第五話「人類破滅のプロジェクト 計画名サンライズ」 …1  親友、東峰夏彦と最悪の形で再会した乱由鷹。その夏彦も再び姿を消し、由鷹は戦闘後、謎の発作に見舞われてしまった。 「是玖斗、交替よ。」  竜の住む小屋の二階、由鷹が寝ている部屋にめぐるが入ってきた。 「ええ、めぐるさん。」  陽子はベッド脇のイスから立ち上がると、由鷹の看病をめぐるにまかせ、一階に降りた。一階では竜がテレビを見ている。 「…どうだ? 由鷹君の様子は?」  視線をテレビから移さず、竜が葉子に尋ねた。 「昨日より大分よくなったみたいです…。  竜さん、由鷹くんに飲ませたクスリって…。」 「うん…。一種のワクチンの様なものだ、  俺や由鷹君のような転換者は、二カ月に一回あの薬を飲まないと、  改造された細胞を維持できず、禁断症状の末、  肉体が崩壊してしまう…。」  内容は衝撃的であったが、竜の淡々とした語り口がそれを緩和させていた。 「そのワクチンは…。あとどのくらい?」 「二つだけだ。」 「竜さんはいつこのワクチンを飲んだんですか?」 「六日前だ。」 「つまり…。あと四カ月以内に決着をつけないと…。」 「そうだ。俺も由鷹君も…。死ぬ。」 「…。」  陽子は親指を軽く噛んだ。 「そうならない為にも、  連中の東京支部を叩き潰さなければならない。」 「大井埠頭…。でしたっけ?」 「ああ…。大規模な基地だと聞いているからな…。  移動したとも思えないが…。」 「竜さん…。」 「ん?」 「よかったら…。  そのワクチン、一つ借していただけませんか?」  竜は視線を陽子に移した。 「どうしてだ? あんたが飲んだところで何もならな…。  ああ…。なるほどね…。」 「ええ…。人生調は解散してしまいましたが、  研究班はまだ活動を続けています。  上手くすれば、そのワクチンも量産できるかもしれません。」 「…。」 竜は考え込んだ。 「お願いします。竜さん。」 「わかった…。あなたを信じよう…。」 竜はワクチンカプセルを一個、陽子に手渡した。 「じゃ…。私、早速もどります。」  そう言うと、陽子は床に置いてあるトランクを手に取った。 「ああ、でも…。いいのか? 由鷹君の看病は?」 「…。」  陽子は無言のまま、竜に背を向けた。 「?」 「私…。めぐるさんに嫌われている見たいですね。  看病を交替でやるっていうのも私の無理矢理ですし…。」 「めぐる一人でも看病は大丈夫か…。  まぁ由鷹君は今日中にでも復帰できるだろうしな…。」 「じゃ…。これ、連絡先です。」  陽子はメモを手渡すと、竜に軽くおじぎをして小屋から出て行った。その陽子の後ろ姿を見ながら、竜は軽くため息をついた。 「ふん…。」  竜が一息つくと、めぐるが階段を降りてきた。 「ねぇ竜。」 「ん?」 「麓までタオルを買ってきて欲しいんだけど…。」 「俺がか?」 「だってあたし、由鷹さんの看病しているのよ!」 「だめだ、俺は…。」 「ブルズ・アイに見張られてるって言うの?  ならあたしが行く方が危険じゃない。」 「ちがう…。ただ俺はここから離れられない…。理由があるんだ…。」 「…なら、行くよ。」 「すまんな、めぐる。」 「いいよ、いろいろあるしね。」 「これで買ってきてくれ。」  竜は財布から五千円札をだすとめぐるに渡した。めぐるがその財布をまじまじと見つめる。 「なんだ…? めぐる。」 「ううん、何でもない。」  めぐるは麓まで買物に行った。残った竜が二階へと上がり、ベットに寝ている由鷹を見下ろした。 「乱…。由鷹…。お前さんに死なれちゃ困るんでな…。」  竜は不敵に微笑みながら、そうつぶやいた。 …2  二時間半後、由鷹はようやく目をさました。 「う、うううん…。」  由鷹は軽く頭を振った。竜はコップに入った水を差し出した。 「どうだ? 調子は?」 「な、なにが…。あったんです? 夏彦は?」 「連中に連れていかれたよ…。  由鷹君、君は禁断症状によって意識不明となっていたんだ。」 「禁断症状?」 「知らなかったのか?」  意外そうに竜が尋ねた。 「え、ええ…。」 「そうか…。由鷹君。  俺達転換者は改造された細胞を維持するため、  ある種の薬物を定期的に投与しなければならない…。」 「…。」 「しかし、君は脱走後、一度もワクチンカプセルを飲まなかったと見える。」 「ええ…。」 「そこで禁断症状が出たんだ。こうなると意識も不明となり、  戦闘どころでは無くなってしまう。」 「竜さんはそのワクチンを?」 「ああ、君に飲ませた。」 「ありがとうございます。」  竜と由鷹は一階まで降りた。 「めぐると…。是玖斗さんは?」 「めぐるは買物に出ている。是玖斗さんは一反政府に帰った。」 「どうして?」 「おいおい、そんなに怒るなよ…。彼女は君のために帰ったんだ。」 「…?」 「ワクチンカプセルの残りは二つ、そして投与期間は二カ月に一回。  つまり俺も君も、あと四カ月しか生き延びることができん。」 「もし…。ワクチンが切れたら?」 「肉体は細胞連結を拒絶して…。崩壊する。」 「それで…。だから連中は組織に逆らえない?。」 「さあな…。それでな、是玖斗さんは自分の組織の研究スタッフに、  俺の持っているワクチンをサンプルに量産できるよう、  手配をしに行ったんだ。」 「そうだったんですか…。」 「くくくく…。」  竜は軽く笑った。由鷹は驚いた、この男の笑顔を見るのが始めてだったからだ。 「いや…。すまん…。是玖斗さんな…。あれは…。」 「知ってたんですか?」 「え? どっちをだ?」 「どっち? え、え、え?」  由鷹は竜との噛み合わない会話に困惑した。 「あっと…。サイボーグ?」 「知ってたんですか?」 「見りゃわかるさ。…おい、それしかないのか? 心当りって?」 「…。」  陽子の自分に対する感情を理解できない由鷹ではなかった。 「ふん…。」  竜はソファに腰掛け、足を組んだ。 「どうするんだ…?」 「どうしようもないでしょ? 俺は化物です…。」 「ふん…。」 「いい女だよな。」 「ええ、いい人ですね…。」 「おい、君はもう二十三だろ?」 「だったら?」 「その辺りって…。まるで高校生かなんかだぜ?」 「ほっといて…。うっ!」  由鷹の視線はつけたままとなっているテレビに集中した。竜もそれに習い、振り返った。そして、TVのブラウン管に映し出されている男をみて驚愕した。 「ば、ばかな…。」  ブラウン管に写っていたのは「ブルズ・アイ」首長、時代乱九郎であったからだ。 …3 「私は違う! 力に訴えるだけではなく、  心を主眼とした日本という国家に住む国民に対するアプローチ!  だがしかし! 国民は理解しきれない! 国民の迎合?  ちがう! 私は迎合を期待しない! 意志による集結を切に期待する!  ちがう! 違う! なんだ!  俺達! 俺が求める物は違うのかもしれない!」  時代乱九郎は、熱狂を元とする演説を主眼にはしていなかったのかもしれない。それ故に、彼には恥いる面もあった。演説の途中、何度もコップの水を飲む姿は、彼にとっての照れ隠しであったのだが、由鷹や竜にとってはその行為すら欺瞞とうつった。 「よくも…。」  由鷹は呆れかえっていた。 「電波ジャックだな…。」  竜はテレビのチャンネルをリモコンで替えてみた。しかしどの局でも流されている映像に変わりはない。 「現行政府による行政は、既に臨界点に達している!  国民は政治家に諦めを感じ、  営利を主眼とする企業の奏でる音楽に身を踊らせるのみである!  しかし国民は知っている! 体感している! 危機感を!  自分と隣人達の行く末に対して恐怖を感じている!  現在の日本は大規模な外科手術を必要としている!  我々ブルズ・アイはその為の外科医となり、  手術の執刀を強行することをここに宣言する!」  時代の演説は三十分に渡って続けられた。連続誘拐事件や人生調本部襲撃の犯行声明の後に時代の口から新たな作戦の始動が宣言された。 「強行執刀の手始めに、サンライズ作戦を始動させる。  自衛隊の諸君、首を洗って待っていなさい!」  演説終了後、テレビは放映を停止した。そしてしばらくの後、どの局でも緊急特別番組が開始された。 「単なる電波ジャックならここまで騒ぎ立てはしないだろう…。」 「内容が内容だけに…。ですからね…。」 「チャンスだな…。」 「どういう意味です?」 「連中が表だって活動を始めたってことは…。  東京支部を狙うチャンスだろう?」 「逆に警戒が厳しくなってませんかね?」 「そうかもな…。だが、今までの状況では、  東京支部へのアプローチは不可能に近かった。しかし今。」 「状況は大きく変化した…。」 「そうだ、確率ってのは0より低くなることは無い…。」 「え、ええ…。」 「夏彦君に対して、心の整理がつかないんだな。」 「そうです…。」 「倒すしかあるまい…。」 「そんなことは分かっています。」 「よし、ならめぐる君が戻ってくるのを待って、出発しよう。」 「どれくらい前に出て行ったんですか?」 「ん…。もう二、三時間前のことだが…。遅すぎるな…。」 「捜して来ます!」  由鷹は小屋を飛び出した。 「お、おい! 由鷹君! なんなんだ…。あいつ…。」  下山すると、由鷹は駅前の商店街に到着した。しかし商店は全て閉っており、人通りも全く無い。 「休日? でも駅まで閉まってるって…。戒厳令だな…。まるで。」  由鷹は警官に呼び止められた。 「君!」 「はい?」 「だめだよ、外に出歩いたら!」 「え、ええ?」 「外出禁止令が出たんだ!  テログループの犯行声明とかに合わせてね…?  知らなかったのか?」 「テロ! 物騒ですね!」  由鷹は考えた、一般レベルでの「ブルズ・アイ」に対する反応を知っておきたかったのだ。 「ああ、多分大したことにはならないだろうが…。  自衛隊の基地が狙われてんだ。」  警官は自慢気にそう言った。 「ふぅん…。でも警察が勝てるんですか?」 「おいおい! テロリストっていったって! 日本の警察能力…。  こら!」 自分が喋り過ぎてしまったことに気づいた警官は由鷹を怒鳴った。 「すいません! 帰宅します!」  由鷹は商店街のほうへ向けて走っていった。警官が叫ぶ。 「おいお前! そっちは商店街だぞ!」 「家がペットショップなんですよ!」  由鷹としては気の効いた台詞を言ったつもりであった。その時である、警官の足元で着弾があった。規模は大きく、警官の体は四散した。 「誰だ!」  由鷹は弾の軌道の終点を見据えた。駅の屋根には大型ライフルを構えた少年が立っている。そして、由鷹の背後で何者かが着地した。その方向に由鷹が振り向く。 「挟めたな…。うふふふふ。」  由鷹の眼前には、ブルズ・アイの戦闘服に身を包んだ女性が一人、立っていた。 「私はラヴィニア! 新生国家ブルズ・アイのBランク戦闘者だ!」 「新しい名乗りのフォーマットって訳かよ…。  そのラヴィニアが何の用だ!」 「くっ…。貴様…。その威勢のよさ…。気に食わんな…。  裏切り者の分際で、その物言い!」  ラヴィニアの表情には怒りと嫌悪が浮かんでいた。 「裏切る…? 裏切った憶えなどは無い!  俺は貴様達に無理に手術をされた被害者だ!  組織に参加するとも言っていない!」 「良く回る舌だ…。そんなとこまで改造されているとはね…。  力を授かっておきながら、その言いようはなんだ! サンダー!」 「サンダーと呼ぶな! 俺は乱由鷹だ!」 「いいや! お前はサンダー! 我々ブルズ・アイの裏切り者!  サンダー!」 「ふん…。なんて女だ…。これならウインドの方がまだ可愛い…。」 「気安くウインド様の名前を口にするな裏切り者!」  ラヴィニアは身構えた。 「融転! ラヴィニアα!」  ラヴィニアの周囲が一気に凍り付き、彼女はバトルフォームに転換した。 「サンダー! 連れの少女は我々が預かった!」 「何!」 「フッ…。人質ということよ…。どう? 私に攻撃できる?」 「ち、ちくしょう…。」  ラヴィニアは日本刀を抜くと、由鷹の左脇腹を斬り割いた。鮮血がほとばしる。 「どうした? サンダー、あの娘はお前のなんなのだ?」 「あ、あの子は俺の…。被害者だ、これ以上迷惑はかけられない…。  お、俺が死ねば、あの子は助かるのか?」  その由鷹の台詞に、屋根に乗った少年が軽く驚いた。 「知らんな!」  ラヴィニアは由鷹の胸を突き刺した。 「う、うぐぁっ!」 「なんてタフな奴だ! さすがはAランク!」  ラヴィニアは日本刀を大上段に構えた。 「しかし、脳を破壊すればサンダーとて…。」 ラヴィニアは刀を振り下ろした。しかし意識が朦朧としている由鷹は、その斬撃を無意識のうちに回避した。刀がアスファルトに食い込む。 「こ、こいつ!」 「俺がやる! 下がってろラヴィニア!」  屋根の上の少年はそう叫ぶと、ライフルを構えた。 「た、助かる…。ブロップル。」 「転換しなくとも…。小火力で充分倒せる。」 ブロップルは冷静に、由鷹の胴体に狙いをさだめた。ラヴィニアがジャンプし、プロップルの脇につく。 「ファイヤー!」  ブロップルのライフルから弾丸が射出されようとしたその瞬間、駅の屋根が雷光により吹き飛ばされた。たまらずラヴィニアとブロップルが着地する。 「ちぃ! 転換!」  ブロップルがバトルフォームへ転換し、雷光の方向を向いた。 「ふん…。サンダーカノンをかわすとは…。  お前達、ただのBランクじゃないな!」  電柱の上に立つプロト・サンダーが叫んだ、彼は着地すると由鷹を抱きかかえた。 「大丈夫か? 由鷹君。」 「ブレードに何かの毒が塗ってあった様です…。」 「あとは外傷のみか…。よし、由鷹君。閃光するんだ。」 「で、ても、今サンダーになったら…。余計に…。」 「安心しろ、外傷は筋肉転換時に回復する。  そして毒も分解されるはずだ。」  ブロップルは左手の筋肉を解き、ロープ状にしてサンダー目がけて伸ばした。 「閃光!」  サンダーとなり、ブロップルの攻撃をしのいだ由鷹だったが、ラヴィニア達に仕掛けるのをためらった。 「一気にカタをつける、由鷹君! サンダー・ノヴァだ!」 「だ、だめです竜さん! めぐるが! めぐるが人質に取られているんです!」 「なに!」  ラヴィニアが高笑いをした。 「ハッハッハッハッハッ! サンダー! いや、ダブル・サンダー!  我々を殺せばあのガキの命はない!」 「それが…。どうした…。」  プロト・サンダーがサンダーノヴァの構えに入った。彼の体中のボルトが隆起する。 「ひ、人質がどうなってもいいのか!」 「いい。」  ラヴィニアがひるんだ。プロップルが一歩前へ出る。 「余程の覚悟があるようだな、プロトよ…。」 「一つ!」  プロト・サンダーが叫んだ。 「俺と、得乱めぐるとは何の関わり合いもない!」  身体全体から電流を発しつつ、プロトサンダーの力をためた。 「一つ! このまま貴様達を始末しないことには俺が殺される!」  ラヴィニアとブロップル。二人のBランクはプロトサンダーの覚悟を読み取った。 「そして一つ! 大事な人質がこの場にいない以上、  貴様達の仲間が既に基地に連れ去ったということだ!  貴様達の死が基地に報告される前に、  人質を救出すれば問題は何等ない!」 「ぐ、ぐぅ…。」  ラヴィニアは答えに窮した。そんなラヴィニアをよそに、ブロップルはロングライフルのセレクターを「火力・強」に切り換えた。 「ブ、ブロップル」 「あの男は本気だ、ラヴィニア。  だとすれば本気で当らねば勝ち目はない。」 「う、うん…。」 ラヴィニアは腰を低くし、両肩に手を当てた。 「アイス・ワーカー! セットオン!」  両肩のワーカーが展開した。 「プロト・サンダー! あんたの判断力にはおそれいいったよ!  だけど、私達もサンダー暗殺隊の一員! 勝負には勝つ!  ったく。陣八の奴、人質なんて役に立たないじゃないか…。」 ラヴィニアは、だが作戦立案者に対しての不満を小声で言った。 「最大出力!」 サンダーもプロトサンダーの脇に立ち、サンダー・ノヴァの体勢に入った。 「由鷹君…。」 「すみません…。竜さん、自分から死ぬのは卑怯でした。」  ダブルサンダーは、それぞれ最大出力のサンダーノヴァを発射した。ラヴィニアとブロップルはそれをジャンプで回避して、上空からそれぞれ攻撃した。 「ファイヤー!」 「アイス・ワーカーァァァァァ!」  しかし、サンダー・ノヴァの放電は縦方向に扇状に広がり、二人のカスタムクリーチャーを飲み込んだ。 「うぉぉぉぉぉぉ!」 ブロップルの体が弾け飛んだ。ラヴィニアも左半身を破壊され、地面に叩きつけられた。 「はぁ、はぁ、はぁ…。」 サンダーは息を切らせながら、ボルトを格納した。プロト・サンダーもボルトを格納し、ラヴィニアへ歩み寄った。 「…。」  サンライズ作戦の内容を聞き出すつもりだったが。ラヴィニアは既にこと切れようとしている。サンダーが別方向に共鳴反応を感じとり、サンダー・スラッシュの体勢に入った。 「スラッシュッ!」 雷刀はビルの屋上にいたコンバットマンにつき刺さった。 「報告者か…。」 すると、ラヴィニアが再び笑い始めた。 「ふっふっふっ…。報告者を倒したつもりだろうが…。  我々の生命反応は常にチェックを受けている…。人質の命は無い。」 サンダーは激怒した。 「そんなデタラメを!」 「嘘ではない…。おそらく…。今は作戦スタートの為、  人質に構っている余裕はないはずだ…。  司令がお帰り次第、あの娘は始末されるだろう…。」 「いつ帰ってくる…。」  プロトサンダーが静かに尋ねた。ラヴィニアは上空を見上げた。星の動向を見ているようである。 「あと、五時間か…。」  プロト・サンダーが注意深くラヴィニアの表情を伺った。 「嘘は…。ついていない様だな…。」 「嘘など! 嘘などつかん…。正面から闘って敗れたてんだ…。  そんなこと…しても…。仕方が…。ないじゃない…。」 ラヴィニアは息絶えた。 「死んだ…。」  サンダーはため息をついた。 「どうして…。この人は最後にこんなことを…。」 「わからんな…。余程の秘密だったのか…。」 「言いたかったんですかね…。それを…。」 「わからん…。わからん…。」 プロト・サンダーは首を軽く振った…。この男でも女殺しは精神的にこたえるらしい。 「…。」  サンダーは辺りを伺った。商店のシャッターは全て閉めきられているが、窓などから住民達がおびえながらこちらを見ている。 「竜さん…。東京支部に行きましょう。この人の話が事実だとすれば、  あと四時間程度しか時間は無い。」 「東京…。支部か…。わかった、急ごう。」 …4  由鷹と竜は大井埠頭の倉庫街に到着した。 「すごい反応だな…。この間の時より数は多いな。」 「ええ、でもレベルの高い反応はありませんね…。」 「いくぞ、由鷹君、反応の一番強い所に基地があるはずだ。」 「すみません…。こんなこと…。手伝わせちゃって。」 「めぐる君のことは知らん…。  だが、この東京支部を潰すことは後々の俺達に有利に働く。」 「…。」  由鷹は考えあぐねていた。竜は軽率な行動は取らない男である。しかしこの基地襲撃はかなりの危険性を伴うものだ…。 『やめよう…。考えていても仕方がない…。』 「行くぞ、由鷹君。」 「はい。」 「待って! 二人とも。」 「是、是玖斗さん…。」  是玖斗陽子はトランクを持って、由鷹達に歩み寄ってきた。 「私をおいて行くなんてひどいじゃない。」  竜はサングラスを外しながら、陽子に尋ねた。 「是玖斗さん、ワクチンは?」 「ラボに渡しておきました。」 「ありがとう。だが、どうして?」 「政府は皆自衛隊基地へ向かったわ、だったらここを…。」 「成るほど…。考えることは同じか…。」 「是玖斗さん。」 「なに? 由鷹くん。」 「めぐるが捕まってしまいました…。  あと三時間程でこの基地の司令が帰ってくるそうです…。  そうしたら、めぐるは…。」 「そ、そうなの…。」 竜が由鷹の方に視線を送った。 「来たぞ、由鷹君。」 「…。」 由鷹は前方を見た。十九名のコンバットマンに三名のゲスタ・パック、そして見たことのない中年男性が一人、中央に立っている。男はメガフォンで由鷹達に話し始めた。 「よく来たな! 全員自衛隊の守りについたと思ったが、  サンダー君がここの基地の場所を知っていることを忘れていた!」  由鷹が一歩前へ出た。 「めぐるはまだ生きているのか!」 「さぁな! 俺を倒すことができたら教えてやろう!」  そう言うと、男は上衣を脱ぎ捨てた。 「転換! ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」  叫びと同時に、男の全身が煙に包まれた。煙の中より上半身を毛で被われた、カスタム・クリーチャーが出現した。 「俺は、この基地の守備隊長、Bランク・ドーベル!」  由鷹、竜、陽子はそれぞれ横一列に並んで歩き始めた。 「由鷹君、是玖斗さん。ここは俺が引き受ける。  君達は、基地へ突入しろ。」 「はい。」 「わかったわ。」 「行くぞ! 閃光!」  竜は歩きながら転換した。それと同時に由鷹と陽子も戦闘体勢に入る。 「閃光!」 「ハルフォーク・メディッツ、セット・アップ!」  ドーベルは腹に力を込めると、 「来い! Aランク! デトライザー・ビィィィィィィィム!」  腹部から加粒子波を発射した。サンダーとハルメッツがそれぞれ左右にジャンプする。プロト・サンダーは身を低くして粒子の束を回避した。 「スラッシュッ!」  サンダーはサンダー・スラッシュを、ハルメッツはWEED砲をそれぞれ発射した。ドーベルの付近で戦闘体制に入っていたゲスタ・パックが三人とも消し飛んだ。着地した二人は更に走って行く。 「チッ! ベースにはやらん!」  ドーベルがサンダー達を追撃しようとしたが、プロト・サンダーに行く手を遮られた。 「おおっと…。あんたの相手はこの俺だ!」 「プ、プロト・サンダー…。」 「ドーベ…。いや祝井さんよ、由鷹にゆーとぴあを沈没させられたのが、  そんなに恨めしいか?」 「い、言うな…。竜…。」  ドーベルの転換者、祝井十蔵と竜は、遠からぬ縁を持っていた。だが、二人にとって全てはブルズ・アイ時代…。つまり過去の出来ごとであった。 …5  サンダーとハルメッツは、途中、数名のコンバットマン、Cランカー達と交戦した。 「結構いるわね! 由鷹くん。」 「サンライズ作戦が益々分からなくなってきた。」  サンダーはあるコンテナの前で立ち止まった。 「ここ、地面の下から反応がある…。」 「確かに…。かなり強いわね…。」  サンダーはサンダーパンチをコンテナに命中させた。空のコンテナは粉々に砕け散った。その跡には一.五メートル四方のパネルが張ってある。 「地下基地への入口って訳ね…。」 「みたいですね…。」  ハルメッツは床のパネルをこじ開けた、地下への階段が延びている。 「行きましょう…。是玖斗さん。」  気合いの入ったサンダーの言いように、ハルメッツは独白で反応した。 「いいかげん…。是玖斗って呼ぶの…かんべんして欲しいな…。」  しかし、そんな独白はサンダーの耳には入らなかった。  地下への階段を降りたサンダーとハルメッツの目前に、数名のコンバットマンが 立ちふさがった。ハルメッツはなぜか無性に腹が立った。 「あなた達! 私達の力は知っているんでしょう!  死ぬとわかっているのにどうして立ちふさがるの?」  コンバットマンの一人が一歩前へでた。 「うひ、うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ…。」 「だめですよ…。是…。陽子さん。」 「由鷹くん…。」 「こいつらにとって一番の幸せは…。  殺してやることなんだ…。」  サンダーはサンダーパンチでコンバットマンを全員葬った。そして更に通路を進む…。 「本拠地に比べると…。規模が小さいな…。」  ハルメッツはヘッド・ギアに仕込まれたVTRで基地を撮影している。しかし、内蔵された通信機の情報を聞くと、彼女は立ち止まった。 「う…。うそ…。」 「どうしたんです? 是玖斗さん。」 「じ、自衛隊だけじゃない…。横田も壊滅状態ですって…。」 「…。」 「ど、どうなっちゃうの…。」  米軍基地の壊滅に、ハルメッツの声は震えていた。 「自衛隊にしろ…。米軍にしろ…。  転換者への対処法なんて持っちゃいない…。  こうやって…。こいつらの基地を壊滅させない限り…。」 「由鷹くん? あなた…。ブルズ・アイの本拠地のポイントって…。  憶えているの?」 「いえ…。ただ…。そうだ! 平内新島ってことだけなら!」 「う、うそ…。」 「本当です。」  そのとき、サンダーとハルメッツの目前に、二人の少年が現れた。赤と青の頭髪をもった二人の少年…。夏彦を回収した二人組であった。赤毛の少年が毒ずく。 「いやだねぇ…。転換者とサイボーグのいちゃついている図なんての…。  ねぇ兄貴。」 サンダーが身構えた。 「貴様等!」  青い髪の少年がサンダーを睨みつけた。 「自己紹介がまだでしたね…。私はエン、Bランクだ。」 「同じくBランク…。チャン。」  ハルメッツはWEED砲を構えた。 「エンとチャン…。ふざけた名前ね。」  チャンが答えた。 「結構気に入ってるんだけどな…。雑学っぽくって…。ねぇ兄貴。」 「おしゃべりが過ぎるぞ、チャン。」 「OK…。OK…。わかったよ…。  本気出さなきゃ死ぬって…。転換!」 「転換!」 エンとチャンは転換した。転換後の姿は体色が青と赤であること以外は酷似している。 「兄弟で…。ブルズ・アイに荷担か…。」  エンが答える。 「私とチャンは同じ遺伝子より生み出された…。  そして時代乱九郎に協力するは、我々双子の宿命。」 「宿命なんて陳腐な台詞!」 ハルメッツは少年達にWEED砲を発射した。 …6  コンバットマンは全滅した。残ったドーベルも右手に深手を負っている。 「やるな…。竜、また戦闘技術を上げたな。」 「おかげさまでな…。しかし、なぜこんなところにいる。」 「? どういう意味だ。」 「船乗りが守備隊長ってのは、どうにもサマにはならないぞ、祝井。」 「余計なお世話だ! 脱走者になにがわかるか!」  会話をしながらも、二人の戦闘は続いている。ドーベルがプロト・サンダーに尋ねた。 「あの坊主をどう利用しようというつもりだ!」 「由鷹のことか!」 「そうだ! それこそ貴様らしく無い! 一匹狼じゃなかったのか?」 「そんな主義をかかげた憶えは無い!  俺は目的遂行のためなら手段は選ばん!」 「目的…。まだそんなことを…。しかし残念だったな! 竜!」  その時、プロト・サンダーのサンダー・キックがドーベルの腹部、デトライザー・ビーム射出口に命中した。大量の体液が流れ落ちる。ドーベルは渾身の力でプロト・サンダーの足を引き抜いた。 「ここ…。ここには転換手術施設は…。無い…。」 「何!」 「ここは単なる情報収集所兼、指揮所だからな…。」  ドーベルは破壊されたビーム発射口を左手で押え、右手でパイプの一本を引き抜いた。 「デッド! フラッシュッ!」  パイプから微弱な粒子が放射された。その粒子はプロト・サンダーに対しての攻撃としては威力が足りなすぎたが、見くらましには充分な光量を発散していた。 「また会おう、竜! おれはこんなところでは死ねん!」  まぶしさが消えたとき、ドーベルは姿を消していた。 「祝井の奴…。しかし…。ここには転換施設が無いだと…。くそっ!」  プロト・サンダーは共鳴反応が強い方へ向けて走り出した。 「俺の計画が台無しだ! このまま基地で由鷹が大暴れでもしたら、  警戒が厳しくなってしまう!」  一方、サンダーとハルメッツは、Bランクの双子の転換者に予想外の苦戦を強いられていた。基地通路という狭い空間では、二人の攻撃力も半減してしまう。 「どうしたサンダー! 行け! ディラパール&ゲルモス!」  エンは両腕から怪異な人造生物を射出した。二匹がサンダーに襲いかかる。 「た、ただのBランクじゃ…。無い!」 「そうだ、サンダー! 俺達はあえてBランクに改造された!  はぁぁぁぁぁぁぁ!」 エンは叫ぶと衝撃波を発射した。サンダーの腹部に衝撃波が命中した。 「う、うぐぐぐ…。」 「ゆ、由鷹くん!」  ハルメッツはWEED砲を連射した。しかしエン&チャンはそれをかろやかに回避して、同時にハルメッツに拳を叩きつけた。 「ああああん!」  ハルメッツは倒れた。フォローに入るサンダーだが、チャンが再び衝撃波の体勢に入った。 「兄貴!」  チャンの発射した衝撃波をサンダーは軽く回避した。 「同じ攻撃が二度も通じるか!」 「甘い!」  反れた衝撃波をエンが両手で受け止めた。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」  エンの両手で更に練られた衝撃波がサンダーの背後から命中する。この間、わずか一秒。 「決まった!」  チャンが歓喜の声を上げる。 「まだだ!」  エンが冷静にサンダーを観察した。確かに背中に直撃はさせたが、サンダーは依然戦意を喪失してはいない。 「し、死ねないんだよ…。俺は…。こんなところで…。ん…?」  サンダーは床に倒れていた。しかし、それ故に床下からの声に気がついた。 「おーい、おーい!」  めぐるの声である。 「めぐる…。」  エンがチャンに目配せした。 「もう少し、複合衝撃波を決める必要があるな。」 「OK兄貴。うぉぉぉぉ!」  チャンがエンに目がけ、衝撃波を発射した。エンが又、衝撃を練る。 「こんどのは特大だ…。」  エンは手の人造細胞で空気の円錐を作った。 「人造のマッハコーンだ 衝撃波ではない…。爆風波だ!」  エンは増幅した衝撃波をサンダーめがけて打ち出した。無論、エンの手も無事な訳ではないが、彼の両手は別細胞の人造生体となっている。 「っんなろー!」  サンダーは立ち上り、両腕で電気網を張り巡らせた。 「サンダー・プロテクト!」  爆風波と電気網は空中で衝突した。天井、床、壁がへこみ、エンは衝突のエナジーに吹き飛ばされる。  爆風が去った後、チャンが立ち上がった。 「エン! 兄貴!」  瓦礫の中から弟の声に反応し、エンが立ち上がった。 「な、なんとか平気だ! サ、サンダーは…?」 「ハルメッツと二人…。行方をくらませた。」 「俺はここだ!」  瓦礫の中から現れたサンダーが、サンダーパンチの姿勢のまま、エンの咽元に電気拳を命中させた。 「兄貴!」  錯乱したチャンがサンダーへ突進していく、しかし、瓦礫の中から発射されたWEED砲がチャンの頭部を溶解させる。 「是玖斗さん!」  ハルメッツが瓦礫の中から立ち上がった。そして、既に息絶えそうなエンがサンダーに語りかける。 「負けましたよ…。自分達の技におごり過ぎた…。」 「…。」 「これから…。だったのに…。」  エンは死んだ。 「由鷹くん…。」 「めぐるはこの下です。」 「そ、そう…。じゃ、行きましょう。」  サンダーとハルメッツは更に地下に降りた。めぐるがいた部屋からコンバットマンが逃げて行ったのを目撃したが、二人は無視をした。そして部屋の前に到着する。  ハルメッツは探知装置のアンテナを伸ばした。サンダーはパンチの構えを取った。 「サンダー・パァァァァンチッ!」  扉は破壊され、サンダーとハルメッツは部屋へと入った。 「由鷹さん!」  めぐるは部屋の中央の円筒状のガラスケースに閉じ込められている。 「めぐる!」 「待って、由鷹くん。」  ハルメッツは装備されている探知装置をフル稼働させた。 「あららら…。色々仕掛けてあるわね…。」  ハルメッツは部屋に仕掛けられている赤外線探知機を始め、反応機の全てを鮮やかな手際で破壊した。 「早く! 早く助けてよ!」  めぐるはガラスをドンドンと叩いて叫んだ。 「おとなしくしてて…。  このままだと、この部屋ドッカーンってなっちゃうのよ。」 「こら! 是玖斗! 子供相手みたいな喋り方はするな!」 「はいはい…。由鷹くん。最後の仕掛だけど…。」 「ガラスケースのロックですか…。」 「簡単な動作装置なの…。ケースに無理な力がかかったりすると…。  爆発するわ。」  めぐるはビクンッとなって、ガラスを叩くのを止めた。 「配線とかは?」 「これよ…。」  陽子はパネルを指さした。 「装置自体は単純なんだけど…。この赤と青のコードが…。  このどちらかを切れば、装置は停止するわ。  でも、間違って切断すると…。爆発するわ。」 「そんなのって…。テレビドラマだな…。」 「原始的な装置ですものね…。おまけに時限式にもなっているわ。  あと一分。」 「めぐる!」  サンダーは思わず叫んだ。めぐるは数瞬考えた後、サンダーの目を見た。 「いいよ…。由鷹さんがやって…。」 「いいのか…?」 「うん…。何度か命を助けてもらったし…。」 「…。是玖斗さん、下がってください。」 「…。ええ。」  陽子は言い様のない嫉妬心にかられた。しかし、ここは由鷹の言うことを聞くしかない。 「いくよ、めぐる。」  サンダーは指の震えを堪えながら、コードをちぎっろうとした。どちらのコードをちぎるか…。無我夢中なので気にしてはいられなかった。 「ヒューン…。」  起爆装置は停止した。めぐるは両眼に涙を溜めながら座り込む。 「ゆ、由鷹くん…。いいわよ…。ガラスを割っても…。  もう起爆反応は無いわ…。」  ハルメッツがヘルメットを脱ぎながら、サンダーに言った。サンダーは言われるがまま、ガラスを割った。泣きじゃくりながら、めぐるが由鷹に抱きついてくる。 なぜかそのときサンダーは転換を解いた。 「由鷹! 由鷹! 由鷹!」  めぐるは由鷹に抱きついた。 「はは…。めぐる…。あ、あの…。」 「いい! もういいから!」  竜並に気の効いたことを言いたかった由鷹であったが、上手く言葉が見つからない。そんな二人を見ながら陽子は考えた。 「そうか…。兄妹なのね…。精神的にも…。でも…。  そう思うしかないって…。いやだな…。」  陽子の得意の自己嫌悪が始まった。しかし彼女の境遇を考えれば、自己嫌悪に陥れるだけでも奇跡的である。そんなところに竜がやって来た。 「お…。ここにいたか…。」  泣きじゃくるめぐるの頭をなでながら由鷹が答えた。 「竜さん …どうします?」 「うん…。」  プロト・サンダーは陽子に目配せした。 「帰ろう…。由鷹君。長居は無用だ。」 「そ、そうですね。」  サンダー、プロト・サンダー、ハルメッツ、めぐるは地上に出た。 「…!」  しかし安堵の時間は長くは続かなかった。 「よう…。由鷹。」  コンテナ街の奥に立つ男…。東峰夏彦が微笑んだ。 第五話「人類破滅のプロジェクト 計画名サンライズ」おわり