第三部「激闘」篇 第九話「復活! 異形のAランク!」 …1  一九九三年六月。新生国家「ブルズ・アイ」の現行政府転覆計画「サンライズ作戦」より半年が経過していた日本の首都、東京。復興も順調に進み、その表層は平静を保っていた…。しかしそこに住む人々、そして市民と国家を運営するシステムに所属する人間達の脳裏には、あの悪夢の一ヵ月は忘れられようのない事実として刻み込まれていた。実際、ブルズアイ関係の書籍、VTRは飛ぶように売れ、TVでも毎週の様に追跡報道番組が組まれ高視聴率を記録していた。 「いつまたあのような事件が再びおこるのか?」  この不安感を払拭、そしてより増長させたいがためである。「サンライズ作戦」の恐怖は国外にも波及していた。今まで原因不明とされていた怪事件の数々がブルズアイによるものとされ、日本政府に対してその情報公開を迫る大国の動きも当然あった。それらの声に対する日本政府の解答は次の様なものである。 「ブルズ・アイとはもと全共闘学生、  時代乱九郎をリーダーとした秘密結社であり、  彼らは謎の技術援助により、  人体細胞を自由に転換させることの出来る改造人間兵、  カスタムクリーチャーという化物を主戦力として、  このような活動に出ました。しかし政府下の対抗組織により、  ブルズ・アイは壊滅し、時代乱九郎は死にました。」  しかし諸外国はこの説明に納得せず、日本政府に対しカスタムクリーチャーの技術供与をした団体の全容と、技術そのものの提示を迫った。だが日本政府もこの要求には歯切れの悪い返答しか出せず、(事実政府自体もこれらの点についての情報を入手してはいなかった)全世界的に何か引っかかった感覚を抱きつつ、時は流れていった。  豊島区大塚。「サンライズ作戦」による被害が比較的軽かった地域であり、六月二十五日の今日は給料日ということもあり飲食店街も賑わいを見せていた。居酒屋「沖縄屋」も駅から徒歩八分という立地でありながら店内は非常に混雑していた。 「どわいたいですよ、どーしてしぎょとの  量も増えたっつーのに給料はどんどん減ってくんスかぁ?  主任!」  客の中でもひときわ大きな声量で、そのサラリーマンは上司に不満をぶちまけた。 「しゃーねーだろーがよ!  うちみたいな下請けは仕事がいくら増えたって、  なかなか潤わねーんだからよっ!」 「税金が高すぎるんスよ! そう! 復興税だなんつって、  実際キチンとつかってんのかどーだか!」 「おい! ちょっと静かにしろよ。他の客の迷惑になるぜ。」 「きゃまわしませんって! みーんなそう思ってるんスから!」  調子に乗ってさらに声のボリュームをあげ、ビールのジョッキを掲げた若手のサラリーマンであったが、その右肩を別のサラリーマンに強く掴まれた。 「いてて! なーにしやがんのよ!」 肩を掴んだサラリーマンは怒りの形相で相手を睨み、こうつぶやいた。 「ちょっと表出ろよ、にーちゃん。」  沖縄屋の裏は雑居ビルが立ち並ぶ袋小路となっている。声量の大きい若手サラリーマンは、店内でからんできた別のサラリーマンにコーナーへ突き飛ばされた。遅れてやってきた若手の上司が止めに入った。 「ちょちょっと! やめて下さいな!  店の中で大声を出したことはお詫びしますから!」 突き飛ばした男は止めにきた上司を睨んだ。 「うるせぇぞ。俺は声のでかさだけに怒ってる訳じゃねーんだ。 このバカが言ってた復興税の使い道に対しての  不満に対して一番怒っているんだ。」  そういうと、男は倒れているサラリーマンの方に歩み寄った。 「なぁ兄ちゃん。さっきのさ、もう一度言ってみろよ。  復興税がなんだって? あーん?」  男は革靴の先でサラリーマンの顎をしゃくった。 「へ、へへへ…。あんただってサラリーマンなんだろ? らったらわかんだろ? この俺の気持ちっ!  国の連中税金あげるだけあげといてよ!  なーにやってんのか!」 そのサラリーマンの発言を受けた男の眼光が、更に鋭いものへと変化した。 「国だって必死なんだ。税金もちゃんと使っている。」 サラリーマンは顎を手で拭きながら立ち上がった。 「な、なんだよ…。ヤケに国の肩持つじゃんか!  あんた公務員かなにかかい?」 「そうだ…。そんなもんだ。」 「こん畜生!」  サラリーマンは男に殴りかかった。サラリーマンの行動は酒のせいもあって論理的ではなかった。男はサラリーマンのパンチを軽くかわすと右膝でサラリーマンの腹部を蹴りあげた。 「ぐぉ!」 サラリーマンの上司が男の暴行を止めに入った。 「やめて下さい! こいつよっぱらってるんです!」 「酔っているからこそ本音が出る!」  そう言うと、男はサラリーマンの上司を左手で突き飛ばした。上司は壁に叩きつけられ、意識を失った。蹴りあげられ、地面に伏してしまったサラリーマンが男の足にしがみつく。 「この野郎! 何しやがんだ!」 「うるせぇ! お前みたいなクズ野郎がいたから、  時代なんてアホが下らん野心を抱いたんだよ! 貴様!」  男はサラリーマンを蹴りほどくと、更にローキックを打ち込んだ。 「馬鹿野郎! カス野郎!」  サラリーマンは口から血を吐くと気絶した。  男は攻撃からきた疲れを癒すため、肩で息をした。 「はぁ、はぁ、はぁ…。」  気が済んだのか、倒れているサラリーマン二人に、男は悲しい視線を向けた。 「また…。やっちまった…。」  その時、男の背広の中から発信音が鳴り響いた。男は背広の内ポケットから小型の通信機を取りだし、操作した。 「もしもし、俺だが…。ああ兵堂か?」 「ええ、五型の装着テストをしたいんですが。」 「ああわかった。今から帰る。」 「え? デートはもういいんですか?」 「フン…。振られたよ、是玖斗隊長は荒川にいっちまった。  とにかくすぐ戻る。」  男は通信機を再びポケットにしまうと大塚を後にした。彼の名は神白成一。内閣改造生体特務班、通称「内生特」の副班長である。神白が立ち去った後、袋小路に足音も影もなく突如として一人の男が空間に出現した。男というにはあまりにも美しい顔立ち、紫の頭髪をビル風になびかせながら、男は倒れている二人のサラリーマンを見下ろした。 「ふーん…。」  男は妙な納得をすると、再びその空間から姿を消した。数分後、男は新宿の都庁前に出現した。 「すっかりもと通りになってるや…。」  この新宿都庁は先のサンライズ作戦により、破壊工作が行なわれていた。しかしその傷跡も全くといっていいほど見受けられない。 「?」  男はビル風により自分の足にまとわりついた紙を拾い上げた。  「復興税反対…。市民アジテート用のビラか…。」  目を通すと、男はくずカゴにそのビラを捨てた。男は考え深い目で都庁を見上げた。 「結局…。何も変わっちゃいないんだな…。なにも…」   男は再び空間に姿を消した。 …2  神奈川県横浜市港北区。国のニュータウン計画の一環として開発が進んでいた地域である。新興住宅地が建ち並び、既に地下鉄なども走るはずであったのだが「サンライズ計画」による東京復興のあおりをくらい、その開発は中断している。幹線道路から外れること車で十分。森林に面した人気のない地域。その館は前の主を失ってから数カ月を経過していた。地上三階建て、建築依頼者の趣味を色濃く反映した洋館である。新宿を後にした紫髪の男は館の前に突如として出現した。 男は洋館の門をくぐると正面扉をノックした。 「僕だよ! 開けておくれよ!」  男は館に今いるであろう主に対して叫んだ。しかし返事はない。男は仕方無くドアノブに手をかけた。 『鍵がかかっていない…。』  ドアを開けると男は館内に入った。正面ホールを抜けて一階の応接間へと向った。 「?」  男は応接間から聴こえてくる音に気ずいた。TVのヴァラエティー番組の様である。男は応接間のドアを開け、入室した。部屋の中央には三十二インチの大型TVが設置してある。そしてその正面、ソファーでは館の主がTVを冷静な眼差しで見つめていた。男はソファーの後方に回り込み、優しい表情で館の主を見下ろした。主は右手に持ったブランデーグラスをテーブルに置くと、TVを見つめたまま男に語りかけた。 「おかえり…。街の様子はどうだった? シックス。」 「うん…。相変わらずだね…。  民衆は不況を嘆くばかりで行動へは移さないし…。  官はちゃんとした対応もできないまま惑うばかり…。  ねぇファイブ。」  紫髪の男、シックスに名を呼ばれたファイブは軽く後ろを振り向いた。シックスが言葉を続ける。 「そろそろゲームを始めようよ…。この半年…。  もう退屈でさ…。三つ目の楽園をさ…。作ろうよ…。」  ファイブはテーブルに視線を移した。 「そうだな…。時代の行動の後…。  民衆も何かに気ずいて進化の兆候の一つでも見せるかと  思ったんだが…。」 シックスは微笑むとファイブの首に優しく抱きついた。 「あははは…。ファイブは好きなんだね…。  この次元の人達が…。」 「かもな…。それだけに導かなければ悲惨だ…。」 「やるのかい?」 「ああ…。駒はそろった…。」 「あん…。」  シックスは微笑むのを止め、伏し目がちに視線を泳がせた。その奇妙なリアクションにファイブが反応した。右手でシックスの髪を撫でる。 「どうした? シックス…。」 「あ…。うん…。  なんだかファイブが乗り気に思えなくってさ…。」 「そんなことはない。」 「そう? 僕やセブン達に対しての…。その…。  しがらみとかで…。」 「やめてくれ…。トゥーの時とは違うよ…。今の私は…。  この楽園作りにこの生涯をささげている。」 「うれしい。」 シックスはより力強くファイブに抱きついた。ファイブは優しくシックスを見つめると視線をTVに戻した。TVでは「サンライズ作戦」をパロディー題材としたコントを放映している。ファイブの目に殺気がこもった。 『この次元の人間達の脳天気さといったらなんだ!  これだけは決して理解できん!』  ファイブ。「ブルズアイ」最高幹部だった男である。首長、時代乱九郎にカスタムクリーチャーの技術を与え、組織作りに最も貢献した人間を超越したもの。ブルズアイ壊滅後はこの屋敷に身を潜めている。 シックス。ファイブと同じ世界に属する人間。最もそれ以上のことは現時点では不明である。 …3  荒川区三谷。「サンライズ作戦」前後も変わらず東京で最も低所得者達が住む街である。Aランクの超人、サンダーこと乱由鷹もこの東京最低の街で生活していた。由鷹のアパートは木造二階建て家賃三万円。四畳半一間、台所、トイレ付きの薄汚れた部屋である。朝六時、由鷹は壊れかけた目覚し時計のベルで目を覚ました。彼はTシャツを着、作業ズボンを履くと、台所で顔を洗い歯を研きアパートを出た。商店街を抜けた路地裏につくと、由鷹はその場にしゃがみ込んだ。由鷹の他にも同じ様ないでたちの男が十名ほどしゃがみ込んでいる。男達の前に一台のトラックが止まった。しゃがみ込んだ男達は一斉に立ち上がるとトラックの荷台に黙々と乗り込んだ。  乱由鷹は建設現場で肉体作業に従事する、日雇い労働者である。 現場での作業を終えた由鷹は荒川に帰ってきた。夕食を取るため、彼は食堂へと入った。 「はーい! いらっしゃーい! 乱ちゃん!」  店主の中年女性に声をかけられた由鷹は気まずく薄笑いを浮かべるといつも彼が座る席、入口側の座敷に上がろうとした。しかしその席には、既に先客が一人で食事を取っていた。店主は由鷹の側にやってきた。 「悪いね! 乱ちゃん!」  由鷹は小声で店主に答えた。 「あ、いえ…。いいんですけど…。誰ですかこの人?  見なれない人ですね。」 「さぁ?」 由鷹は仕方無く四人がけのテーブルに落ち着いた。 「えっと…。枝豆とビール! 後はオムライス大盛りで!」 「いつもんだね! あいよ!」 注文を済ませた由鷹はテーブルに置いてあるスポーツ新聞に目を通した。 「なに?」 由鷹は一面の見出しを見て仰天した。 「化物! 再び東京に?」   由鷹はおそるおそる記事に目を通した。 「二十四日未明…。通勤帰りのOLが路上で殺害された…。  犯人、及び犯行動機は不明だが…。  死因は頚部破損によるもの…。」 由鷹は軽くため息をつくと、新聞をテーブルに置き、運ばれてきたビールを飲んだ。 「また…。ガセか…。この新聞…。ああん…。東スポか…。」 由鷹は店主が運んできたオムライスを食べ出した。すると座敷の先客がいきなり誰に対してともなく叫び出した。 「バッキャロー! ざけんじゃねーぞー!」 客は三十代後半の中年男性である。叫び終ると、先客はぶつぶつと独り言を喋り出した。相当酔っている様である。由鷹はなぜかその中年客から深い嫌悪感を感じた。 「ボクサーだってね。もと東洋一位の。」 由鷹は対面に座る客からいきなり声をかけられおどろいた。二十代前半の一見インテリ風の学生である。この店にはおおよそ似つかわしくない。 「何年か前に拳を痛めてさ…。   よっぽど無念だったらしいってさ。」 由鷹がよく注意すると、この青年は自分に声をかけている訳では無いようである。隣に座る彼の友人らしき青年が答えた。 「ああなっちまうとさ…。なーんかやだよな!」 「ほんとほんと。」 「でもお前が言ってた様に、  ここってほんとにあしたのジョーの世界だな!」 「だろ!」 インテリ風の青年は、まるで自分の事を言われたのがごとく、得意そうである。 「だからいったろ? せっかく来たんだからこーゆーとこで  メシ喰わなきゃ損だって!」 由鷹は食事を終えると、店主に支払いを済ませた。 「はい、いつもの。」  店主は由鷹に釣銭と一緒に領収書を手渡した。店から出ようとした由鷹は、出口近くで中年引退ボクサーを見やった。ボクサーは酒がまわったのか、テーブルに伏して寝てしまっている。 「…。」  由鷹は店を後にした。 『俺は…。違う。あんなのとは違う!』 由鷹がアパートに帰ってきたのは夜九時の事である。 「?」  由鷹はアパートの前に止まっている黒塗りのシーマを確認した。 「陽子が…。来ているのか?」 二階にある自分の部屋には電気がついている。由鷹は不機嫌そうな表情で部屋へと入った。スーツにエプロン姿の是玖斗陽子が振り返る。 「由鷹…。くん…。」 陽子は手に雑巾を持っている。由鷹はかたずかれた大して広くない自分の部屋を見回した。 「陽子…。さん…。二十九日にはまだ四日程ありますけど…。」  陽子は雑巾をバケツに戻すとエプロンで手をふいた。 「ひどいのね…。定期日以外に来たらだめなの?」 「そんなことは…。ないけど…。」 陽子は右手で髪をかきあげた。 「私が来たいから…。来たのよ…。」 「あ…。ありがとう…。あ、お茶でも入れるよ。」 陽子は台所へと歩いて行った。 「いいわ、私が入れるから座ってて。」 「でも。」 「んふ…。いいのいいの。」 由鷹は観念してその場に座った。陽子がコーヒーカップを二つ持って由鷹の対面に座った。由鷹は陽子に尋ねた。 「どう? そっちは?」 「え?」 「政府の仕事だよ。」 「ああん…。ぼちぼちね…。」 「ふーん…。そう。」 「私ね…。そろそろ…。あ、そうそう。」 陽子は何かを思い出すとハンドバックを開け、封筒を由鷹に差し出した。 「これ、七月分。」 由鷹は封筒を受け取った。中には現金が入っている。由鷹もタンスの引きだしを開け、領収書の束を陽子に差し出した。陽子はその束を気まずそうにハンドバッグにしまい込んだ。 「ね、由鷹くん…。」 「なに?」 「いつまで…。いつまで続けるの? こんな生活を?」 「気が済むまで…。さ、何度も聞かないでくれよ…。」 「だけど…。やっぱりこーゆーのって…。良くないと思うの…。  あなたは日本を救った英雄なのよ。」 「聞き飽きたよ…。その話は。  それにも前にも言ったかも知れないけど、  あれは俺がやったことじゃない。ブルズアイの裏切り者、  Aランクサンダーがやったことだ。」 由鷹は自嘲気味にそう言った。その言葉を受けた陽子が怒気をはらんだ視線を由鷹へと向ける。 「怒ったのか? 陽子さん。でもそうとでも思わなけりゃ…」 「でも…。今の貴方はまるで…。」 「人生の脱落者かい? そうかもな。  人並以下の生活かもしれないな…。こりゃ。  だけど仕方無いさ…。俺のせいで死んじまった連中に…。」 「申し訳ないってこと?」 「そう…。」 「こうは…。こうは思えないの?  殺したのは自分が生き延びる為、そして…。  上手く言えないや…。」 「陽子さん達や国の人を助ける為? ですか?  それじゃめぐるはなんで?」 「めぐるさん…。そうね…。あの子は…。でも!  あの子だって自分から!」  由鷹は立ち上がった。 「全部見通した様な言い方するなよ!」 陽子は顎を引き、自分の膝に視線を落した。 「ご、ごめん…。」 由鷹は気まずそうに再び腰を下ろした。 「う、うん…。俺も国から毎月手当貰ってて…。  偉そうなことは言えないんだけどさ…。」 「ううん…。これは貰って当然のお金なんだから…。  気にしないでちょうだい。」 「とにかく…。まだしばらくはこの生活を続けるつもりさ。  陽子さんだって政府にはいるんでしょ?」 「え? ええ、まぁ…。」 数分間気まずい沈黙の時が過ぎた後、由鷹はテーブルに身を乗り出した。 「あ?」 陽子は瞬きをして軽く驚いた。 「俺、そろそろ寝ます。」 「あ? ああ? うん。」 由鷹は呆けた目で陽子を見た。 「え?」 陽子は由鷹の意図をようやく読み取った。 「あ、は、はい…。帰るわ。また来月。」 「ええ。どうも。」  陽子はハンドバッグを手に取ると、そそくさと由鷹のアパートを出た。シーマに乗り込んだ陽子は一人考えた。 『もう…。いや…。こんなの…。?』  陽子はある一つの約束を思い出した。 「いっけない! 今日大塚で神白君と会う約束してたんだ!」 車のエンジンをかけると、アパートから由鷹が出てきた。由鷹はシーマの窓を数回ノックした。陽子は窓を開けた。 「な、なに?」 由鷹は一枚の領収書を陽子に差し出した。 「ごめん! これ忘れてた。」 陽子は由鷹から領収書を受け取った。由鷹は頭をかくと陽子に言った。 「あ、コーヒーおいしかったよ…。  ら、来月は一緒に酒でも飲みに行こうか。」  陽子はたまらず大きく頷いた。 「ええ!」 「おやすみ、陽子。」 「おやすみ、由鷹。」 陽子は上機嫌のまま車を秋葉原の自宅へと走らせた。彼女が神白との約束を思い出したのは翌日の朝のことであった。   …4 それから数日が経過した七月二日。朝六時、由鷹はいつもの様に目を覚ました。アパートの階段を降りると一階に住む大家が玄関の掃除をしている。 「ああ乱君。おはよう。」  大家の名は鈴木昇一。五十歳を過ぎる鰻料理店の経営者である。 「おはようございます大家さん。」  由鷹はこの大家から気に入られていた。家賃の滞納は一切なく、礼儀正しい為である。そして由鷹はいつもの様に仕事をかたずけると夕方、再び荒川へと帰ってきた。夕食をとる為定食屋へと入る。 「ビールに枝豆、大盛りオムライス。」 由鷹は入口近くの座敷に座るとリズミカルな発音で注文を済ま せた。ビールを飲みながら由鷹は店内を見渡した。 『今日は客が少ないな…。』 すると由鷹は店内中央、四人がけのテーブルでカレーライスを食べている青年と目が合った。青年は眼鏡を直しながら視線をそらせた。 『この間の学生か…。』 食事を済ませた由鷹は店内を後にした。コンビニエンスストアーで買い物をした後、彼はアパートへと戻ろうとした。 「?…。誰かが…。後をつけている…。」  由鷹はわざと遠まわりをした。人気のない路地にさしかかった時、彼はとっさに後ろを振り返った。 「誰だ! 俺の後をつけているのは!」 だが、由鷹の眼前には腹をすかせた野良犬しかいなかった。 「隠れたって無駄だ! 俺にはわかる!」 数瞬後、観念したのか電信柱の影から追跡者が姿を現した。 「き、君はさっきの…。」  追跡者は先ほど定食屋で由鷹と目が合った、インテリ風の青年である。  「あの…。その…。」 由鷹は青年に歩み寄って行った。 「あんた…。俺に何か用か?」 「い、いえ、何でもありません!」 「うそをつけ! なら何で俺の後をつける?」 「あ、いいえ…。ごめんなさい!  僕…。いいえ私はこういうものです。」 青年はそういうとポケットから名刺を取りだし、由鷹に差し出した。 「超常現象マガジン・NEO…。編集長、伊上悟…。」 「そうです。」 「その編集長さんが何か?」 由鷹はこの名刺を全く信用していなかった。 「え、ええ。ブルズ・アイのことでちょっと…。」 その秘密結社の名前を聞いた瞬間、由鷹の形相が急激に変化した。由鷹は伊上の襟首をわし掴みにすると、路地裏の廃工場に押し込んだ。この工場は折からの不況で閉鎖されている。由鷹は伊上を床に叩きつけた。 「あんた! ひどい目にあいたくなかったら、  俺の周りに二度と近寄るな!」 伊上は眼鏡をかけ直しながら立ち上がった。 「あ、あああああ…。」  由鷹は工場を後にしようとした。しかし伊上が由鷹の前に回り込む。  「ま、待ってくれよ! 君!  やっぱりブルーサンダーなんだね!」   由鷹はその聞き慣れない固有名詞にとまどった。 「ブ、ブルー?」 「そ、そうか…。この名はマスコミがつけたものだからね。」 「…。俺はそんなのじゃない。乱由鷹…。ただの男だ。」 「は、ははは…。ヒーローたる者素性はかくすってね!  僕、これでも君のことを結構調べたつもりなんだよ!  政府が謎の資金補助をこの五カ月間つづけている  唯一人の人間! それにほら。」 伊上はバッグから一枚の写真を取り出した。新都庁前でコンバットマン数名と対峙する由鷹の写真である。  「!」  由鷹は無言で写真を取り上げるとそれを引き裂いた。 「なんてことするんだよ! 折角買ったのに!」 由鷹は再び伊上の襟首を掴んだ。 「俺はいい! 俺はな! 知られて困る問題でもないし!  だけどな! この件に深いりしたらあんたの方が危ないぞ!  政府に付け回されるぞ!」 伊上は苦しそうな表情で由鷹の腕を掴んだ。 「はは…。ははは! やっぱりブルーサンダーなんだ!   やった!」 「あんたな!」 「こ、これで部数拡大間違いなしだ!  ミニコミ生活ともおさらばだ!」 「みにこみ?」 「そ、そうさ…。  俺みたいな大学生が商業誌の編集長な訳ないだろう。」 「…。」 由鷹は伊上から手を離した。伊上は大きく深呼吸をすると衿を正した。 「さぁブルーサンダーさん。インタビューだ。」 「さっきの俺の話…。聞いていなかったのか?  こんなことしてるとそのうち殺されかねないぞ。  それに俺はブルーサンダーとかいう奴じゃない。」 「せ、政府のそういった態度は良くないと思わないかい?」 「え?」 「カスタムクリーチャーの技術を公開しないで、  君の様な一般市民を無理やり改造してさ、  ブルズ・アイが壊滅したらお払い箱って…。  その辺の不満、全部僕にブチまけちゃえよ!」 「…。」  由鷹は拍子抜けしてしまった。 『普通の人って…。やっぱりこうなのか…。  それにしても俺が政府に改造されたって?』 由鷹は急に笑いがこみ上げてきた。 「くっくっくっ…。」 「な、なにがおかしいんだよ!」 「ご、ごめん…。いや…。  なんかおかしくなってきちゃってさ…。ごめんな。」 「ぼ、僕は真面目だ! 僕のペンの力で、  政府の不正を糾弾してやるんだ!  確かに僕は君みたいにブルズ・アイとは闘っちゃいないさ!  サンライズ作戦だってテレビでしか見ていない!  だけど正義を真剣に考えている点では  君に負けないつもりさ!」 「ひー! ひっひっひっ!」  由鷹はその場に座り込んで大笑いを始めた。伊上は所在無さそうに由鷹を見下ろす。 『こいつ…。本当にブルーサンダーじゃないのか?  でも政府の補助金リストには、確かに乱由鷹って書いてあった…。  定食屋でもこいつは乱って呼ばれてたし…。』  笑いが収まった由鷹はようやく立ち上がった。 『こういう手合いは思い込みが激しそうだからな…。  少し脅かしてやるか…。  命の危険を一度でも感じたら、  二度と付きまとうことはないだろう!』  由鷹はそう考えると拳に力を込めた。右手から微量の電気が発生していく。しかしその瞬間、由鷹はなつかしい気配を察知した。 「な、なに!」 由鷹は辺りを見渡した。しかし人影は伊上以外見あたらない。 「ど、どうしたんだい? 乱よしたか君?」 由鷹には伊上の言葉は耳に入らなかった。今、彼の耳に入るのは。 「バイク? バイクの音…。反応とセットで近ずいて来る。」  バイクのエギソーストノイズは工場の前でやんだ。 「あんた…。逃げろ。」  由鷹に声をかけられた伊上はぎょっとした。 「え? え? でも僕の話は。」 「うるせぇ! 死にたくなかったら出て行けっつってんだよ!」 「は、はははは、はい!」 由鷹の気迫に圧倒された伊上はたまらず裏口から工場を出た。しかし彼は裏口で立ち止まるとバッグから一眼レフのカメラを取り出した。 「な、何かが始まる! 今度こそ立ち会ってやる!」 伊上はカメラを工場の中へと向けた。 この気配…。間違い無い、俺と同じ転換者だ。」 由鷹は急激に殺気を高めていった。すると工場の正面扉がゆっくりと開いた。 「…?」 由鷹は扉を開けた男を見て軽く驚いた。男は身長百六十センチ程度。しかしその恰幅は良すぎ、米空軍のボマージャケットでも隠しようがない。 「これでも? 転換者?」 かつて由鷹が闘ってきた転換者達は、多少の例外はあっても高いランクになるにつれ、人間時の容姿もそれなりの人物が多かった。しかし今眼前にいる男はその気配の強烈さとは裏腹に、貧相な外見をしている。男はレイバンのサングラスを外すと、その鋭すぎる眼光を由鷹にぶつけた。由鷹はその瞬間、全てを納得した。 『この眼…。間違い無い!』 男は由鷹との距離を五メートルにまで縮めた。 「乱…。乱由鷹だな。」 「そうだ。」 「俺の名は無形祐嗣。」 「ブルズ・アイの生き残りか?」 「まっそんなところだ。」 「くっ…。俺に何の用だ。」 「殺しに来た。楽に殺す方法はある。  抵抗さえしなけりゃあっと言う間さ。へへへ…。」 「そうか…。」 「どうする? 殺り合うかい?」 「俺は殺されても文句が言えない立場だ。」 「そうか…。素直だな。」 「やってくれ。これであんたの言うとおり楽になれる。」 「そりゃどうも。」 無形はそういうとジャケットのポケットから一本の注射器を取り出した。 「良く効く毒だ。」 「ああ。」 由鷹は左腕を無形に突き出した。 『これでいいんだ…。時代の亡霊が俺を殺しに来る…。  それもいい…。』  無形はニヤニヤした表情で針を由鷹の腕に向けた。 「ファイブの言ってることはやっぱり当てにはならねーな…。  サンダーが一番手ごわいって? クックックッ!」 「何! ファイブだと!」 由鷹の表情が激変した。彼は後方三メートルへ跳躍した。着地した後身構える。 「うっそー! 何なに! 話が違うじゃん!」  無形はそう叫びながら注射器をポケットに押し込んだ。彼も又、身構える。 「乱! この嘘つき野郎! やっぱり命が惜しくなったな!」 「違う! それよりファイブって! 奴が生きているだって?」 無形はニヤリと微笑んだ。 「ああ、ピンピンしてるぜ!  時代に変わって今度は奴がこの日本に楽園を作るんだとよ!」 「なら貴様は時代や仲間の復讐で、  俺を殺しに来たんじゃないんだな!」 「ああ! 俺はお前さんが連中に誘拐される以前に、  ブルズ・アイを脱走したからな! 恨みとかじゃない!  ファイブの命令だ!」 「無形とかいったな! あんた! 俺をファイブに会わせろ!」 「断る! 俺はてめぇを殺しに来たんだ! それだけだ!」 無形はそう叫びつつ、由鷹に突進していった。由鷹は無形の突進をとっさに回避し、彼の背後に手刀をたたき込もうとした。しかし無形もそれを寸でで回避する。二回、回転した後無形は今度は由鷹目がけてジャンプした、飛び蹴りである。由鷹は蹴りを両腕をクロスさせることによりガードした。無形は空中で一回転した後着地する。 『す、すごい蹴りだ…。  転換前にこれだけの技を持っているなんて!』  由鷹は焦った。無形はいやらしい薄笑いを浮かべた。 「どうした乱! 俺様の技に驚いたか! ふふん! 脱走後、 俺だって貴様同様闘い続けたからな!」 「チッ! だったら何故ファイブなんかに手を貸す!」 「仕方ねーんだよ! 俺だって!」 無形は体を低くし、由鷹目がけて突進していった。 「死にたくはねーんだよっ!」 無形はコンバットナイフを抜くと由鷹の腹部にそれを突き刺した。 「ぐぁぁぁ!」 由鷹は腹を押えながらその場にうずくまった。無形はナイフを持ち直した。 「くそったれ! 浅く刺しちまったか! どうする乱!  もう転換する以外、道はないぞ! けけけけ!」 由鷹は鋭い眼光で無形を睨み返した。 「…。ことごとく品のない奴だな、あんた。」 「へっ! 命の取り合いに品もへったくれもねーってな!  それよりサンダーになれよ! Aランクサンダーにっ!」 工場の裏口からカメラを構えていた伊上は仰天した。 「Aランク…。サンダーだって! やっぱり!」 由鷹は腹を押えながら立ち上がった。 「言われるまでもない…。  もう二度と転換するつもりはなかったんだがな…。  ファイブが生きているんなら話は別だ。」 由鷹は急激に殺気を高めていった。髪の気が逆立ち辺りに放電現象が発生する。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 閃光!」 乱由鷹、実に半年振りの閃光である。立ち込める白煙の中、異形の超人Aランクサンダーはその姿を現した。無形は薄笑いを止め、冷静にサンダーを観察した。 「フン! 生でAランクを見るのは初めてだ…。」 伊上は一心不乱で写真を撮っていた。 「! ! ! ! 変身だ! 変身だ!」  サンダーは身構えた。 「さぁ! あんたも転換してかかってこい!」 「OK、OK! あんたもついてるぜ!  この俺の光臨を生で見れんだからさ!」 無形は右拳をサンダーに突き出した。無形の殺気が由鷹同様急激に上昇していく。サンダーは無形がそうしている間にも実戦の感覚を取り戻そうと必死であった。 「光臨っ! ムーン!」 無形は転換、光臨を果たした。転換前の貧相な外見とは異なり、転換後のそれは力強く美しい。黄金色の体が躍動的に動き、無形は見栄を切った。 「俺はAランク、ムーン!」  サンダーはその名を聞いてたじろいだ。 「な、なに! 最後のAランクか?」 「そうだ! サンダー! 貴様と同じな! 俺はAランク! まっランクなどどうでもいいがな! 死ね!」 ムーンは空中で一回転するとサンダーに飛びかかった。サンダーもバック転をしながらそれを回避すると、体勢を整え直した。サンダーは左拳のボルトを引き出した。 「サンダーァァァァァァァァァ! パァァァァァンチ!」  サンダーの電気拳は、だが空を切った。ジャンプしたムーンが空中で腕をクロスさせる。 「それがうわさのサンダーパンチかい? くらえ!  グラビトンボォォォォォォォルッ!」 ムーンの両腕より発射された重力球はサンダーに直撃した。ムーンは着地して状況を確認する。 「やったか!」 しかしサンダーは電気膜によるサンダープロテクトにより、ムーンの攻撃を防御していた。サンダーは考えた。 『ムーン…。重力使いのカスタムクリーチャーか…。』  サンダーはムーンめがけ突進した。至近距離によるサンダーパンチである。だが、ムーンもそれをグラビトンバリアーにより防御した。反作用により弾き飛ばされたサンダーは工場の壁を突き破り、路上に放り出される。 「ば! 化物ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 路上に偶然居会わせた労働者がサンダーの姿を見て驚愕した。彼は思い出してしまったのだ、あの半年前の悪夢を。 「ち、ちぃ。」 サンダーは頭を振りながら立ち上がった。労働者はたまらず表通りへと逃れる。ムーンは工場からサンダーを追撃するため、路上にその姿を現した。 「サンダー…。今宵は満月だ。なんて都合がいいんだろっ!」  ムーンは再びグラビドンボールをサンダーめがけ発射した。しかしサンダーは身を反らしそれを回避した。外れた重力球が塀をなぎ倒し、作烈する。 「なななな、なんてこった!」  伊上は自分のカメラのフィルムが既に尽きてしまったことを悔やんだ。彼は仕方無く自分の車へと戻った。 「スラァァァァァァァァシュ!」 サンダーはスラッシュをムーンに向けて発射した。しかしムーンは再び重力場を張り、それを防御した。 「強いな! サンダー! さすがは俺と同じAランクだ!  だがこれはどうかな? クレーター・フラァァァァァシュ!」  ムーンの頭部から大出力の加粒子波がサンダーめがけて発射された。サンダーはそれを防御する間もなく直撃をくらい吹き飛ばされる。 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 サンダーの体表の電気筋肉は大半がはげ落ち、その体は血を吹き出しながら大通りに叩きつけられた。不意に飛び出してきた サンダーのため、通りを走っていたタクシーがハンドルを切り損ない、通りに面した商店に衝突する。 「ぐ、ぐはぁ…。」  サンダーはタクシーのドライバーが無事であることを眼で確認すると上半身を起こした。そのサンダーの眼前にムーンが着地する。 「クレーター・フラッシュの直撃でも…。しぶてー!」 サンダーは渾身の力を振り絞り、身体中のボルトを突き出した。電気筋肉の保護層がないため、ボルトを出すたびに身体中から血が噴出する。 「おや…。ついに必殺技か? サンダー! なら!」 ムーンもクレーター・フラッシュの体勢に入った。 「サンダーァァァァァァァァ! ノヴァァァァァァァァァァ!」 「クレーターァァァァァァァ! フラァァァァァァァシュ!」  電気嵐と加粒子波は正面から激突した。サンダーはその反動で雑居ビルに叩きつけられる。 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「むぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 そしてムーンもまた、交番に叩きつけられた。  通りの交通状態は、サンダーとムーンの戦いにより、完全に麻痺した。転換が解けた由鷹が瓦礫の中からようやく立ち上がる。 「く、くう…。」 その由鷹を背後から照らすライトがあった。伊上のアコードである。  「サンダーさん! 乗って!」 由鷹は伊上に言われるがまま、アコードの助手席に体を滑り込ませた。 「はぁ、はぁ、はぁ…。」 由鷹は久しぶりの戦闘の為か、精神的にもまいっていた。伊上は車を走らせた。 「どこへ…。どこへいくんだ?」 「あ、ああ…。仲間のところさ、かくまってやるよ。  サンダーさん。」 「伊上さん。」 「はい?」 「俺はサンダーじゃない。いや…。  俺をサンダーと呼ばないでくれ…。たのむ。」 「は、はい、乱よしたかさん。」 「違う。」 「へ?」 「乱由鷹、ゆたかだ。」 「は、はい。」 伊上のアコードは中野へ向った。 「ぐ、ぐぐぐぐぐ…。」  転換の解けた無形もようやく立ち上がった。彼は自分の背後を振り返った。 「警官か?」  半壊した交番の中から拳銃を手にした二名の警官が踊り出てきた。 「てい!」  無形は左手掌から重力波を放出すると、警官を気絶させた。 「サンダーめ…。あの傷であれだけの電気放出ができるとは…。  やっぱすげーや!  こりゃ生奈や開智の手もかりにゃーなぁ!」  無形は満足そうな表情で自分の愛車、ハーレーダビットソンへと向った。 …5 「由鷹君。君の行動はどうも今一つ理解に苦しむよ。」 伊上は車を運転しながら由鷹にそう言った。 「見てたのか? 全部。」 由鷹は伊上が途中買ってくれた服に着替えながら答えた。 「うん。あのムーンってクリーチャーに  殺してくれっていって…。それでいきなりバトルでしょ?  変だね。」 「あ? ああ…。色々あるのさ。色々…。」 「ふーん…。だけど僕もここまで首をつっこんじまったんだ、  少しは知る権利もあると思うんだけど。」 「ああ…。俺は、ブルズ・アイに誘拐され、  そして転換手術を施された。」 「ああっと! ごめん。」  伊上は突然由鷹にあやまった。 「なに?」 「い、いや、そういった濃い話は僕一人で聞くんじゃ  もったいない! 目的地に着いてからにしよう!」 「まだ…、そうか。  この間の定食屋にいた友達も編集仲間なのか?」 「いや、あいつは学校の友達さ。編集部員は別にいる。」 「はぁ。」 由鷹は伊上とのぎくしゃくした会話に軽い疲労を感じていた。 『それにしても…。ファイブが生きていたなんて…。 あのノヴァも空間潜航で逃れたっていうのか…。』 由鷹の心の中に漠然とした決意のような物が芽生え始めていた。 『ファイブ…。全ての始まりはあいつによるものだ…。  ならば…。』 「由鷹君! ついたよ!」 伊上は早稲田通り添いのマンションに車を止めた。 「このマンションが編集部なのか?」 「ああそうさ、ま、もっとも友達の家だけどね。」 伊上と由鷹はマンションの二階にやってきた。角部屋の表札には、「NEO編集部」と書いてある。伊上はインターホンを鳴らした。 「はーい。」 インターホンからは若い女性の声がした。 「俺、俺。」 扉が開いた。 「あん、編集長。どう…。?」 若い女性は伊上の後ろに立つ由鷹を見て軽く驚いた。 「あ、彼は僕の客さ。」 伊上と由鷹は部屋へと入った。部屋の中は編集部らしい設備がととのっている。由鷹は床に積み上げられた「NEO」のバックナンバーを見ると苦笑した。 「ささ、由鷹君。座って、座って。」 由鷹は伊上に進められるがまま、窓際のソファーに腰をおろした。 「雛ちゃん。お茶二つね!」 「はーい!」  伊上は由鷹の対面に腰掛けた。 「すまん。由鷹君。みんな今出払っててさ、  明日になりゃ帰って来るから、話はそのときに。」 「ああ、べつに構わないけど…。」 「あん? どーしたの?」 「い、いや。」 「雛ちゃん? あの子もウチの若手だよ。  まぁ俺も若手だけど。」 「い、いや。」 由鷹はまたも伊上とちぐはぐな会話をしてしまった。そこに雛がお茶を三つ持ってきた。湯飲みを置くと雛は由鷹の横に座ろうとして、結局伊上の横に座った。 「あと二人いるんだよ。ウチは。」 「ところで編集長。どうでした? 取材は!」 「ん? いま君の目の前座っているのが本日最大の収穫さ。」 「え! じゃーこの人って!」 「そーう! ブルーサンダー!」 「うっそー!」 「ほんとーよ! あ、これ現像に出しといて。」 伊上はそういうと雛にフィルムを手渡そうとした。しかし由鷹は伊上からフィルムを横取りすると、それを力任せに握りつぶした。 「な! なんてことするんだ!」 伊上は由鷹に喰ってかかった、由鷹は立ち上がった。 「あのな! 本当に殺されるぞ! 特に写真はだめだ!」 「だけど!」 「そういうことなら俺は帰る!」 出口に出ようとする由鷹を伊上が回り込んで止めた。 「ちょちょ! 待ってくれ! 悪かった!  もう写真はとらないから! ここにいてくれ!」 雛はただひたすらおびえるがままである。由鷹は怒りを押えた。 「…。」 「ご、ごめんな…。由鷹君の苦労も知らずに…。」 「あ、ああ…。」 「座って、座って。せっかくのお茶が冷めちゃうよ。」 由鷹は再びソファーに腰をおろした。 「と、とにかく今日はゆっくりとやすんでさ。」 「でも、長居はしない…。ムーンは必ずここを突き止める。」 「は、? はははは…。」 伊上はハンカチで額の汗を拭きながらテレビのスイッチをリモコンでつけた。 「れれ!」 伊上はテレビを見ておどろいた。先ほどの事件がさっそく報道特別番組としてオンエアーされているからだ。 「へ、編集長…。」 「あ、ああ…。僕もこの現場にいた。」 「す、すご…。」  雛はテレビに映し出されているサンダーとムーンの激戦の爪痕を見て驚愕した。伊上はその驚愕を自分に対する尊敬と、すっかり勘違いしてしまった。 「これでもう傍観者なんていわせないぞ!  僕は歴史の立会人となるんだ!」  しかし、伊上のそんな言葉を、有川雛は聞いてはいなかった。彼女はテレビを見続ける由鷹に注目していた。由鷹はニュースを見、一安心した。 「あれだけの戦闘で軽傷者十二名か…。よかった…。」 雛は由鷹のその独り言を決して聞き逃さなかった。   …6 ファイブの洋館。この館の主、ファイブもまた同様の報道特別番組をテレビでみていた。 「サンダー…。ゲームの主役は君だ…。  せいぜい楽しませて貰うぞ…。」  一方、サンダーとムーンの事件報道を別の角度からみる男があった。彼は喫茶店のテレビで事件の顛末を確認すると、杖をつきながら店を後にした。男の赤いサングラスには六本木の夜景が写り込んでいた。男は一人考えた。  「ファイブめ…。ついに動き出したな…」 男はおよそ夏らしくない黒いコートをビル風になびかせると、六本木を後にした。 こうして新たな闘いの幕はついに切っておろされた。それはサンダー、乱由鷹の地獄道の更なる一歩目であり、時代の恐怖をしのぐファイブの楽園作りのスタートでもあった…。 第九話「復活! 異形のAランク」おわり