[四・超能力] …1  ソロモン襲撃事件から二日後、まりかはいつもの様に友人の恵子と下校途中、立ち話をしていた。 「まりかちゃん大変だったわねー。」 「うん、怖かったのよ。」  それはまりかの本心でもある。 「結局何だったの?」 「うん、内閣…警察の人が父さんに言ってたらしいんだけど、  うちって放火のあった工場の近所でしょ。」 「ええ。」 「だからその犯人が、私達家族の中に目撃者がいると思って来たんだって。」 「へぇー。でも誰も見てないんでしょ。」 「え? ええ…。」 「どーしてまりかちゃんの家に…  そっか、まりかちゃんの家、大きくて目立つものね!」  友人の好意的解釈は、まりかの気分を楽にさせた。 「そ、そうよ。だからよ。」 「よく助かったよねぇ。」 「運が良かったのよ。」 「そっか。」  あまり深くは詮索しない恵子であった。 「そーだまりかちゃん。」 「な、なぁに?」 「だったら昨日のテレビは見逃しちゃったんだ。」 「うん。」 「面白かったのよぉ。」 「超能力だっけ…。」  答えつつも、まりかはその単語に違和感をおぼえていた。 「そう! 手も触れずに、本とか宙に浮かせちゃうの!」 「へぇ。」  大して驚かないまりかを恵子は不満に思った。 「それだけじゃないのよ! スプーンもグニャって曲がっちゃったのよ!」 「凄いのねぇ。」 「でしょー!」  恵子との会話はあまり弾まず、しばらくしてまりかは恵子と交差点で別れた。 「本にスプーンか…わたしは大きな瓦礫だって動かせるのに。」  まりかは苦笑しながら、恵子との会話を思い出していた。 「でもそんなことがばれたら、きっと気味悪がられるなぁ。やっぱり。」  そうは思考しつつも、あまり悲観的な感情は沸いてこなかった。 「あ…。」  まりかは工場の入口で足を止めた。先日出火したこの場所は、現在立入り禁止となっており、警察がそれを警告するためのロープが張ってあった。  まりかはそのロープを無視すると工場の敷地内に入っていった。 「出火っていっても、丸焼けってことじゃないのね。」  確かに工場の外観は、一部を除き先週と大差なかった。まりかはそのまま出火した場所。自分の殺されかけた部屋にまでやってきた。 「…。」  まりかは呼吸を整えると、ポケットから祖母のお守りを取り出した。 「動け!」  集中されたまりかの意識は、足元の瓦礫を宙に浮かせるのに成功した。 「それ!」  まりかは意識を「右」に向けた。宙に浮いていた瓦礫は猛スピードで右の壁に激突し、四散した。 「ふぅ…複雑な動きや、色んな種類をいっぺんに動かすのは無理っぽいけど、  ほんと、夢みたいな力ね。」  額の汗を拭いながら、まりかの確信は自信へと変化していた。 「いたぞ!」  突然の声に、まりかは振り返った。  その視線の先にうつったのは、まりかの命を狙った「早駆け」「日の丸」と同じ格好、黒ずくめにストッキング状のものを被った五人の男達であった。 「あ、うぁ…。」  まりかは驚愕した。自分が命を絶ったはずの男達。だが注意して観察すると、体型的な差異が認められた。 「この間とは…違う連中ね…。」 「探したぞ武藤まりか。」 「え、ええ…。」  自分でも妙な返事をするものだと、まりかはいつもの様に思った。 「組織の謎に触れた者には死んでもらう!」  男達は叫ぶと手にしたナイフを構えた。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」  ナイフを手にした男達は一斉に、まりかめがけて襲いかかった。 「行けぇ!」  まりかは叫ぶと、先程そうした様に意識を瓦礫に集中させた。無数の瓦礫は宙に浮くと、男達に襲いかかった。 「ぐはぁ! ぐぁ!」  弾丸なみに加速がついたそれは、男達の体を貫通し、彼らの戦闘力を奪った。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  まりかは呼吸を整え、額の汗を拭った。男達の体は泡となり、消滅を始めた。 「ぐ、ぐぅぅぅぅ…。」  まだ命の炎が燃え尽きていない男が一人いた。男はうめき声をあげるとまりかの顔を見上げた。 「こ、これで安心するなよ…我々組織はお前を追求する…どこまでもだ…。」  男はトランシーバーを取り出すと、スイッチを入れた。 「こ、こちら工作員二十九号…  ターゲットはサイキ、ターゲットはサイキ…。」  トランシーバーにそうつぶやくと、男は力尽き倒れ、その体は泡と化した。 「サイキって… わたしの事…?」  まりかはそうつぶやくと、泡と化す男の背中を凝視していた。 …2  真実の人の部屋には、黒いマントとタキシードに身を包んだ男が、片膝をつき真実の人に挨拶をしていた。 「暗殺プロフェッショナル、キラーゼロ。召集を受け参上しました。」 「うむ。」  真実の人は落ち着いた声で返事をした。その脇に立つフランソワは表情一つ変えず紳士風の男、キラーゼロを凝視していた。 「で、真実の人。今度のターゲットはいかなる人物で。」  キラーゼロの声は品性を感じさせたが、どこか感情を押し殺している様でもあった。 「こいつだ。」  真実の人に促されたフランソワは、書類ケースから一枚の写真を取り出し、それをキラーゼロに手渡した。 「子供…それも女ですな。」 「そうだ。」 「真実の人。」  キラーゼロは抗議の意を込めそうつぶやいた。 「わかっているキラーゼロ。  しかし私は人手不足を理由に君を召集したりはせん。」 「でしょうな。」  二人の言葉のやりとりは、そのまま両者の信頼関係のもろさをあらわしていた。キラーゼロは写真の中の少女、まりかを観察した。 「ふーむ…この娘は改造人間なのですか?」 「恐らく違う。報告によると、サイキとの疑いが強い。」 「サイキ…。」  キラーゼロのつぶやきには驚きの感情が込められていた。 「能力をもっているはずだ、その証拠に改造獣人、  ソロモンがすでに倒されている。」 「ソロモンが…この子供に…ですか…。」  真実の人の告げた事実に、キラーゼロは自分の感情を殺すのを諦めた。 「そうだ。すでに工作員も数名倒されている。  この娘は我が組織にとって現在、最大の敵と言える。」 「なるほど…それで私の腕が必要だと?」 「君は殺人を生業とする、暗殺プロフェッショナルだ。  君ならこの任務、果たしてくれるだろう?」  キラーゼロは写真の中のまりかを数秒見つめると、自信に満ちた表情を作った。 「殺りましょう…で命の値打ちはいかほどで?」 「指五本といったところでどうだ?」 「わかりました。この仕事、引き受けさせて頂きます。」  キラーゼロは真実の人に一礼すると、優雅な身のこなしで部屋を後にした。 「キラーゼロ…殺しに飢えた、狼の本性を見せぬ男よ…。」  そうつぶやく真実の人に、フランソワは冷たい視線を送っていた。 「フランソワ。キラーゼロを動かした以上この事態、  正式な計画とする。計画名はそうだ…  第一次武藤まりか暗殺作戦とでもいておいてくれ。」 「第…一次ですか?」 「ああそうだ。五星会議にもその名で議題としておいてくれ。」 「了解しました…真実の人。」 …3  それから数日が経過した。  まりかは登下校の最中、何回か工作員に命を狙われたものの、そのことごとくを念動力「PK」で撃退しており、まりかは次第に能力の使い方のコツをおぼえはじめていた。 「サイキか…。」  ある日の夕方。まりかは父の書斎で気になるキーワードを調べていた。「サイキ」工作員が絶命間際につぶやいた言葉である。 「ギリシア神話に登場する、エロスに愛された少女、  プシュケーのことを意味する…一千九百二十年代にいた自称超能力者、  マージェリーこと、ミナ・クランドンは  夫のクランドン博士からこの名で呼ばれていた。  また、超常現象のことを超心理学の世界でサイと呼ぶのは  サイキの意味する心、魂の意味からきている…。」  まりかは書庫に本を収めると、父の机に寄りかかった。 「なんでもいいけど…あれからもう何回も連中と会ってる…  全然わかんないな…あいつら何者なんだろう…。」  ぼんやりと考えてみたまりかだが、自分の命を狙う謎の集団について、何一つ具体的情報は思いあたらなかった。 「でもいいわ…何回来たってこの力さえあれば。」  その思考が油断だとわかっているまりかであった。しかし度重なる勝利は、熟慮より浅慮を彼女に選択させていた。 「まりか。」  母の呼び声は、まりかの思考を日常へと呼び戻した。 「いいかな?」  母は扉を開けると、辺りを軽く見渡した。 「めずらしいのね、まりかが父さんの書斎でなんて。」 「え? う、うん。ちょっと調べることがあって…。」  それは決して嘘ではない。 「そうなんだ…ね、まりか。」  永美は伏し目がちにまりかを見つめた。 「な、なに?」 「悪いんだけど、これを父さんの事務所に届けてほしいんだ。」  そう言うと、永美は書類ケースをまりかに差し出した。 「忘れ物?」 「ええそうよ、重要な書類だって、でも食卓に忘れててね、ごめん。」  母の苦笑いにまりかは同様の表情で答えた。 「うん、いいよ。今日は暇だから。」  まりかは書類ケースを受けとった。今日は日曜日、そんな日に仕事場にいる父のことを哀れと思いつつ、まりかは支度を終え、家をでた。 「やっぱり…隠し事してるわね…。」  母の洞察は、確かにまりかの変化を感じ取っていた。  まりかは渋谷にある父の事務所を尋ねるため、旧国鉄の駅までやってきた。  渋谷までは電車で二駅、用事を済ませたら買い物でもしていこうかと思うまりかであった。 「恵子が言ってたな…新しいレーベルができるって…  もうCDは発売されてるのかなぁ?」  過日友人と交わした会話を反芻させながら、まりかは電車を待っていた。 「!?」  経験は洞察を高めていた。まりかは自分に向けられる殺気を確かに感じていた。 『また連中ね! 人がいっぱいいるのに!』  まりかは振り返った。しかし視界には黒ずくめの男達はおらず、まりかの目には、いつもと変わらない駅の風景しかうつらなかった。 「気の…せいかな…。」  まりかは苦笑いをするとホームにやってきた電車に乗り込むと渋谷に向かった。 「すまん!」  雑居ビルの六階に、父の勤める不動産事務所はあった。父、博人は頭を下げつつまりかから書類ケースを受け取った。 「かあさん怒ってたか?」 「ううん、いつものことみたいって、馴れてたよ。」 「そうか。」  父が忘れ物をするのはこれが初めてではなかった。まりかも数回ではあるが、この事務所に来た経験がある。 「じゃ、わたし帰るね。」  まりかはそう言うと事務所を後にした。 「娘さんですか?」  博人の後輩が尋ねた。 「ああ、そうだが。」 「随分そっけないですね。」 「いや、せっかく渋谷まで来たんだ、遊びたくて急いでるんだろ?」  博人は余裕の表情でそう言うと、書類ケースでこった肩を叩いた。 「さってと…どーしようかなぁ。」  まりかは宮益坂を下りながら、これからの予定を考えていた。 「どこ行くにしても、人気の少ないとこはよした方がいいなぁ、やっぱり。」  その判断は、ここ一週間でついたものである。 「!?」  再び感じた殺気は、駅でのそれと同質のものであった。言葉にできない苛立ちがまりかを襲う。 『つけてきている…これまでの連中とは…違うよ…。』  まりかは数秒思考を巡らし、ある結論に達した。 『どこにしよう…。』  普通の少女であれば好戦的すぎる発想であった。しかし今のまりかには、大人の男性であっても倒すことのできる能力があった。  まりかが選んだのは、とある雑居ビルの屋上であった。 「さぁ! ここなら誰もみてないわよ! 出てきたらどうなの!?」  自分でも随分過激な言葉で叫んだなと、まりかは軽く反省した。 『でも出てきてくれないと困るのよ…  見えない奴にはあの力、使えないし…。』  反省からか、まりかの思考は若干弱気なものへと変化していた。 「ん…。」  屋上につながる外付けの階段から、何者かが昇ってくる足音が、まりかの鼓膜を振動させた。 「来る!」  まりかは祖母のお守りをポケットから取り出すと、それを強く握り絞めた。 「日本はダメですな…まず都会の空気がいけない。」  中年男性の声をまりかは認めた。落ち着いた、状況にそぐわない声であった。 「それに、人間もいけない…  特にこの渋谷、歩くのが下手な輩が多すぎます。」  階段を昇りきった男は、まりかにとって想像外の姿をしていた。  黒のロングコートに片眼鏡、頭にはシルクの帽子をかぶったその中年男性は、英国紳士の様な印象をまりかに抱かせた。 「あ、あなたは…。」 「私はゼロ…殺し屋です。」 「く…。」  まりかはゼロの余裕に苛立ちをおぼえた。 「わざわざ人気の無い場所を選ぶとはあなた…  よほどの自信が あるのですな。」 「かっこつけて…。」 「しかし所詮は素人…。」  キラーゼロはつぶやくと、懐からステッキを取り出した。 「死になさい武藤まりか。それが真実の人の意思。」  ステッキをまりかに突き付けると、キラーゼロは身構えた。 「それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  まりかは意識を集中させると、ゼロの背後に山積みされている鉄パイプを宙に浮かせた。 「ふん…。」  低くうめくと、ゼロはステッキを一振りした。するとゼロに叩き付けられるはずだった鉄パイプは、一瞬にして粉々となった。 「う、うそ…。」 「PKですか…やはりあなたはサイキ!」 「だ、だったらどうだって言うのよ…。」 「我々組織としては極めて危険な存在。」 「組織って何なのよ…。」 「それは秘密の結社…あなたの様な一般…いや、既に一般ではないか…。」  ゼロは体重を前方、まりかに向かって傾けると、間合いを一気に詰めた。 「キェェェイ!」  奇声を上げ、ゼロはステッキを一振りした。 「きゃあ!」  まりかはその場に倒れ込んだ。とっさに突き出した右手は袖が切れ、そこから血がにじんでいた。 「う、うぁ…。」  これまでの連中とは違う何かを、まりかはこの紳士から感じていた。 「私を工作員レベルと思ったあなたの判断が貧弱!」  ゼロはかすかな笑みを浮かべると、ステッキを振り上げた。 「キェェェイ!」  ゼロの斬撃を、まりかは能力で防いだ。 「な、なんと…。」  まりかの能力により、体の自由を奪われたゼロはステッキを振り下げることもできず、そのままの体勢で硬直していた。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  まりかは呼吸を整えつつ立ち上がった。その眼に殺気がこもっていることを、ゼロは震えつつ確認した。 「う、うぐぐぐぐ…。」 『このまま力を…強めていけば…。』  より強い力による圧迫を、まりかは望んだ。 「ぐ、ぐぉぉぉぉぉぉ!」  ゼロは念動力による圧迫に抵抗した。だがそれは彼の体力を著しく消耗させる行為である。 「ぐはぁ!」  その長身を、ゼロは支えきることができなかった。彼はその場に崩れ落ちた。 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ…。」  まりかの使える能力の備蓄は底をついていた。彼女はそれほど消費されていない体力を使い、階段を駆け降りて行った。 「く、くぅ…。」  能力の呪縛から解き放たれたゼロは体勢を整えると、階段へ向かった。 「逃げられたか…。」  ゼロは天を数秒仰ぐと、首をがっくりと下げた。 「くくくく! まぁそうでないと指五本の価値もないがなぁ。」  キラーゼロは、殺人プロフェッショナルの笑みを浮かべた。 [5・ゼロの死闘] …1  キラーゼロとの戦いから数十分後、まりかは自室で考えを整理していた。 『あいつ今までの連中とは、段取りがまるで違っていた…  それに組織って…切符の爆弾を作ってて…やっぱりテロリスト…  警察…戸倉さん…でもわたしの力がばれて…。』  散文的な思考の羅列は、まりかを一つの結論に導いた。 『あきらめさせるのは多分無理…ならやっつけるしか無い。  それも夏休み前に!』  深夜二時。武藤家の玄関に紳士風の男、キラーゼロがその姿をあらわした。 「ククククク…この家だな!」  まりかの命を取りそこねたことは、キラーゼロ、十五年の暗殺家生活にしてはじめての失敗であった。  それも深層心理において納得していない不可思議な能力による敗北は、彼のプライドを著しく傷つけていた。  ゼロは庭に入ると、まりかの部屋の下に立った。 「クククククク…。」  ゼロはステッキを手に取ると、グリップの曲がりをまりかの部屋のベランダに引っかけ、二階へと昇った。 「窓際の部屋…まるで殺して下さいと言っている様なもの…しかし妙だな。」  ゼロはベランダから部屋の中の様子を窺った。彼に視界には、ベッドに横たわるまりかの姿がうつった。 「ふむ…。」  ステッキの先に装備されたカッターで鍵まわりのガラスを切断すると、ゼロは鍵をはずした。静かに戸を開け、紳士風の暗殺者は少女の部屋に侵入した。 『罠もなく、こうもあっけなく侵入できるとは!  サイキとは言え、こいつも所詮小娘か…。』  ゼロは陰湿なる笑みを浮かべると、懐からハンカチを取り出した。 『このハンカチには、象をも数秒で眠らす神経麻痺薬が染み込ませてある…  こいつを吸わせ、連れさらい、後はゆっくりと…。』  苦痛を伴う殺しの方法を、キラーゼロは連想した。 『クククククク。』  ゼロはベッドで横になっているまりかに、ハンカチを持った左手を伸ばした。その時。 「ム?」  椅子にかけてある寝着を、ゼロは視界に入れた。 『洗濯したてではない。替えの寝間着…? ノーノーノー違う。』  十五年の歳月に基づく殺しの経験により、ゼロは深くそして早く思考を巡らせた。 『しかし寝息は聞こえる。ということは狸寝入り…  外出できる格好で寝た振りをして…まて、小娘の仲間って可能性もある。  だがそれにしては安易…二重の罠か? 目の前で寝ているこいつ、  実は本人で… まぁいい! まずはこいつを殺す!  違っていたら、捜し出すまでのことだ!』  結果から言えば、キラーゼロはその判断を侵入と同時に下すべきであった。彼は見えない力により、壁に叩き付けられた。 「グ! グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」  かけ布団をどけ、制服姿のまりかがベッドから起き上がった。 「引っかかったわね。」 「な、なんとぉ…。」  能力によって歪んだ顔を、ゼロは更に引きつらせた。 「知らせないと!」  まりかはゼロに聞こえるように、そうつぶやくとベランダへと飛び出した。 …2  夜の街、人気の無い通りをまりかは走っていた。 『まさか今夜襲ってくるなんて…予想が当たったからいいけど…  それにうまくひっかかってくれたかしら…。』  まりかは、早駆け達に命を狙われた例の工場跡についた。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  息をつく暇なく、まりかは出火元の部屋、自分が最初に殺されかけた部屋までやってきた。  その頃、キラーゼロは、身にまとった闇夜と同じ色のマントをなびかせつつ、夜道を走っていた。 『俺をだますとは、ますます嬉しいぞ! だがどう逃げても無駄な努力!』  ゼロは工場跡で足を止めた。 「ふん…。」  眼を見開いたまま表情を固定し、キラーゼロは工場内に侵入した。 『どこだ…。』  辺りの気配に気を配りつつ、ゼロの侵入は続いた。 「む…。」  ゼロの眼を止めたのは、床にわずかに残った泡。命尽きた工作員の変わり果てた姿であった。 「まだ新しい…小娘…やはりここにいるな!」  キラーゼロはつきあたりの扉を用心深く開けた。 「いたな…。」  暗殺者の眼は、まりかの姿を正面に認めた。 「…。」  まりかは鋭く、だが若干怯えた眼光をキラーゼロにぶつけた。 「小娘、さっき知らせないと…そう言ったな。」 「ええ…。」 「仲間はここか…?」 「…。」  無言の返事を、ゼロは「イエス」の意味と理解した。 「まぁいい! 殺して探し出すまでのこと!」  ゼロは叫ぶと愛用のステッキを構え、まりかめがけて突進した。 「くぅ!」  まりかは何度もそうしてきた様に、意識を集中させた。 「ぐほぁ!」  壁に叩き付けられたゼロは、口から血を吐き出した。 『くぅぅぅ、なんて力だ! しかし!』  ゼロの自由を奪っていた力は数分すると消え、彼は床に着地した。 「やはりな、その能力は精神力をかなり使う…サイキの特性だ…。」  あくまでも正確な判断を下すゼロであったが、彼の戦いに対する集中力は、まだ見ぬまりかの仲間という存在に、若干ながら乱されていた。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  まりかは体重を支えるのが精一杯であった。 「せいぜい使えてあと数回。」  ゼロは立ち上がると残忍な笑みを浮かべ、まりかに向かって歩き出した。 「ゲーム…おもしろかったですよ…クククククククク!」 「はぁはぁはぁはぁ…。」  まりかは呼吸を整えながら、キラーゼロの足元に注目をしていた。 『やれるはず…。』  ゼロはステッキを振り上げた。 「さぁ能力を使ってみなさい!」 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  まりかは叫び声を上げると意識を集中させた。 「な、なに!?」  ゼロは自分の視点が急激に下がっていく事実を認識した。 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  絶叫が広い工場内に響いた。ゼロは突如陥没した床に飲み込まれた。鋭い瓦礫の先端が、彼の腹部を突き刺す。 「はぁはぁはぁ…あなたが立っていたのは爆発した券売機のあったところ…  爆発で床がもろくなってるから、わたしの力で充分穴を空けられた…。」  まりかにしては上級な、ゼロにしてはあまりに稚拙なトリックであった。  落し穴。貧弱なる人類が、強力なる獣をしとめるのに使った最古の罠である。  殺し合いとは集中力の比較結果である。わずかに乱れたゼロのそれは、彼の敗北を決定的にしていた。  殺し合いの敗北とはすなわち死を意味する。 「ぐ、うぐぐぐぐ…。」  暗殺プロフェッショナル、キラーゼロは自分の敗北と迫り来る死を感じていた。 『こ、こんなあっけなく…私としたことがこんな小娘にしてやられるとは、  不覚!』  まりかは常にそうしているように、穴にはまったキラーゼロのもとに歩み寄った。 「…。」 「や、やられましたよ…。」  そうつぶやくゼロの表情に無念さはなかった。 「わ、わたしはやりたくてやったんじゃないのよ…。」 「わかっている…命の取り合いで負けたんだ、く、悔いは無い。」 「し…死んじゃうの?」 「クククククク…。」  キラーゼロの、それは最後の余裕から生まれる笑みであった。 「も、もういやだよ…殺したり…。」 「勘違いをするな…。」 「え…?」  まりかにとっては意外な、ゼロのつぶやきであった。 「お前は誰も殺してはおらん…。」 「でも、泡になって…。」 「俺達組織の人間は、戦闘力を失った瞬間、  体内に埋め込まれた薬物が反応してな…命を絶たれ泡になる、  殺すだと? 自惚れるな。」  暗殺者の憤慨を、まりかは全く理解できなかった。 「な、なんで…。」 「組織の秘密を守るためだ…。」 「だから組織って…。」 「日本を破滅に導く徒。」 「え?」  ゼロの言語表現は簡潔過ぎていた。 「ぐふ…。」  断末魔のうめきを上げ、ゼロの体から泡が立ちはじめた。 「日本を…破滅に…。」  かつてのまりかなら、一笑に付する言葉であった。しかしつぶやくまりかの顔に、生気はなかった。  戦いは続く。   [六・あきらというサイキ] …1  東京都渋谷区。 「…。」  アウトサイダー達の中に、その少女はいた。  周囲の人間達とは異なるそのたたずまいは、なれ合いを拒む高潔さが漂っていた。少女は立ち上がると、軽くため息をついた。 「あきらさん、どこに?」  少女を呼び止めたのは、不良達の中でもあどけなさが残る少年であった。 「メタカフェや。」 「つよし…ですか?」 「ふん、あんへたれが四日も顔出してへん。」  そう言う少女の顔には、嫌悪感とわずかな憂患が伺えた。 「でもあきらさんが行くこと無いでしょう?」 「マモル…自分、誰に口きいとるんや。」 「す、すんません。」  少女の凄味に、マモルと呼ばれた少年は怯えた。路地にたむろする不良達は、それまでの怠惰さを払拭させると一斉に立ち上がった。 「行ってらっしゃいあきらさん!」  不良達の声を背中に受け、少女は路地を歩き出した。  少女の名は金本あきら。今年の十月で十七歳になるのだか、落ち着いたたたずまいと醒めた眼光から、もう数歳上の印象を与えていた。  彼女はここ一帯のアウトサイダー達の首領であり、アイドルでもあった。 「ふん…。」  あきらは、寂れたパブに来ていた。  店名は「フルメタルカフェ」あきら達不良がよくたまり場にする、一般市民にとっては縁の無い危険な雰囲気を醸し出す店である。 「おう、あきら。久しぶりだな。」  店のマスターからかけられた声を無視すると、あきらは店の奥まで歩いて行った。 「つよしなら来てるぞ。」 「…。」  カウンター席に座る客の声に、あきらは立ち止まった。 「奥にいるぜ。」 「おおきに。」  礼こそ言ったものの、あきらの醒めた眼差しに変化は皆無であった。  あきらはそれ程広くない店の奥まで歩くと、壁を背にうずくまる少年を見下ろした。 「ふん…。」  少年はヘッドホンをしたまま、固まる肉塊の様にうずくまっていた。その顔に生気はない。 「朝から来てその調子なんだよ。あきら、頼む。」  マスターの言葉に、あきらは行動で返事をした。 「つよしぃ…。」  低く、そしてかすかな色気を感じさせる声で、あきらはつぶやいた。  しかしつよしと呼ばれた少年からは何の反応も返ってこなかった。 「このへたれがぁ!」  色気を打ち消す声量で叫ぶと、あきらはつよしのヘッドホンを取り上げた。 「くっ!」  ヘッドホンを奪われたつよしは、あきらを見上げた。  げっそりとこけた輪郭、土気色の肌。唯一生気を感じさせる眼光は、危険なる殺気をあきらにぶつけていた。 「お前…ほんまにつよしか…?」 「返せよぉ!」  つよしは体を震わせながら立ち上がると、あきらに掴みかかった。 「なにすんのや!」  あきらは、素早い身のこなしでつよしの突進をかわした。 「音が聴こえねぇよぉ! 返せよぉ!」  目から大量の水分を分泌しながら、つよしは再度の突進を試みた。 「つぅ!」  あきらはつよしの後頭部に手刀を放った。その一撃をくらい、少年の進行方向は水平から垂直へと変化してしまった。 「ぐぁ!」  客達はあきらの見慣れた身のこなしに拍手をもって応えた。 「ふん…。」  そのような祝福に浮かれるあきらではない。彼女はあたりをぐるりと見渡した。 「こいつ…ほんまにつよしか?」 「ああ、間違いない。」  誰ともない返事を聞くと、あきらはしゃがみ込み、倒れている自分の子分の様子を伺った。 「CD?」  つよしの懐からCDウオークマンがこぼれ落ちるのを、あきらは見逃さなかった。彼女はヘッドホンを手に取るとそれを耳に当てた。 「あん…?」  聴こえてくるメロディは電子楽器によって演奏されるものであった。  具体性が皆無であり、抽象と混沌に満ちたその楽曲は、あきらのとっては心に何の感銘もよばない、単なる音の羅列にしか感じられなかった。 「ヘタな演奏やなぁ…。」  あきらはヘッドホンを外すと、CDウオークマンのふたを開けた。 「真実の世界…。」  CDのタイトルであった。あきらはレーベルに書かれた作曲者名を読み上げた。 「真実の人…けったいな名前やなぁ…。」 …2 「おぉキラーゼロ! なんということだ!」  真実の人はその短い両腕をいっぱいに広げると、わざとらし過ぎる悲観の表情で、部下の死を表現した。 「お前ほどの暗殺プロフェッショナルが返り打ちにあうとはなぁ …。」  体をちぢこまらせ、絶望の感情を表現すると真実の人は数秒沈黙した。 「…。」  オーバー過ぎる表現は、彼の生命に対する本質的な感覚の軽さを物語っていた。 「真実の人。」  金髪の秘書、フランソワは自分の上司をそっけなく促した。 「…まて、ようやく悲しみの感情が沸きおこりそうだ。」 「はい。」  こっけいな真実の人の言葉である。しかしフランソワは表情一つ変えず、つぎの言葉を待っていた。 「ふぅ…。」  真実の人は立ち上がると醒めた笑みを金髪の秘書に向けた。 「さてフランソワ。キラーゼロはどのような成果をあげた?」 「ただ一つです。」 「よろしい。言ってみろ。」 「武藤まりかはオルガ様に匹敵する能力者…キラーゼロの死は、  その可能性があることを我々に判断させました。  これが唯一の成果です。」 「うむ。」  真実の人は満足気にうなずいた。 「ではどうすればいい? 聡明なるフランソワであれば、  次なる手を考えておろう?」  その言葉は余裕と皮肉が込められていた。 「はい。マーダーチーム、カオスを派遣します。」 「混沌か…。」  フランソワの答えに、真実の人はわざとらしく低くうなってみせた。 「はい。」 「連中はいい仕事をする。第二次武藤まりか暗殺作戦にはうってつけだ。」 「はい。」 「だがな、キラーゼロとて敗れたのだ。もっと確実な手が必要だ。」 「…。」  フランソワは返事をせず、真実の人の言葉を待った。 「よし、私が手を打とう。」 「はい、お任せいたします。」 「うむ、そうそうそれとな、CDα計画はどうなっている?」 「はい、計画は順調に進んでおります。東京を中心に現在販売枚数は四千枚、  一日あたり平均十一パーセントの伸びを続けています。」 「そうかぁ! それで効果のほどは?」 「工作員の報告によると、α購入者のうち二十パーセントが  精神に変調をきたし、通院、もしくは犯罪行為に  走っているとのことです。」 「二十パーセントか…。」  そう言う真実の人は、つまらなそうに視線を泳がせた。 「私の作曲力もまだまだというわけか…  よし、であればセカンドアルバムの作成にとりかかろう。」 「はい。」 「それで…機密は漏れておらんだろうな?」 「はい。国家権力の動きも現在のところ、  当計画に何等支障を与えておりません。」 「そうかそうか! で、計画責任者は誰だ?」 「時計男です真実の人。」 「時計男か…。」  真実の人は満足気にフランソワに微笑みかけた。 …3  渋谷の一角を寝城とする不良達の首領、金本あきらはCDショップに来ていた。 「ここやな…。」 「フルメタルカフェ」での一件から二日間、あきらは自分の足であらゆる情報を収集していた。  足を使った聞き込みのため、得られる情報は散文的であったが、彼女の明晰な頭脳は一定の結論を導き出していた。 『真実の世界聴いた奴の何人かが、頭おかしゅうなっとる。  つよしもその一人ゆう話やそれがほんまやったら、ゆるさへんでぇ…。』  彼女の手には、使い古された金属バットが握られていた。これまで自分の身を守ってきた愛用の獲物である。  ちなみにあきらは情報の収集に費やしたこの二日中、妨害をしてきた敵対グループのメンバーを二十人程、この金属の棒で病院送りにしている。  あきらは店内に入った。彼女の服装がソフトボールチームのユニフォームであれば、店内の混乱は皆無であったろう。 「な、なんだ…。」 「バットに血が…。」  客は場違いなあきらに怯えた。あきらはそうした人々の反応を意に介せず、「真実の世界」の置いてある棚の前に立った。  棚には彼女が目的とするパッケージが十枚ほど陳列されていた。 「こないぎょうさん売ってるわ…。」  あきらは残忍な笑みを浮かべるとバットを振り上げ、棚ごと陳列されている「真実の世界」を叩き割った。 「こ、このガキャア!」  店長とおぼしき中年男性が、あきらの凶行を止めるべく走ってきた。  しかしあきらは店長の声を無視し、ただひたすら「真実の世界」を破壊する行為に没頭していた。 「やめろ!」 「言われんでも、もうやめや。」 「な…。」  あきらの落ち着いた物腰に、店長は圧倒された。 「ここにはもう、あの腐れCDがあらへん…次は代々木や。」  そう言うと、あきらはバットを肩にかけた。次の瞬間彼女が耳にしたのは店長の声ではなく、パトカーのサイレン音であった。 「店長! 警察が来ました!」 「そうか。」  店員の知らせを聞いた店長は、あきらの様子をうかがった。 「ポリがきよったか…。」  あきらはあきれた笑みをうかべると、店の入口にやってきた複数の警官の姿を認めた。 「しゃーないな…。」  警官達はあきらを捕らえるべく、その腕を伸ばした。 「な!?」  警官達と店員は我が目を疑った。自分達の目の前にいるはずの少女が突如、姿を消したからだ。 「い、いないぞ…。」 「どういうこった…。」  数秒前、あきらは確かにそこにいた。  しかし移動の形跡もなく、まるではじめからそこに居なかったかの様に、彼女の姿は見あたらなかった。  CDショップから百メートル程離れたセンター外の路地裏に、あきらは出現した。 「脱出成功っと…。」  あきらの能力、それは空間跳躍であった。あきらは呼吸を整えると、自分の背後に近付く殺気を認めた。 「なんや…またポリ公かいな…それとも…?」  あきらは自分が先日壊滅させた不良グループの名前を口にしようとした。  しかし振り向いた彼女の眼前に立っていたのは全身黒づくめの男達。真実の人配下の工作員達であった。 「けったいな格好やなぁ…なんや、あんたら?」 「質問は一つ。何故CDを破壊した。」  工作員達の質問は簡潔過ぎ、あきらを軽く混乱させた。 「今日は忙しい日や…ほんま…。」  あきらのその言葉に緊張は無かった。あるのは状況に対する馴れからくる嘲笑の感情だけである。 「変質者やな! 相手したるで!」  あきらはバットを構えた。 「相手ゆうても、どつきあいやけどな!」  少女の過敏な反応に、男達はある予測を確信へと転換させた。 「やはり! 敵対勢力なり!」  男達はナイフを腰から引き抜くと、馴れた動作で身構えた。 『こ、こいつらプロや…ごっつう場馴れしとる…。』  直感は現実となってあきらの身を危険に晒した。男達は素早い挙動で間合いを詰めると、時間差をつけナイフを突き立てた。 「やばいで!」  あきらはバットで一撃目を防いだ。しかし間髪を入れずに、次なる斬撃が彼女を襲った。 『あかん! 間に合わへん!』  あきらは意識を集中し、その能力を使った。分子レベルに分解された体は男達の視界から消えた。 「な、なに!?」 「消えた!?」  男達の背後に、あきらは出現した。 「ははははは! せぇーの!」  金属バットが男達に振り降ろされた。  戦いは数分で決着がついた。あきらの足元には、男達が倒れていた。 「おっさん、あんたら一体…なんや。」 「に、日本を破滅に導く徒…。」 「破滅ぅ?」 「き、貴様…サイキだな。」 「サイケ?」 「こ、これではっきりしたぞ…我々に敵対する能力…。」  そうつぶやくと男達の体は泡と化し、消滅した。 「き、消えた…。」  それは、あきらが今まで飽きるほど言われてきた言葉である。彼女はこれまで経験したことない、異質の恐怖を感じていた。 「あん…。」  それはあきらの足元に落ちていた。カード状の物体である。 「さっきどついた時、落ちよったんかいな…。」  あきらはカードを拾い上げ、それをまじまじと観察した。 「IDカードかなんかやな。」 …4  金本あきらは、自分が居住する渋谷外れの、使用されていないガレージに帰ってきていた。  ここにはあきらの他、彼女のチームが数名居住しており、その雑然とした様相は、東南アジアの貧民街を彷彿とさせていた。 「ケンちゃん、どや?」  ケンちゃんと呼ばれるその少年は、他の不良達とは違うひ弱そうな印象を与える外見をしていた。  彼はジャンクパーツで構成されたパーソナルコンピューターを黙々と操作することで、あきらの問いに答えていた。 「あきらさん。答えが出ますよ。」  少年は、あきらにモニターを見るよう促した。モニターには、あきらが持ち帰ったIDカードの解析データが表示されていた。 「工作員三十一号、身分証明証…参加作戦名トゥルーリーガー作戦。  CD…α作戦…これや!」  自分の直感に何かが走るのをあきらは認めた。 「CDα作戦ですね…。」  モニターにはCDα作戦の詳細が表示された。 「洗脳α波を含んだ真実の世界を安価発売し、日本国民を洗脳する。  このα波には、日本人を凶暴化させる効力があり、  連続二時 間以上聴くことにより、  かなりの確率で日本人を凶暴化させることができる…。」  モニターの情報を読み上げると、あきらは数秒思考を巡らせた。 「うち…ごっつ危険な事件に巻き込まれたみたいやなぁ…。」  あきらは青ざめた顔で、そうつぶやいた。  翌日、あきらはIDカードから得た情報、CDαの製造場所である西馬込に来ていた。 『あのカードの情報がおおとれば、ここにCDの製造工場があるはずや…。』  しかしあきらは、目的である工場の壊滅を果たすことが出来なかった。 「はぁはぁはぁはぁ…。」  工場の敷地内であきらは呼吸を整えていた。彼女の眼下には無数の泡の跡、眼前には大勢の工作員が立ちふさがっていた。 「つ、次から次へと出てきよる…。」 「金本あきら!」  男の中の一人が叫んだ。 「うちの名を…。」 「我々組織の手にかかれば、貴様一人の身上を調査するなどわけはないこと!  金本あきら十七歳、渋谷の不良グループの首魁にしてサイキ!」 「サイキぃ…?」 「死ね!」  男達は、ナイフを構え一斉に飛びかかった。 「ナイフがなんぼのもんかい!」  あきらは意識を集中すると、あたりの角材に手を触れた。角材は瞬時に形を消し、突如男達の頭上に出現した。 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  角材の打撃により、男達は目的を果たすことができなかった。 「見たかぁ! 必殺テレポーションバスターや!」  威勢よく叫ぶあきらであったが、その能力の備蓄は僅かであった。 「くぅ…はぁはぁはぁはぁ…こ、これで最後か…?」 「まだだ!」  声量豊かな叫び声が、あきらの耳を打った。声の主は建物の影からゆっくりと姿を現した。  醜く傷だらけの顔面、左まぶたは腫れあがっており、背骨は異様に折れ曲がっていた。  その外見はまさにフリークスであり、背中には、なぜか巨大なハト時計を背負っていた。 「な、なんや…こいつらの親玉かいな…。」 「そう! 私は時計男! 今日と明日を見つめる者!」 「…。」  あきらは自分の置かれている状況を冷静に分析していた。 『アホや…こいつらほんまのアホや…。』 「何にしても間に合って良かった…  お前、何ゆえ我々に関わり合いを持とうとする。」 「うちの子分がお前らのCDでおかしなった!  ブッ潰さんと気ぃおさまらへん!」 「単純…。」 「なんやとぉ…。」 「くらえ時計爆弾!」  時計男は両手を振った。手首から数個の腕時計が発射され、それはあきら目がけて飛んで行った。 「くぅ!」  あきらは飛来する時計を寸ででかわした。彼女の背後で爆発が広がる。 「く、くぅ…。」 「ほほう! 時計爆弾をかわすとは、運動神経もさすが!  さっきのガキ共とは違うというわけだな!」 「へ、へたれがぁ…。」  あきらは意識を集中すると、背後のドラム缶に手を触れた。 「ははははは!」  時計男は高らかな笑い声を上げると、テレポーションバスターを予想していたかの様に回避した。 「な、なんやて…。」 「聴こえるぞ…振り子の振動がお前の動きを教えてくれる…  私は時計男…今日と明日は手に取るまま…。」 『も、もう能力が残ってへん…ここは退却や…。』 「時計爆弾!」  数個の腕時計が、あきらの命を絶とうとした。爆発がおこり、煙が辺りにたちこめる。 「予想通り逃げられたか…隠れ家に帰ったな…  まぁそれならそれでよい、奴の明日は我が掌中にある…。」  時計男はそうつぶやくと、不敵に微笑んだ。 「はぁはぁはぁはぁ。」  あきらは居住するガレージの付近に出現した。 「あ、あいつうちの先手を取ってた…動きが読まれとる…  休んで、出直しや…。」  おぼつかない足取りで、あきらはガレージに帰ってきた。 「か、帰ったでぇ…。」  ガレージには灯りがついていなかった。 「誰もいてへんのか…?」  暗闇の中、強烈な異臭をあきらは感じた。 「な、なんやこの匂いは…。」  あきらは手探りで灯りのスイッチを入れた。 「ひ…。」  灯りの下であきらが見た光景は、十七歳の少女にとって、あまりに無残な光景であった。  爆破によって瓦礫と化した壁、異臭の原因は火薬と床に転がる少年達の死体から流れる、血によるものであった。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  あきらは絶叫すると、自分の子分である少年達の遺体に飛びついた。  そのいずれもが悲痛な表情で絶命しており、ナイフによる傷は工作員の手口による事実を明白にしていた。 「ケ、ケンちゃん!」  あきらは駆け足で自分の隣部屋へと向かった。 「ケンちゃん!」  あきらは乱暴に扉を開けた。雑然とした机に、眼鏡をかけたひ弱そうな少年がうつぶせになって倒れていた。 「あ、うぁぁぁぁ…。」  おそるおそる、あきらは少年に近付いた。 「ま、まだ息しとる。」  あきらは少年の体を抱き起こした。 「あ、あきらさん…。」 「ケンちゃん…。」 「く、黒づくめの…きっとIDカードの連中だよ…。」 「しゃ、しゃべったらあかん…。」 「マ、マモル君は一番頑張ったんだ…だけど…。」 「…。」 「と、時計の男に…気を…つけて…。」  少年はそうつぶやくと、首をがっくりと後方に垂らした。 「ケンちゃん…。」  あきらは流れる涙を拭うことなく、少年の遺体からそっと離れた。 「!?」  すると背後から、目覚まし時計のベルがけたたましく鳴り響いた。 「金本あきら!」  その声は、目覚まし時計から発せられる、音質の悪いものであった。 「そう、時計男だ…今お前は私に敗れ、そしてこの光景を目の当たりにし、  心も体も打ちのめされていることだろう。」 「…。」  あきらは強く拳を握りしめた。 「我々組織の活動を妨害するものは、皆この様な運命をたどる…  そう、お前も同様にな…国家権力を頼ろうとも無駄だ。  その様なことをすれば、疑われ、逮捕されるのはお前自身なのだからな。  ははははははははは!」 「くそ!」  金属バットを振り降ろし、あきらは目覚まし時計を破壊した。時計男の音質の悪い声は途絶えた。  しかしあきらの耳には次なる不快音、パトカーのサイレンが聴こえてきた。 「う、うぁ…くぅ…。」  恐怖と屈辱と怒りがあきらの心をかき乱した。 「みんな…ごめん!」  あきらは意識を集中し、その場から消滅した。 …つづく