第十三話「楽園の始まり」 …1  由鷹と陽子は港北区のとある幹線道路にやってきた。二人は歩道にバイクを止めた。 「なんて気配だ…。」 「いる? こっちの探知機にはまだ反応が無いけど…。」 陽子は探知機を見つめながら言った。 「ああ、すごいな…。  数こそ少ないが知っている気配がうようよしている…。」 「ファイブと…。シックスは?」  由鷹は首を振った。 「いや…。あいつらは余程ちかづかなきゃ…。  つまり非転換者と同じなんだ…。」 「そうなの…。」 「しかしまいったな…。」 「どうして?」 「気配は分散している。二つに…。  連中も俺達が来ていることに気づいているんだろうな…。」 「洋館の方に行きましょう…。私の仕事で悪いんだけど、  楽園計画の手がかりとかつかめるかも知れないし…。」 「ああ、それに多分ファイブも館の方にいるだろう…。」 「もし…。バスタニアがきたら…。どうするの?」  陽子の言ったその固有名詞に、由鷹の表情は曇った。 「犬…。犬男か…。」 「ええ、麻酔銃とかないし…。」 「なぁ陽子さん。」 「なに?」 「やっぱり陽子さんは帰った方がいい。」 「どうして!」 「バスタニアも犬男も対WEED処理がしてある…。」 「私じゃ足手まといになるって言うの?」 「あ、ああ。」 「ハルメッツの武器は調達してきたわ、  確かに二型じゃWEEDキャノンは撃てないし、  追加装備もないけど、あの研究所には生身の実戦隊用の  特別兵器がいっぱいあるの…。決して足手まといにはならないわ。」 「…わかった…。だけどやばくなったらすぐに逃げるんだ…。」 「わかってる…。」  由鷹は陽子の頬に軽くキスをした。陽子は押し黙っている。 「…。」 「にしても…。着替えがこれとはね…。」 「似合ってるよ。由鷹。」  由鷹は晴海研究所を陽子と出た後、人目につくという理由で転換を解いている。転換前のエレリーム号は予備電源に充電された電気で走ることができるので問題はないが、シートの下には神白や兵堂が来ている様な内生特実戦隊の戦闘服しか入っていなかった。由鷹は今それを袖まくりして着ている。 「館は…。どっちだ…。」 「この次の信号を右に曲って、坂を上がっていったところ…。  わたしも見たことないけど、多分解ると思うわ。」 「そうか。ハルメッツは大丈夫か?」 「ええ、予備を二つ持ってきてるから平気よ。」 「ん…。」  由鷹はエレリーム号を発進させた、陽子のユニコーンもそれに続く。 『もう一つの気配が遠のいて行く…。なんだ…。』  気配が離れていく間隔を由鷹は感じていた。そして信号を曲り、坂を上がって行く。 「あれか…!」  由鷹は森の中に不気味に建つ洋館を目撃した。現在、時刻は二十二時。由鷹と陽子は館の前でバイクを止めた。 「陽子さんはここで待っていてくれ。」 「でも!」 「作戦だ。俺もこの戦闘で簡単にファイブを倒せるとは思っていない。  もちろんあいつとやり合うのに陽子の生体ロック装置はかかせないが、  脱出のとき別動がいないと色々とやりづらい…。」 「う、うん…。」 「心配しないでくれ…。死にに来たんじゃない。ファイブの目的と、  できれば奴の弱点…。そして…。」 「そして?」 「いや、いいんだ…。」  由鷹はスタンドを出すとエンジンを切り、エレリーム号から降りた。 「もしここにひどく強いのが来たら呼んでくれ。かけつける。」 「うん…。」  陽子はひどく不安になった。由鷹は数瞬躊躇した後…。だがやはり適当な言葉がみつからず、館の門を開けた。 「由鷹…。」  陽子はユニコーンのトランクケースから二型の入ったトランクを引き出した。 …2 「ったくなんなんだ!」  伊上のアコードは多摩川付近で渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなってしまった。 『由鷹君とはぐれて三時間もたっちまったよ…。  今ごろなにしてんのかなぁ…。』 伊上は結局由鷹と言葉を交わすことなくはぐれてしまった。彼はトランクからノートパソコンを取り出すと、通信回線を開き、液晶ディスプレイを見た。 「ええっと…。晴海での爆発事故はやはりブルー・サンダーが  暴走したためらしい…。BYレッドミラージュ…。  レッドは無線傍受が十八番だけどなぁ…。」  伊上は由鷹と陽子の脱出行(彼にはそう見えた。)をこう想像していた。 「由鷹君にファイブとかいう奴なり、  無形とかいう奴なりの追っ手が来たんだろーなー…。  今ごろあいつ、敵の地下アジトかなんかかなぁ…。」 伊上の予想は的中していた。彼はパソコンの電源を切ると、今度は携帯電話で編集部に連絡を取った。 「もしもし…。雛ちゃん? ああ俺。」 「編集長、今どこです?」 「ああ、晴海で由鷹君と是玖斗さんをみかけたんだ。  二人はバイクに乗っててね。それで追いかけたんだけど、  多摩川ではぐれてさ。ニュース見た?」 「ええ、すごい騒ぎです。爆発事故だって…。  ゆ、由鷹さんが絡んでたんですか?」 「みたいだ。」 「…。」 「そっちはどうなの?」 「ええ今、高曲君が来て発送の手配を…。あ、今終らせたみたいです。」 「そう…。俺はとにかく行けるとこまで行ってみる。」 「でも由鷹さんの行き先は知ってるんですか?」 「知らない。だけど彼が戦闘状態に入ったら、  かならずそこで何かの騒ぎがおこるはずでしょ?」 「ああ…。なる…。」  「そーゆーこと、じゃ。」 伊上は電話を切った。 「…。」 雛は電話を切った後、言い様のない不安感におそわれた。 「どうしたの? 伊上から?」 「うん…。何か大変みたい…。あの事件と由鷹さんが絡んでるって…。」  雛はテレビを指さした。テレビでは内閣法制局晴海倉庫での爆破事件のニュースを流していた。 「そっか…。」  高曲は煙草をくわえながら自分の席につき、パソコン電源をつけた。 「どうするの?」 「ネットで情報を集めてみる…。  それに伊上もこのボードはちょくちょく見るだろ、  場合によっちゃこの方が上手く連係が取れるし…。」 高曲は腕時計を見た。 「終電まではここにいるよ。後は家に帰ってからやる。」 「あ、ならその後はあたしがやるよ。」 「ああ。」  雛と高曲の二人はモニターを見た。 「東京怪情報その五…。高層ビル屋上に現れる謎の全裸おじさん…?  雛ちゃん?」  高曲に促された雛はブルブルと首を横に振った。 「熟女の宅急便さんからね…。」 「この人の情報はアテになるけど…。なんだこりゃ?」  高曲は方向キーでその情報に関するページを飛ばした。 …3 「ムーンの気配…。か…。」  由鷹は洋館の玄関ホールに立っていた。二階から、四時間前まで戦っていた同じAランク転換者の気配を察知していた。 「ふん…。」  由鷹はさっき陽子に話しかけてやめた提案を再検討した。 『無形は場合によっては味方になってくれるかも知れないな…。  変わってるけどもともと悪党じゃなさそうだし…。  大体俺一人の力ではファイブとシックスには…。まてよ…。  ナンバーズ…。以前ファイブは平内島での戦いの時、  俺達はランカーズ、自分はナンバーズだと言っていた…。  ファイブがもし五という意味なら…。  まだ四人もあんな奴がいるのか…。』 思考を巡らせる由鷹の耳に、階段を降りる足音が聞こえてきた。 ランプのみの薄ぐらい照明の為、姿ははっきりとは見えないが、由鷹は気配でその螺旋階段を降りてくる男が誰だかわかった。 「ファイブ…。」 由鷹は低くうなった。ファイブは階段の踊り場で立ち止まった。ブイネックのグリーンのセーターにベージュのスラックスといういでたちである。 「半年振りだな…。サンダーよ…。」 「ああ、まさかあの戦闘できさまが生きていたとは思わなかったよ…。」 「…サンダー…。日本政府もあなどれんな…。  ここの居場所をかぎつけるとは…。」 「ああ、ロクでもない組織だが、そういった能力は大したものだ…。」 「ほう…。少しは内面的変化があっただな。サンダーよ。」 「色々な…。」 「で、何をしにここに来た。」 「まずはきさま達の目的が何なのか…。そしてそれを聞き出したら…。」 「お前の運命の元凶でもあるこの私を殺すというのだな。」 「そうだ…。しかし少し違うな、ファイブ。」 「ん…?」 「俺は運命や宿命なんてものは気にもしなけりゃ信じてもいない。  ファイブ。きさまの気まぐれで地獄につき落された俺と…。  死んで行った連中の無念を晴らすためにきさまを殺す!」 「ははははは! 愚かだなサンダー!  楽園の王になれる資質を与えてやったこの私に対し!  その程度の感情しか抱けんとは!」 「な、なに!?」 「失望だ! サンダー! 貴様は時代乱九郎以下のゴミだ!」  ファイブの眼光が一際鋭くなった。由鷹は体が震えていることに気づいた。 『か、勝てるのか…。こんな男に…。』  「王になれる資格を授けた私は貴様にとって既に神なのだ!」 「王…。どういう意味だ。ファイブ!」 「貴様が運良くこの館から出られたら近いうちに理解できるだろう!  ま、もっともまだ第二フォーム程度の力では、  それも叶わんだろうがな!」 「訳のわからないことを! ファイブ!  きさま達の狙いは一体なんだ!」 「楽園の創造だ。  この次元にカスタムクリーチャー達の真の楽園を作る…。」 「時代と同じってことかよ…。」  「違う! 時代は私にとってのきっかけに過ぎん!」 「俺から見たら同類だ…。」 「同類…。そうかもな…。」 「…。」 由鷹は身構えた。しかしファイブは相変わらず戦闘体勢には入らない。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 閃光!」 由鷹はサンダーへと転換した。周囲絨毯が焼け焦げる。 「愚かな…。ムーン!」 ファイブに呼ばれ、二階からムーンが降りてきた。 「無形…。」 「行くぞ…。光臨! ムーン!」 無形は最大限のやる気を振り絞りAランク・ムーンに転換した。 『無形…。さっきの戦いでの傷がない…。  ファイブの超科学ってやつか…。』 「ムーン、わかってるな。」 「ああ、館に傷はできるだけつけねーよ。」 「そうだ。サンダーも我々の計画に対する情報を欲している。  うかつに電気技は繰り出せんはずだ。」 「我々…。ねっ!」 ムーンは階段から飛び降り、サンダー目がけてキックをした。サンダーはバック転でそれをかわす。 「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 ムーンの拳が裂烈した。サンダーは身を低くしてそれをかわすとアッパーで反撃する。 「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 「ぐぁ!」 ムーンは拳を顎にモロに受け、その場に倒れた。 「無形! やめろ! できればあんたとは殺り合いたくない!」 「けっ!」  立ち上がったムーンは両手に重力をため込むとサンダーになぐりかかった。 「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「プロテクト!」 サンダーは電気膜を張り巡らせた。しかしムーンの拳は防げたものの、同時に繰り出される重力波までは不可能だった。 「ぐぁぁぁぁぁぁ!」 今度はサンダーが壁に叩きつけられた。 「殺り合いたくねーだと! カッコつけやがって!  一度勝ったからっていい気になってんじゃねーよ! あんときゃ…。」  ムーンは両腕をクロスさせ、重力場を形成させようとした。 「ムーン!」  踊り場からのファイブの一喝により、ムーンはグラビトンボールでの攻撃を諦めた。 「へいへい。」 ムーンはふてくされた返事をした。仕方なく、倒れているサンダーに蹴りを入れる。 「とぉりゃ! とぉりゃ!」 「ぐ、ぐはぁっ!」 サンダーは必死にブロックした。しかし完全に回復しているムーンに比べ、陽子の持っていた治療薬で傷は治したものの、サンダーには数時間前の戦闘での肉体的疲れが残っていた。 「俺様は気持ちの切り替えが早ぇんだよ!   さっきの戦いの気疲れなんてありゃしねー!」 サンダーは無形のいい意味での精神的軽さを羨ましく思った。 『ひ、退くか…。しかしファイブに一太刀も浴びせられないなんて…。』 「何ぼーっとしていやがる!」  ムーンは特に威力を強めた蹴りをサンダーに放った。 「今だ!」  サンダーは大振りになったムーンの隙を伺い、彼の身体に体当りをした。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 「な、なに!」  サンダーはムーンを扉に叩きつけた。 「由鷹くん!」 陽子はサンダーとムーンが館からもつれ合って飛び出してくるのを見てそう叫んだ。サンダーはムーンから離れ、サンダーノヴァの体勢に入った。 「形成逆転ってとこだな…。ムーン!」 「んなろ!」  ムーンもクレーターフラッシュの体勢に入ろうとした。が、それをやめ、ただ身構えると自分に向けて力強くつぶやいた。 「アレをやってみるか…。どーせ出力合戦しても負けちまうしな!」 ムーンは足に重力場を形成しだした。 「サンダーァァァァァァァァァァ! ノヴァァァァァァァ!」 サンダーは電気嵐を発射した。ファイブの館に当てない様にである。 「とぁぁぁぁぁぁぁ!」 ムーンは信じられない程の高スピードで空中に飛ぶとノヴァを回避した。外れたノヴァが木々をなぎ倒す。 「な、なんてパワーだ…。とと…。」 ムーンは空中で姿勢を制御した。ノヴァを放ったサンダーが驚きの視線をムーンに投げかけた。 「なんだと…。」 「…。かっかっかっ! 俺様の重力技にはこんな応用法もある!  つまり空中浮遊だ! とと…。」  ムーンは空中で姿勢を崩した。 「はは…。まだ慣れちゃいないけどな! グラビトン…。」  空中のムーンは両腕をクロスさせた。 「ボォォォォォォォォォォォォル!」  ムーンは重力球を発射した。 「え! な!」 サンダーは空中からの攻撃の経験はない。そのためムーンの攻撃に対する距離感が掴めず、回避に失敗してしまった。 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「いいぞ、ムーン!」  館からファイブが姿をあらわした。 「さてと…。そりゃ!」 ムーンはグラビトンボールを連続発射した。数発の重力球がサンダーに直撃する。 「ぐぁ!」 「はっはっはっ! それそれそれそれ!」 調子に乗ったムーンはそのパワーを段々と上昇させている様だった。 「ムーン…。庭をあまり荒すな!」 「るせーぞ! ファイブ! あともう一押しなんだ!」 ムーンはクレーターフラッシュの体勢に入った。 「クレータァァァァァァァァァァァァァ!」 サンダー傷ついた胸を押えながら立ち上がった。 「フラァァァァァァァァァァ、な、なに!?」  ムーンの目の前が急に真っ白になった。 「う、うぁ!」  視力を奪われたムーンは空中での姿勢制御に失敗し、地面に激突した。 「俺の電気技も応用次第ではめくらましになる…。  サンダーフラッシュだ…。」 サンダーはムーンにサンダーカノンを発射した。 「ど、どぁ!」 電気球の直撃を受けたムーンはそのショックで転換を解いてしまった。吹き飛ばされた無形はガレージに激突した。 「無形! サンダーの力はまだまだこんなものじゃ無い!  それでもまだ殺り合うか!」 「く、くそ…。」 全裸で情けなくガレージに叩きつけられた無形は舌打ちをした。 「は!」  無形はサンダーの影に陽子の姿を見いだした。 『あのおかっぱねーちゃん…。』  無形はたまらず両手で前隠しをした。 「ムーンめ…。」 ファイブは館の壊れた扉の前で苦笑いをした。 「ムーン! これをつかえ!」 ファイブは無形にカプセルを投げた。 「あ、ああ!」 無形はカプセルを受け取ると左手で前隠しをしたまま右手でそれを飲んだ。彼の体に生気がみなぎる。サンダーはカプセルの中身を瞬時に理解した。 「回復剤か…。」  サンダーは短期決戦を決意し、急激に殺気を高めた。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「チ! またアイツの”はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!” かよ!」  無形はそう言いながら、サンダーの殺気が決して自分に向けられていないのを共鳴反応から判断すると、ガレージに置いてあるハーレー駆け寄っていった。 「どこへ行く! ムーン」  ファイブが叫んだ。しかし無形は言うことを聞かず、ハーレーのリュックに入っている服に着替えた。 「ムーン!」 ファイブはもう一度叫んだ。そして、その一瞬の間をサンダーは見逃さなかった。 「ノヴァァァァァァァァァァァァァァァ!」 「くっ! 潜航!」 ノヴァは館の正面を側面からえぐり取った。すかさずサンダーはエレリーム号に飛び乗る。 「陽子さん! 一反退く!」 「ええ、でも待って!」 陽子は組立式のハンドランチャーにロケット弾を装填すると、館めがけてそれを数発発射した。轟音と共に館より爆発がおこる。サンダーと陽子はバイクで門をくぐると坂を降りた。 「陽子さん! なんで館を爆破したんだ!  情報は集めなくってよかったのか!」 「ええ、ファイブの立ち振るまい…。行動かしら。  随分と館のことを気にしてたわ。楽園計画に必要な施設が  あるんじゃないかって思って!」 「そうか! ん!?」  サンダーはバックミラーを見た。 「無形か…。」 ミラーには爆発、炎上する館が小さくうつり、その手前にはハーレーで追撃してくる無形の姿もうつっていた。サンダーはバイクをスピンターンさせるた。 「え!?」  陽子もサンダーに合わせ、バイクを止めた。距離五メートル程度の地点で無形もバイクを止める。 「乱!」 「まだやるか! 無形!」 「おう! このままじゃカッコつかねーからな!」 無形はチラリと陽子を見た。 『そうだ! このままじゃ見られ損だ!』 「…。悪いな…。」 サンダーはエレリーム号の車体を無形のハーレーと同方向に向けた。 「な! 逃げんのかよ!」 「ああ! こんな所でもたもたしていたら!  ファイブやシックスとかが来ちまうからな!」 「こ、こら!」 サンダーと陽子はバイクを発進させた。 「ばかやろう! このままじゃ俺の計画が台無しじゃねーか!」 無形はハーレーを飛ばした。しかし二人のバイクに追いつけるわけもなく、無形は次第に引き離されてしまった。 「ちくしょー! マジでやばい! さっきの館んときの行動、  ファイブが見逃すわけねーからな!  っても奴も楽園計画の準備で忙しいだろうしな!  それにひょとしたらファイブは俺が裏切ったってことに  気づいてねーかもしんねー!  別にあいつに向けてグラビトンを撃ったわけじゃねーしな!  ただの戦闘放棄だもんな!……………………………あぁ! あぁ!」  無形はバイクを走らせながら、パニックに陥っていた。  「なんであんなことしちまったんだ!  乱のケタ外れのパワーににビビッたからか?  それともファイブのいけ好かねー態度にムカついちまったからか?  違う…。違う!」  無形の脳裏に陽子の姿が浮かび上がった。 「キリッとしてて…。いかすよなぁ…。  京都でファイブ達にとっ捕まってからって…。女無しだもんなぁ…。  そうだ! あのおかっぱねーちゃんだ!  アイツが俺を狂わせたんだ!」  強引な論法ながらも無形は真実に行き着いた。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 無形は欲望の赴くまま行動をすることを決意した。 …4 サンダーと陽子は多摩川べりでバイクを止めた。時刻は二十四時。 「ふう…。」 サンダーは橋下で転換を解くと、乱由鷹に戻り、内生特のユニフォームに着がえた。 「由鷹くん。これからどうするの?」 「ああ、ファイブはとんでもなく強い…。」 「戦ったの?」 「いいや、直接はやってないけど…。  階段の上にいた奴を見上げて…。恐いと感じた。」 「…どうすれば…。いいんだろう…。」  陽子はそうつぶやくと、その場にしゃがんだ。 「楽園計画は、時代のサンライズ作戦と似たようなものだと  思っていいみたいだ。」 「そうなの? でも…。だったら変ね。」 「ああ、それにしちゃ。ファイブの作戦の規模が小さ過ぎる…。  サンライズの時みたいに大量のクリーチャーを繰り出すのなら、  それなりの施設が必要だ…。」 「うん…。あと…。あとね、ファイブってどうなのかしら?」 「どうって?」 「…根本的な問題…。彼はどこからきたの?」 「それは俺にもわからない…。考えないようにしていたからね…。」  陽子はハンカチで額の汗を拭った。 「でも…。もういいかげんに知らないとね。」 「楽園…。化物の楽園…。」 「え?」 「ん…。時代乱九郎はさ、  あいつの理想ってそもそもなんだろうと思って。」 「改造された生体によって構成された秩序のとられた社会…。  だと思うけど。」  由鷹は陽子の脇にしゃがみこんだ。 「多分…。私は時代とは直接話したことは無かったんだけど、  時代ってさ…。最終的にはカスタム・クリーチャーのいない  国家の主…。違うな…。そう、カスタム・クリーチャーを兵器として  保有、軍人っ言い方でもいいけどそういった国のリーダーに  なりたかったんじゃない? カスタム・クリーチャーの姿に  惑わされてたけど、結局アレって学生テロの爆弾や角材が  クリーチャーになっただけなんじゃないのかしら?」 「まったく…。その通りだ…。」  由鷹は心底嬉しくなった。 「時代は俺と始めて会ったとき言っていた。至上の新生国家誕生のため、  カスタム・クリーチャーという尖兵が必要…。だと。  つまりあいつにとって、俺達は行動をおこすきっかけだったんだ…。  もしサンライズ作戦が成功していたら、  そりゃ街には化物がウヨウヨするかもしれないけど、  監視役という形でだろう…。  それはカスタム・クリーチャーという化物達の国家じゃない。」 由鷹はここにきてようやく時代乱九郎という男が何を目論んでいたのかをおぼろげながら理解できた。 「結局…。時代は一般市民を殺さなかったからな…。」 「だから? ファイブの楽園の意味がわからないの?」 「そうだ。ひょっとして奴は化物達の住む国…。  世界を作ろうとしているんじゃないのかな?」 「でも? どうやって? バスタニアっだけ…。  あのその場でクリーチャーを作る奴って…。」 「ああ、バスタニアと名乗っていた。」 「あれだけじゃ、クリーチャーの世界を作るにしたって…。 そうか!   あれを量産すればクリーチャーは雪だるま式に増えていくわ!」 「まずいな…。それを本当にやるっていうのなら…。ファイブは地獄を作る気か…。」 陽子は立ち上がった。 「由鷹くん。」 「ん?」 「私、大手町に戻るわ。敵がもし数でくるんなら、  組織の力が必要だから。」 「わかった。俺はなんとかファイブを倒す方法を考える。」 「ん…。」 陽子は心配気な表情を浮かべた。 「心配はいらないよ…。ファイブが面白いヒントをくれた。」 「え?」 「奴は言ってた…。第二形態程度では勝負にならないって。」 「そ、それって…。」 「そうさ、サンダーはまだ上のレベルがあるってことさ…。  俺なりにそれを掴んでみる。」  由鷹は立ち上がると、右手を陽子の首に回した。 「あ、えっと…。」 陽子は微笑んだ。 「由鷹。あなたならきっと強くなれるわ。」 陽子は自分から由鷹にくちづけをした。由鷹は腕を陽子の背中にまで回した。抱く腕に力がこもる。陽子の気配を察して由鷹は腕の力を抜いた。陽子が由鷹から離れる。 「い、行くね。由鷹。」 「う、うん…。」  陽子はユニコーンにまたがるとエンジンをかけた。 「陽子!」 「え?」 「連絡はどうする?」 「大手町の方にして! もしかしたらいないかも知れないけど…。」 「しつこくやるよ。伝言とか留守電は危険だ!」 「ええ! わかったわ! それじゃ!」 「ああ!」  陽子は由鷹に手を振るとユニコーンを発進させた。 「…さて…。俺はどうする…ん?」 河原の車道からクラクションがなった。 「おーい! 由鷹君!」 「伊上君か!」 アコードから降りた伊上は駆け出そうとした。しかし車内に積まれたパソコンのコードに足を引っかけた。 「あら、あららら!」  伊上はサマーセターに草をかませながら、河原に転げ落ちてきた。由鷹は小走りに駆け寄ると。両手で伊上を抱きおこした。 「伊上君。偶然だな…。」 「はははははは!」 伊上は眼鏡を直しながら大爆笑した。 「それがちがうんだなー! 晴海からずーと追いかけてたのよ!  しっかしここにいたとはねー!  あの山火事、由鷹君がやったんでしょ?」 「あ、ああ…。」 「いやー! ファミレスで食事して正解だった! こりゃ運命だ!」 「じゃ。」  由鷹は伊上の肩を軽く叩くとエレリーム号に歩いて行った。 「お、おいおい。」 伊上はアコードに一瞬注意を払った後、由鷹の後を追った。 「これこれ! なんなのさ! このすごいの!」 「ああ、政府が俺のために作った電気バイクだ。」 「ひょー!」  伊上はポケットに忍ばせた隠しカメラのシャッターをきった。 「でも由鷹君。是玖斗さんは?」 「ああ、陽子なら帰ったよ。  敵の動きがおぼろげながら掴めてきたんだ…。  彼女の組織の力が必要になる。」 「君に?」 「まさか、国とか君達みたいな普通の人達にとってさ…。」 「是玖斗さんがいないんなら、そのバイクは捨ててかないと!」 「え? あ、そ、そうか…。」  由鷹は伊上の言いたいことの意味を理解した。 「な、なっなっ!  だからさ、このバイク隠して、俺の家か編集部にでもきなよ。」 「いいかげんにしろ! あの時とは状況が違うんだ!」 「ひ…。」 伊上は由鷹の気迫にひるんだ。しかし眼鏡をかけ直すと反論を始めた。 「だ、だけどな! 君の個人的な行動は、  結果として僕達民間人を守ることになる!  つまり君の力になるってことは自分の命を守ることになるんだ!」 「い、伊上…。」 「君の様な特殊な人間に依存してたら、  時代の様な全共闘亡霊をまた呼ぶことになる!  一人一人がこの事件に対してアクションをおこさなくちゃ  いけないんだ!」 「…伊上…。」 「さ、悟でいい。」 「ああ、悟。あの編集部は雛さんの実家じゃないよな…。」 「ん…。そうだけど…。」 「負けたよ…。悟。編集部に行こう。  サンダー号のかたずけを手伝ってくれ。」 「ゆ、由鷹君!」 「そのかわり、今度は色んな意味で迷惑をかけることになる。  き…。あんたのその決意の程を試すことになるかもしれない…。」 「ま、まかせなさいな! 高曲の馬鹿はともかく、  雛ちゃんも邦江も君が帰ってくるのを待っているんだ!  待っててくれ! バイクを隠すシートを持ってくる!」 「ああ…。」  伊上は土手を駆け上がると、アコードのトランクを開けた。 「…。」 由鷹は大きくため息をついた。 「夕方から戦いっぱなしだったからな…。」 由鷹はエレリーム号を見た。 「…陽子達には悪いけど、  しばらくファイブの注意を引きつけてもらおう…。」 伊上は車用のシートを持って土手を降りてきた。しかし彼は気がつかなかった。トランクを開けたままでいたことを。 「さぁ、隠そう!」 「あ、ああ。」 「にしてもすごいな…。サンダー号っていうのかい?」 「いや…。別の名前だったと思うんだけど…。忘れた。」 「ふーん…。しかしどうしよう…。」 「ああ、こんなデカブツ本気で隠すのには手間と時間がかかりすぎる…。  橋の下にシートで覆う…。気休め程度でいいさ。」 「そうだね…。」 由鷹はエレリーム号を橋桁まで寄せると伊上と二人でシートをかぶせた。 「さぁ、悟。行こう。」 「ああ。」 由鷹と伊上は土手を上がるとアコードに乗り込んだ。 「あれ?」 伊上はアコードのトランクが開けたままになっていることに気づいた。彼はトランクを閉じると再び車に乗り込み車を中野へと向けた。 「悟。それにしてもよく俺がいるってわかったな…。」 「いやだからさ! ほーんと偶然よ!  あの近くのファミリーレストランで飯喰っててさ、  じゃぁこれから火災現場に行こうと思ったのよ!  そしたら咽が渇いたんで、  土手寄りにある自販機でジュースを買おうとしたのさ!」 「ああ…。本当に偶然だな…。」 「だろ!」 「NEOの八月号は間に合ったのかい?」 「え? いや、この間はまってたのは九月号さ。」 「ああ…。雑誌ってそういうものだったもんな…。」 「そーゆーこと。」 「どんな特集なの?」 伊上は運転をつづけながらも呆れた表情で由鷹に答えた。 「ヒマラヤの予言者…。」 「悪い…。」 「なんで由鷹君があやまんのよ。」 「いや…。苦しいんだろ? 雑誌…。」 「まぁね…。でもまぁ道楽でやってる様なものだからさ。」 「…。」  由鷹は自己嫌悪に陥っていた。確かに由鷹とサンダーをめぐる真実をNEOに載せれば、伊上達のステータスは確実にあがるであろう。しかしそれは由鷹にとっても伊上達にとってもあまりに大きいリスクを背負うことになる。今の由鷹には伊上達の親切に答える方法は…。 『ファイブを倒す…。』 ことだろうと由鷹は判断した。 「NEOはしばらく休刊だな…。」  伊上のその言葉に、だが由鷹は即答できなかった。 「?」 「忙しくなりそうだからね。」 「本当に…。悪い…。」 「いや…。」 伊上はすまなそうに由鷹に微笑みかけた。カーラジオでは夕方の晴海での事件がニュースで流れている。 …5 伊上と由鷹を乗せたアコードが中野のNEO編集部(有川雛の家でもある。)に到着したのは深夜一時のことであった。伊上はガレージに車を入れると近所のコンビニエンスストアーで買物を済ませた。 「誰がいるのかな。」 「編集部に電話を入れなかったのか?」 「ああ、驚かせてやろうと思ってさ。」 「ふーん…。」  マンションに入ろうとした由鷹は背後から嫌な気配を感じた。 「ち!」 振り向いた由鷹と伊上はハーレーのッドランプに照らされた。 「なに! 無形か!」 「ふん…。」 無形はエンジンを止め、バイクから降りた。 「乱…。あのおかっぱねーちゃんはいねーか…。」 「ム、ムーン!」 伊上は無形の顔をようやく思い出した。 「おかっぱ…? ああ、陽子さんのことか…。」 「陽子ってーのか!」 「そうだ…。それよりこんな所で殺り合うのか…。無形!」 「ば…。ばっきゃろー!  俺はテメーとは違って一般市民を軽々と巻き込む様な戦いはしねー!」 「何だと!」 「とと…。そう、テメーをぶっ殺しにきたんじゃねー!」  無形は由鷹から視線をそらせた。 「…。」  由鷹は無形の不可解な行動の理由を考えあぐねていた。 「あれー! 乱さん!」  無形の背後から雛が声をかけた。 「!」  無形は振り向くと雛を見た。伊上は驚きつつ、雛に声をかけた。 「お、おう! 雛ちゃん。」 「雛さん! そいつから離れろ!」 「え?」 無形は雛を見つめていた。 『か、可愛いじゃねーか! な、なんだこの女の子は!  ビンビンしてきやがる!』 雛は平然とした顔で無形を見た。 「編集長の知合いかなんかですか? この人?」 「え?」  無形は雛の声に聞き入った。 『こ、声も可愛いじゃん!』 伊上は由鷹に小声で尋ねた。 「おい、由鷹君。」 「ああ、ムーンだ…。ついさっきまで俺と戦っていた…」 「やっぱりそうか!」  伊上は無形に近づいていった。 「おい! 悟!」 「な、なぁムーンさん!」 「な、なんだ!」 「由鷹君に話しがあって来たんだろ?  戦いにきたわけじゃないんだろ?」 「む、うむ…。」  伊上は無形の背中を押した。 「なら中に入ってゆっくりと話そうじゃないか!」 「な、なに…。」  由鷹は、伊上の軽率な行動に躊躇した。 「雛ちゃん。」 「はい?」 「由鷹君のライバルが来たんだ!  戻ってお茶の準備をしてくれないかな。」 「は、はい。」 雛は小走りにマンションへと戻って行った。無形は伊上の襟首を掴み上げた。 「お、おいあの子はきさまの知り合いなのか!」 「そ、そうだよ! い、痛いよ!」  無形は伊上から手を離した。由鷹が一歩前へ出た。 「無形! あんたどういうつもりなんだ!」 「…。」 「俺と一緒に…。闘ってくれるのか…?」  無形の表情が険しいものになった。 「ざけんなよ! 誰がテメーみてーなキザ野郎とつるむかよ!」 「なら何をしに来た!」 「う…。」 無形は答えに窮していた。 『どーすりゃいーんだよ! おかっぱ陽子もイカスし、  雛とかゆー娘も可愛いし! まてよ…。  陽子はこのキザ野郎の女なのか…?』 無形はマンションへ入ろうとした。伊上と由鷹がそれを追う。 「や、やっぱり来てくれるんだね!」 「勘違いすんな! 俺は雛って娘に用があるんだ。」  無形の支離滅裂な物言いに、伊上は混乱した。 「な、なんだって…。」 「おい無形!」 由鷹はうかつにもエレベーターに乗ろうとする無形の背後から彼の左肩を掴んだ。 「触んじゃねーよ!」 無形は体から重力波を発し、由鷹を吹き飛ばした。エレベーターの扉が開く。 「ゆ、由鷹君!」 「つ、つぅ…。」  無形はエレベーターに乗り込もうとした。するとその時、上の階から 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  雛の悲鳴が聞こえてきた。 「ち!」 「くそ!」  由鷹と無形はそれぞれマンションの上のフロアーから転換者の気配を感じた。由鷹は階段へと向って走り出した。伊上もそれを追う。しかし無形は由鷹達が階段へ向うのを確認すると、マンションから外へでた。 「光臨!」  無形はムーンに転換した。 「ひゃー!」 たまたまマンションの近所を通りかかった自転車の青年は、無形の転換を見て驚き、電柱に激突した。 「むん…。」 ムーンは力を込め、空中へと飛んだ。   …6 「ナイトファイブ…。ゲルナックか!」 由鷹はNEO編集部前で雛をはがいじめにしているゲルナックに向って叫んだ。伊上も狼狽しきった表情で言った。 「ひ、雛ちゃん!」 「ら、乱さん…。」 雛はおびえているため、小さい声しか出なかった。 「きーましたねー!」 「ファイブの差し金か!」 「ちちち違いまーすねー! これはファイブもバンガードも  知らんことでーすねー!」 「よくここがわかったな…。」 「そーうでーすかー? ずっと後をつけてたんでーすよー! リッツの、  あ、言っちゃった…。リッツのドリルでどこでーも隠れられます  かーらねー!」 『なんで気配がなかったんだ…。』 「あ、あんたはヤカランをころしーた!  だから僕もあんたをころーす!」 「復讐か…。」 「そーでーす!」 「こっこいつ! 雛ちゃんを離せ!」 伊上はゲルナックに向って叫んだが、ゲルナックは伊上を完全に無視していた。 「おとなーしく殺されなさーい!  そーすればこの娘はころしませーん!」 「…由鷹君。」 「悟…。これが俺の言ってた迷惑ってやつだ…。しかし最悪だな…。」 「あ、ああ…。」 「みーっつかぞえーるねー! そのあいだーに自分で死になさーい」  「くっ…。」 「ひとーつ!」 「…。」 由鷹は右手から放電を発生させた。 「ふたーっつ!」  由鷹は右手を種痘にすると、首筋に当てた。悟は由鷹の行為を理解した。 「ゆ、由鷹君! だめだ!」 「乱さん…。」  雛はおびえるばかりである。ゲルナックは大口をあけて息を吸い込むと、三つ目を数えあげようとした。しかし、そのとき。 「ぎゃ!」 「きゃ!」 ゲルナックと雛は突如背後の壁に叩きつけられた。 「ぐ、ぐう…。」 「!」  由鷹はダッシュするとゲルナックから雛を奪い返し、伊上に預けた。 「悟! 雛さんを!」 「わ、わかった!」  伊上は廊下の端まで雛と走って行った。ゲルナックがクッションとなっていたため、雛のダメージは極めて少ない。 「な、なーんだー!」 ゲルナックは首を振りながら立ち上がった。 「ム、ムーン!」  ゲルナックは目を皿のようにして廊下の壁の無い側、すなわち空中を見た。 「ふん…。」  ムーンは空中に浮かんでいた。由鷹もムーンを見る。 「無形…。」 ゲルナックが叫んだ。 「なーんででーすかー! どーしてでーすかー!」 「いろいろあってな…。命までは取らん…。」 ムーンの語り口は雛を意識してか、かなり彼自身の人格から離れたものになっていた。 「あなたはー! ファイブとちがーって、  僕達にやさしーくしてくれたじゃないでーすかー!」 「あれは優しさなどではない…。」 「ひっ!」 ゲルナックはただならぬムーンの物言いにひるんだ。 「そう…。哀れみってやつだ…。」 「し、しかーし!」  ゲルナックは戦意を高揚させると身構えた。 「邪魔がはいろーと、サンダーはころーす!」 「それは止めん。」 言い切った後、ムーンはおびえている雛の方を見た。 『おびえてる姿も可愛いじゃん! よし!』 ムーンは廊下に降り立つと、伊上と雛に歩み寄って行った。ゲルナックがそれを目で追い、叫ぶ。 「その後はお前でーすよー! ムーン!  折角のチャンスをじゃーましてくれましたからねー!」  ムーンはゲルナックの言葉を無視すると雛の前で立ち止まった。 「怪我はないか…。」 「え、ええ…。」 「そうか…。」 ムーンの姿は転換後でも比較的整ったフォルムをしており、見ようによっては無形であるときよりも美しい。そのため雛はムーンに対して恐怖感は抱けなかった。 「ええい!」 ゲルナックがムーンに気を取られている隙に、由鷹はゲルナックに襲いかかった。 「うぁ!」 ゲルナックは、由鷹から不意に押し倒された。由鷹はゲルナックに馬乗りになると右拳を振り上げ、電気をためた。 「俺もあんたがおとなしく帰るのなら、殺しはしない!」 「そ、それがヤカランを殺した男の言う台詞でーすかー?」 「なっ!」 ゲルナックの乏しい観察力と判断力では兵堂と由鷹の区別はつかない。彼は自分達にとって敵勢力か味方勢力かという認識しか他人を区別できなかった。一瞬ひるんだ由鷹をゲルナックは力任せに振り切る。 「やーいっ!」 「うぉっ!」 由鷹はNEO編集部の扉に叩きつけられた。 「乱さん!」 雛は由鷹に向って叫んだが、ムーンの美しい体にその声ははばかられた。 「奴はあんなのに負けはしない。それより逃げよう。」 「…。」 伊上はムーンの変貌の落差に驚きつつも呆れていた。 『どーゆー奴なんだよ…。』   ムーンは伊上と雛の体を階段に押しやった。 「ささ、ここは乱に任せるんだ。」 「あ、ああ…。」 ムーンの言っていることに理を感じた伊上と雛は、階段を降りはじめた。それにムーンが続く。 「やぁぁぁぁぁぁぁい!」 「くぁ!」  ゲルナックは由鷹に格闘戦を挑んだ。身長百二十センチメートルでありながら、ゲルナックはそのハンデを速攻で克服し、由鷹を圧倒した。 「どーしましたぁ? サンダーにはならないんでーすかー!  ま、なっても僕のパイルの前では意味なーし! ですけーどねー!」  ゲルナックの右拳が由鷹の腹に命中した。再び由鷹の体が扉に叩きつけられる。 「ぐぉ!」 「やい! やい! やい!」 ゲルナックは由鷹に連打を浴びせた。壁が背中に当るため、拳による衝撃は確実に由鷹の体力を奪っていく。由鷹は次第にゲルナックに対して自分と対等の転換者であるという認識を持った。 「やぁぁぁぁぁい!」 ゲルナックは両拳を握りしめると由鷹の後頭部目がけてそれを振った。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 閃光!」  由鷹は体中から大量の放電をおこし、サンダーに閃光した。そのため廊下じゅうの照明がスパークして割れていく。 「ぎょぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 ゲルナックはサンダーの電気膜の直撃をくらい体中から煙を吹きながら廊下の外、ビルの谷間に放りだされた。 「!」 ムーンはマンションの出入口から上を見上げた。伊上と雛もそれにならう。彼等の目に上の階の廊下からの放電が見えた。 「乱…。転換したっつーのか…。ゲルナックごときを相手に…。」 最後は雛を意識しての口調である。伊上は転換という単語に鋭く反応した。 「じゃぁ由鷹君の勝ちだ!」 「ああ、しかし気にくわんな…。  あんな奴相手に転換して立ち向かうとはな…。」 「ならなんで君は!」 「こ、これは!」 ムーンは焦った。そもそもナイトファイブ程度に彼が光臨したのは雛に自分の美しい姿を見せたい為である。 「…多分…。乱さんは闘いを楽しむ人じゃないのよ…。」 雛が独り言ともとれる言い方をした。ムーンが首を横に振る。 「ちがうちがう! とと…。違うな…。転換者というものは所詮化物…。  怪物だ。生命の危険にさらされればその本性がむき出しになる…。」 雛はムーンを見上げた。 「なら…。あなたも?」 「そうかもな…。悲惨な話だ…。」  この台詞によってムーンの絶頂感は最高点に達しようとしていた。しかし。 「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」 空中からゲルナックが蹴りをムーンの背中に命中させた。 「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 ゲルナックの足の裏には二本のパイルが装備されている。そしてそれがムーンの背中を貫き胸板まで貫通した。 「ぐ、ぐぐ…。」  ムーンは地面に倒れた。ゲルナックは足のパイルを引き抜くと歩道までジャンプした。 「やーりまーしたねー!  サーンダーにふっとばさーれーてーおーちてー!  こーのぐーぜーん!」 「ム、ムーン…。」  伊上は倒れるムーンを見ながら、雛を自分の背後にまわらせた。 「こ、こんちくしょう…。」 ムーンは立ち上がろうと必死にもがいた。しかし傷は思いの外深く、自由に身動きが取れない。 「さーてとー! あーとはサンダーでーすねー!」 ゲルナックはマンションの上の階を見上げた。 「ゲルナック! て、てめー! 俺にかわいがられた恩を…。  忘れたのかよ!」 ムーンは苦しそうにそう叫んだ。 「忘れまーしたねー! さっきのあなたのいちげーきでねー!」 「く、くそっ!」 ムーンは戦場で自分が不覚を取ったことを心底恨んだ。しかしその自己嫌悪が長続きしないのが彼のいい面でもある。ムーンは体を一気に浮かび上がらせた。 「な、なに!」 ゲルナックはムーンの行動に驚き見上げた。 「思うように体がうごかねーんなら!」 ムーンは四肢に単純に力を込めた。次第に重力場が形成されていく。 「こーするまでよ!」 ムーンは手足から重力弾を発射しようとした。 「やるな…。無形…。」  サンダーはマンションの廊下からその光景を見下ろしていた。 「!」 サンダーは自分がいる反対側のマンションの壁から共鳴反応を感じとった。 「ちぃ!」 サンダーは廊下を飛び出すと反対側のビルまでジャンプした。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 サンダーは左拳のボルトを引き出すと、電気拳を反対側のビルの壁に叩きつけた。 「消し飛べ!」 ムーンは重力弾を発射した。 「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」 ゲルナックはマンションの影に隠れ、それを回避した。マンションの出入口や、ムーンの真下に位置する路地が重力弾により破壊される。 「はずした! なに?」 体勢を立て直したムーンは右側を見た。 「サンダー…。何だ!」 サンダーが反対側のビルの壁に電気拳を当てたことをムーンは不可解に思った。 「!」 しかしムーンもサンダー同様、ようやく共鳴反応を感じ取った。サンダーは拳を壁にめりこませたまま、斜め下の壁を見た。 「しまった! はずしたか!」 サンダーの斜め下の壁が轟音を立てて崩れ去った。サンダーはムーンの方を振り向き、叫んだ。 「無形!」 崩れた壁より手をドリル状にしたリッツがムーンに飛びかかった。 「おう!」 ムーンはサンダーに返事をすると重力場を張り巡らせた。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 重力場に跳ね返されたリッツは空中より路地に落下した。 「逃すか!」 ムーンが地面へと降りようとした。 「まて無形!」 「うるせぇ乱! 俺に命令するんじゃねー! ぐ、ぐはぁ!」 ムーンは空中で姿勢を崩した。 「…。」 ムーンは無言でゆっくりと着地した。サンダーも拳を引き抜くとムーンに続き着地する。 「逃げられたか…。」 サンダーはあたりに共鳴反応が無くなっていることを感じていた。 「…。」 サンダーはマンションのロビーを見た。そこにはリッツのドリルで掘られた大穴が空いている。 「おい!…。」  ムーンはサンダーに詰め寄った。 「なぜ止めた!」 「…あんたもブルズ・アイから逃げていたんだろ…。  戦いが長引けば新しい敵を呼ぶだけだ。」 「ち!」 「悟! 雛さん!」 「お、おう。」 伊上と雛は隠れていた電柱の影から出てきた。 「一刻も早くここから離れよう。」 「そ、そうだな…。場所がしられちゃな…。」 「それに…。」 雛は辺りを見渡した。 「人が見てる…。警察とか来ちゃうね…。」 「由鷹君。もう敵は?」 「いない…。しかし油断は出来ないな…。  連中がここを追跡しているときも俺は反応を感じなかった…。」  ムーンがサンダーに語りかけた。 「ナイトファイブは半完成のクリーチャーだからな。  よっぽど殺気を出さなきゃ反応はしねー。  転換前は反応が極度に無くなるからな…。  その証拠にてめーは追跡してた俺のことも気づかなかっただろう。」 「よし、僕のアコードで逃げよう。雛ちゃん。  荷物を急いでまとめてくれ。」 「は、はい。」 「二十分でね。僕は車の準備をしてくる。」 雛は恐る恐るマンションへと戻って行った。 「俺も手伝う!」 ムーンは路地に止めてあるハーレーのサイドバックから着替えを取り出すと、雛の後を追った。 「悟。」 「ん?」 「あては…。あるのか?」 「ん…。あるよ。」 「どこだ?」 「おいおい! それより早く車に乗ろうよ! 君の姿は目立ち過ぎるし、  現にこの騒ぎで野次馬が集まり出している。」 「わ、わかった。」 サンダーと伊上はガレージに逃げる様に入って行った。アコードの前でサンダーは閃光を解き、乱由鷹に戻った。 「ほい。」  伊上はアコードのトランクから着替えを取り出すと由鷹に渡した。 「悟。」 「はい?」 「お前、いつもこんなに服を車に積んでるのか?」 「まさか! 君のために買い込んでおいたのさ!」 「ああ…。ごめん。」 由鷹と伊上は車に乗り込んだ。 「で、どこに行くんだ?」 「ああ…。雛達がきたら話すよ…。そうそう、  あのムーンって一体何者なんだ?」 「俺にも…。よくわからないけど…。少なくとも敵じゃなさそうだ。  多分…。ファイブに脅されて俺の命を狙ってたんだと思う…。  そして…。」 「そして?」 「ああ…。俺の力を利用して自由になるつもりじゃないのかな?」 「ふーん…。」 由鷹は無形の行動を自分なりに予想してみた。 『竜さんに似てるな…。性格はかなり違うけど…。』 …6 その頃ファイブは廃屋となってしまった館の焼け跡に一人たたずんでいた。 「ムーン…。サンダーの力を利用して俺を殺すつもりか…。楽園計画のスタートを早めた方が良さそうだな…」  ファイブはサンダーの逃走後、転換手術の機材など「楽園計画」に必要なものを全て空間潜航により証拠隠滅した後、近所のレストランで食事を取ってから、消火の終了したこの現場に戻ってきたのである。 ムーンが一人言を言っていると中年の消防士が一人やってきた。 「おい! あんた、ここは立入り禁止だよ!」 「あ? ああ…。すぐにおいとまする。」 「でも! なんだって外人さんが? 新聞社の人かい?」  そう言うと、消防士は好奇心いっぱいの目でファイブを観察した。 「外人? そうだな…。くっくっくっ…。そう、私は外から来た者だ。」 「へぇ…。」 「それより。まだ消火が必要なのか?」 「いや? 様子を見に来ただけだよ。」 「…?」  消防士は未だくすぶった煙を出す廃屋を、懐かしそうな表情で見つめた。 「俺はいつもこうやって火を消したあと、  いつも一反現場に戻ってくるんだ。」 「ほう…。」 「おかげで上からはよく叱られるけどな!  なんつっても仕事中だしよ!」 「お前…。力が欲しくはないか?」 「力?」 「そうだ。人間を超越した力だ。」 「へ?」 「私にはお前を超人にする力がある。私はお前が気に入った。」 「な、なにを言ってんだ…? 大体俺は今の仕事が気に入ってんだ。  力なんて…。」 消防士にはファイブがただの気違いにしか見えなかった。 「そうか…。残念だな…。ふふ…。」 ファイブはそう言うと空間から姿を消した。 「あ? ええ!」 本能でも理解できない事象。消防士はその場に座り込んでしまった。 …7 「お待たせ!」  雛と転換を解いた無形がアコードに乗り込んできた。二人とも両手にボストンバッグや紙袋を抱えている。由鷹は伊上に指示を出した。 「悟。急ごう。」 「ああ。」  伊上は車をガレージから出した。外では警察が現場検証を始めており、テレビ局や新聞社も来ている。  無形の意外なる行動により、「楽園計画」の発動は予定より一週間繰り上がった。そのことが由鷹達にどのような結果をもたらすのか…。それは現時点においては誰にもわからない…。 第十三話「楽園の始まり」おわり