第十話「悪魔の簡易クリーチャー!」 …1  乱由鷹は有川雛におこされ、ようやく目を覚ました。 「お早うございます。乱さん。」 「あ、ああ、お早う。」 由鷹は学生編集長、伊上悟に連れられ、中野にある彼の編集部にやってきていた。ソファーで寝たためか、あまり疲れが落ちていない。雛は由鷹に缶コーラを差し出した。 「はい。」 「あ、ありがとう。伊上君は?」 「編集長なら近所のコンビニに買い出しに行きましたよ。」 「そう。」 「あ、シャワー使ってください。  その間に朝食の準備とかしちゃいますから。」 「ああ、わかった。」 由鷹はシャワーを浴びた後、キッチンへと向った。キッチンには朝食の準備が出来ており、テーブルには雛と伊上が着席していた。 「やぁ由鷹君。おはよう。」 「あ、おはよう。」 由鷹は黙々とトーストを食べ出した。食事中でも伊上はコードレス電話で数件、電話をかけている。 「だからさ! 緊急事態ってことわかんでしょー!  早くこっち来てよ!」 電話を切った伊上は雛に愚痴をこぼした。 「高曲ん奴、なかなか女のとこから出てきやしねー!」 「仕方ありませんよ。」 「だけど来たらびっくりすんだろーなー!」 「あの、編集長。」 「なーに?」  サンダーこと、乱由鷹と関わり合いをもった伊上の自己は肥大化していた。彼は自分の部下が抱く負の感情を見抜くことができなかった。 「この件で編集長が嬉しい気持ち、私にもわかりますけど。  もうすこし乱さんのことも気を使ったらどうです。」 「あ、あーん…。そ、そうだな! すまん、由鷹君。」 「いや、構わないさ…。慣れているから。」 「…。」  雛は由鷹の顔を見入った。 「なに?」 由鷹は雛にたずねた。 「い、いえ! 本当にブルーサンダーかなって?」 伊上は雛の頭をこずいた。 「バカ! そーゆーお前こそ気をつかえ!」 「で、でも…。」 「…。」  由鷹はまたもや軽い疲労感に襲われた。 『こりゃ…。世界がちがうな…。』 …2 午前八時。是玖斗陽子は内閣改造生体特務本部本部長、北本健三に呼び出され、大手町の本部に出勤した。 「…。」 陽子には自分が呼び出された原因が良く解っていた。彼女は五階の本部長室のドアをノックすると、部屋へと入室した。 「やぁ是玖斗君。まぁかけたまえ。」 北本健三、五十七歳。陽子の直属の上司である。 陽子はパーテーションで区切られている談話ブースへ行くと、ソファに腰かけた。 「呼び出したのは他でもない。昨晩の事件、知っているな。」 「はい。緒方隊員から報告があり、自分も現場へ急行しました。」 「らしいな。私は昨晩まで京都だったから、  事件は電話でしか確認していないが…。」 「上層部の見解は?」 「うむ…。公式発表ではあくまでも工場事故としているが。  現場を見た君の感想は?」 「ええ…。あれはD種同士の戦闘による災害結果と…。」 「…。マスコミの動きも存外早い。昨晩も緊急報道番組をな、  流していた。」 「自分も車で見ました。」 「おかしいとは思わんかね。」 「ええ、あまりに情報が正確かつ早すぎます。  誰かが情報をリークしていたとしか考えられません。」 「うむ…。その通りだ。」 「! 犯行声明かなにかが出ていたのですか?」 「そうだ。」 北本はそう言いながら、一台のカセットデッキをテーブルに置き、再生スイッチを押した。 「政府、マスコミの諸君。私の名はファイブ。」 その名前を聞いた陽子の目が大きく見開いた。テープの再生は続く。  「半年前の事件。時代乱九郎とブルズ・アイがおこした悪夢。 よもや忘れていまい。  だが時が流れても君達は、一向にあの事件の教訓を  生かそうとはしない。そこで私は君達に反省と自戒を  してもらう為、一つのゲームをやって欲しいと思う。  今夜の事件はそのオープニングとでも思って欲しい。  ゲームは一カ月後から十日間全世界的規模で繰り広げられる。  誰が生き延び楽園の住人となれるか…。  楽しみにしていてくれ。」 テープの再生は終った。陽子は両拳を強く握り絞めた。その目の焦点は合っていない。 「これが各政府官庁、およびあらゆるマスコミに届けられた。  突然にな。で、是玖斗君。  この声の主は確かに君が以前報告したブルズ・アイの超能力者、  ファイブなんだな。」 「は、はい…。おそらく。」 「だとすれば、あのサンライズ作戦も時代乱九郎の行動も、  全てこの男が裏で手を引いていた…。ということなのかな?」 「そ、そこまでは解りません…。」 「ふん…。だがしかし、こうなった以上内生特にかかる期待は、  いままでと比べものにならん程大きい。」 「そ、そうですね…。」 「マスコミには報道規制を敷いた。  しかし連中が表だった活動を始めてしまえば、  そんなもの何の役にも立たん…。  二週間でケリをつけなければ。」 「はい。」  ようやく目の焦点を自分に合わせた陽子に、北本は満足そうにうなずいた。 「うむ。是玖斗君。直ちに内生特全班を率い、  ファイブの野望を未然に封じてくれ。」 「了解しました。でも。」 「神白班のことか。」 「ええ、ここ一カ月あまり…。」 「うむ。神白班に勅命を与え、  君の班と別行動をとらせたのは確かにこの私だ。  全体の指揮官である君に断わりなしにな。」 「え、ええ…。」 「だがあともう数日すれば合流させ、君の指揮下に復帰させる。  それまで新旋二型でがんばって欲しい。」 「で、ですが、二型、すなわちハルメッツはファイブには  何の戦力にもなりません!」 「しかし、二型をこれ以上能力向上させることはできん…。  それは是玖斗君。君の体に負担をかけ、  下手をすれば追加機械化をも余儀なくされる。」 「え、ええ…。」  北本は立ち上り、陽子の肩を掴んだ。 「これ以上追加改造すれば、君は本当に人間では…。  女では無くなってしまうんだぞ…。」 「は、はい…。では、乱由鷹の協力を仰ぐのは?」 「それは構わん。そのために我々も彼に補助金を  支払っているのだからな。だが。」  北本は陽子に顔を近づけた。 「あ。」 「うむ…。昨晩の事件の方割れも乱なのだろう?  だとすれば全幅の信頼を寄せるのは危険だ。」 「そ、そうです…。ね…。」 …3 中野区「NEO」編集部に、編集員(といっても大学生だが。)高曲聖と宝田邦江の二人がやってきたのは、午後一時を過ぎてからのことであった。由鷹は伊上の頼みで彼等に自分の素性を語った。 「俺は…。今から一年前、例のブルズ・アイに誘拐され、  Aランクのカスタムクリーチャー…。  サンダーに改造された。低いランクの転換者はともかく、  Aランクとなると洗脳なんてなくてね。  俺以外の転換者は大抵時代乱九郎の理想に感化されて、  進んでサンライズ作戦に参加していった…。  だけど俺は、手術直後に脱走して何とか東京にたどりついた…。 それからは組織の追っ手と闘って…。」 伊上達は真剣に由鷹の話に聞き入っていた。 「そんなところさ…。」  由鷹はカップに入ったコーヒーを飲み干した。高曲が猜疑心に溢れた目で由鷹を見つめる。 「信じられないな…。どうも…。」 「高曲君!」  高曲の物言いに、雛が注意をした。伊上もそれに同調し、頷く。しかし由鷹はそんな二人の気づかいに首を振った。 「いや…。俺が高曲君と同じ立場だったら…。多分信じないな…。  だけどカスタムクリーチャーは、  テレビとかで見たことあるんだろ?」  由鷹に視線を向けられた高曲は、その鋭い眼光に躊躇した。 「え、ええ…。いや、俺が言いたいのはそーゆーのじゃ無い。  ブルーサンダーの存在は信じるし、事実として受け止めている。  だけど君がそうだという点が…。ね…。」 「あ、ああ…。だけどここで閃…。転換する訳にはいかない。  新しい追っ手にかんずかれる。」 「あのね!」 伊上が高曲に喰ってかかった。 「俺見たのよ! 高曲ちゃん!  確かに由鷹君は俺の見ている前でサンダーになった!」 「まじかよ?」 「マジ、マジ! カメラにゃ写していないけど!」 「そ、そうか…。」 高曲は納得した。今度はもう人梨の編集部員、宝田邦江が由鷹に質問した。 「ねぇ由鷹さん…。って呼んでいい?」 「ええ。」 「うん…。その新しい追っ手ってさ…。  ブルズ・アイとは違うの?」 「多分な…。ブルズ・アイの黒幕みたいな奴が、  俺の命を狙っている。」 「ムーン…。だっけ…。」 伊上が由鷹に聞いた。 「そうだ。俺と同じAランクだ…。だけどあいつは黒幕じゃない。  ムーンの後ろに、更にいる。」  高曲が由鷹に聞いた。 「どんな?」 「カスタムクリーチャーを超えた…。そんな男だ。」 「ふーん…。」  邦江は妙な納得をし、自分の煙草に火をつけた。 「悟…。どうする?」 邦江に尋ねられた伊上は天井を仰いだ。 「そーだなー…。この事実を公表すれば…。  ウチの部数も大躍進だ…。」 「だめだ! 俺には政府の支援もある。  そんな記事を載せたところですぐに!」 由鷹の言葉を高曲が制した。 「へー! でも大丈夫。ウチはミニコミだから。」 「! だけどだめだ!」 「悪い…。由鷹君…。俺達ちょっと外で話してくるわ。」  そう言うと、伊上達はソファーから立ち上がった。そして伊上は雛に耳打ちした。 「雛ちゃん。残っててくれ。」 「えー! どーしてー!」 「ごめん、ここに由鷹君一人残すのも不安だし。」 「う、うん…。」  伊上、高曲、邦江の三人はマンションの隣にある喫茶店へと入った。  「どーすんのさ、伊上よ。」 「うん…。俺も実はこの件を公表するのは…。」 「反対なの?」 「ああ…。」 高曲が着席しながら伊上を指さした。 「じゃーなんで俺達を呼んだのさ!」 「だから…。相談しようとさ…。」 邦江が優しく微笑んだ。 「そうね…。聖君もあんまり悟を責めないでよ…。」 「俺にはまだリアリティーのある話じゃないな…。伊上よ。」  「俺も最初は彼がブルーサンダーだとは信じられなかったよ…。  だけどこの目で見たんだ…。」 「うん…。それは信じるわ…。」  高曲はウエイターにオレンジュースを注文した後、伊上に言った。 「伊上。あのさ…。俺はこの件に関しては傍観者でいーな。」 「た、高曲ちゃん…。」 「だってそうだろ? NEOにこの件が掲載できない。  んでもって関わり過ぎると命を落しかねない…。  ときたらそーするより他にないだろ。」 「だ、だよな…。」  邦江は二本目の煙草に火をつけた。 「私も…。」 「く、邦江…。」 「だって聖君の言うとおりよ…。大体あなた…。  もう身の危険感じてるから、あたし達を呼んだんじゃない?」 「そ、そんな…。」  高曲が皮肉気に邦江の言葉を補足した。 「ありえるな…。一蓮托生って…。俺ぁごめんだね。」 「た、高曲ちゃん!」 「今月の入稿は全部済んでんだ。また来週な…。」 そう言うと、高曲はオレンジジュース代をテーブルに置くと席を立ち、伊上の脇に座る邦江を見下ろした。 「あたしはもうちょい関わってみるわ。」 伊上はその言葉に感激した。 「く、邦江!」 「勝手にしろ。」 高曲は捨て台詞をはくと、店を後にした。伊上は力なく微笑んだ。 「す、すまない…。邦江ちゃん。」 「いいのよ、あたしとあなたの仲でしょ。」 「うんうん。」 「それにあの由鷹さんってさ、結構いい男じゃない!」 「はぁ…。」 伊上は再び元気を無くした。 一方伊上達が出て行った後、由鷹は考え込んだ。 『どうする…。陽子に協力してもらうか…。』  ムーンの戦闘能力、キャリアは自分とほぼ互角である。そしてファイブの存在も由鷹を気弱にさせる一因でもあった。 「乱…。さん…。」 雛が由鷹のコーヒーカップにコーヒーを注ぎ出した。 「あ、ありがとう。」 「あのー…。乱さんはこれからどうするつもりなんですか?」  由鷹はコーヒーカップを見つめながら答えた。 「ここには長居はしない。追っ手を始末して…。」 「あ、ごめんなさい…。話したくなければいいんです。」 「あ、いいや…。そう…。人間に戻ろうと思う…。」 「え!」 「うん…。Aランクは…。戻れるらしいんだ。  細胞の一部を再改造することによって…。人間にね。」 「へぇ…。」 「その技術をおそらく持っているのが、  今回の一件の黒幕らしい。」  「でも…。折角そんなすごい力があるのに…。  それに普段はまんま私達と同じ人間じゃないですか。」 「かもね…。だけど俺がこんな力を持っているからこそ、  周りに迷惑がかかる…。  それを取り除かないとまともな暮らしはのぞめない…。」 「なるほど…。」 「えっと…。」 「あ、有川です。有川雛です。ひいなって呼んでください。」 「あ、ああ…。」 雛が由鷹の対面に座ろうとした矢先、ドアの呼び鈴が鳴った。 「はーい…。」  雛は玄関へ向った。しばらくして雛は由鷹のもとへと戻ってきた。 「乱さん。お客さんです…。」 「お、俺に?」 「ええ…。」  由鷹は取り敢えず玄関に向った。玄関にはスーツ姿の陽子が立っている。 「よ、陽子さん…。」 「ごめん…。生体反応をトレースしてきたの…。」 「あ、ああ…。丁度良かった…。  連絡をとろうと思っていたんだ。」 するとそこに伊上と邦江が戻ってきた。 「誰です?」 「ああ、伊上君…。俺の知合い…。政府の人です。」  陽子は怪訝そうな表情で由鷹を見た。 「平気です。陽子さん…。  彼等も昨晩の事件の関係者ですから…。」 「そ、そうなの…。」 「まーまー! 中に上がって! 立ち話もなんでしょーから!」 陽子に対する伊上の態度に邦江は腹を立てた。 『ったく…。相手が美人だとすぐこれだ…。』 しかし陽子は玄関から中へと上がろうとはしなかった。 「由鷹、車の中で話しをしたいの。大切な話なの。」 「あ、ああ…。いいけど。」  由鷹はすまなそうな表情で編集部を出ようとした。しかし雛が由鷹の腕をつかんだ。 「だめです! 政府の人か何か知りませんけど、乱さんは今、  私達と一緒にいるんですから。  話があるんならここで済まして下さいな!」 「…。」  陽子はきつい視線を雛にぶつけた。しかし雛もたじろぎながらも陽子から目をそらさない。 「陽子さん…。ちょっと…。」 由鷹は雛の手を優しく払うと、陽子と二人でマンションの廊下に出た。邦江が気を使いドアを内側から閉じる。 「陽子さん…。彼等は信用できる連中だと思う。」 「あのね由鷹くん。」 「それにミニコミとかやってて…。  下手に勘ぐられるのも厄介だろ…。」 「だけど…。事態は一刻を争うのよ!」 「解ってる! ファイブが動き出したんだろ!」 「え、ええ…。」 「だったら尚のこと、ああいった連中につきまとわれる訳には  いかないんだ! それに…。そんなに重要な話なのか?」 「由鷹くん…。彼等はどこまで知っているの?」 「大筋だけさ…。それ以上のことは教えちゃいない。  だけど俺とムーンとの戦闘は目撃している。」 「ムーン…?」 「昨日俺と戦ったカスタムクリーチャーさ…。」 「そう…。解ったわ…。中で話しましょう…。」 「ありがとう。陽子さん。」 「う、うん…。」 由鷹と陽子は編集部へと戻ると、キッチンのテーブルについた。陽子は、編集室のドアの影からこちらの様子をうかがう伊上の方をチラっと見ると、わざとらしく大声を出した。 「ま、市民の口を封じる手なんていくらでもあるんだし!」 伊上はあわてて首を引っ込めた。邦江が伊上の肩を叩いた。 「いいじゃない。ここからでも話は聞こえるんだし。」 「う、うん…。」 由鷹と陽子にお茶を運び終えた雛が、伊上に不満をブチまけた。 「なーによ! あのゼクトとかいう女! いばりちらしてさ!」 邦江が雛をなだめた。 「雛、押えてよ。」 「でも副編集長。」 「あの二人も色々ある見たいだし。」  「う、うん…。」 陽子は、北本本部長から受け取ったテープを由鷹に聞かせた。 「一ヶ月後にファイブは動き出すそうよ…。」 「そうか…。  だけど俺に対しての追撃はもう開始されている様ですね。」 「ええ…。」 「陽子さん…。力を貸して欲しい…。俺は追っ手を倒し、  ファイブを倒し人間に戻る。」  陽子は大きく頷くと由鷹の手を握り絞めた。 「ええ! 私からもお願いするわ! 一緒に闘いましょう!」 「で、人生調はファイブの居所をつきとめているんですか?」 「ううん…。まだこれから調査するところよ…。  それより由鷹君…。何度言ったら解るのよ、  今は人造生体調査班じゃなくって、内閣改造生体特務班…。  内生特って名前に変わったのよ…。」 「あ、ああ…。はは…。」  由鷹は苦笑いをした。陽子もそれにつられて笑い出す。 「んふ…。んふふふふ…。」 「今度は…。楽な闘いにしたいな…。そして最後の…。」  「そうね…。そしたら…。」 「そしたら?」 「この仕事から引退する…。由鷹…。私…。」 「ああ…。」  編集室(ちなみにNEO編集部は3DKのマンションであり、編集室といっても七畳の広さしかない。)では伊上が感動の極みに達し、独り言をぶつぶつと言っていた。 「なんていうハイレベル!  裏の世界の情報が濁流のごとく僕に流れ込んでくる!」 邦江は言い様のない嫌悪感を陽子から感じていた。しかし更に怒りを増しているのは雛である。彼女は入稿原稿の最終校正をしながらも、既に赤鉛筆を四本も折っていた。 「じゃ、明日またこっちから連絡する。」 由鷹にうながされ、陽子は席を立った。 「ええ、ここに連絡をして頂戴。」 陽子はそう言うと、由鷹にメモの切れ端を手渡した。 「解った。」  陽子は編集室に顔を出した。伊上が大きく御辞儀する。 「ど、どーもご苦労様です!」  陽子は伊上ににっこりと微笑んだ。 「こちらこそおじゃましました。」 「い、いやいや! また来てください!」 「え、ええ…。」  陽子は邦江と雛にも挨拶をした。 「じゃ、どうも。」 邦江は無愛想に首だけで返事をした。雛は 「えー! こちらこそ!」 と怒気をはらんだ口調で返事だけをした。陽子は二人の怒りを理解できないまま、編集部を後にした。マンションの下に止めてあるシーマに乗り込むとようやく安心感がこみ上げてきた。 『由鷹…。』 しかしその安心感もシーマの窓に対するノックで覚めてしまった。 「?」  ノックしたのは邦江である。その表情は険しい。陽子は窓を開けた。  「えっと…。」 「宝田です。一言、言っておきたいことがありまして。」 「え? なんでしょうか?」 「是玖斗さん…。あなた嫌な人ですね…。」 「な…。」  陽子は邦江の言動がまったく理解できないため、戸惑った。 「あからさまに悟に脅しをかけたり、  雛のことわかってて由鷹さんを呼びつけにしたり、  あからさまにいちゃついたりして!」 「え? ええ…?」 「ごめんなさい。いきなりこんな事言っちゃって…。  でもあたし駄目なんです。  こーゆーのって言えるときに言わないと。」 「は、はぁ…。」 「さよなら!」 邦江はそう言うとシーマから走り去った。取り残された陽子はようやく邦江の言いたいことを理解した。 「な、なによ…。私と由鷹のこと、ロクに知らないくせして!」  しかしシーマのエンジンをかけ、窓を閉じるころになると陽子はいつもの自己嫌悪に見舞われた。 「…。解ってるわよ…。大人げないって…。」 陽子は涙ぐみながらもシーマを走らせた。 …4 「さぁ! 今夜は乱由鷹殿の歓迎会!  高曲ちゃんはいないけど、みんなで盛り上がりましょう!」  伊上はそう叫ぶと缶ビールをかかげた。編集室の窓際のソファーに腰掛けた由鷹、雛、邦江もそれにならい乾杯する。夜十時。本来なら近所の居酒屋にでも行けば良かったのだが、由鷹がそれを反対した。 「なぁ由鷹君。あの是玖斗って人!  やっぱり恋人かなんかな訳?」  「あ? 違うよ、だけど前の事件では一緒に闘った…。仲間さ。」 「くー! 仲間ねぇ! いい響き!」  伊上はオーバーに感激してビールを飲み干した。 「ささ! 雛ちゃんも邦江も飲んだ飲んだ!」 そういうと、伊上は邦江の背中を叩いた。 「悟! なーに調子に乗ってるのよ!」 「いいじゃない、いいじゃない! 俺とお前の仲なんだから!」 由鷹が伊上に尋ねた。 「二人は恋人か何かなの?」 「ま、そんなところかな!」  伊上は得意気に答えた。そんな伊上に邦江が反論する。 「なーにが恋人よ! ずうずうしい! もう酔ってるの?」 「ままま! そー怒んなくってもいいじゃなーい!」 伊上は邦江に抱きついた。 「うひょひょひょひょ!」 「こら! 悟! 全く酔うのだけは早いんだから!  由鷹さんが見てるでしょ!」 「ひーのひーの! ゆらか君らって、  れくとはんとこーゆーことしてんだから!」  伊上はそういうと邦江の頬をなめだした。 「ぺろぺろぺろぺろ!」 「ちょっと雛! 助けてよ!」 しかし助けを求められた雛はいかにも不機嫌である。 「勝手にやってればぁ…。」 由鷹は苦笑いしつつもそうした光景を心地いいものだと感じていた。  『俺にも…。こんな時代があった…。』 しかし由鷹のそうした安堵感も東峰夏彦との思い出によって打ち消された。 「く、くそ…。」 由鷹は思わず缶ビールを握りつぶしそうになってしまった。 二時間後、邦江はソファーに寝る伊上に毛布をかけた。 「ったく…。まだ十二時だっていうのに…。」 「編集長はお酒、好きなのにとことん弱いですからね。」 雛もあきれながら空缶をかたずけていた。 「副編はどうします?」 「あ、帰るわ。」 「泊まっていかないんですか?」 「うん、そうそう人の家には寝泊まりしないわ。」 邦江は上着を着ると、ソファーに座る由鷹に歩み寄っていった。 「じゃ、由鷹さん。あたし帰りますね。」 「う、うん。」 「また明日。」 「ええ。」 邦江は早稲田通りでタクシーを拾うと、阿佐ヶ谷の自宅へと帰った。部屋のかたずけを済ませた雛は由鷹にアイスコーヒーを出した。 「ありがとう。」 「ええ、今夜はこのソファーで寝ます?  なんだったらベッドもありますけど。」 「いや、ここで寝るよ…。  ところでここは君の名義で借りてるのか?」 「いいえ、父の名義です。父、雑誌の編集長なんですよ。」 「ふーん…。」 雛は意を決して、由鷹の脇へと座った。 「編集長が副編とじゃれあっている時…。  乱さんなんか不機嫌そうだった…。どうしてです?」 「いや…。ちょっと昔の事を思いだしちゃってさ…。  俺にも大学生だったころがあってさ…。」 「え? ええ…。」 「俺はその時の友達をこの手で殺してしまったんだ…。」 「そ…。」  雛の衝撃をストレートに受け止めたくない由鷹は、ごまかしの苦笑をした。 「つまらない話さ…。」 「是玖斗さんってそのときもいたんですか?」 「え?…。ああ、まぁ…。」 「そーですか…。にしても乱さんは全然酔いませんねー!」 「そうかな? ここ半年ばっか、酒とかよく飲んでたし。」 「ふーん…。是玖斗さんとも良く飲むんですか?」 「い、いや、彼女とはそういったつき合いはないよ。」 「ふーん…。」 「どうしたの?」  雛は、由鷹から視線をそらした。 「いいえー…。是玖斗さんって奇麗な人ですねー。」 「酔ってるな…。」 「いいえー…。酔ってなんかいませんよー!」 「君みたいな子…。」 「え!」  由鷹の言葉に興味を示した雛は、視線を再び由鷹に向けた。 「いや…。君みたいな子は久しぶりだってね…。」 「昔のガールフレンド?」 「いや…。」 「えっと…。雛さん?」 「は、はい…。」 「その…。俺とはできるだけ関わらない方がいい…。」 「でないと死んじゃう?」 「そう…。」 雛は大きく伸びをした。 「でも、結局人同士なんて迷惑の掛合でしょ?  仕事とか一緒にしてる訳じゃないんですから…。  いいじゃない。」 「…。」 由鷹は得乱めぐるの事を思いだし沈黙してしまった。 「ごめんなさい…。」 雛はうつむいてしまった。数瞬の沈黙の後、彼女は立ち上がった。 「では、おやすみなさい!」 「ああ、おやすみ。」  雛は編集室の隣にある自室へと戻って行った。由鷹は窓際の夜景を眺め、毛布を手にしようとした。 「…。」 しかし由鷹は毛布を手放した。 …5 「ううん…。」  伊上が目を覚ましたのは朝八時のことだった。彼の目はテーブルの上にある紙切れに集中した。 『なんだ…。邦江の伝言か?』 しかしその紙にはこう書かれてあった。 「しばらくお別れです。お世話になりました 乱由鷹」  伊上は仰天した。 「な、なにがお別れだ!」 伊上は上着をとろうとして振り返った。その眼前には寝まき姿の雛が立っている。 「へ、編集長ぉ…。」 「由鷹君の奴、出ていきやがった! 畜生!  あいつどこまでヒーロー気取りゃ気が済むんだ!」 「う、うそぉ…。」 伊上は上着を着ると、サイフの中身を確認した。 「よし…。」 「へ、編集長…。どーするんです?」 「決まってんだろ! こんなチャンスありますか!  こーなりゃテッテ的に由鷹を追跡取材してやる!  俺をないがしろにした罪は重いんだからな!」 「で、でも…。」 「ここは雛ちゃんに任せた! 業務は高曲ちゃんと邦江に任せる!  二人には俺から連絡しておく!」 「で、でも…。」 「入稿は済んでんだ!  あとはあの二人と雛ちゃんでなんとかなるだろ!」 「だ、だけど…。」 「まだなんか心配事でもあるんか?」 「編集長…。乱さんの行き先…。知ってるんですか?」 「知らないよ!」 「だったらどうやって!」 伊上は雛を指さした後、自分を指さした。 「俺の専門ジャンルを言ってみろ!」 「えっ…。えっと…。UFO…。軍装品…。  猟奇事件おたく…。」 「それから!」 「ええっと…。警察…。制服…。」 「そう! だからあの是玖斗さんの装備見てピーンときたね! あの人絶対人生調だ!」 「つまり…。あの人のところに乱さんが?」 「そーゆーこと! じゃーねっ!」 伊上はそう叫ぶとカメラバッグをとり、編集部を飛び出した。一人取り残された雛は涙ぐんでしまった。 「ひどいよ…。乱さん…。」 由鷹は早朝、編集部を出て行くと陽子の渡してくれたメモを頼りに内生特へと連絡をした。電話口に出たのはなんと陽子本人であった。 「ゆ、由鷹くん…。」 「おどろいた…。留守電だとおもってたのに…。」 「うん…。あの後緊急ミーティングがあってね…。」 「徹夜?」 「ううん…。その後このオフィスで一人でね…。」 「そう…。今から行きたいんだけど、いい?」 「え、ええ…。」 由鷹は電話を切るとタクシーを拾い、大手町へと向った。昨日銀行で卸した現金で支払いをすませた彼は、内生特本部ビルへと到着した。  『何カ月振りだろう…。』 由鷹は本部ビルを見ながらそう思った。内生特ビルは人生調ビルと全く同じ建物であり、彼は以前このビルでBランク「ヘル」と命がけの対決をしている。正門のシャッターが降りているため、由鷹は裏口からビルへと入った。 「誰?」 由鷹はビルの警備員である老人に声をかけられた。 「あ、乱という者です。是玖斗班長に用があって…。」 「はい、いいですよ。是玖斗さんね。ちょっとまってて…。」  警備員は内線で是玖斗と連絡をとった。 「四階の奥ににあの人のオフィスがあるから…。」 「わかりました。」  由鷹は四階までエレベーターで上がると、陽子のオフィスのドアをノックした。 「どうぞ!」  由鷹は部屋へと入った。陽子の個人オフィスは大して広くなく、彼女は奥の机で事務処理をしている最中であった。 「その辺に座って。」 「ああ。」  由鷹は中央の事務机とセットになっているイスに腰掛けた。 「結構散らかってるんだな。」 「ええ、でも仕方ないのよ急がしくって。」 「そうだね…。」  由鷹は陽子の机の脇にあるゴミ箱を見た。中には缶ビールやウイスキーボトルが山のように捨ててある。 『またやけ酒か…。』 由鷹はイスから立ち上がると陽子の脇に立った。 「もう終ったわ。」 陽子は書類の角を揃えると、その束を封筒にしまった。 「何の書類?」 「うん、部隊編成と新しい装備の認可証よ、  私の判がないとだめなの。」  「ふーん…。すごいんだな、陽子さんって…。」 「自分でも驚いちゃってるわ。  もともと一介の特務捜査官だったのにね。」 「その後人生調の班長になったんだ…。」 「そうよ。そしてその直後…。ブルズ・アイに襲われて…。  サイボーグ手術を受けたのよ。」 「俺…。陽子さんのその辺のことって…。  よく知らないや…。」 「そうよね…。あんまりキチンと話したことなかったしね…。  あ、そうだ…。昼はごめんなさい。」 「え? どうして?」 「うん…。車で帰ろうとしたときに…。  編集部の人に怒られちゃった…。」 「そうなんだ…。」 「私…。あの人達に大人げないこと言っちゃって…。」 「もう…。連中も怒ってないよ…。それで酒を?」 「え?」 陽子はゴミ箱を見てしゅんとしてしまった。 「う、うん…。」 「あんまり飲みすぎると…。体に良くないよ…。  それにいざってときに体が言うことを効かなくなる…。 命とりだ。」 「ご、ごめん…。」 「うん…。さてと…。どうしようか?」 「え、ええ…。来て貰いたいところがあるの。」 「え?」 「うん、うちの技術開発室が晴海にあるのよ。  そこに実戦隊の人達もいるし、  実質的なデーターもここより豊富だから。」 「じゃあ、ここは?」 「ここは指令室みたいなものね。  さすがにこんな所に二型やWEED弾のテストブースとかは  作れないわ。」 「確かに…。」 「私の車で行きましょう。ここからそう遠くないから。」 「ああ、わかった。」  由鷹と陽子はシーマに乗り込むと、内生特本部ビルを後にし、晴海へと向った。しかし有楽町での信号待ちの最中、由鷹は車内で転換者の気配を察知した。 「来やがった!」 「ええ!」 陽子も腕時計に内蔵されているトレーサーを見やった。その反応は二つ。 「由鷹くん! 晴海まで突破するわ!」 「わかった!」 しかし反応の移動速度は予想外に早く、シーマは前輪を空転させてしまった。 「持ち上げられた!」  由鷹と陽子は扉を開け、シーマから飛び出した。 「くっ!」  由鷹達は路上に放り出された。何とか受身の体勢をとったが、シーマは何者かに放り投げられ地面に激突し、爆発してしまった。 「…。」  陽子は新旋二型の収まったトランクのロックを解除した。由鷹も殺気を高めて行く。この時間は交通量も少なく、後続車による事故は今のところなかった。しかし駅前に停車しているタクシーのドライバー達は目前で起こった事故を理解できず、あるものは半年前からの教訓か即座に車を捨て逃げ出し、あるものは警察へと通報するため駅の裏側にある交番へと走った。 「陽子さん…。反応の一つが近ずいて来る…。」 「ええ!」 煙の奥から二メートル近い男の影がうっすらと浮かび上がった。ようやく煙が晴れるとその男は静かに由鷹達との間合いを詰めていった。  「待っていたぞ…。乱由鷹…。」 陽子は拳銃を構えつつ前へ一歩、歩み出した。 「あなた! 何者です! 私は内閣改造生体特務班、  班長是玖斗陽子!  あなたに改造生体の嫌疑がたった今かけられました!」 「機械人形に用はない!」 「なに!」 「俺が用のあるのは乱由鷹! 貴様だ!」  男はその細く長い指で由鷹を指差した。 「陽子さん…。下がってて下さい…。」 「で、でも…。」 由鷹は陽子を制すると、数歩前へ出た。男もその歩みを止める。 「俺の名は井ノ関開智! そしてBランク、バスタニア!  俺はあんた程の男とまともに殺り合う気は毛頭無い!  早速転換させてもらうぜ!」 由鷹は井ノ関の脅しを軽くあしらった。 「ああ! その方が賢明だ!」 「チッ…。転換!」 井ノ関はそう叫ぶとBランク「バスタニア」へと転換した。しかし気配から感じられる戦闘力は並のBランク程度であり、由鷹にとっては全く脅威ではない。 「乱! 俺もつくづくついていないと思うさ!」 「だろうな…。化物にされたんだからな…。」 「ああ! だがどんな不幸の中にも少しは好運もあるさ!」 「ほー!」 「まず面白い力を手に入れた!」 「おも…。面白いだと…。」 「そう! Bランクの俺でもあんたの様なAランクと  まともに殺り合える力をな!」 バスタニアは左手から液体を発射した。しかしサンダーにではなく、偶然付近にいた野良犬にである。 「キャワワワン!」  液体を浴びた犬は突如として目を赤く光らせ、その体を一周り巨大なものへと変化させていった。またそれにともない外見もカスタムクリーチャー的なものへと変化していった。 「な、なに!」 「フッフッフッ! 俺の左手から発射される液体は、  即効性のリア・ワクチンと同じ物! おまけに!」 バスタニアは再びワクチン液を放射した。今度は駅前にいる数名のタクシー運転手にである。 「くわー!」 ある運転手は先ほどの犬と同様に、犬型の簡易カスタムクリー チャーとなり、またある運転手はその途中で肉体が崩壊して死んでしまった。  「人間程細胞配列が複雑だと、  成功確率は10パーセント程度だとファイブは言っていた!  ハッハッハッ!」 「き、貴様ァァァァァァァァァァァァァァァ!」  由鷹は閃光をしようとした。しかしその由鷹にカスタムクリーチャー化した犬やタクシードライバーが襲いかかる。 「く、くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」  陽子は由鷹を援護する為、犬に向けてWEED弾丸を打ち込んだ。  「な、なんですって!」  陽子は驚愕した。犬にWEED弾が全く通じないからだ。 「だめですよ…。」  陽子は背後からの声に振り向いた。 「誰!」 「私も転換者です。名前は谷田部生奈…。そしてBランク、 フリューメと言います。」  転換者にしてはあまりにも穏やかな物腰、そして優しい容姿をした女性であった。 「気づいていますか? 是玖斗さん。」 「…。」 「そう…。乱由鷹さんは甘すぎる性格だと言うことを…」  確かに由鷹は犬はともかくタクシードライバーに対しては攻撃できなかった。仕方無く、彼は跳躍すると足場を確保し閃光した。 「ゆ、由鷹くん…。」 戦闘中だというのに陽子は懐かしい思いを抱いた。 「ハッハッハッ! やっと転換したな! サンダー!」 「バスタニア!」 バスタニアはまたもやワクチン液を発射した。今度は駆けつけた三名の警官に対してである。 「ぐぉぉぉぉぉ!」  警官のうち一名が転換した。 「ついてるぜ! 今日はなんて成功率が高いんだ! よし! 犬の転換モドキは化け犬!  人間の転換モドキは犬男と命名しよう!」  「ふざけるな! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 サンダーは最大出力のサンダーノヴァをバスタニアめがけて発射した。しかし発射直後背後からきた犬男にはがいじめにされた為、放射角が上にそれてしまった。はずれた電気嵐が有楽町マリオンに直撃する。また、はがいじめをした犬男はサンダーの放電により黒コゲとなった。 「な、なに…。」 「ヒーヒッヒッ! サンダー! あんたひどい人だな!  その犬  男はちょっと前までは警官だったり、  市民だったりした人なんだぞ!」  「な、なんだと…!」  バスタニアはサンダーを指さした。 「ほーれ…。これであんたは犬男を殺せない…。  俺の勝ちだぁ!」 最後にバスタニアは指をパチンッと鳴らした。  陽子はバスタニアから離れること数メートル、もう一人のBランク、生奈と対峙していた。  「バスタニアさんのワクチン液には、  ファイブ様が特別に作られた新型のリアワクチンが  装備されています…。拳銃やハルメッツ程度のWEED弾では  殺せません。」  生奈は静かに殺気を高めていった。 「転換…。」 生奈はBランク、フリューメへと転換した。 「…。」  陽子も新旋二型が収納されたトランクを宙へと投げた。 「ハルフォーク・メディッツ! セッート! アッープ!」 陽子の体に新旋二型のパーツが次々と装着され、彼女は仮面捜査官「ハルメッツ」へと変身した。それを見とどけたフリューメは太股を二分割させた。 「行きます! デスホーン!」 超音波がハルメッツを襲った。しかしハルメッツも緊急高速機動装置「ムービング・S」でそれを回避する。 「やりますね! ハルメッツさん!」 一方、サンダーは自由に攻撃できないまま、地面へと倒れた。 「ぐ、ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!」 倒れたサンダーを更に犬男達が襲撃する。彼等のツメやキバがサンダーの肉体を引き裂く。 「ち、ちっくしょう…!」 自分の勝利を確信したバスタニアは叫んだ。 「なー! 面白い力だろ!  俺はこの能力で今まで俺を馬鹿にしたやつを  始末してやるんだ!」 「ゆ、歪んだやろーだ!」 サンダーは犬男達を振りほどいた。しかし別の方向から新たな犬男が襲撃してきた。今度は女性である。 「ひっ! ちぃ!」 サンダーはその犬男(犬女)に手刀を浴びせようとしたがためらった。サンダーの腰に犬女の牙が突き刺さる。 「うぁぁぁぁぁぁ!」 苦戦するサンダーを駅ビルから観戦するものがいた。無形である。  「開智奴…。やっぱり奴のやり方は俺の性にはあわねー。」 そうつぶやくと、無形は戦場を後にした。  ハルメッツもフリューメに苦戦していた。 「ハルメッツさん。観念して下さい。  ファイブ様の楽園作りに、 あなた達はどうしても邪魔なのですから…。」 「ええい!」 ハルメッツはツインWEED砲を発射した。しかしその直撃もフリューメには全く通じていない。 「全く通じないなんて…。しかも弾切れ?」 ハルメッツはフリューメのキックの直撃を浴び、地面へと叩きつけられた。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」 フリューメは倒れているハルメッツにデスホーンを照射した。 「死になさい!」 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「よ、陽子!」  サンダーはもがき苦しむハルメッツに向って叫んだ。しかし彼自身、七名もの犬男に押し潰され、身動きがとれない。 「く、くそう!」 しかしサンダーを押し潰していた七名の犬男は瞬時にしてその姿を消した。いや消滅した。強大なWEED砲弾によるためだ。 「な、なんだと!」  バスタニアは弾道の始点を見上げた。半壊したマリオンビルの屋上にWEED砲弾を発射した者は立っていた。 「…。」 サンダーもようやく立上り、マリオンビルを見上げた。その者は、外見のディティールはハルメッツに酷似している。だがカラーリングは青であり、大きさも二メートル以上あった。とっさに攻撃を止めたフュリューメがつぶやいた。 「政府…。ですか…。」 青い大型ハルメッツは肩に装着されたWEEDキャノンを一斉に発射し、犬男を瞬時に消滅させた。 「是玖斗班長!」  大型ハルメッツはビルから跳躍すると、ハルメッツの脇に着地した。  「大丈夫でありますか? 班長!」 「そ、その声…。神白君なの?」 「ええ!」 フュリューメはバスタニアの脇にまで走って行った。 「どうします?」 「きついのが来たな…。貴様! 政府の公僕か!」  神白はバスタニア達に振り返った。 「そうだ! 俺は内閣改造生体特務班副班長、神白成一! そしてまたの名を! シグフォーク・メディツ!  シグメッツだ!」 「シ、シグメッツだと…。」 「そうだ! ブルズ・アイめ!」 シグメッツはそう叫ぶとWEEDキャノンを水平に構えた。複眼式のモニターがすぐさまキャノン砲の照準部に連結する。 「ふ、ふふん…。逃げるぞ。」  バスタニアの最後の台詞は、小声でフュリューメに対して向けられたものである。フュリューメの巨大な耳がピクリと動くと、生き残りの犬男達が一斉にシグメッツに襲いかかった。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 「やめて! 神白君!」 シグメッツは止めるハルメッツの声を聞き入れず、犬男達に向けてWEEDキャノンを打ち込んだ。 「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 犬男達は消し飛び、その肉体は消滅した。しかしキャノンの衝撃波が消える頃にはバスタニア達の姿も消えていた。シグメッツはバイザーを上げた。 「ちっ…。逃げられたか…。」 ハルメッツも疲れ切った様子でバイザーを上げた。 「か、神白君…。あなた!」 「班長、話は後です。ひとまず晴海研究所へ向いましょう。」  神白は転換を解いた由鷹の方を向いた。 「乱由鷹! 久しぶりだな!」 「あ、ああ…。」 「…。きみも来てくれ。」 「わ、解った…。」 由鷹は神白の方へと歩み寄って行った。すると内生特の特別ワゴンが現場に到着した。由鷹はワゴンと無骨すぎるシグメッツのフォルムに、なぜか嫌悪感を抱いていた。 『神白…。こいつもサイボーグになったのか?』 由鷹達はワゴン車に乗り込んだ。ワゴンは神白の指示で晴海へと向った。 第十話「悪魔の簡易クリーチャー!」終り