第十一話「逆襲! 日本政府!」 …1 由鷹と陽子達を乗せた内生特の特別仕様ワゴンは、一路晴海にある内生特晴海研究所へと向った。由鷹達の危機を新型キットプロテクター「シグメッツ」の力により救った神白は上機嫌で後部座席の陽子に言った。 「班長、こいつの力、なかなか大したものでしょう。  これがあればBランク程度のカスタムクリーチャーとは、  互角に闘うことができます!」 陽子は疲れ切った表情で答えた。 「神白君…。  それって北本本部長の別動プロジェクトの一環だったわけ?」 「ええ、そうです…。すみません。自分以外には、  あくまで秘密理に進められていたプロジェクトでしたので…。」 「どうしてかしら…?」 「さ、さぁ…。」  神白は何かを自分に隠している…。そう陽子は感じた。神白は言葉を続けた。 「そ、それで班長。」 「ええ、本部長の段取り通り、由鷹くんを研究所に連れてくる  途中だったのよ…。」 「…。」 神白は陽子の横に座る全裸の由鷹に視線を移した。 「乱由鷹…。本当に我々と一緒に闘ってくれるんだな。」 「ああ、俺の行動の…。  ある程度の自由が保証されるんなら力を貸す…。  ただし条件がある。」 「条件?」  連帯意識の過敏さが、陽子に由鷹の言葉を続けさせた。 「ええ…。ファイブ…。  今回の事件の黒幕の所在捜しに私達が協力する…。  それが由鷹くんの条件よ…。」 「なるほど…。で、班長の方針は?」 「そうね…。あなたのその新型…。」 「シグメッツです。班長。」 「ええ、そのシグメッツの力があれば、  以前とは比べものにならない程の効率で、  ファイブの楽園計画の追及もできそうね…。  それに由鷹くんも協力してくれるんなら尚のこと…。」 「神白。」 「ん? なんだ乱?」 「そのシグメッツ…。あんたもサイボーグになったのか?」 「ん?…。いいや、このシグメッツ、  新旋五型は装着者の肉体負担が極度に軽減されている…。  作戦行動時間は班長の二型よりも圧倒的に短くなるがな…。」  陽子はその事実を聞き、おどろいた。 「な、なら…。生身のままでそれは?」 神白は陽子の立場を思いやって、言葉を選びながら言った。 「装着できるのです…。はい…。」 「そうなの…。」 「ええ、そして本体の機動性能はもとより、  兵装も二型より強力になっています。」 由鷹が神白を上目づかいに見やりながら言った。 「あのWEEDキャノンがそうか…。」 「そうだ…。あれは今までのWEED弾と違い、  爆発成分が混入されている…。  もっともそのため反動もケタ違いに大きいため、  五型でなければ砲撃することは不可能だが…。」  「にしても…。すごいんだな…。日本政府は。」 「ああ、サンライズ作戦のとき、  回収したクリーチャーのデーターが、  この五型の開発には相当役だっている…?」  神白は疲れ切った陽子の表情をみると、自分が何かを言いすぎている事実に気づいた。もっともその何かを具体的に理解できないところが神白と由鷹の最大の違いなのだが…。 「ま、まぁファイブやトリプルAの様に、  強力なクリーチャーには歯が立たないのは  相変わらずの事実ですが!」 神白は陽子を気ずかってそう言った。しかし彼の声のボリュームが不必要に大きいためか、陽子はますます疲労感に襲われてしまった。 「神白。」 「ん?」 「あんたがそのWEEDキャノンで吹き飛ばした連中…。」 「ああ、あのできそこ無いのクリーチャーもどきか?」 「そうだ。」 「あの程度であれば、このシグメッツの敵ではないさ。  それにしても何故お前ほどの奴が、  閃光していたのにも関わらずああまで苦戦していた?  俺が砲撃してなきゃ今ごろは。」 「あの…。あのできそこない達が、  数分前まで付近にいた民間人や警官だったとしたら…。  それでもあんたは撃てたかい?」 「な…。」 「本当よ神白君。」 「だ、だが所詮カスタムクリーチャーは、  民間人の改造された姿じゃないですか?」 由鷹は沈痛な表情で答えた。 「ああ…。そうだ…。だけどな…。  あのバスタニアというBランクは、腕から発射する特殊な液体で  人間を瞬時に化物にして自由に操る…。  さっきまでまともな人間だった…。  そんな被害者を俺は殺すことはできなかった…。」  「…。」 神白は黙り込んでしまった。 「神白君?」 「は、はい、班長。」 「研究班には指示をだしておきましたか?」 「もちろんです。そうですな…。  研究班があの被害者達の亡骸を調査研究すれば、  謎の液体の正体も判明…。」 「するといいわね…。」 「はい…。」 「…。研究班も私が知らない間に…。色々やってるから…。  上手くいくといいけど。」 「そこが納得できませんな。班長。」 「え?」 「だってそうでありましょう! 班長は北本本部長、  小牧副本部長に次ぐ、この組織のいわばナンバー3じゃ  ありませんか。」 「でも…。組織ってそういうものでしょ? 私一人が…」  「しかし自分の組織の全容も完全に把握していない  などという話は…。」 「ええ、ここ最近妙な秘密主義がまかり通っているようね。  私も組織からうとましがられているのかしら…?」 「そ、そんな…。」 「ありえ無い話じゃないわ…。  現にシグメッツが量産されるんだったら、  私なんか用済みだもの…。」 「ば、ばかな…。」 神白は陽子の冷徹な組織観察力と異常なまでの彼女自身の自己嫌悪ぶりを見て狼狽した。 「班長、到着しました。」 ワゴンを運転する神白隊副隊長、兵堂五宇は陽子に目的地到着を伝えた。ワゴンは晴海埠頭の内閣人事院第九号官舎ガレージに入って行った。この官舎は人生調時代から陽子の組織が研究施設として使用している研究所であり、三階建て、純白のシンプルな外見とは裏腹にその建物内には改造生体の研究室や新兵器開発工房など様々な設備が完備されている。ワゴンは地下一階のガレージに停車した。ガレージには同様のワゴンがもう一台の他に、国産車ベースの特殊任務用のスポーツカーや戦闘オートバイが数台駐車している。由鷹、神白、陽子はそれぞれ車から降りた。神白が運転席の兵堂に指示を出す。 「おい、タウラスのメンテやらせておけよ。」 「は、了解です。神白隊長。」 陽子は運転席の兵堂まで歩み寄っていった。 「兵堂君。ごくろうさま。」 「い、いえいえ!」  神白達はガレージのエレベーターから二階へと上がった。 「班長は何日ぶりでありますか?」 「ここ? 二日前に二型のメンテで来たばかりよ。」 「そうでありますか。」 「どうしたの?」 「いえ、本部長が昨晩から来ているんですよ。」 「ああ…。ミーティングの後に用があるとかいってたわ。  今、おやすみになってるんでしょ?」  「はい、この五型の最終調整の視察に来たのであります。」 「なるほどね…。ね、神白君。」 「はっ?」 「私も…。休みたいわ。あんまり寝てないの…。」 「そうですか。了解しました。  ただ乱由鷹の部屋はどういたしますか?」 「そうね…。空いてる仮眠室って…?」 「確認してきます。」 神白はそういうと、二階の廊下から、行き止まりにあるインターホンまで小走りに向った。 「ふう…。」 陽子は二型の収納されたトランクを床に置くと、壁によりかかりため息をついた。 「部屋…。空いてなかったら、私の部屋で寝る?」  陽子の誘いに、だが由鷹は生真面目に反応した。 「陽子さんは寝なくてもいいのか?」 「え、ええ…。」 陽子は由鷹の反応に思わず拳を握り絞めた。ややあって神白が戻ってきた。 「だめであります班長。一昨日からの非常体勢で、  隊員の大半がこの研究所で寝泊まりしていますので。」 「そうだったわね…。由鷹くん、来て。」 陽子は由鷹の右手を強く引っ張ると廊下を歩きだした。 「え…?」 由鷹は拍子抜けしてしまった。うろたえながら神白が陽子の脇に歩み寄り、並列に廊下を行く。 「班長、どうするおつもりですか!」 「私の部屋で由鷹君を休ませるわ。」 「な、なら班長は?」 「私は後で休むわ。」 「し、しかし…。でしたら乱由鷹は自分の部屋で!」 由鷹はその言葉にピクリと反応した。 「そ、それもそうだな。」 「由鷹くん。」 「え?」 「神白君の部屋じゃゆっくりと休めないわ。」 「そ、そんなことありませんであります! 班長!」 「神白君。」 「え!」 「シグメッツの第三種運用レポートと、  クリーチャー化された被害者の第七種レポートを  夕方までに班長執務室に提出して。」 「は、はぁ…。」 「復唱は?神白君?」 「は、はい神白副班長、たたちにシグメッツ第三種運用レポートと  有楽町事件被害者第七種レポートの作成にうつります!」 「よろしい。」 うっすらと微笑むと陽子は由鷹を連れ、廊下の角を曲って行った。一人取り残されてしまった神白は強く壁を蹴りつけた。 「くそったれが!班長は何を考えているんだ!  俺は! 俺は強くなったんだぞ!」 しかし人間の内面的な強さは全く強靭になっていない神白成一であった。 …2 陽子は由鷹を連れ、自室へと入った。陽子の自室はそう広くなく、ユニットバスと洗面所の他は寝室に机とベッド、酒だな程度の家具しかなかった。 「ずいぶんとかたずいてるんだな…。」 「ええ、ここにはそんなに帰らないし。」 由鷹は微笑んだ。 「たしか…。秋葉原のマンションの時にも同じ様なこと、  言ってたな。」 「んふふふ…。そうだったかしら?」 由鷹は一通り部屋を見渡すとカーペットの敷いてある床に座った。「さて…。陽子さんはどうするんだ? 仕事の続き?」 「…シャワー浴びてくるね。」 「は?」 陽子はそう言うとバスルームの方へと向った。由鷹は意を決して叫んだ。 「陽子さん! いいのか?」 しばらくして陽子が答えた。 「う、うん…。」 バスルームの扉が閉じられた。 『相当落ち込んでるな…。』 由鷹にしてみれば、秋葉原での協同生活でこういうことには慣れっこであるはずである。しかし今とその当時とでは大きくことなる一つの事実がある。 『めぐるが…。いないんだ…。』 由鷹と陽子はブルズ・アイ壊滅後、月に一度しか会っていない。それも大抵が由鷹のアパートの玄関先で五分程度の会話を交わすのみである。つまり由鷹はサンダーに改造されて以来、こういった状況には遭遇していなかった。彼は落ち着こうと別のことを考え始めた。 『Bランクまで現れるとはな…。  ファイブはどこで転換手術をしているんだ…?  しかし楽園計画か…。ファイブの目指す楽園…。  時代の目論見とどうちがうっていうんだ…。  あと…。この組織はどうにも信用しきれないな…。  班長の陽子さんですら、全体を把握しきっていないんだから…。  やっぱりサンライズ作戦のとき、  俺や竜さん達と行動を共にしていたのが  マイナスになっているのかな…。』 考えをめぐらせる由鷹だったが、睡魔に襲われてきてしまった。 「…。」 由鷹はベットによりかかったまま眠りにおちてしまった。 「由鷹くん…。」 バスルームから出てきた陽子は眠っている由鷹を見て、軽い失望感を感じた。 「ま、こんなものかしらね…。」 陽子は由鷹に毛布をかぶせ、枕を床に置くと自分もベットにもぐり込んだ。 『これからは…。いつだって機会はあるんだから…。』 …3 港北区にあるファイブの館に井ノ関と生奈が到着したのは午前十時のことであった。本来ならもっと早く到着できるはずであったのだが、帰り喫茶店に寄って自分達が引き起こした事件をテレビのニュースで確認しようと井ノ関が言い出したため、二時間のロスタイムとなってしまっていた。テレビで事件現場の惨状を最確認できたためか、井ノ関の機嫌は敗走したのにも関わらず上々であった。二人は館の居間までやってきた。居間にはソファーに座るファイブと壁によりかかる無形の姿があった。 「ただいま戻りました。ファイブ様。無形さん。」 生奈の礼儀正しい挨拶に無形が答えた。 「…随分と追っ手をまくのに手間取ったんだな。開智。」 「いえ…。市街で今朝の作戦結果の資料収集をしてきたので…。  それに二時間程かかってしまいました。」 「俺は開智に聞いているんだ。生奈。」 指名された開智は、薄笑いを浮かべるとファイブに言った。 「ファイブさん…。リアスプレーの性能は大したもんだ、  10パーセントとはいえその辺の連中が見る見るうちに化物に  なりやがった…。あっと…。無形さんよ、  勝手な行動すまんかった。」 「で、サンダーは殺ったのか?」 無形は井ノ関に尋ねた。井ノ関は首を振りながら返事をした。 「…シグメッツとかいう…。日本政府のロボットもどきに  阻止された。もう一歩ってところだったんだがな…。」 「それでそいつらの調査は?」 「あの状況でできるるわけが無いだろう!  サンダーも連中に回収されちまったんだ!」 「日本政府ごときに…。フン…。」 無形は鼻で笑った。生奈がすかさずフォローを入れる。 「で、でも確かにシグメッツは強力な敵でした…。  ハルメッツの数倍の戦闘力を持っているでしょう…。  そして、サンダーも我々の想像以上にタフな転換者でした。」 「…。」 無形は生奈の発言により沈黙した。ブランデーグラスを手に取ったファイブがつぶやいた。 「シグメッツ…。そしてその他の日本政府新組織の  装備の件は私も既に情報を入手していた。シックスからな…。  手は打ってある。」  無形達は驚きつつファイブを見た。生奈が尋ねた。 「シックス様もこの計画に参加してらっしゃるのですか?」 「そうだ…。二カ月前からこの世界に戻ってきている。」 無形はファイブに毒ずいた。 「ファイブ…。どんな手を打ったんだ?  まさかシックスが自ら戦闘に出るわけじゃないだろう?」 ファイブはブランデーを飲み干すと、グラスをーブルに置き答えた。 「ナイトファイブを政府研究所に派遣した。」 その固有名詞にファイブ以外の一堂は驚愕した。無形がファイブに歩み寄る。 「ナ、ナイトファイブだって?あのな!」 井ノ関もファイブに詰め寄った。 「あんなでき損ない達じゃシグメッツにゃ対抗できませんぜ!  やられるのが落ちだ!」 「それならそれでいい。」 「くっ…。」 井ノ関はファイブの冷徹な言い方に言葉を失ってしまった。無形がボマージャケットを着込みながら部屋を出ようとする。 「ムーン。何処へ行く?」 扉の前で立ち止まった無形は答えた。 「ナイトファイブ達を見殺しにはできねーだろ。  シグメッツとかいう奴の力は知らんが、  連中の能力ではサンダーには対抗できん!」 無形は部屋を出て行った。 「くっくっくっ…。」 ファイブは低く笑った。生奈がファイブに尋ねた。 「ファイブ様…。わざと無形さんを挑発しましたね。」 「…ああ、ああいった男は逆のアプローチを取らなければ 意のままには動かんからな…。」 井ノ関がファイブに喰ってかかった。 「じゃあナイトファイブは無形を本気にさせる為の  駒だっていうんですかい?」 「そうだ、あれで妙に弱者に対して思いやりを持つ男だからな。」 「けーけっけっけっ!無形も馬鹿な奴だぜ!」 「ふん…。それに私は君達ほどナイトファイブを  過小評価してはいないよ。」 「…?」 「あれからいくつかの追加手術も施してある。」 「ほーう…。」 「バスタニア。お前達もひと月後の計画準備に入ってくれ。」 「はいな。」 「了解。」 井ノ関と生奈はファイブの部屋を後にすると、二階の私室へとそれぞれ戻って行った。 …3 午後二時。革のスーツに身を包んだ一人の男が勝どき橋から晴海埠頭を眺めていた。男の身長は二メートル四十センチ、身長に比例した体躯からプロレスラーの様にも見えた。男はつぶやいた。 「ヤカラン。見えるぎゃ?」 男のつぶやきに答えるかの様に右目の光彩が茶色から紫色へと変化した。 「み、みえねぇよぉ…。」 「ゲルナック。そっちはどーだぎゃ?」 男の左肩がブルブルと震えた。 「だーめですねー…。おやや?」 「どうしたぎゃ!」 「聞こえる! きーこえまーすねー! 独特の鼓動音!  えーらんくでーすねー!」 「追ってくれ、ゲルナック。」 「ははーい!」 男は右肩を前に突き出しながら歩きだした。その姿は見ようによっては右肩に引っ張られながら歩いているようにも見えた。様々な声色で独り言をつぶやく大男は早い足取りで晴海埠頭へと向った。 「う、ううん…。」 由鷹は目をさました。起き上がり、辺りを見渡しても部屋には誰もいない。 「まいったな…。ねちまったのか…。まいったな…」  由鷹は頭を掻くと毛布をたたんだ。 「どうするかな…。ここで待っていても仕方がないし…。ん?」 由鷹はテーブルの上に一枚のバッジと紙が置いてあるのに気がついた。紙を手に取って読んでみてみる。 「…私はちょっと地下一階の兵器開発工房へ行ってきます。  この建物の中だったら自由に出歩けます。  ただしこのバッジを胸につけて下さい…。奇麗な字だな…。」 由鷹は関心するとバッジを胸につけると部屋を出た。廊下を注意して見ると、あちこちに監視カメラや自動警備システムが設置されていることがわかる。 「警備員がいないのはそのせいか…。」 由鷹はエレベーターに乗ると地下一階へと降りた。指示ボードを見ながら彼は兵器開発工房へとやってきた。工房内はかなりの広さがあり、異様な臭いが立ち込めていた。部屋のあちこちにはシグメッツのパーツやシートをかぶせられた機材などが散乱している。 『すごい設備だ…。』 由鷹が室内を見渡していると更に奥の開発分室長室から陽子の声が聞こえてきた。 「お願いです。プロフェッサー…。」 「無理なものは無理だ。」 相手はどうやら老人男性の様である。 「でも、このままでは私は新しい敵に対抗できません!」 「しかしな。北本にも言われとるだろうが…。  これ以上の追加改造は陽子君…。  君を本当にロボットにしてしまう!」 「でしたらシグメッツを…。五型を私に下さい。」 「確かに! 理屈の上ではサイボーグの君がアレを装着した方が 神白より高性能を発揮できるだろう! だがな、無理だ!」 「どうしてです!」 「…君の体はあくまでも二型に合わせて調整されている。  手術の段階からな…。五型を装着しても運動バランスに  破綻をきたし戦闘どころではなくなってしまうんだ!」 「な、なら…。二型そのものの性能アップは…。  例えば追加装備とか…。」 「やりたいよ。しかし今オレはシグメッツの量産テストに忙しい。  無理だよ。」 「そこを何とか!」 「だめと言ったらだめだ! なぜそうも焦る?」 「だって…。このままじゃ…。」 「…ふん…。仕方がない。シグメッツのテストとサンダーの  特別武装の調整が完了次第、やるだけやってみよう。」 「あ、ありがとうございます!プロフェッサー!」 由鷹は扉を開けた。中は事務所の様になっており、かなり散らかっている。陽子と白衣を来た老人が由鷹の方を振り向いた。 「あ、由鷹くん。」 「何!」 老人は陽子の発言におどろいた、両手を震わせながら由鷹へと近づいていく。由鷹はそれを無視して陽子を睨みつけながら言った。 「…俺の特別武装って…。一体何の話だ?」 「あ…。それは…。」 陽子は由鷹の感情の高ぶりを理解できないままうろたえてしまった。老人の手が由鷹の両肩を掴む。 「?」 「き、君がサンダー君だね。」 「な、なんだ、あんたは?」 陽子が一歩前へでて由鷹に言った。 「プロフェッサー県。ここの室長よ。」 県は羨望の眼差しで由鷹を見ながら言った。 「まぶしいぞぉ…。君があのAランクサンダーか…。  実物を見るのは初めてだよ…。ほほう…。  普段は我々と変わらんのだな、本当に!」 「やめて下さいプロフェッサー! 失礼じゃありませんか!」 陽子に怒鳴られた県は我にかえると二回咳き込みながら由鷹から離れた。 「お、おおう…。こりゃすまん…。  歳がいもなく興奮しちまった様だ…。」 「…話しの続きだけど…。」 「え、ええ…。前々から…。あなたのデーターを取ったときからね。 プロジェクトは進行していたの。  由鷹くんがわたし達に協力してくれた時のための…。  サンダー用の追加特別装備の開発がね…。」 「そ、そうじゃサンダー君。  前の闘いの時には間に合わなかったがな!  プロトタイプはもう完成しておる。ささ、こっちに来てくれ!」 そう言うと県は由鷹の背中を叩きながら工房の方へと案内した。陽子も二人に続き室長室を後にする。 「こ、これだ。」 県は工房の片隅にあるテーブルの上のフードを取った。その中には黒く塗装されたプロテクターの様なものがバラバラになって置かれていた。県は興奮を押えながら説明を始めた。 「き、君の超能力を増幅する追加装甲だ。  通電性も高くおまけに拡散放出のための  アースも装備されておる!」 かつての親友との激闘を想起させる固有名詞に由鷹は嫌悪した。陽子もそれに気づき、寒そうに両腕を組んだ。しかしそんな由鷹の感情を関せず県の説明は続く。 「この装甲を装備すればプラス二万ボルトの発電が可能だ!  それにホレ。」 県は言いながらプロテクターの腕に装着するであろう部分についているボタンを押すと、鋭利なナイフを展開させた。 「このカッターに電気を流し込めばホットナイフとしても使える。  つまり扉を焼き斬ったりの多目的作戦が可能だ…。  どうだすごいだろう! 名ずけてサンダープロテクター!  サンテクターだ!」 「…。」 由鷹は不機嫌な表情のままで、テーブル上のプロテクターを凝視した。調子が出てきた県は今度は床に置かれた一際大きい物体のフードを取り払った。フードの中から現れた物体は、なんと戦闘用の改造オートバイであった。 「ふふふ…。ずばりだ。今までの君に欠けていた能力の中でも  最大のもの…。それは追跡能力だ。高い戦闘力を持っていても  敵を逃したらそれまでだろう。オレはそれに着目してな。  これを開発した。」 由鷹もオートバイには若干の興味があるため、近寄って観察してみた。 「どうだ。おかしいだろ?このバイクには排気管がない!  それにエンジンの形状もヘンだし、  ハンドル周りからして君の知っているバイクとは異なるだろう!」 県が言うように、オートバイには排気管が一切なく、エンジンも空冷とも水冷とも湯冷ともつかない形状をしていた。 「電気エンジンだ。今まではバッテリーや馬力の問題で、  なかなか実用化はしなかったがな! しかしサンダー君!  君が乗るのなら話は別だ!  三万ボルトもの発電を可能としているきみであれば!  このバイクのエンジンサポート兼燃料となるであろう!  この発想の転換! 君がその気になれば時速五百キロは出せるぞ!  おまけに無公害だ!  オレの命がけの発明した名ずけてエレクトリックストリーム号!   エレリーム号だぁ!」  言い切った県は絶頂状態に入っていた。由鷹はいい様もない嫌悪感に見舞われた。 「陽子さん。来てくれ。」 由鷹は陽子にそう言うと、工房から出ようとした。 「あ、あん…。」 陽子も由鷹にならい、一緒に工房から出ようとした。しかし県は出口めがけて走ると扉の前に回り込んだ。 「コ、コラ!オレの説明はまだ終っちゃいなーい!」 「もう、いい。」 「な、なに?」 「せっかく残り少ない人生賭けて作ってもらって悪いけどね。  俺はあんな物の力は借りない。」 「な!」 県は由鷹の発言に驚き、言葉を失った。陽子も今までにない由鷹の冷たい物言いに少なからずともショックをうけた。 「これからは…。俺は闘うときには自分の力しか当てには  しないつもりだ。何度も言うが、あんな物の力は借りない。」 「な、な!」 「別の使い道を考えてくれ…。」 由鷹はそう言うと、県をどけ扉を開け早い歩調で廊下に出た。 「ゆ、由鷹くん。」 陽子も由鷹の後を追って廊下へと出た。県もである。しかし彼は扉の側で止まると由鷹に叫んだ。 「サンダー君!ひょっとして恐いのか! だが安心だ!   テストも終了しておる!  あとは実際に君が使って調整を取るだけだ!」 由鷹は振り返りもせず、歩きながら県に答えた。 「俺にファイブ以外恐いものなんてそうそうない!  今言った様に俺は他人の力を必要以上当てにしていないだけだ!」 「そ、それが! オレが作ったシグメッツに命を助けてもらった  奴の言う台詞か! サンダー君!」 由鷹は歩くのを止め、県の方を振り向いた。陽子もすかさず廊下の壁に身を寄せた。 「プロフェッサー県!俺の味方だったらサンダーと呼ぶな!」 由鷹は再び正面を向くと歩み出し、こう言った。 「俺は乱由鷹だ…。」 県は自分のどこが由鷹に嫌われたのかをようやく気づき、力を落した。 「そ、そうか…。」 由鷹は廊下のつき当りにあるエレベーターに乗り込んだ。陽子も由鷹に追いついた。 「ゆ、由鷹くん…。プロフェッサーの言い方…。  勝手なプジェクトとか…。ごめん…。」 「…。」 由鷹はようやく冷静になった。 「誰が始めたプロジェクトなの?」 「うちの本部長よ…。あ。」 陽子は一階でエレベーターを止めた。 「喫茶室で話しましょう。」 「え?」 「あなたが来ていることは、  この建物の人みんなに伝えてあるから。」 「ん…。」 陽子と由鷹は一階にある喫茶室にまでやってきた。中では内生特隊員が数名休息をとっており、皆一様に陽子に笑顔で挨拶をしていた。 「結構人気あるんだな。」 「私、班長でしょ?ああいった挨拶は当然よ。」 「そうかな?」 由鷹と陽子はカウンターでコーヒーを入れると奥のテーブルについた。 「で…。」 「うん。サンライズ作戦のとき…。  あなたが閃光できなくなったことがあったでしょ…。  えっと…。Dランクのコムだったっけ…。」 「ああ。」 「ここにワクチンを作ってもらいに来たのよ。」 「なるほど…。  その時の俺のデーターを元にあんな物を作ったのか…。」 「ええ、あ…。プロフェッサーね…。見た目は…。  そのなんて言うかみすぼらしいけど…。  口もね、悪いけど能力はたしかよ。」 「かもな…。」 「あ、あたしの命を救ってくれて、サイボーグ手術をしたのも、  二型…。つまりハルメッツを作ったのもあのプロフェッサー…。」 「ふうん…。腕は信用するよ…。だけどあの老人は、  いちいち俺の気にさわるものの言い方をする…。」 「うれしくって…。興奮しているのよ…。」 「どうして?」 「由鷹くん…。」 「なに?」 「例えばさ…。  テレビでしか見たことがない好きなタレントとかがいて…。  その人に着てもらいたいと思ってセーターを編んだとするわよ。」 「ああ。」 「で、必死になって完成させて、  始めてそのタレントとじかに会ったとしてさ…。」 「…わかったよ陽子さん…。だけどな…。」 「ん…。プロフェッサーには私から言っておくわ。」 由鷹は陽子の言いたいことが良く解り、陽子も由鷹の気持ちを正確に理解することができた。由鷹はコーヒーをすすり出し、ようやく笑顔を取り戻した。 「にしても…。いかついセーターだな…。」 「そうね…。」 「プロフェッサーって…。本当なの?」 「え?どうして?」 「うん…。なんか胡散臭いじいさんだとおもってさ…。」 「でしょうね…。プロフェッサーっていうのはあだ名よ。  あの県さん…。旧日本陸軍の技術仕官見習いだったんですって。」 「へぇ…。そんな人がまだ生きてたんだ…。」 「なんでもZ計画とかX計画だとかに携わってたらしいわ…。  そして終戦後はアメリカ軍に連れて行かれて十五年間向こうで  秘密兵器の開発をしていたらしいの。」 「あ、そう…。」 由鷹は拍子抜けした様子で返事をした。 「こっちに帰ってきてからは自衛隊に拾われたそうよ…。」 「で、今の仕事か…。」 「そう。」 「でも変だな…。」 「どうして?」 「だってそうだろ?サイボーグの技術とか、  バイクの技術ってまるでベクトルの違う分野だ。  それを一人でこなせる訳がない。」 「専門は機械工学だったそうよ。サイボーグ技術のね。  そう、あのバイクやWEED弾とかはプロフェッサー直属の  ラボスタッフが実際の計画を立案して実行しているのよ。」 「サイボーグ…。ね…。  なら、あの人は内生特の研究部門での総元締って訳か…。」 「ええ、そうよ。」 「ま、いいけどね…。」 陽子は由鷹の不機嫌な対応に疑問を抱いた。 「ね、どうしたの?由鷹くん。」 「いや…。俺も科学者の端くれだった訳だろ?」 「そうだったね。」 「学界でそんな人がいたなんて話…。なかったからな…。」 「国家の重要機密だから…。知っている人は僅かよ。」 「…。サンダーにされてからさ…。  なんか俺の知らなかったのは  ブルズ・アイのことだけじゃなくって…。  もっと他にもあるのって…。そう思えると…。さ…。」 「国家って…。色々と秘密を持っているんだよね…。」 「陽子さんはそれでいいのか?  自分の組織の動きも知らされないで。」 「…仕方ないわ…。」 「…俺や竜さんと一緒に行動してたのが…。信用を低く…。」 「いいの。いいのよ…。自分で決めたことだし。  それにこの件がかたずいたらやめちゃうもん。」 「…。」 由鷹はどうにも釈然としない感情を抱いていた。 『これだけの秘密を知っている陽子さんが…。  簡単に組織をやめられる訳がないな…。』 二人の会話が途切れている席に、一人の男がやってきた。兵堂である。 「兵堂君?」 「おとり込み中申し訳ありません。是玖斗班長、乱由鷹さん。本部長がお呼びです。」 「北本本部長が?」 「ええ、三階の本部長室です。」 「由鷹くん。」 「いいですよ。行きましょう。」 由鷹は席を立った。 …4 由鷹と陽子は三階にある本部長室までやってきた。 「やぁ、乱由鷹君。」 北本は笑顔を見せながら由鷹に握手を求めた。由鷹も右手を差しだしそれに答える。 「半年前はありがとう。」 「い、いいえ。」 「まぁ座りたまえ。是玖斗君も。」 由鷹は北本のすすめるがまま、応接セットのソファーに腰掛けた。北本が由鷹の対面に座り、陽子も北本の隣に座った。 「どうかな?ここは?」 「え?」 「ここは日本でも最高の設備が整っている。見学はしたのだろ?」 「いいえ本部長。由…。  乱君にはまだ地下工房しか見学させていません。」 「そ、そうか。」 「本部長…。」 「あ、ああそうだな、早速本題に入ろう。乱君、是玖斗君からは 報告をうけているが、本当に我々に力を貸してくれるのだな。」 「…貸すというか…。  ファイブとは俺自身ケリをつけていないんです。  奴と敵対することは結局あなた達組織と利害関係が一致する…。  そう考えたんです。」 北本は由鷹の発言に顔をほころばせた。 「お、おお! そうだな。ファイブという外敵を討ち倒すことは 我々と君の共通の目的だ。」 「ええ、なら俺も変な行動はとらない方がいいと…。」 「ああ、うん。乱君。君が頭の良い青年で助かったよ。」 「…。」 由鷹は北本の高圧的な物の言い方にうんざりしていた。 「でだ、条件を話合おうじゃないか。」 「条件…?」 「そうだ、無条件に協力してくれとは言わん。まぁ毎月…。  そう是玖斗君にだな、手当は届けさせているがそれだけで、  この大仕事をしろとは言わん。」 「…金だったらいりません。  行動の自由さえ保証してくれればそれでいい。」 「…そこなんだが…。どの程度の自由なのかね?」 由鷹は数瞬考えた後、答えた。 「まずファイブの所在を早急に突き止める…。  それがわかったら俺一人…。  いいえ、是玖斗さんと二人でファイブを倒しに行きます。  それと…。  突発的にカスタム・クリーチャーの事件が発生した場合、  状況によっては俺も…。」 「なるほど…。」 「あと俺が外にいるときは是玖斗さん以外の監視をつけない。」  この要求には北本も一瞬ひるんだ。 「ん…。」 「そして俺の闘い方や装備にそちらから一切注文をつけない…。  そんなところです。」 「ふん…。随分と考えて答えたな…。」 北本は煙草に火をつけながら毒づいた表情で由鷹に言った。陽子が北本を睨みつける。 「本部長!…彼の好きにさせて下さい。それに。」 「是玖斗君。」 「は?」 「こう続けたいのだろう?  時間がたてば彼も我々の要求通りに働いてくれるだろうと。」 「そ、それは!」 「?」 由鷹が不信気な表情で北本を見た。この本部長の自分への態度は妙に不自然だからだ。 「だがな、是玖斗君。我々には時間がない。  このまま時がたつのをまっていたらファイブとかいう  外敵のテロを看過してしまうことになる。  サンダーの量産は急がねばならんのだ。」 「!」 由鷹と陽子は北本の発言に驚いた。北本は自分が重要事項をあまりに早く言いすぎてしまったことに気づきあわてて煙草をもみ消した。 「なんのことだ!サンダー量産だと!」 由鷹は立ち上がって叫んだ。陽子も同調する。 「本部長!私もそんな話、聞いていません!」 「ぐ、ぐう…。」 由鷹は更に詰問をつづけようとしたが、陽子に先を越されてしまった。 「ま、まさか由鷹くんを…。クローン?複製する気ですか?」 「い、いや私はそんなことは…。」 「量産ってそういうことでしょ!  シグメッツの力だけじゃもの足りないんですか!」 北本は立ち上り拳を握り絞めた。 「これは私の決定ではない! 上部の決定なのだ!  カスタム・クリーチャーをわが国でも開発する!」 「それがサンライズ作戦の教訓ってことなんですか!」 「ああそうだ!」  「やめて下さい!  それじゃ時代やファイブと同じじゃないですか!」 「俺に言うな!」 「責任者が言う言葉ですか!」 「く…。」 上司と部下の口論をよそに、由鷹は北本に歩み寄って行った。 「…。」 由鷹は北本の衿口をネクタイごと掴むと、北本を片手でつり上げた。 「こ、こら! やめろ! クローンといっても君の体には  キズ一つつけん! データーをより正確に採取するだけだと  言っていた!」 由鷹は北本を絞め上げる力を強めた。 「いいかげんにしないか…。」 「も、文句なら私に言うな!」 「ならあんたの上司に伝えときな。  俺はあんた達とは一緒には闘わない…。」 「ゆ、由鷹くん…。」 陽子はこれ程までに怒りをあらわにした由鷹を見るのが始めてだった。 「お、怒ったのならあ、謝る。す、すまん!」 「ふん…。」 由鷹は北本を床に下ろすと出口に向けて歩き出した。 「由鷹くん!」 陽子が後に続いた。北本はネクタイを直しながら咳き込んでいる。扉を開ける由鷹だったが立ち止まった。 「神白…。」 廊下にはトランクを持った神白と後ろに彼の部下が四名、いずれも拳銃を構え立っていた。 「どこへ行くつもりか?乱由鷹。」  陽子が由鷹の後ろから顔をのぞかせた。 「か、神白君。」 「班長…。」 由鷹は一歩前へ出た。 「神白。そこをどいてくれ。」 「乱よ、質問に答えろ。どこに行く?」 「アパートに帰る!」 「禁止する! 今の貴様は我々政府の管理下に置かれている!」 「俺はそんな約束をした憶えはない!」 「これは命令だ! 従わないのなら武力行使をする!」 「やってみろ!」 「ち、あなどりやがって!」 神白はニヤリと笑うとトランクのボタンを押した。由鷹はその挙動を見逃さなかった。頭で陽子に合図する。 「陽子さん。さがっててくれ。」 「!」 陽子は由鷹の指示には従わず、由鷹を押しどけると神白の前に踊り出た。 「は、班長…。」 「…。」 陽子には神白に言う言葉がみつからなかった。論拠がおかしくても神白の言う通り、今の由鷹に行動の自由は無いはずだからである。 「は、班長…。そこをどかないのなら…。だがなぜ!」 「し、仕方ないのよ…。こうなっちゃったんだから!」 「陽子さん。俺の為に立場をまずくするのは…。良くない。」 「うるさい!」 陽子は険しい表情で由鷹を睨みつけた。 「!…。」 由鷹はひるんだ。北本が由鷹の背後から神白に指示を出す。 「か、神白君! 乱…。サンダーを捕獲しろ! 是玖斗君もだ!」 「はっ!」 神白は答えるとトランクを頭上にかざした。 「セットアップ!」 その叫びに合わせ、シグメッツのパーツが神白に装着された。そして戦闘体勢を取った。 「行くぞ!」 「か、神白君…。」 陽子は二型のトランクを自室に置いてきたことを恨んだ。そして彼女はホルスターから愛用のベレッタM92Fを取り出した。するとその時、研究所全体に警報が鳴り響いた。由鷹を含めた一堂は辺りを警戒した。 「う、うううう…。」 エレベーターから血だらけになった戦闘隊員が這いだしてきた。 「い、犬飼か!」 シグメッツはそう叫ぶと隊員の体を抱きおこした。由鷹や陽子達も隊員に駆け寄る。 「犬飼君! その傷はどうしたの!」 「て、敵です…。い、一階で…。交戦…。」 隊員は息絶えた。 「犬飼君!」 「犬飼!犬飼!」 シグメッツは隊員の体をゆさぶったが、隊員の体は急激に冷たくなっていこうとしていた。もっともシグメッツにはその事実がカメラディスプレイの情報としてしか表示されなかったが…。 「け、警備システムをかいくぐって侵入したというのか…。」  北本は隊員の死に対してではなく、敵の研究所潜入という信じたくない事実に対して狼狽していた。 「是玖斗陽子、二型で対抗します!」 陽子はそう叫ぶと階段の方へと走って行った。 「兵堂! 俺達も行くぞ!」 「は!」 シグメッツ達も陽子の後を追うように階段の方へと走って行った。由鷹は北本と二人、エレベーターホールに取り残された。 「サ、サンダー…。」 「だまってて…。今、敵の気配を探っているところです。」 「あ、ああ…。」 由鷹は意識を集中させていた。 「一人か…。それにしちゃ気配が乱れている…。 手負いってことか…。」 「サ、サンダー…君。やってくれるんだね。」 由鷹は北本に冷たい視線を送った。 「俺目当てで来たのならそうする…。それと…。」 「な、なんだね。」 「いや、いい。」 由鷹はそう言うとエレベーターへ乗り込んだ。 『気配は一階からか…。』 エレベーターの扉は一階で開いた。廊下では煙の立ち込める中、戦闘隊員が二名背中を向けて拳銃を乱射していた。 『陽子はともかく、神白達はどこへいったんだ?』 「うぐぁー!」 二名の戦闘隊員達は胴体から血を吹き出させると床へ倒れた。 「!」 由鷹は廊下の先に強烈な気配を察知すると前へ歩み出した。 「おい! お前の御目当て! Aランクサンダーが来たぞ!」 気配は煙の中から様子を伺っている様である。やがて煙が晴れるとそれは姿をあらわした。 「…あ、あああ…。あんたがサンダーか?」 「そうだ。貴様もファイブの手先か?」 「そ、そう…。」 どこか間延びした喋り方をするこの男、身長は由鷹と同程度あるのだがやせ細っており、腕や足の間接も奇妙な方向を向いている。 「名前とランクは?」 「ナ、ナナナナ…。ナイトファイブがひ、一人…。ヤカラン。Dランクだ。」 「Dランク…。何!」 由鷹は上の階から別の転換者の気配を察知した。 「い、いつのまに! もう一人…。いや、今二人に増えた!」 「ひゃう!」 ヤカランは腕を紐状にすると由鷹めがけて鞭の様に振るった。 「うぉう!」 由鷹は体全体でその攻撃を回避した。 「て、転換しないでそんなことが…。」 「ひょひょう!」 ヤカランは今度は両手を紐状にして振り上げた。 「ブロップルと同じ様な技か!」 由鷹はそう叫ぶと再び攻撃を回避した。 「さ、さすがにAランクだ!」 ヤカランは自分の攻撃が全く通用しそうにないことを本能的に悟った。 「ああ、そうだ。だがあんたDランクとか言ったな。」 「うん。」 「Dランクは…。 確か他のランクに無い能力を特別に持っていると聞いていた…。」 「あ、あるぞ。こ、これがとっておきだ!」 ヤカランはそう叫ぶと紐状にした左手を由鷹めがけて振り上げた。「ひょぁぁぁぁぁぁぁ!」 「同じ手か!」 由鷹はまたも軽くヤカランの攻撃を回避した。しかし紐状の手は由鷹の脇の壁に叩きつけられると、その場で爆発をおこした。 「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁ!」 油断した由鷹は爆風で反対側の壁に叩きつけられてしまった。 「や!やった!やったよ!」 片腕となったヤカランはうれしそうに叫ぶと由鷹の頭上を飛び越え、階段へと走り去って行った。 「う、く…。」 由鷹は頭から血を流しながら立ち上がった。 「ヤカラン…。上にいる仲間と合流するつもりだな…。」由鷹は壁に手をつきながらよろけながらもエレベーターへと乗り込んだ。 …5 由鷹がDランク・ヤカランに意外なる深手を負わされていたその頃、勝どき橋を駆け抜ける一台のハーレーダビットソンの姿があった。無形祐嗣である。 『ナイトファイブにいくら特殊能力があろうと、  サンダーには勝てねー!  俺は一度奴と戦ってみて実感してるんだ…。サンダー…。  あいつは強えぇ!』 無形はそう思いながら体に寒気が走っているのを実感していた。 日本政府は由鷹の予想通り、彼に無神経な要求を迫ってきた。由鷹、そして陽子がその要求をはねのけ、自分自身の運命を定めようとした時、ファイブの命を受けたナイトファイブが彼等の前に立ちふさがった。サンダー、乱由鷹の周りは今のところ陽子を除き、敵ばかりのようである…。 第十一話「逆襲!日本政府」おわり