第七話「さらば夏彦」 …1  由鷹は陽子のソファで目を覚ました。 「う、うん…。」  キッチンに移されたソファで目を覚ますのはこれでもう五回目である。 『何度かの小競り合いはあった…。  でもどうしてこの場所が掴めないんだ…。』  由鷹は体を起こすと洗面所に向かった。コップに水を入れ、それを口に含む。 「これ…。陽子さんが使っているコップなんだよな…。」  由鷹は投げやりな気持ちで水を喉に通した。 「いいんだ…。いいんだ…。」  洗面所にはめぐるがやってきた。 「由鷹さん。」 「めぐる。」 「もう、大分経ったね。」 「うん。」  めぐるは由鷹の隣で歯磨を始めた。 「モゴモゴモゴ。」  由鷹はどうしてか幸せな気持ちになった。涙がこぼれ落ちそうでもある。 「めぐる…。」  あれからこの家では何もなかった。時々、陽子に対する劣情も抱いたが、その度に由鷹はハルメッツの機械的な体を思い描くことにしていた。 『結局…。サンダーとか、ブルズアイとか…。  そこまでは変わらないんだな…。』  事実を正確に把握してない由鷹の暴論であった。なぜなら、Aランク以下の転換者は生殖機能が撤去されていたからだ。この由鷹の発想は一方的な思い込みである。 「ねぇ由鷹さん。」  洗面を済ませためぐるが由鷹に尋ねた。それも自信に満ちた瞳で…。陽子は夜型の性質の為、朝だったら由鷹と二人のみの会話が出来ると信じたからの自信である。 「なに? めぐる?」 「陽子ってすごいんだよ! 日が出てるまでお酒のんでるし、  独り言も多いし!」  由鷹は顔を洗うとタオルで水を拭った。 「いい女への登龍門って奴さ…。めぐるも見習わなきゃ。」 「いやよ、あんなの、だってうらみっぽいもん。」 「今まで結構幸せな人だったんだろ? 今と落差がありすぎるのさ。」 「そうかなぁ…。」 「それに俺、好きだぜ、陽子さんのこと。」 「…。」  めぐるは黙り込んでしまった。 「めぐるも好きさ、それに竜さんも。それじゃだめなのか?」 「だめじゃ…。ないけど…。」  めぐるはしゃがみ込むと視線を床に移した。 「どうしたんだ…。めぐる。」 「由鷹さんは優し過ぎるんだよ。」  由鷹は朝食の準備を始めた。 「冗談はよせよ、俺は残酷な男だ。」 「そういうのって、一方的なカッコつけだと思うけど…。」  めぐるも由鷹に倣い、テーブルに食器を並べる。 「そんなことはないさ。特にブルズ・アイの連中に対してはね。」 「ね、由鷹さん。もし、夏彦さんとか…。  ブルズ・アイとかやっつけたらどうするの?」 「そうだな…。そのときは…。ありふれてるけど…。旅にでも出るか?」  めぐるに尋ねる様に、由鷹はそう言った。 「もう、もとには戻れないのかな…?」 「さぁね…。多分無理だとは思うけど…。」 「旅に出るんだったら…。めぐるも連れてってくれないかな?」 「別に…。いいけど…。」 「ありがと…。 でも二人でなきゃ嫌だよ!」 「だろうね、陽子さんは政府の仕事があるし、  竜さんだって色々あるんだろうし。」 「そういえば、竜さん…。」 「ああ、連絡がないな…。」 「…。」  めぐるは黙り込むとテーブルについた。 「どうしたの? めぐる?」  めぐるは寂しげにつぶやいた。 「早く旅に出れるといいね…。」  その時、玄関の呼び鈴が鳴った。 「客? 誰だ。」 「あたし見てくる。」  めぐるが玄関まで走った。すると、寝室から着替えた陽子が食堂にやってきた。 「おはよう。」 「あ、何かお客さんみたいだけど。」 「ねぇ、いつかの是玖斗の仲間が来てるよ。」  めぐるが玄関からそう言った。陽子は玄関まで向かうと、相手を確認して扉を開けた。陽子とめぐるの前に立つ男。それは神白であった。 「神白くん…。」 「ど、どうも…。」  神白は人生調のプロテクタースーツを着用していた。 「どうしたの? その服…。まさか人生調が再編成されたの?」 「いいえ、これが連中とやりあうにはベターなスタイルなんで…。着ているだけです。  あの…。あがって良いですか? 大切な話が…。」 「あ、ごめん…。」  陽子はめぐるに視線を移した。意図を察知しためぐるは食堂へと戻った。陽子が言葉を続ける。 「いまたて込んでて…。」  神白の表情が険しくなった。 「奴がいるんですね。」 「そうよ。」 「俺は構わないんですが。」 「…わかったわ。」  陽子は神白を食堂に案内した。しかしそこには由鷹もめぐるもいない。神白は洞察した。 『奥の部屋に隠れているのか…?』 「コーヒーでいいわよね。」 「はい。」  陽子は神白にコーヒーを出した。カップを見つめながら、神白はつぶやいた。 「班長…。」 「もう班長じゃないわ。」 「なら、陽子さん…。」  名前を呼ばれた陽子は、目の前の大柄な青年に嫌悪感を抱いた。 「あの乱とつるむのは…。やめたほうがいいですよ。」 「もう、彼とは何回も一緒に戦ってるのよ。」 「だが、もし組織が彼の体にコントローラーとかを  取り付けていたら…。」  神白の懸念は陽子とて理解できるものであった。彼女は苦笑いを浮かべた。 「そうね、私も危ないわね。」 「だったら、早く彼を県博士に調査させるべきです。」 「彼が拒否している以上、それは無理よ。」 「しかし…。」 「確かに彼は、ブルズ・アイの人間だったかも知れないけど…。  それは彼が望んでそうなった訳じゃないわ。  由鷹くんは自分の意思で私達に協力してくれているの。  無理は言えないわ。」 「…陽子さんは、  あの化け物をコントロールできる自信があるんですか?」 「…私も化け物の端くれだから、どうにかできるわ。」  自分が言った言葉の意味を、神白は今さらながら認識してしまった。 「すみません…。」 「ところで…。神白くんは今どうしているの?」 「人生調も解散しましたし。一人でパトロールですね。」 「そんな…。それこそ危険すぎるわ。」 「平気ですよ。銃もありますし。」  神白はショルダーホルスターから、拳銃を引き抜いた。 「その銃…。どうしたの?」 「組織は解散しましたが、混乱してましてね。  銃器の類はどうにかなるんです。」 「だけど…。生身の人間が連中とやりあうのは危険よ。」 「そんなことは無いですよ。ま、乱くんの様にはいきませんが、  既に何人かの人造生体は始末しています。」 「これからも…。それ、続けるの?」 「ええ…。それで、陽子さんに…。  一緒にやってもらえないかと思って。」 「いいわよ。」  陽子の意外なる返事に、神白は破顔した。 「本当っスか!」 「ええ、うふふふ…。実は私も、二型をまだ国に返却してないの。」 「なるほど…。くっくっくっ、こりゃケッサクだ!」 「でも条件があるわ。」 「は? はぁ…。」 「由鷹くん達と一緒に行動すること…。いいかしら?」 「…。」  神白は表情を曇らせると、視線をコーヒーカップに移した。 「どう?」 「じ、自分と…。陽子さんの二人で…。じゅ、充分だと思います。」 「そんなことないわ。」 「しかし! 俺は連中を何人も始末してきた!」 「どんな奴を?」 「え?」 「神白くん。貴方が倒した人造生体って、どんな奴を何人倒したの?」  そう言う陽子の口調は、人生調是玖斗班班長としてのそれであった。 「…黒の上下に表情が見えないのを…。五、いや、六人ほど…。」 「コンパットマンね…。神白くん、あなたが倒したっていうの…。  敵の中でも一番ランクの低い連中よ。」 「でも…。」  陽子はトランクをテーブルに上げた。 「見て、神白くん。」  陽子はトランクを解放して、格納形態の新旋二型を神白に見せた。 「…こりゃ…。」  新旋二型はあちこちにダメージを受けていた。 「由鷹くんと…。もう一人、そういった人がいるんだけど、  私を入れた三人で闘っても…。かなりの苦戦を強いられているのよ。  つまり、敵の中枢に打撃を与えるのって、そういうことなの。」 「でも…。」 「どうしても彼等と一緒に行動できないんだったら…。神白くん、  わたしも貴方とは一緒に闘えないわ。」  陽子のその言葉に、神白は顔を真っ赤にしながら、体を震わせた。 「よ、陽子…。」 「ごめんね。神白くん。」  神白は席を立つとも陽子に背を向けた。 「…。」  陽子は玄関に向かう神白を目で追った。 「さようなら…。班長。」  神白は陽子の部屋を後にした。食堂のベランダには、由鷹とめぐるがいた。 「由鷹さん。」 「?」 「どうしてあたし達がベランダ何かにこなくっちゃいけないのよ。」 「陽子さんと神白さんの大切な話を邪魔するわけにはいかないだろ?」 「そりゃ、そうだけど。」 「めぐる、俺、ちょっと行ってくる。」  由鷹はベランダから地上に飛び降りて行った。 「なんだかな…。」  窓を開けると、めぐるは食堂に戻った。陽子は疲れきった表情でコーヒーを飲んでいた。 「是玖斗…。あいつきっとあんたのこと…。」 「めぐる…。うん、わかってるけど…。」  めぐるは陽子の背後に立つと、反対側の席のコーヒーカップに視線を移した。  由鷹は車に乗ろうとする神白を呼び止めた。 「神白さん!」 「ああ、乱君か。」  神白は振り返ると、由鷹に暗い笑みを向けた。その余裕に由鷹は躊躇してしまった。 「ど、どうも…。」 「君には色々とひどいことをしてしまったな…。」 「それはもういいんですけど。車でお帰りですか?」 「ああ、ID次第で検問はどうにでもなるからな…。  それよりその言葉使い、どうにかならないのか?」 「は、はぁ…。で、これから、どうする?」  陽子に対してとは違い、神白に対しては容易に言葉遣いが対等になる由鷹であった。 「取り敢えず振られちまったからな…。  それにこうやって運転していれば、また連中にブチ当たるだろう?」 「ええ…。でも気をつけた方がいいと思うな…。  転換者…。貴方がいう人造生体にはランクがつけられていて、  今まで倒しているのはFランクだと思う。」 「へぇ…。なら、以前君の家を襲撃したのは?」 「あれはCランク。」 「なら、うちの本部を襲ったのは?」 「Bランク。」 「君は?」 「Aランク…。」  由鷹は静かにつぶやいた。神白は車のドアに寄りかかると、皮肉を込めた苦笑いを浮かべた。 「たしかにあまり深入りしない方がよさそうだな。」 「ええ…。連中を壊滅させるメドはついている。  じき、平和になるだろう…。」  これは由鷹の嘘である。 「ブルズ・アイの壊滅など、どうでもいい。」 「え?」 「俺が、まだこの件に関わっているのは、  陽子さんに対しての俺のこだわりでもある。」 「…。」  神白は車に乗り込むと軽く手を振って、発車させた。 「こんな…。茶番劇に付き合ってる余裕はないんだよな。」  由鷹は陽子の部屋に戻った。 「陽子さん…。」  陽子は由鷹に疲れた顔を向けた。 「由鷹くん。竜さんから連絡きてないけど…。どうする?」 「ええ…。行ってみようと思うんですけど。」 「そうね、ここでじっとしていても、仕方無いものね…。」 「由鷹さん!」  めぐるがテレビの前のソファから、由鷹を呼んだ。 「どうしたんだ?」 「夏彦さんが…。テレビに出てるよ!」  由鷹と陽子はテレビの前に駆けよった。 「な、夏彦…。」  テレビに映っているのは、サンダー・キラーに転換した夏彦だった。 「ここって、テレビ局のスタジオだよね。」 「あ、ああ…。」  サンダー・キラーは六本木にあるテレビ局の報道スタジオで、ゆるやかなる殺戮を繰り広げていた。テレビマンは職場を放棄することもできず、 褐色の人造生体が同僚達を殺害していく様をただ放映していた。サンダー・キラーは落ちているマイクを拾い上げると、カメラに向かって叫んだ。 「由鷹! この放送を見ているのなら、ここに来て俺と勝負しろ!  お前が来ない限り、俺は殺しを続ける!」  スタジオに突入してきた陸上自衛隊のライフル部隊が、サンダー・キラーへ向け、一斉に射撃をした。ライフル弾が数発命中し、サンダー・キラーはその場に倒れた。 「き、貴様らぁ!」  サンダー・キラーは両手のパイルを伸ばし、隊員達を皆殺しにした。 「由鷹! こい! この卑怯者め!」 「よく言うよ!」  めぐるがブラウン管に向かって叫んだ。  陽子は怪訝そうな表情で由鷹を見つめた。 「まさか誘いに乗るつもりじゃ無いでしょうね。」 「行きませんよ行き。今の俺じゃあいつに勝つことはできない。」 「竜さんの所に行く?」 「そうですね。それが一番いい…。」 「私、車の準備をするわ。五分くらいしたら、降りてきて。」  陽子はトランクを手に取ると、玄関に向かった。めぐるは由鷹を見上げた。 「由鷹さん…。」 「夏彦…。かなりまずいな。」 「どうして?」 「今のテレビの様子だと、あの行動は奴の我儘でやってるんだろう。」 「そうなの?」 「あ、そんな気がする…。だとすれば…。」 「夏彦さん、悲しそうな目をしていたね。」  由鷹はテレビから視線を外すと、一つの事実に気付いた。 『夏彦が…。泣いている…。』 …2  由鷹達はパトカーで高尾山に向かった。ラジオでは、サンダー・キラーのテレビ局襲撃事件の続報を流していた。陽子は状況を分析した。 「自衛隊がスタジオを完全包囲か…。」 「ブルズ・アイにとっていい揚動作戦になってますね。」 「そうね。関東の残存兵力の大半が、テレビ局に集結しているようね。」 「でも…。どうしてそんな大がかりな…。一人の転換者に対して。」 「うん…。ここ最近、ブルズ・アイも目立った動きを  見せてなかったでしょ?」 「そうですね。」 「ほんと、由鷹くんの言うように、揚動作戦じゃなければいいけど…。」  ラジオの放送は、サンダー・キラーが自衛隊の包囲網を突破し、テレビ局を脱出したことを伝えた。 「しびれを切らせたのね…。」 「…。」  陽子のつぶやきに、だが由鷹は返事をすることができなかった。 …3  十二月二十三日。ブルズ・アイの宣戦布告から、既に一週間が経過していた。その間に起こった事件とは以下の通りである。 十二月十六日   時代乱九郎、電波ジャックにより、日本政府に対し  宣戦を布告。同日、自衛隊練馬、松戸、習志野、  市ヶ谷各隊をカスタムクリーチャーの戦隊が襲撃。  また、米軍横田基地にも襲撃。  日本政府、関東全域に無期限外出禁止令を発布する。  高尾駅付近でカスタムクリーチャー同士の戦闘。  同駅壊滅。  大井埠頭で爆破事故発生。 十二月十七日  練馬、習志野、横田各基地が壊滅的被害をこうむる。  死傷者約三千名。ブルズ・アイの被害はコンバット  マン二名の損失。  日本政府、大井埠頭に調査団を派遣、爆心地付近より  大量の生体実験器材、ブルズ・アイの秘密文書が発見  される。 十二月十八日  松戸、市ヶ谷基地壊滅。関東の在日米軍、一時的に  太平洋沖に撤収する。内閣特別委員会が設置される。  カスタムクリーチャー、都内で散発的に殺戮を実行。  若干数の一部特権階級が東京より密かに脱出する。 十二月十九日  東京湾沖より、カスタムクリーチャーによる粒子砲撃  が敢行される。東京タワー、サンシャインビル、新宿  NSビルがこれにより破壊される。  日本政府、対カスタムクリーチャー部隊を編成する。  隊長はもと「人生調」隊員、兵堂五宇。 十二月二十日  対カスタムクリーチャー部隊、ブルズ・アイ構成員と  衝突。部隊は壊滅し、兵堂隊長重傷により入院。 十二月二十一日  宣戦布告以来、はじめてブルズ・アイによる事件発生  が停止する。  上野で暴徒と化した在日外国人数百名が銀行、及び  商店を襲撃。機動隊がこれの鎮圧に向かう。 十二月二十二日  上野騒乱鎮圧。暴徒側の死者五名、重軽傷者百三十名  警察側の負傷者三名。たたし警察発表。  陽子の運転するパトカーは、高尾駅付近に到着した。陽子が扉を開け、外に出る。 「この先は歩いて行きましょう。」  由鷹とめぐるもパトカーから降りた。 「駅は修理されていないんだな…。」  サンダー・ノヴァによって破損した駅を見ながら、由鷹はそうつぶやいた。 「由鷹さん、早く行こうよ!」  めぐるが由鷹の手を引いた。その瞬間、由鷹は強烈なる殺気を感じた。振り返る由鷹の視線の彼方には、バイクにまたがったライダー、夏彦が由鷹を睨みつけていた。 「警察をまくのにてこずったが行き。くっくっくっ…。  こうも簡単に見つかるとはな。」  由鷹は身構えた。 「夏彦…。陽子さんとめぐるは竜さんを呼んできてくれ!」  由鷹の呼びかけに、陽子とめぐるは頷くと高尾山に向かって走り始めた。 「夏彦! 挑発の仕方も悪役めいてきたもんだな!」 「だ、だまれ由鷹!」 「もう、後がないんだな、夏彦。」 「…。」  夏彦は苦々しい表情をすると、サンダー・キラーへ転換した。同時に由鷹も閃光する。 「コムの液体の効力も切れたか…。」 「ああ、陽子さんにもらったワクチンのおかげでな。」  サンダー・キラーは防御体勢をとった。 …4  陽子はめぐるを抱え上げると、山を駆け登っていった。 『このままじゃ…。由鷹くんは夏彦くんに勝てない!  竜さんは対策に成功したのかしら…!』  陽子の不安は拡大する一方であった。登山を始めて十分後、二人は竜の小屋までやってきた。陽子は生体探知機で中の様子を探った。 「いる…。」  陽子は扉をノックし、小屋の中へと入った。 「是玖斗さんにめぐるくん…。どうした?  俺も今、連絡を取ろうと思ったんだが…。」  竜は訪問者に驚きつつ、煙草をもみ消した。 …5 「どうした由鷹!」  サンダーは苦戦を強いられていた。電気技はそのすべてを封じられており、肉団戦に持ち込もうとしてもサンダー・キラーの両手に装備されているパイルのため、うかつに接近することもできない。 「はぁ…。はぁ…。はぁ…。夏彦よ…。失敗だったな。」 「? 何の負け惜しみだ?」 「確かに、一対一ならお前に勝ち目もあるが…。  俺には味方が二人いる。」 「ほう…。しかしあの政府の機械人形はともかく、  できそこないのノーランクはそれほどお前に協力的かね?」 「どういう意味だ…?」 「あの男は…。ふん、まぁいい!」  サンダー・キラーは両手からパイルを伸ばすとサンダーに襲いかかった。 「プロテクト!」  サンダーは電気膜でサンダー・キラーの突進を防いだ。サンダー・キラーき一旦身を下げ、体勢を建て直し、尚もサンダーに攻撃を仕掛けた。 「サンダーカノン!」  サンダーの両手から電気球が発射された。しかしサンダー・キラーは両手のパイルを地面に突き刺し、電気を全て地面へと逃がした。 「く! やはり駄目かぬり」  サンダーは舌打ちした。サンダー・キラーはパイルを地面から引き抜き、身構えた。しかしその背後から別の電気球がサンダー・キラーに命中した。 「な、なにぃ!」  体勢が崩れたサンダー・キラーの右腕に、さらにWEED弾が命中した。 「グワァ!」  右腕を押えつつ、サンダー・キラーは弾の軌道を見据えた。その視線の彼方には、フロトサンダーとハルメッツが身構えていた。 「政府の機械人形と…。出来損ないのノーランクか…。」  救援に間にあったプロトサンダーとハルメッツは、さんだーのに駆けよった。 「よ、陽子さん…。」 「間にあってよかったわ。」  めぐるもサンダーに駆けよった。 「由鷹! 由鷹さん!」 「めぐる…。」 「大丈夫? 平気?」 「ああ…。何とかな…。」  ハルメッツは右足の救急パックを展開させると、サンダーに投薬をした。プロトサンダーはサンダー・キラー目がけてカノンを連射した。しかしサンダー・キラーはその全てをパイルによって地面に流し込むと、突進してパイルをプロトサンダーの腰に突き刺した。 「振動波!」  サンダー・キラーはパイルから地震波をプロトサンダーに流し込んだ。衝撃を受け、プロトサンダーその場に倒れた。 「どうだ出来損ない…。」 「東…。峰…。夏…。彦…。Bランクでありながら、かなりの…。  戦闘力だな…。」 「当然だ! 俺は多くの実戦と追加装備により、  いまやAランク以上の力を手に入れた!  俺の力を上回る者など、この地上には存在せん! ぐっ!」  しかし、サンダー・キラーはその場に片膝をついてしまった。 「ちっくしょう…!」  プロトサンダーは、サンダー・キラーの変化を理解した。 「やはりな…。無理な追加改造による、拒絶反応か…。」 「だまれ!」  サンダー・キラーは立ち上がると、プロトサンダーの背中を踏みつけ、サンダーとハルメッツ目がけてジャンプした。ハルメッツはWEED砲を連射したが、サンダー・キラーはそのことごとくを回避し、着地と同時にパイルを地面に打ち付けた。 「ダンシング!」  ハルメッツの周囲に強烈な振動が起き、彼女は空中に放り出された。 「はぁはぁはぁ…。これでお前を助ける者は、  誰一人としていなくなった…。」  サンダー・キラーは荒い息づかいで、サンダーに歩みよった。 「な、夏彦…。」 「時間が無いんだ…。ここで死んで貰うぞ。」  左腕のパイルをサンダー・キラーは振り上げた。サンダーの体力は回復しきっておらず、思うように動くことはできない。 「さらば! 由鷹!」  サンダー・キラーはパイルをサンダーの頭部目がけて振り降ろした。しかし、パイルはサンダーに命中することなく、少女の肉体を貫いた。 「なに!」  サンダーは我が目を疑った。サンダー・キラーのパイルはめぐるの腹部を貫き、その先端がサンダーの眼前に迫っていた。めぐるの血がパイルを伝わって、サンダーの首筋に流れた。 「あ、ああああ…。」  両手を震わせながら、サンダーは背後からめぐるの両肩をつかんだ。 「なんて…。なんてことだ…。」  そう声を震わせながら、サンダー・キラーはパイルをゆっくりと引き抜いた。 「あ、あたしだって…。由鷹さんの盾になることぐらい…。  できるんだから…。」  めぐるはそうつぶやくと、サンダーに倒れかかった。 「ち、違う…。わざとじゃない…。うぐっ!」  サンダー・キラーは胸を押えると、その場に片膝をついた。 「ゆ、由鷹…。決着は…。今夜だ。今夜十一時、都庁で待っているぞ。」  バイクにまたがると、サンダー・キラーはその場を走り去った。サンダーはそれを追うことなく、転換をとくと、めぐるを抱き直した。 「めぐる…。」 「旅…。一緒に出られなくなっちゃったね…。」  めぐるはそうつぶやくと、目蓋を閉じた。めぐるの死に、だが、由鷹はなぜか冷静であった。 「めぐるが…。死んだ…。俺より先に…。めぐるが死んだ…。」 …6  めぐるの死から数時間が系かした。ここは竜の小屋、午後八時。二階の寝室。 「…。」  由鷹は放心状態のまま、ベッドを凝視している。ベッドにはめぐるの遺体が横たわっていた。 『死んじまったら…。それで終りなんだ…。めぐるも…。  俺が殺した連中も…。みんな…。』  由鷹はめぐるのためだけに闘っていたわけでは無い。その認識を人一倍持っていた陽子は、意を決し寝室にやってきた。 「ゆ、由鷹くん…。」 「あ、陽子さん。」 「あの…。」 「いいんです…。気を使わなくても…。今夜、埋めるなり…。 しましょう…。」 「…。」  あまりに冷静な由鷹に、陽子は恐怖すら憶えた。 「自分でも恐いんですよ…。何でこう…。泣けないのかって…。  不思議で仕方がないんですよ…。」 「由鷹くん。」  由鷹はベッドの脇に置いてある椅子に腰掛けた。 「俺はこれまで敵を相当殺してきた…。  そのツケはいずれ俺自身が払わらなく  ちゃいけないと思ってた…。」 「めぐるさんも…。きっと満足してたと思うわ…。」 「そうでしょうか…。」 「由鷹くん、めぐるさんは死んじゃったけど、  生きてる私達にはやらなくちゃいけないことがまだ残ってるわ…。」 「ええ、わかってます…。夏彦との決着は…。自分の手でつけます。」 「私も手伝うわ…。」 「いえ、陽子さんも、竜さんも…。いいです。一人でやります。」  由鷹は陽子に視線を向けること無くそうつぶやいた。 「だけど…。夏彦くんには…。」 「でも…。一人でやらなきゃ意味がないんです。あいつは一人だった…。  だけど俺にはめぐるや陽子さんや、竜さんがいる…。  あいつとの決着は俺一人でつけなくちゃ意味がないんです…。」 「…。」  陽子は黙ってしまった。 「もともと俺は、時代乱九郎や、  こんな闘いに巻き込んだ連中に復讐をしたかっただけなんだ…。  でもこんな力があったって…。  めぐる一人を守ることもできなかった…。夏彦を倒せなきゃ…。  まず夏彦を…。」  由鷹は始めて涙を流した。陽子が由鷹に近づいていく。 「陽子さん…。」  由鷹は座ったまま、陽子にもたれかかった。陽子は由鷹の頭を優しくなでた。 「由鷹…。」  陽子は由鷹の名をつぶやくのが精一杯であった。 …7  夏彦はバイクで渋谷の繁華街までやってきた。過度の細胞改造により、崩壊を起こしそうな肉体をリフレッシュさせるためだ。本来、上陸したブルズ・アイ構成員は高輪プリンスホテルをその休息所にしているのだが、単独行動をとっている夏彦は幹部達のいない渋谷の地下街を独自の休息所として使っていた。渋谷の地下街…。ここには命令無視や、略奪行為を働き幹部からの粛正を恐れる構成員たちが数十名、やはり夏彦と同じように休息に来ていた。時が立てば、当然彼等も粛正されることになるだろう。 「ふぅ…。博士、やってくれ。」  地下街に設置されたソファに腰を落ち着けると、夏彦は脇に立つ白衣の老人に投薬を求めた。 「かまわんが…。これ以上の投薬は…。」  老人はバッグから銃型の投薬機を取り出した。 「危険だと言いたいんだろう…。牧村博士、だがもう一度…。  今夜の予定は外せないんだ。」  牧村は仕方無さそうな表情で、夏彦の右腕に投薬した。 「ふぅ…。助かる。感謝しているよ博士。  俺の我儘に付き合ってくれて…。」 「私も君の身体については色々興味があるからな。」 「ファイブからも頼まれているんだろ?」  夏彦に言われながらも、牧村は手際よく投薬後の検査を始めた。 「ああ…。そうだ、なぜ高輪へ行かん、  お前さんは命令違反をしている訳じゃないだろうに…。」 「なんとなく…。かな。」  検査を終えた牧村は、道具をバッグにしまい込んだ。 「じゃ、私はここで失礼する。」 「ああ、ありがとう。」 「無理はするなよ。」  医者としての発言をすると、牧村は護衛のコンバットマンと共に地下街を後にした。 『わかっているさ。』  夏彦はソファに深く座り直した。遠くの通路から足音が聞えてくる。 「?」  夏彦は足音の対象者が転換者であることを察知した。 「サンダーは倒せたの? 夏彦。」  足音の主はウインドであった。彼女は夏彦の前までやってきた。 「いや、まだだ…。だが今夜、ケリをつける。」 「いつもそんなこといってるじゃない。」 「三対一…。いや、四対一だったからな。  だが、由鷹が以前と変わらなければ、今夜は一対一で勝負ができる。」 「ふぅん…。」 「なんだよ…。それより真由。」 「?」 「作戦さぼっていいのかよ。」 「今は待機中よ。次は国会議事堂を制圧するわ。そうすれば…。」 「そうか…。ところで本拠地の警備はどうなっているんだ?」 「ファイヤーとウオーターがやってるわ。  多分あたしもあっちに帰ることになると思うけど…。」 「そうか…。なら安心だな…。くっくっくっ。」  夏彦は妙な納得をした。 「なによ?」 「Aランクと対等に話すBランクなんて…。  俺くらいなものだよな、真由。」 「…。」  眉は無言で夏彦の首に両腕を回した。 「くっくっくっ…。」  夏彦は充足感でいっぱいだった。 「なぁ真由、まだ竜のこととか…。こだわっているのかよ?」  夏彦のその言葉に、真由の表情は険しいものへと変化した。首に回した右手は顔面まで回り込み、その指が夏彦の眼球をとらえ、左手の爪は首筋に突き立てられた。 「夏彦、あんた気易過ぎるんだよ。」  決して大きな声ではないが、力強く真由はつぶやいた。夏彦は小刻みに歯を震わせた。 「わ、わかった…。す、すまない。」 「んふふふふ…。素直な男って…。大好きだよ。」  そういうと、真由は夏彦の眼球に当てていた指を彼の唇にまとわりつかせ、優しく微笑んだ。 …8 「行くか? 由鷹君。」  小屋の入口、新宿に向かおうとする由鷹に竜が語りかけた。 「ええ、あいつの混乱を取り除くことができるのは…。  俺だけなんです。」 「一人で大丈夫なのか?」 「わかりません…。ただ、一人でやらなきゃ意味がありませんし…。」 「そうか…。だったら一つだけ忠告しておく。」 「はい。」 「パイルだ。奴のパイルを折ることができれば勝期は見えてくる。」  由鷹は竜の冷静な忠告に若干の戸惑いを感じた。 「あ、はい…。あと…。もし俺が帰ってこなかったら…。  めぐる、お願いします。」 「ああ、わかった…。」  頷いた竜であったがその直後、彼は体のバランスを崩した。 「竜さん…。」 「な、何…。夏彦君にやられた場所が痛んだだけだ…。行け由鷹君。」 「じゃあ…。」  由鷹は軽く手で挨拶をすませると、小屋を出た。陽子のパトカーで新宿についた由鷹だったが、駅前では暴徒がビルを焼いている。 『警察も…。野放しか…。』  由鷹は暴徒を一瞥すると、人通りのない路地にパトカーを止め、都庁ビルに向かって歩き出した。途中、暴徒にまぎれたアンダーランカーの構成員達との戦闘があったが、そのことごとくを難無く処理し、彼は都庁前までやってきた。 『意外だな…。こっちは静かだ…。静か過ぎるくらいだ…。』  事実、都庁付近に人通りはなく、辺りは静まりかえっていた。由鷹はビルの前に止められている夏彦のオートバイを発見すると、エンジンを軽く触った。 「冷たい…。」  由鷹は意を決し、ビルの中へと入った。辺りを見渡すが、人の気配はない。 『どこだ…。夏彦は?』  精神を集中させた由鷹は、共鳴反応を中央広場に認めた。 「いた!」  広場には煙草をくわえた夏彦が立っていた。夏彦も由鷹に気付き、ニヤリと微笑んだ。 「夏彦!」  由鷹はロビーを突破して、広場へと突入した。夏彦との距離は二十メートル。二人は正面から対峙する形となった。 「由鷹よ、まさか本当に来るとは思っていなかったぞ!」 「夏彦…。」 「あの娘は死んだのか? 由鷹!」  夏彦は由鷹に嘲りの笑みを浮かべつつ、そう叫んだ。 「何…。」 「怒っているのか? 由鷹。」 「…。」 「ハッハッハッ! この情けない奴が!  Aランクにまでなって何だそのザマは! たかがガキが一人死んじまったくらいでマジになりやがってよ!」 「き、貴様ァ…。」 「来いよ由鷹! 閃光して俺にかかってこいっ!」  冷静さを欠いた由鷹は、夏彦が挑発しつつもその声が微妙に震えていることには気付かなかった。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」  由鷹は叫び、転換した。 「地覆!」  夏彦も転換した。広場の一段高い植え込みにジャンプすると、サンダー・キラーは見栄を切った。 「俺は人類の味方にして、サンダーの天敵! サンダー・キラー!」 「…。」  サンダーは無言で両手に電気をため込んだ。 『チャンスはそう無い…。奴のパイルさえ折れれば…。』 「ダンシングアァァァァァァァァァァァァァァス!」  地面に突き刺されたパイルによって地震が起きた。サンダーは空中に跳躍し、衝撃から逃れた。そのサンダーめがけ、やはり跳躍をしたサンダー・キラーがパイルを突き立てる。 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇい!」  だがしかし、二本のパイルはサンダーの胸部を貫く前に、その両腕に吸い付いてしまった。もつれ合いながら二人のカスタムクリーチャーが広場に着地する。 「う、動かん!」  サンダー・キラーはパイルを抜こうとしたが、サンダーの両腕から微動だにしなかった。 「夏彦、忘れたか…。  俺の両腕はそれぞれプラスとマイナスの電気を発生させる…。  ちょっとした工夫で貴様のパイルを…。」 「く、く…。」  サンダーは両手に力を込め、それまでとは反対の方向にひねった。サンダー・キラーのパイルが鈍い音を立て、折れた。 「な、何!?」 「これで貴様も終わりだ! 夏彦!」  サンダーは、サンダー・キラーを蹴り上げた。着地するサンダー・キラーであったが、動揺の色は隠せなかった。 「その気迫…。その冷静さ…。由鷹!」 「今…。楽にしてやる…。夏彦!」  サンダーノヴァの体勢を取ったサンダーは、体中から発電を開始した。 「ノヴァァァァァァァァァァ!」  これまでにない大出力の電気嵐を、サンダーは全身から発射した。サンダー・キラーは巨大な電気の渦に体を包まれ、地面にたたきつけられた。 「ぐ…。ぐはぁ…。」  サンダー・キラーの転換が解けた。さしてサンダーも転換を解きつつ夏彦に歩み寄る。 「ゆ、由鷹…。」  夏彦の全身は血にまみれている。もう、それほど長い命でないことは由鷹の目から見てもわかった。 「夏彦…。」 「あ…。あっけないもんだな…。こうも簡単にやられるとは…。」 「…。」 「結局…。俺はお前を抜くことは出来なかった…。  こんな無理をしてもな…。」 「何だって…。」 「負けたくなかった…。何であろうと…。  お前にだけは負けたくなかった…。」  そう言う夏彦の表情は、どこか穏やかであった。 「夏彦…。」 「ゆ、由鷹よ…。」 「…。」 「りゅ、竜には気を付けろよ…。  あいつはお前を利用しようとしている…。」 「…。」 「それと…。ブルズ・アイをぶっつぶすんなら…。  トリプルAより恐ろしい奴がいる…。  由鷹、お前も知っているだろうが…。ファイブだ。」 「あ、ああ…。」  夏彦の息は次第に荒くなってきていた。 「い、いいよな…。お前はAランクで…。  闘いが終ったら人間に戻してもらうんだろう?」  由鷹はその夏彦の台詞に衝撃を受けた。 「も、もどれるのか!」 「あ、ああ…。なんだ…。知らなかったのかよ…。  Aランクだけはな…。俺や…。  出来損ないのノーランクは無理だが…。」 「ど、どうすれば…。」 「いち…。一番てっとりばやいのが、本拠地で逆手術を受けることだ…。  そ、それより…。あの…。なんていったっけ…。  お前と一緒にいたいい女は?」 「陽子さん…?」 「ああ…。うらやましいな…。あんないい女、なかなかいないぜ…。」  そう言うと、夏彦の体から生気が抜けていった。 「夏彦…。」  由鷹の呼びかけにも返事は無い。  由鷹は夏彦の肩を抱いた。しかし、夏彦の肉体は段々と崩壊していく。由鷹は両手を顔に当ててつぶやいた。 「こんなの…。いやだ…。俺は…。こんなのは…。いやだ…。」  東峰夏彦、常に乱由鷹を追い続けた青年…。その執念の男も狂気の闘いの中で遂に果てた。しかし乱由鷹の闘いは終らない…。 第七話「さらば夏彦」おわり