと喜びの思考がまりかを混沌とさせていた。  そしてオルガが刀を振り抜こうとした瞬間、彼女の背後で閃光が走った。 「え?」 「なに!?」  まりかとオルガは同時に閃光を認めた。それは縦に伸びると、ぱっくりと割れ、空間は引き裂かれた。 「空間が割れる…なんだ?」  その現象は、オルガにとっても初めて見る光景であった。 「ぐだぐだやかましいわ…人が昼寝しとるとこを…。」  声の主、金本あきらは割れた空間から出現するとあたりを見渡した。 「あらま…驚かへんな…  大抵のやつはこれ見ただけで、腰抜かして逃げよるのに…。」 「貴様もサイキか…。」  オルガは静かに尋ねた。そのサイキというキーワードは、あきらの感覚を刺激した。 「その言い方…真実の徒やな!」 「…。」  あきらの言葉に驚愕したオルガだったが、感情を顔に出すことは決してない。 「ゆるさへんでぇ! マモル達の仇!」  あきらは金属バットを引き抜くと、能力を込めた。まりかは立ち上がると突如現れた謎の乱入者に尋ねた。 「あ、あなたは…。」 「あん? なんや、あんたも仲間かいな!?」 「ち、違うわ!」 「そやったら、カタギはとっとといねさらさんかい!」 「な、なんなのこの人…。」  まりかは様々な可能性を想像してみた。そこからくる結論はただ一つである。 『この人は私の敵じゃない…。』  あきらはバットを振り上げると、オルガとの間合いをつめた。 「死ねや!」 「く!」  オルガはPKバリアーを張り、あきらの打撃を防いだ。 「な…。」 「私はオルガ…貴様と同じ…サイキだ。」 「な、なんやと!?」  自分の様な能力を持つ者と、あきらは未だ出会ったことはなかった。 「報告にあった関西弁のサイキだな…一緒に始末してくれる。」 「それはこっちの台詞や!」  オルガとあきら、二人の少女はそれぞれの獲物を手にし激突した。  打撃の応酬は、だが両者に致命的ダメージを与えることはできなかった。 「や、やるな…。」 「そっちもな…。」 「しかし驚かされるな…これだけの能力者がいたとは…。」 「まだまだネタはあるで!」  あきらは背後の瓦礫に手を触れた。テレポーションバスターがオルガを襲う。 「う、ぐわぁ!」  オルガは瓦礫の下敷となった。 「はははは! 見たか!」  喜ぶのも束の間、オルガに降り注いだ瓦礫が突如宙に浮き、あきらに襲いかかった。 「うわ!」  あきらはとっさにその空間から姿を消した。 「空間跳躍の能力か…。」  オルガはあきらの能力を認めると、刀を構えた。あきらはオルガの背後に出現した。 「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  あきらはバットを振り降ろした。しかしオルガはそれを素早い身のこなしで回避すると、刀を水平に振った。 「つう!」  斬撃を回避したあきらだったが、剣先はわずかにあきらの腹部を斬り裂いた。オルガは休むことなく、たて続けに刀を振った。 「うぁ!」  致命的なダメージこそ無かったが、あきらはオルガの訓練された動きに圧倒され、恐怖を感じた。 『こいつ…プロや…。』  あきらは再度テレポーションバスターを試みた。だが瓦礫はオルガに命中することがなく、逆にあきらに襲いかかる結果となってしまった。 「ちぃ!」  テレポートで瓦礫から逃げたあきらであったが、出現場所にはオルガの刀がまっていた。 「うわぁ!」  あきらはバットを構え、刀を防いだ。衝撃が両手を襲う。 「く、くぅ…。」  度重なる能力の使用は、あきらの精神力を消費させていた。 『テレポーションバスターも読まれとる…。』 「触れた物を空間から消滅させ、敵の頭上に出現させる…  工作員レベルであれば効果的な攻撃であろうが…五星の私には通用しない。」  あきらとオルガ、二人の能力者達の戦いに、まりかは驚愕していた。 「あ、あの子も私とおなじ…そ、それに連中のことも知っている…?」  自分と同じ能力、自分と同じ目的。あきらという存在は、まりかの精神力を充分過ぎるほど回復させていた。 「!?」 「なんや!?」  まりかの精神力の回復は、オルガとあきら、二人のサイキにも知覚できた。 「なんやて…あ、あんたも…。」 「そうよ! 私もあなたと同じ、そいつらと!」  まりかは意識を集中した。見えざる力がオルガの自由を奪う。 「く、くぅぅぅぅ…。」 「戦っている!」  あきらは、まりかのその言葉に驚愕した。しかし彼女の意識は既に、オルガへの攻撃にと切り替わっていた。 「くらえ! テレポーションバスタァー!」  瓦礫がオルガの頭上に出現した。 「くぅ!」  オルガはとっさにPKバリアーを自分のまわりに張り巡らせた。瓦礫は破裂し、粉々になった。 「く…サイキを二人同時に…こちらの不利は自明の理。」  オルガは下唇を噛むと、刀を構えた。 「我は真実を求めたらん…我の求める能力、光の矢となり…。」  呪文の様な言葉を唱えながら、オルガは刀に能力を込めた。 「お、大きいのがくるわ。」 「あ、ああ!」  まりかにしても、あきらにしても、オルガのオーバーな呪文の力を込める動作がより協力な攻撃の前触れであることは容易に想像できた。 「追求を阻む者を打ち砕かん!」  オルガは刀を大きく振った。剣先から発射された光の矢は、轟音を上げながらまりかとあきらを襲った。 「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」  まりかはあきらの手を取ると、意識を集中しPKバリアーを張り巡らせた。バリアーに阻まれた光の矢は、四散し部屋中を暴れ狂った。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  まりかは呼吸を整えた。オルガは姿をすでに消しており、あたりには煙が立ち込めていた。 「あんた…。」  あきらのつぶやきに、まりかは反応した。 「ええ…。」 「おおきに、助かったで…。」 「あ、私はまりか…武藤まりか。」 「うちは金本あきら…どうやら事情は同じようやな。」 「ええ。」  あきらは満足そうな笑みを浮かべると、まりかの肩に手を乗せた。  工場跡の中庭で、まりかとあきらは自分達の情報を交換していた。 「真実の徒…オルガもその名前を言っていたわ。」 「連中の組織名やろ? ポリ公らも、よう事情をわかってへんらしい。」 「それにしても…あの新しいレーベルのCDに、そんな秘密があったなんて…。」 「切符爆弾の話も驚きやな。」 「うん。」  情報の交換は、結果として真実の徒の組織としての強大さを二人の超能力少女達に認識させていた。 「で、あんたはこれからどないするつもりや?」 「わ、私は…。」  あきらの問いに、だがまりかは即答できなかった。もたらされた情報は、自分の命を狙う組織の存在をより明確なものとしたが、その事実は恐怖心をより強くもしていたからだ。 「うちは真実の徒をぶっ潰す…仲間がみんなあいつらに殺されたんや…  うちがちょっかい出したばっかりに…。」  そう言うあきらの心は、悲しみより悔しさが上回っていた。 「せやけど、うち一人の能力じゃどうにもならへん!」  あきらは拳をコンクリートの床に叩き付けた。 「仲間や…連中と一緒に戦う仲間が必要なんや…。」 「金本さん…。」  そこが彼女の決意を鈍らせている理由でもあったのだが、あきら程深い恨みを、まりかは真実の徒に抱いてはいなかった。 「手伝わせて…くれる?」 「あんた…。」  あきらにとって期待していた展開でもあった。しかし彼女は、まりかが自分から協力を申し込んでくるとは思ってもいなかった。 「私もあいつらには命を狙われてる…  このまま見逃してくれるわけもないし…戦うわ。」 …4  まりかとあきら。二人のサイキは西馬込のCD工場まで来ていた。 「ここで洗脳CDが生産されているのね…。」 「そや。ここのボス、時計男はごっつう手ごわい相手や。」 「時計男?」 「こっちの先手を取ってきよる。」 「…。」  まりかは工場の外壁を見上げつつ息を飲んだ。これから自分がやろうとしている行動は、非日常の世界へ更に踏み込むことになるからだ。 『まだ…よくわかってない…私…なんでここに…いるの?  どうする…つもりなの?』  思考を整理できないまま、まりかは工場の敷地へと歩を進めた。すると、あたりから殺気をまとった男達が大勢あらわれた。真実の徒の工作員である。 「きよったなぁ! まりか、いくで!」 「うん!」  まりか達と工作員の激闘は数分に渡って繰り広げられた。二人のサイキは怪我を負うこともなく局地戦での勝利を収めた。 「アホが…ザコがなんぼ出てきよっても無駄や!」  あきらは自分の戦意を高揚せさるため、そう叫んだ。 「ふっふっふっふっ…。」  その声は、廊下のつきあたりから聴こえてきた。あきらにとっては聞き覚えがある、自分の仲間を殺した男の声である。 「でよったな! 時計男!」 「サイキを仲間につけたか…。」  姿をあらわした時計男の目には、殺気がやどっていた。 「今日はあん時と違うで!」 「どうやらその様だな…貴様自身もレベルアップしている様だ…。」 「行くで!」  あきらとまりかは、それぞれの獲物を取り出すと、それを構えた。時計男も腕をクロスし身構える。 「時計爆弾!」  飛んでくる二つの小型爆弾を、まりかはPKバリアーによって防いだ。 「な…念動力…貴様が武藤まりかか…。」  時計男の顔から、余裕の笑みが消えた。まりかは間合いを詰めると、リボンを打ち込んだ。 「つぁぁぁぁぁ!」  時計男は、まるで予想していたかの様に、まりかの攻撃を回避した。 「え!?」 「ふふふ…聴こえるぞ、振り子の鼓動が貴様の動きを教えてくれる…  私は時計男…。」  時計男はあきらの打撃も回避すると、再び両手をクロスした。 「時計爆弾!」 「またそれ!?」  まりかはPKバリアーで爆撃を防いだ。 「くう…。」  爆発の衝撃は、まりかの身体に負担を与えた。彼女はバリアーを解くと、呼吸を整えた。 「まりか! 危ない!」  あきらはまりかの手を取ると、空間に姿を消した。まりか達のいたはずの空間に爆発がひろがる。 「くっ…時間差の時計爆弾から逃れるとは…。」  二つ投げた時計、まりかのPKバリアーに反応し爆発したのは、そのうちの一つだけであった。あきらとまりかは、時計男から数メートル離れた空間に出現した。 「ふぅ…あぶなかった…。」 「う、うん…金本さん、あいつ。」 「ああ、うちらの動きが読めるんや…。」 「このままじゃ…。」 「ジリ貧や…。」  工作員との戦い、そしてこの時計男との戦いによって、まりかの精神は著しく疲弊していた。  本来ならネガティブな思考にとらわれてもおかしくはなかったのだが、なぜか彼女の考えはその逆の発想を生み出していた。 「金本さん!」 「なんや!」 「ならこっちも同時に仕掛けていくしかないわ!」 「そうやな!」  まりかは瓦礫を、あきらは鉄パイプを、それぞれの能力を使い時計男に襲わせた。 「く! つう!」  時計男は、攻撃をかわすのが精一杯であった。まりかとあきらは休むことなく能力を使い、時計男を追い詰めて行った。 「さ、さすがにこいつぁ辛い…。」  しかし致命的なダメージを与えていないのも、また事実であった。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  能力の連続使用は、二人の精神力を消費させていた。 「今だ! 時計爆弾五連射!」  時計男は手を数回、激しく振った。あきらはまりかごと空間へと逃れたが、出現先で時限式の爆弾が爆発した。 「うわぁ!」 「きゃぁ!」  直撃ではなかったが、爆風は充分過ぎる衝撃を二人のサイキに与えた。まりかとあきらは壁に叩き付けられ、その場に崩れ落ちた。 「ビンゴォ!」  時計男は叫ぶと、両手をクロスして身構えた。 「くくくくく…オルガ様ですらしとめ損ねたサイキを俺が…はっはっはっ!  五星入りか?」  まりかは時計男の卑屈な笑い声によって、自身がまだ生存しているしている事実を認識した。 「金本さん…。」 「まりか…スマン! うちが巻き込んだばかりに…  せめてあんただけでも逃げてや。」 「いいえ。」  強い語調で、まりかは言い切ると力を込め、立ち上がった。 「あ…?」  これまでの戦いで感じたことのない、まりかの強い意思をあきらは感じた。 「諦めるのはまだ早いわ…。」 「ま、まりか…。」 「明日を信じる少女…くくく、シナリオとしては美しいが演じるのが  黄色いブタではな…貴様達に明日はない!」  時計男は再び卑劣な笑みを浮かべた。まりかはその方向に強烈なる怒気を向けた。 「時計男…。」 「なんだ命乞いか? だが無駄だ。貴様達は我々真実の徒に逆らった、  それは死をもってのみ償われる。」  まりかは目を一瞬附せると、視線をうずくまっているあきらに移した。 「金本さん、テレポーションバスターをやって。」  まりかはこの場にいる誰にでもはっきりと聞き取れる様、そう言った。 「せ、せやけど…。」 「いいから!」  まりかの気迫に、あきらは圧倒された。 「あ、ああ…。」 「…。」  時計男は眼球に埋め込まれたセンサーを起動させ、まりかとあきらの様子を探った。 『なにかの引っかけか…いやちがう、金本あきらはテレポーションバスター、  武藤まりかはPKミサイルを仕掛けようとしている…やけくその行動か?』  時計男の能力、それは眼球と背中の鳩時計に内臓されている高性能センサーによって、相手の体温、発汗、手足の動き等を探知し、行動予測を導き出すことにあった。  彼はその能力を使い、ある結論を導き出した。 『罠はない。』 「金本さん!」 「おう! テレポーションバスター!」  あきらは立ち上がると瓦礫に手を触れ、それを空間から消した。 「やはり!」  時計男は回避の体勢に入った。しかしまりかは何の動作も示さなかった。時計男の頭上に瓦礫が出現した。 「くぅ!」  時計男は瓦礫の落下位置から素早く移動した。しかしその瞬間。 「いまだ!」  まりかは意識を集中し、落下する瓦礫の軌道を変えた。加速のついた瓦礫は弾丸となって、時計男の腹部に命中した。 「ぐぁ!」  血を吐きながら、時計男は床に叩き付けられた。 「そらぁ!」  あきらはバットを構えると、地面に伏した時計男めがけて、それを躊躇することなく振り降ろした。 「うぐぉ!」  時計男の戦闘力は完全に奪われた。しかしあきらは許すことなくバットを振り降ろし続けた。 「マモル達の仇! 晴らさせてもらうで!」  泡となって時計男であった塊は消滅した。 「はぁはぁはぁはぁ…。」 「金本さん…。」 「あ、ああ…。」  あきらは平常心を取り戻すと、まりかへ向き直った。 「もうここには誰もおらへんやろ。」 「多分…この施設でCDが作られているんだよね。」 「そうや、ぶち壊したる…。」  まりかとあきらはCDを製造しているエリアにやってきた。 「それ!」 「てりゃあ!」  二人のサイキは能力を込めたそれぞれの獲物で、工場施設の破壊を開始した。 「これであらかた終わりやな。」 「うん、随分派手にやっちゃったね…。」  そういうまりかの顔にはストレスの発散からくる笑みが浮かんでいた。 「二人のサイキよ!」  唐突なるその声は、二人の鼓膜を振動させた。 「誰!?」 「私の名は真実の人! 真実を追求し、真実そのものとなった男!」  まりかとあきらはその声の音質的な劣化から、それがその場にいない者であることを認識した。 「アホの親玉やな…。」 「私の名曲、その製造工場を破壊し、あまつさえ可愛い部下を倒したお前達を私は許さない!」 「なに言ってるのよ!」  音声が発せられるスピーカーを探すべく、まりかは視線を泳がせた。 「真実の追求を妨げる者は、我々真実の徒が抹殺する! お前達は逃れることはできない!」 「宣戦布告やな…。」 「うん…。」 「うちらを甘くみたらあかんで! 仲間を増やしておまえらを絶対ブッ潰したる!」  不敵に微笑むと、あきらはバットを構え、そう啖呵をきった。 「お前達は、いたずらに我々と関わった事実を悔やむであろう!  ふはははははははははははははははははは!」  声はやんだ。威圧感はなかった。しかしまりかとあきらは確かな嫌悪感を、その声から抱いていた。 「!?」  能力ではない直感で、あきらは身に迫る危機を感じ取った。まりかの手を取ると、彼女は空間跳躍をした。  まりかとあきらは工場の敷地外に出現した。すると突如二人の眼前で、工場が爆発した。 「ふぅ…。」 「危なかったわ…。」 「さてと…まりか。あんたこれからどないするつもりや?」 「どうって…あきらさんは?」  初めて自分の名前を呼んでくれた事実を、あきらは聞き逃さなかった。背後で巻き起こる業火を背に、彼女は笑みをうかべた。 「さっき言った通りや。まりか、あんたと出会えたってことは、  まだうちみたいな能力を持った奴がいるってことや…  うちはそういうのを捜し出して仲間にする。」 「そうね…二人の力だけじゃまだ不安だものね。」 「そういうことや。うちの仇打ちはまだ終わらへん…  真実の人っちゅう奴を、必ずうちのバットでぶんなぐったる…。」 「うふ…わたしも…このままじゃ父さんや母さん達だって危ないから…。」  まりかは右手をあきらに差し出した。 「あらためてよろしくね。」 「うちのほうこそ。」  まりかとあきらは握手をすることで、互いの目的を確認しあっていた。   [八・超能力少年(前編)] …1  数日後、まりかとあきらは荒川区南千住の住宅街に来ていた。 「ほんまにここにいるんか?」 「うん…この雑誌に書いてあるもの。」  まりかがそう言って取り出したのは、少年向けのオカルト雑誌であった。まりかは雑誌を開くと、あるグラビアページを開いた。 「今世紀最大の超能力少年、八巻信長…その力はスプーン曲げにとどまらず、鉄パイプ、鉄骨等もグニャリ…また、空中浮遊も…。」 「それだけできれば立派なサイキや…。」  グラビアページには、まりか達と同年代の少年が座禅を組んだまま空中に浮遊している写真が掲載されていた。 「問題は、彼が仲間になってくれるかどうかだけど…。」 「ぐだぐだ抜かすようやったら、力づくでも引っ張ったるさかいに、安心しい。」 「あははははは…。」  まりかはあきらのこうした行動力が羨ましかった。自分にはない思いきりのよさ。  危険を承知で行動を共にするのも、そうしたあきらの魅力に惹かれたせいかも知れない、まりかにはそうも思えた。  一方、真実の徒の本部では、真実の人がその不満を爆発させていた。 「二人だ! たった二人の少女にどれだけの損害が出ておるのか!?」  大して長くもない両手を広げ、真実の人は不満をあらわにした。 「…。」  真実の人の秘書、オルガは表情一つ変えず、自分の上司のうまくもない感情表現を見つめていた。 「五星のオルガも暗殺に失敗した! 時計男も倒された!  どうする? 一体どうする!?」 「真実の人。」 「なんだね? フランソワ君。」 「サイキとはいえ所詮相手は二人…組織的行動力はもっておりません。  しからば…。」 「うむ。」 「準備中の計画を実行に移すのが先決でしょう。多少の妨害は予想されますが、  こちらの与える被害はそれを上回るものと思われます。」 「おおそうだな、で、現在どの計画が実行段階までに至っておる。」 「はい。」  フランソワは書類を手に取ると、それに目を通した。 「トライアングル誘拐作戦、起業家セミナー入れ食い作戦などが、  現在実行可能な作戦です。」 「そうか…よし、その二つを実行に移すぞ。」 「はい。」 「それと、サイキの抹殺計画は第三次段階に移行する。オルガは… ?」 「はい、現在も武藤まりか、金本あきらの暗殺活動を継続しております。」 「うむ。それとカオスにも計画参加をさせろ。」 「はい。」  それはフランソワが以前にも提案した計画内容でもあった。  しかし長身の美人秘書は不満の意をあらわすこともないまま了解の返事をすると、真実の人の部屋を後にした。 「武藤まりかに金本あきらか…。」  マーダーチームカオスのリーダー、ロナルドは自室にいた。彼はフランソワの持ってきたまりかとあきらの写真を見ると、そうつぶやいた。 「そうだ、二人共サイキであり、我々…。」 「いや、うわさは聞いているさ…たった二人の小娘に、  我々組織は多大なる損害をこうむっているのだろう? フランソワ殿。」 「そうだ。」 「小娘とはいえサイキだ…これは結構しんどい仕事になりそうだな。」 「だが現在動かせる戦力は貴様らをおいてほかにおらん。」 「わかってる…。」  パイプ式のベッドに腰掛けるロナルドは身長一メートル九十センチ、体重百二十キロを超える、均整のとれたプロレスラータイプの肉体をもつ青年だった。  しかし顔つきは比較的おだやかであり、眼光には知性の光が宿っていた。彼はその太い腕を組むと、しばし考え込んだ。 「相手が相手だ…装備の申請は通るんだろうな?」 「全員分、問題ない。」 「助かる、それとやりかたはカオス流を通させてもらうぞ。  いつかの大臣暗殺作戦のときの様に、手かせ足かせは困る。」 「それも問題ない。」 「…。」  ロナルドはフランソワの瞳を見つめた。組織のナンバー2でもあるこの女性は、どうすれば人間的な感情をあらわにするのか、彼は以前からそう思っていた。 「!」  ロナルドはベッドから立ち上がると、フワンソワの細い腕を掴んだ。 「その行動は装備申請の一環か? であれば私は構わんが。」  フランソワは無表情にそう言い放った。ロナルドは軽く狼狽すると、手を離した。 「あ、いや…冗談だ。」 「そうか…ならば準備に取り掛かってくれ。」 「了解…。」  ロナルドはうなる様に返事をした。 …2  まりかとあきらは南千住の警察署付近に来ていた。彼女達は八巻信長が家族と住んでいるという家の前で、彼の帰りを待っていた。 「いつ帰ってくるんやろか。」 「そうね…いま四時でしょ。もうそろそろだと思うけど…。」 「信長くんが姿見せたら、さっそく仕掛けるで。」  あきらの言葉を、だがまりかは理解できなかった。 「仕掛けるって…。」 「サイキやったらうちらの攻撃を凌げるやろ。  ま、軽くでいいんや。それでテストしてみて合格やったら、  条件面での話合いってやつや。」 「やっぱそうするしかないよなぁ。」  まりかはあきらの提案に納得しつつも、視線を宙に泳がせていた。  道の角から少年が姿をあらわした。学制服姿の清潔そうな少年。まりか達の求める、それはグラビアで見た八巻信長その人であった。 「来た! いくでまりか!」 「ええ!」  まりかとあきらはそれぞれ意識を集中した。 「え?」  信長は、二人の美少女が自分を睨み付けているのを認めた。彼は自分の背後を見て、目的が自分かどうかを改めて確認しようとした。  その時である。 「な!?」  自分達に向けられる殺気をまりかとあきらは察知した。そして次の瞬間、豪雨のごとき量の弾丸が、まりか達を襲った。 「くぅ!」  まりかは全力のPKバリアーを張り巡らせた。弾丸は目的を果たすことなく跳弾し、あたりの建物を破壊した。 「真実の徒やな!」  しかし弾丸を発射した者達の姿を、あきらは認めることができなかった。あきらは信長に向かって走った。 「うちらと信長くんがターゲットやな!」 「多分!」  まりかは返事をすると、あたりを見渡した。すると予想外の光景が彼女の瞳に飛び込んできた。 「う、うぁ…。」  跳弾は、道行く人々の身体にも命中していた。まりかの回りにうずくまる人々。  それを直視することは、十六歳のまりかにとってあまりに過酷であった。 「む、むちゃくちゃしよる…。」 「う、うぁ…。」  人々の怪我を、自分の責任によるものとまりかは認識してしまった。  あきらはそれを察知すると、信長の手を引きながら、まりかの手を掴んだ。 「ここはひくで!」  あきらは意識を集中すると、空間へと逃れた。路地からは、完全武装をしたロナルドと、複数の兵士達が姿をあらわした。 「空間跳躍か…やっかいだな。」  ロナルドはポケットからタバコを取り出すと、それを咥え火をつけた。 「それにPKバリアーか…実弾は通用しない…。」  思考中のロナルドを部下がうながした。 「リーダー。」 「うん?」  ロナルドは路地の奥から警官達がやってくるのを認めた。彼は背中から光線砲を取り出すと、警官達に向けそれを照射した。 「ふぅ…。」  タバコを地面に捨てると、ロナルドはそれを踏み消した。警官達は光線によって身体を真二つに斬り裂かれ、絶命していた。  あきら達は、ロナルド達の射撃を受けた地点から数十メートルの地点に出現した。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  あきらはとっさの跳躍による精神の乱れを取り戻すため、呼吸を整えていた。まりかは辺りを見渡し、安全を確認した。そして信長は…。 「…。」  驚愕の表情のまま、地面にへたり込んでいた。 「き、きみ達は…。」 「私は武藤まりか…。」 「うちは金本あきらや。」 「な、名前なんて聞いていない…一体なにがどうなってるんだ!?」  当然の疑問を信長はぶつけた。 「まりか、説明してくれへんか? うちは苦手やさかい。」 「うん。」  まりかはこれまでのいきさつを信長に解るように簡潔に説明した。 「日本壊滅を企む秘密結社!? そんな話を僕が信じるとでも思っているのかい!」 「でも事実だよ…それに私たちの力も見たでしょ?」 「わ、悪い夢なら醒めてくれ…。」  信長は地面を見つめながら震える声でつぶやいた。 「往生際の悪いやっちゃな…名前が泣くで。」 「うん…。」 「だ、だけど命を狙われているのは君達だろ? 僕には関係ない!」 「何言うてんねん! あんたも能力者やろ!  真実の徒が見逃してくれるわけあらへん!」  そう言われて、信長は言葉に詰まった。 「今世紀最大の超能力者…連中だって知ってるでしょうね。」 「…。」 「うちらも命を狙われて状況は最悪なんや…な、能力を合わせようや。」 「…。」 「八巻くん…。」  優しく、まりかは信長の名前を呼んだ。怒気をぶつけようとした彼は仕方なさそうに頭を掻いた。 「ぼ、僕は確かに超能力者だ…だけど人を傷つける様な能力はない…  かえって足手まといだよ。」 「んなことないで。スプーンや鉄バイプ曲げよるんなら、  相手の骨ずらすんは訳ないはずや。」 「そうよ…私だってつい最近までは、自分にこんな力があるだなんて  気づきもしなかったの…八巻くんは小さいころから力に目覚めてるんでしょ?」 「そ、そうだけど…。」 「だったら、私よりうまく戦えるはず…ね。」  まりかの嘆願は、少年の心を揺さぶった。 「わ、わかったよ…。」  とんでもない事件に巻き込まれてしまった物だと、信長は思った。   …3  超能力少年、八巻信長を加えたまりか達三人は、彼の自宅を目指して歩いていた。 「取り敢えず、パパとママにうまく状況を説明しないと。」 「パパとママ…。」  あきらはあからさまな嫌悪を顔に出した。 「でもほんと、うまく説明しないとご両親も命を狙われることになるわ。」 「う、うん…。」  カオス達が姿をあらわしていない以上、まりか達が事件の中心人物でしかないように信長には感じられた。  連行される犯罪者のような気持ちを彼は抱き始めていた。 「やっぱり僕、嫌だ!」  信長はまりかとあきらを振り切ると、その場から逃げ出した。 「あんガキャア!」  あきらは空間を跳躍すると、信長の目前に出現した。その表情は怒りと呆れに満ちており、信長を恐喝するには十分すぎる迫力があった。 「うひゃあ!」  あきらの出現に、信長は腰を抜かし地面に座りこんだ。 「どこに逃げるつもりや!」 「あわあわ…。」 「パパママのおる家か!? そないなとこ逃げ出してもしゃーないんやで!」 「だ、だけど僕!」 「こないな人気のない場所が一番危険なんや! わかっとるんか!?」 「だけど、だけど…。」  信長は今にも泣き出しそうであった。そんな二人の耳に、銃声がこだました。 「なに!?」 「ひっ!」  銃声がやむと、複数のブーツの足音が近付いてきた。あきらと信長は、自分達が囲まれていることを悟った。 「金本あきらと…誰だ?」  ロナルドは低い声で尋ねた。 「誰…?」  ロナルドの質問は、あきらにとって意外なものであった。 「こいつは八巻信長! うちらと同じサイキ! 新しい仲間や!」 「サイキ…だと…。」 「か、金本さん…。」  本名を呼ばれた上、仲間扱いされた信長は狼狽した。 「私はマーダーチーム、カオスのリーダーロナルド!  死んでもらうぞサイキ共!」  ロナルド達は機関銃を構えると、それを一斉に射撃した。あきらはあたりの壁に手を触れると、それを空間転移させ、防壁として使った。 「金本あきら…触れたものを空間に消し、自由に出現させることのできる能力者…。」 「そや!」 「ならば!」  ロナルドはロケット砲を構えた。 「シュート!」  ロケット砲弾を防ぎきれないと察知したあきらは、空間へと逃れた。 「うわ! 僕を置いていかないで!」  逃げ遅れた信長は、ロケットの直撃こそまぬがれたが、爆風によってブロック塀に叩き付けられた。 「うぐぅ!」  空間に出現したあきらは、倒れている信長の身体を抱き起こした。 「なにやっとるんや!」 「い、痛いよぉ…。」 「砲弾くらい、PKで軌道を曲げや!」 「う、ううう…。」  信長は戦力にならない。あきらはそう確信した。 「くそったれ! テレポーションバスター!」  あきらは塀に手を触れた。瓦礫と化したブロックが、カオス達に降り注ぐ。 「無駄だな!」  ロナルドが上空に機関銃を撃とうとしたその瞬間、瓦礫の軌道が変化し、カオス達の腹部に命中した。 「PKバスター…ってところかしら…。」  カオス達の前に姿をあらわしたのは、駆けつけたまりかであった。 「まりか!」 「あきらさん!」 「う、ううう…武藤さん…。」  信長にとってあきらはともかく、まりかはとてもこの危機に頼りになる人物だとは未だ思えなかった。  まりかはリボンを袖から引き抜くと、それを構えロナルド達に向き直った。 「真実の徒ね!」 「そう、我々はマーダーチームカオス!  武藤まりか、金本あきら、そして八巻信長! 貴様の命を頂きに来た!」  まりかはロナルドの言葉を無視すると、間合いを詰めた。 「撃て!」  ロナルドの号令と同時に、カオス達は水平射撃を開始した。しかしまりかは自分のまわりに能力のバリアーを張ることにより、弾丸の軌道を変えた。 「それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  まりかが振ったリボンにより、カオスの一人が戦闘不能となり、泡と化した。 「つぎっ!」  まりかはリボンを再び振った。あきらも混戦を見逃さず、バットを構え突入した。 「てりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  接近戦に持ち込んだのは、まりかの作戦でもあった。  カオス達も鍛え抜かれた格闘技で対抗しようとしたが、そのことごとくをまりかの見えざる能力により阻まれた。 「う、うわぁ…。」  信長は、まりかに対する認識は改めたものの、自分の目の前で繰り広げられている光景を現実として受け止めるのに、未だ抵抗があった。 「あんな…女の子達が…すごい…。」  ロナルドは意を決すると、光線砲を引き抜いた。 「シュート!」  まりかは常にそうしてきた様に、攻撃を防ぐべく意識を集中した。しかしその光を防ぐことも、軌道を変えることもできなかった。 「うぐ!」  まりかの左太股を光線が貫通した。 「まりかぁ!」  あきらは叫ぶとまりかと信長の手を握り、空間へと消えた。 「く! またしても逃げられたか…しかしまぁよい…  やはり物理的攻撃しか防御できんということだな…。」  あきらはより遠くへと飛んだ。その結果、彼女達が出現したのは渋谷の裏通りであった。 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…。」 「ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇ…。」  あきらと信長は呼吸を整えていた。まりかは気絶していた。 「う、うう…。」  状況の認識を済ませた信長は、ただ震えていた。 「自分、何やねん!」  あきらは信長に怒鳴った。 「うちらが戦っとってもガタガタ震えとるだけで、ほんま呆れるで!」 「き、君達が異常なんだよ!」 「なんやて! 自分も能力者やったらいいとこ見せんかい!」 「僕はそんなのじゃない!」 「な…。」  あきらは信長の叫びに言葉を失った。 「僕は…能力なんて何もない…。」 「せ、せやけど雑誌に…。」 「あれは…全部トリックだ、スプーン曲げだって、鉄バイプだって…  空中浮遊なんて髪をポマードで固めて飛び降りたところを  写真で撮っただけなんだ!」 「な、なんやて…。」 「あんた達も含めて、みんなだまされてるだけなんだよ!  雑誌の連中はわかってたのかも知れないけど…。」  最後の言葉は、嫌悪まじりに発せられていた。 「とにかく僕は帰る!」 「またんか!」  信長を追おうとしたあきらであったが、まりかのうめき声がその行動を諦めさせた。 「う、うう…。」 「まりか…そうや、あんなへたれに構っとる暇ないんや…。」  あきらはまりかを背負うと薬局に向かった。 …つづく