第三話「三人のAランク」  第一の追手ギロスティンをサンダーパンチで撃退したサンダーだったが、転換の際、 自分の家を全焼させてしまった。行くあてもない由鷹はめぐるの案内されるがままに、 彼女の家に居候をすることとなった。そして彼を監視しつづける「人生調」班長是久斗 陽子。 …1 陣八は時代に顔を合わせるのが憂鬱であった。 「ま、訓練も受けていないクリーチャーごとき、私とナンバラで回収できましょう。  よしんば回収できなかったとしても…。始末してご覧にいれましょう。」  二週間前、時代にこう豪語したのも彼だったら、ファイブからの協力の申し出も、 「ん…。ファイブくん、君の手をわずらわすこともなかろう。何せ東京は私のほうが   明るいからね。」 と、断ったのも彼であったからである。しかし現実はナンバラもサンダーによって殺 され、政府の追及の手を逃れ命からがら新島まで逃げ延びてきたのである。だが、彼は 全ての事実を報告しなければならない立場にあった。 「日本政府がそこまでの対抗組織を作っていたとはな…。陣八。」 時代は陣八の報告を聞いた後、そう優しく言った。 「え、ええ…。全くの予想外でした。」 ブルズ・アイ作戦室、U字型のテーブルのコーナーの前に立つ、時代乱九郎の背後に は、十六面のビデオモニターがサンダーとハルメッツの姿を映し出していた。 「どうするかな…。ファイブ君。」 「ええ…。ヘルを始めとする第六攻撃隊は、既にこの政府組織壊滅に乗り出しており   ます。ただ、サンダーは…。」 「うむ…。チャンやエン…。ラヴィニアでも対抗は難しいだろうな…。」 「ええ…。」 「わかった、この件は早急に決着をつけなければらん。わかるな?」 「はっ。」 ファイブは短く返答した後、パチンッと指を鳴らした。数秒後、作戦室に二人の男と 一人の女性が入室してきた。 「?…。いつの間に日本へ…。」 陣八は三人の男女が勢ぞろいしているのを見て驚いた。三人は「トリプルA」という ブルズ・アイの特別作戦チームであり、全員がAランク転換者である。普段は個別で作 戦行動を行なうこの三人が一堂に会するのは珍しい。 「サンダー抹殺はこのトリプルAにやらせます、時代様。」 ファイブはうやうやしくそう言った。 「やはり…。三人でかからなければ勝利は難しいか? ファイブ君。」 「いえ…。彼等の内一人でも作戦は完遂できましょうが、何分失敗は許されません、   より完璧を期しませんと。」 「サンダーの命、必ずや仕留めてご覧にいれましょう。」 三人のリーダー格、ファイヤーが時代にひう告げた。 「約束はいいよ…。ファイヤー君。」 時代がそう言うと、陣八はハンカチで額の汗を拭いた。 「陣八君。」 「はっ!」 時代に名を呼ばれ、陣八は即座に答えた。 「今回も、作戦の指揮は君がとってくれたまえ。構わんなファイヤー君。」 「ええ、我々は一向に構いませんが。」 「陣八君。」 「ははっ! 必ずや、必ずや!」 「期待してるぞ、今度こそはな。」 時代のその言葉を聞き、陣八の汗の量は一気に増加した。そしてそんな小動物の様な 陣八を、ファイブ達幹部は一様に冷やかな視線で見つめていた。 …2 由鷹はめぐるに案内され、彼女の家に居候することとなった。もっとも家といっても 浮浪児のめぐるがまともな邸宅に住めるわけがない。 「家具だってなんだってあるし、そりゃ由鷹さんが住んでたとことは比べ物にならな   いでしょうけど!」 「驚いたな…。いくら放棄されてる倉庫だからって、たまには見回りとか来るんだろ   ?」 由鷹はめぐるの家…。北千住の廃倉庫を眺めながらそう言った。 「来ないよ、そんなの。」 「でも、もし来たら?」 「そのときは逃げるよ。家具とかは惜しい気もするけど、しょーがないもん。」 「どうせ盗品だもんな。」 「でもあたし! これ、仕事の結果って思ってるもん!」 「仕事…。ね。さてと…。俺もこの先どうやって食ってくかな…。」 「大丈夫よ! 安心して! あたし、いっぱいいっぱい仕事するから平気だよ!」 「ばか、泥棒に養ってもらえるか!」 「どうして! あたしお金があまってる人からしか持ってかないよ!」 「…。」 それから二週間が過ぎた。 「たっだいまー!」 めぐるが仕事を終え、元気に帰ってきた。 「今日はね! ダイヤとか卸してきたんだ! まっててね! 今、夕飯作るから!」 めぐるは両手一杯にスーパーの紙袋をかかえている。 「…。もうやめろよ泥棒なんて。明日からは俺が働くよ。」 「だめ! だってここでじっとしてるのが一番安全なんだから!」 「だからってな! 変だぞお前! なんだってそんなに俺にかまうんだ!」 「…。わかんない。でも由鷹さんにとって、ここがいっちばん安全だってことわかる   でしょ?」 「ん…」 めぐるは自作のキッチンで料理を作り始めた。 「ねぇ由鷹さん。これからどうするの?」 「…。細胞転換の話しはしたよな。」 「うん…。よくはわかんないけど、要するに由鷹さんは変な連中に誘拐されて体をい   じられちゃったんでしょ?」 「ああ…。化物にされてな…。で、俺の親友も多分連中に捕まったままだと思うん   だ。」 「ふーん…。え?」 由鷹は立上り、扉へ向った。 「ど、どこにいっちゃうのよ?」 由鷹はめぐるを無視して扉を開いた。めぐるが素早く由鷹の前に回り込む。 「だめだよ! ここが一番安全なんだから!」 「さがってろ、めぐる。」 「え! あっ?」 「そうだ、敵だ。」 めぐるは由鷹の後ろに下がった。 「五人か…。今度は数を揃えたな…。」 由鷹は辺り…。廃倉庫群を見渡した。五つの気配はそれぞれにおびえている様でもあ る。由鷹は一気に建物を出ると、その気配の一つに接近した。 「う、うぉぉぉ!」 気配の主…。ブルズ・アイの工作員「コンバットマン」が、自らのおびえを消し去る 様に叫びながら、コンバット・ナイフを抜いた。その数四名、由鷹は身を低く 突進をし、まず左拳で一人を殴り倒し、同時に二人目を右膝蹴りで叩きのめした。 「て、転換前のはずだろ?」  由鷹の異常なまでの戦闘力に残りの二名が仰天した。そして由鷹はその一人の背後 に回り込み、肘撃ちをくらわした。目前の敵、残るは一名。 「し、死ねー!」  コンバットマンは由鷹に突進した。コンバットナイフが由鷹の頬をかすめる。 しかしその瞬間、由鷹の右フックがコンバットマンの腹に直撃した。 「やっぱり…。そうか、サンダーにならなくてもこの程度の敵となら十分に  戦える…。」  由鷹は自分の体と感覚に、少しずつ異変が起こり始めているのを実感していた。 「キャー!」  廃倉庫の方からめぐるの悲鳴を聞きつけた由鷹は、即座に走り出した。 「サ、サンダー…。抵抗はするなよ!」  コンバットマンはそのナイフをめぐるの背後からつきつけながらそう言った。 「なに…。勘違いしてるんだ? あんた、その子と俺は全然関係無いんだぜ。」  由鷹はためらいつつそう言った。由鷹の冷たい言いようにめぐるが激怒する。 「ゆ、由鷹…。この恩知らず!」 「なら殺す!」  コンバットマンがナイフを持つ手に力を込めた瞬間、銃声がした。 「!」  コンバットマンは頭を撃ち抜かれ、その場に倒れた。 「二人とも! 平気だった?」 銃声の方向から拳銃を持った陽子が二人に駆け寄ってきた。由鷹は陽子を認めると、 嫌悪の表情をあらわにした。 「また…。あんたか?」 「…。礼ぐらい言ってもらえないかしら…。」 「あ…。ああ、ありがとう、助かったよ。」 由鷹はそっけなく返事をすると、先ほど叩きのめした四人のコンバットマンがいる方 向めがけ歩きだした。その後を陽子も追う。自分の横まで追い付いた陽子に、由鷹は歩 きながら話しかけた。 「あんた…。」 「是久斗…。是久斗陽子よ。」 「ああ、是久斗さん。俺の後を追い回しているみたいだけど、どういうことですか   ?」 「知ってたの?」 「ええ、改造されてからというものカンと洞察力だけは鋭くなっちゃってね。気配っ   ていうのがわかるんですよ。」 「そう…。あのね、私貴方のことが知りたいのよ。色々とね。」 「解剖したりしてですか?」 「そんなこと…。そんなことしないわよ。」 「信用出来ませんね。是久斗さんはともかく、貴女の上司がブルズ・アイとつながっ   てないとも限らないでしょ?」 「そんな…。そんな…。」 「気を悪くしないでください。ただ、俺も困ってるんですよ実際。」 「でしょうね…。だから力になりたいのよ。」 「迷惑です。」 「どうして? そういった国民を保護するのだって国の仕事よ!」 「ちがいますね。そういった枠組を越えてるんですよ、これは…。これは俺と連中の   問題です。」 以前は警察に助けを求めようとも考えていた由鷹であったが、転換後「Aランクサン ダー」となった自分の怪物性と、政府の過敏な反応を見てしまった以上、その考えは大 幅に変容してしまっている。 「…。すっかり孤独なヒーロー気取りね。」 陽子は皮肉の言葉を口に出した。 「なんとでもいってください…。まだいたな。」 由鷹は気絶しているコンバットマン達を見て、ニヤリと笑った。 「どうするの?」 「色々と聞き出したいことがあるんですよ。」 「そう…。」 由鷹はコンバットマンの装備から、リーダー格を割り出すと、そいつを抱え上げて廃 倉庫へと戻っていった。 「いやだな…。あんな奴に…。押され気味だなんて。」 陽子は軽い自己嫌悪に陥ったのち、本部へと連絡をとった。由鷹の残した三名のコン バットマンは、彼女達組織にとっても貴重な研究素材だからである。 「トラックと実戦隊員を数名よこしてちょうだい。」 …3 「いいかげんに機嫌直してくれよ。」 由鷹は倉庫の扉の前で立往生していた。ヘソを曲げためぐるが扉の鍵をかけてしまっ たからである。 「いやだ!」 「ごめん、謝るよ。でもああいって油断させるしかなかったんだよ。」 「…。」 「めぐる、頼むから鍵を開けてくれよ。」 めぐるは渋々扉を開けた。由鷹は運んできたコンバットマンを手近な柱に鎖でしばり つけると、鎖を異様な形にネジ曲げて拘束の仕上げをした。 「す…すご…。」 由鷹の異常な握力を見て、めぐるが思わずうめき声を上げた。 「力が…。少しずつ出せるようになってきたんだ…。気持ちもね、コントロールでき   るようになってきた。」 「それで…。敵がいてもまともな感じのままだったんだ。」 「はっ! サンダー!」 コンバットマンが目をさました。 「その鎖は、多分あんたの力じゃはずせない。はずせたとしてもまた俺に叩きのめさ   れるだけだ…。さぁ、俺の質問に答えてもらおうか?」 「う、裏切り者に話すことなどない!」 由鷹は、コンバットマンの持っていたナイフをもとの所有者につきつけた。 「あんただって、死にたくはないでしょう?」 「う、ううう。」 「まず、追手の数と到着時期は? あんた達、どうせ偵察隊かなんかだろ?」 「…。」 由鷹はナイフをコンバットマンの右太股に突き刺した。めぐるはその光景に思わず目 をそむけた。 「うっ、うひぃ!」 「ここからあんたの体に電流を流し込むことだってできるんだ。」 「し、しらないんだ! た、ただBランク以上が来るってことは確かさ!」 由鷹はナイフを抜いた。 「Aランクっていうのは?」 「あ、あんたとあと四人しかいない…。」 「この体はもとにもどるのか?」 「そ、そんなこと…。研究員じゃないからわからん!」 「ブルズ・アイに支部はあるのか?」 「な、ない!」 「うそだ、四つほどあるっていうじゃないか、国内に。」 「あ、あああ…。本当は一つだ…。サンダー! あんたカマかけたな!」 「嘘をつくからだ…。どこだ?」 「お、大井埠頭にある。」 「正確な場所は?」 「し、知らん! ほ、本当に知らないんだ!」 「…。東峰夏彦はどこにいる? 俺と一緒に誘拐された男だ。」 「え、ええっと…。まだ本部か支部にいるはずだ、手術は受けていないはずだ。」 「本当か?」 「ほ、本当だ!」 「そうか…。」 暫くの尋問の後、コンバットマンは再び気絶をした。 「夏彦が…。まだ生きている。」 「よ、よかったね由鷹さん。」 めぐるが苦笑いをしながら由鷹に言った。 「で、どうするつもり? まさか助けに行こうって言うんじゃないでしょうね。」 そう言いながら陽子が倉庫に入ってきた。 「なによ! あんた! 勝手に人ん家に!」 めぐるが不愉快な侵入者に言った。 「当り前でしょ? 夏彦は俺の親友です。」 由鷹が陽子の質問に答えた。 「ばかな真似はおよしなさい、あなた一人で何ができるっていうの?」 「おれはどうやら組織の中でもトップクラスの力をもってるらしい、力もコントロー ルできる様になってきたし…。一人で十分ですよ。」 由鷹の自信ありげな発言に、陽子は驚いた。 「この人…。溺れている…。」 そのとき、陽子のトランクに入っている通信機のコールシグナルが鳴った。 「はい、こちら是久斗です。」 「班長!」 声の主は神白である。 「どうしたの? トラックと人員は?」 「それどころではありません! 本部が、本部が人造生体の襲撃を受け、現在交戦中   です!」 「襲撃? わかったわ、すぐ戻ります!」 陽子は通信機のスイッチを切った。 「ブルズ…アイだったかしら?」  由鷹が頷いた。 「ええ。」 「本格的な活動に出たみたいね…。私、本部に戻らないと…。いい?乱君、私がここ   に戻るまでじっとしてるのよ!」 陽子はそう告げると、その場を走り去っていった。 「…。」 由鷹は沈黙したままである。 「ゆ、由鷹さん…。やっぱり行くんだ。」 「ああ、政府に攻撃してるってことは戦力とか減ってるってことだろ…。チャンスだ   よ。」 「な、ならあたしもいく!」 「ふざけるな! 足でまといだ!」  怒鳴られためぐるであったが、彼女はひるむことなく、長身の由鷹を見上げた。 「あ、あたしカンがいいから力になれるよ…。それに…。ここももう安全じゃないし   …。他に行くあてもないし…。大井埠頭にいくんだって電車賃もないんでしょ   …。」 「…。勝手にしろ。」 由鷹は上着をとると、倉庫をかけ出した。目的地は大井埠頭である。 …4  大井埠頭、第二十八区画にある廃倉庫。その中に「ブルズ・アイ」東京支部への入 口がある。時代乱九郎の指令を受けたAランク特務チーム「トリプルA」の三人と、作 戦指揮をとる陣八は、この地下基地に一日前からやって来ていた。 「しかし…。Aランクを狩るのは始めてですな。」 「トリプルA」達は地下基地の娯楽室で、ビリヤードを楽しんでいた。 「心配する必要はないわ弘貴。Aランクといっても戦闘訓練を受けたわけじゃないし   …。多分簡単に捕獲できるでしょう?」  玉を突きながら、ウインドがウオーターの懸念に答えた。弘貴…。ウオーターは猜疑 心にとんだ目でウインドを見ながら考えた。 「まったく…。こうして見るとプロのハスラーかなんかだな…。ったく!」 ウインドは「ブルズ・アイ」組織内でも比較的に成功率の高い転換手術を施された女 性であり、転換後のバトルフォームはおろか、人間体のときでもかなり美しい外見を保 持している。転換手術により醜い容姿となってしまったウオーターとは、大きな隔たり があった。そのせいか彼、ウオーターはウインドーの姿を眺める度に、言い様もない劣 等感にかられるのだ。 「フン…。またお前の勝ちか! …。」 「…。能力(ちから)は使っていないわよ。」 「どうだか…。」 「ウオーター! あなた喧嘩売ってるの?」 「ば…。ばかにするな!」 この二人は作戦を前にするといつもこうであった。しかしビリヤード台の脇にたたず む「トリプルA」リーダー「ファイヤー」はそんな口喧嘩を止めようともせずにただ傍 観していた。 「そろそろ奴さんがおいでになった様だぞ。」 サンダー接近の気配を感じたファイヤーが、ウインドとウオーターに語りかけた。 「?」 ウインドとウオーターは口論を止め、自分達のリーダーを見つめた。ファイヤーはウ インドに語りかけた。 「真由、さっきお前が言ってたこと…。捕獲の件だがな、そんなことは考えるな   よ。」 「どうして? 源翔。」 真由…。ウインドは動揺しながら源翔…。ファイヤーに尋ねた。 「サンダー…。乱由鷹は我々より高度な転換が施されている。一対一でまともにぶつ かっても、相打ちがいいところだろう…。捕獲などもっての他だ。確実に始末しなけれ ば後の行動に支障をきたすだろう。」 「は…。はぁ…。」 そんな事実を理解出来ない真由ではない。しかしサンダーを殺さずに捕獲する。この 発想の魅力は本拠地を出立以来、彼女をとらえたままであった。 …5 「いかにもって、感じね!」 由鷹とめぐるが大井埠頭に到着したのは夜十二時を過ぎたころだった。めぐるは興奮 していた、彼女にとっては「ブルズ・アイ」という組織に対する恐怖感はまだ薄く、夜 の埠頭を歩くことが由鷹とのデートを連想させたからだ。 「うん…。化物の気配がうようよしている…。変だな。」 「どうして? あいつの言ってたことが合ってた訳でしょ?」 「俺はこのあいだもここには来た。だがその時はこんな気配は感じなかった。」 「きっと由鷹さんがパワーアップしているからよ!」 「違うな…。こりゃ、どうにも…。」 倉庫街を歩いてた由鷹とめぐるに、四方からスポットライトが当った。 「! やはり! 待ち伏せか!」 由鷹は左腕で光を避けながらも辺りを見渡した。彼等の正面に位置するコンテナの上 に人影が見える。スポットライトの逆光を浴びている陣八である。 「ようこそサンダーさん! おまちしていましたよ!」 「陣八! …意外だったよ! こんなところに基地があるなんてね!」 「そりゃ、どうも…。さてと…。サンダーさん、組織に戻る気にでもなりましたかね   ?」 「ふざけるなよ! 今日俺がここに来たのは…。俺と一緒に誘拐した東峰夏彦! 夏   彦を取り戻しに来た!」 「ほほう…。夏彦殿を…。」 陣八の対応に、めぐるがハッとなった。 「夏彦どの…? ふぅん…。名前で呼んでるんだ…」 「なるほど! つまり夏彦はまだ化物にされていないってことか! 陣八!」 「あらららら…。カンがいいですね…。すごいですね…。でもね、サンダー君、改造   こそ受けていないとはいえ、東峰夏彦殿は今やもう立派な構成員ですよ!」 「嘘をつけ! …まさか!」 「…。そう、ブルズ・アイの力を持ってすれば人間一人服従させる事など…くっくっ   くっくっくっ!」 「貴様ァ…!」 「おおっと怒らないで、怒らないで…。君が組織に戻るのなら、こちらも考えてやっ   てもいいんですよ…。夏彦殿のことを。」 「…。信じるわけがないだろ! そんな話!」 「…。失望ですね…。サンダーさん、あなたもっと頭がいいと思っていたのに…。勝   てるとお考えですか? 我々に?」 「化物が束になったって、今の俺には勝てっこないぜ!」 「大した自信ですね。」 「まぁな!」 「その強がりも、今のうちですよ。」 「あんたの、その余裕もな!」 「仕方ない人だ…」  陣八は気配を自分の背後に向けた。由鷹はそれをある促しの意図と察知した。 「…?」 「ファイヤー! ウインドー! ウオーター! 出番ですよ!」 強烈な殺気を感じた由鷹は、めぐるを後ろに下がらせると戦闘体勢に入った。すると ややあって、ある倉庫の扉が開いた、中には三人の人影が見える。人影はゆっくりと由 鷹につめ寄っていった。コンテナ上の陣八が叫ぶ。 「サンダーさん! あなたAランクだからって威張りすぎですよ! 可愛くない!  新人らしくない!」 陣八の絶叫も、だが由鷹の耳には一切入らなかった。そう、それほど彼は緊張してい た、目前に迫る三人の圧倒的な殺気に。 「ね、ねぇどうしたの? 由鷹さん…。」 「…。」 三人組の中央に位置する長身の男が由鷹に語りかけた。 「…。サンダー…。乱由鷹だな。」 「ああ。」 「俺は源翔史南…。いや、ファイヤー」 「俺はウオーター」 「き、君は…。」 三人組の右端の女性を見て、由鷹はハッとなった。その女性は以前ブルズ・アイ本拠 地で出会ったウインドーであったからだ。 「ひさしぶりね、サンダー。」 「う、うん…。まいったな…。」 あいまいな由鷹の反応に、ウオーターが激怒した。 「ふざけるなサンダー! このAランクの恥さらしめ!」 思わずファイヤーが反応する。 「やめろ弘貴!」 「な、なんなんだ…。この感覚…。」 由鷹は心底この場から逃げ出したくなった。この三人は何かが違うのだ、今までの転 換者に比べて。 「サンダー…。脱走したって始めて聞いた時は、嘘だと思ったのよ、約束…したのに   ね。」 「ご、ごめん…。」 「いいのよ、色々あるもの…。私達Aランクは脳改造もされていないし…。それにあ   なたレクチャーとか受ける前だったものね…」 「わたし…。私達…?」 ウオーターがニヤリと薄笑いを浮かべながら言った。 「そう…。俺達も。」 「あなたと同じAランク。」  ウオーターとウインドの言葉をファイヤーが締めくくった。 「ブルズ・アイにして最強の戦闘チーム!」 「トリプルA!」 三人は素早い動作で身構え、由鷹に対する殺気を急激に高めていった。 「ち…。三対一かよ…。それもよりによってAランクが三人も…。」 一歩身を引いた由鷹に、ファイヤーが語りかけた。 「我々は君を捕獲しようなどとは考えておらん。ここで死んでもらいましょう。」  めぐるは由鷹の肘にしがみついた。 「ゆ、由鷹さん! どうするの?」 「やるしかねーな! 負ける気はしねーけど…。腕の一本は覚悟した方がよさそうだ   な…。めぐる! さがってろよ!」 「う、うん…。頑張ってね!」 めぐるはそう言うと、近くのコンテナに身を隠した。彼女はある確信をしていた。 「ゆ、由鷹さん…。あの由鷹さんがおびえてる…。」 …6 「ぐぉぉぉぉぉぉっ!」 由鷹は地面に叩きつけられた、「トリプルA」達の訓練されたコンビネーション攻撃 は全く反撃のチャンスを与えず、ジリジリと彼の体力を削っていった。 ファイヤーが二人の部下に指示を与えた。 「真由! 弘貴! 奴が閃光する前にカタをつけるぞ!」 「了解!」 ウインドが、その必殺技「レイザーフーン」の体勢に入る。 「サンダー! 自分の意志で閃光できればもう少しマシな戦いができたものを…  ごめんね! レイザァー フーンッ!」 ウインドが一瞬レイザーフーンの発射をためらったのが由鷹にとって幸いした。目前 に迫った死への恐怖…。雷が落ちた…。 「ていっ!」 転換を瞬時にすませたサンダーは、レイザーフーンを左腕で弾き飛ばし、サンダーパ ンチの体勢でウインドに突進した。 「うおおおおおーっ!」 サンダー渾身の電気拳がウインドの下腹部に命中した。 「うぁっ!」 ウインドは数メートル吹き飛ばされた。しかしサンダーの隙をつき、ウオーターが複 合攻撃を仕掛ける。 「ウオータァー スマッシュ!」 ウオーターの頭部より発射された分解液がサンダーの両足に命中する。 「その分解液は貴様の自由を奪う! リーダー!」 ウオーターに攻撃を要請された「トリプルA」リーダー、ファイヤーがサンダーにラ ッシュをかける。 「それ! それ! それ!」 両足をアスファルトに固定されてしまったサンダーは、ファイヤーの長身より繰り出 されるパンチに身をさらすのみである。 「さすがにサンダーだな! これだけの連続攻撃をくらってまだ息絶えぬとはなっ   !」 「…。ぐはぁっ! ち、ちがう…。こいつら闘い慣れをしてやがる…。」 優勢な戦況を見守る陣八はたまらず声をあげて笑いだした。 「ひゃっひゃっひゃっひゃっ! サンダーさん! 貴方も案外早々と舞台から退場す   ることになりましたね!」 サンダーは遂にダウンした。 「運が無かったわね…。サンダー。」 ダメージを回復したウインドが立ち上がった。サンダーの数メートル後方に回り込ん だウオーターが叫ぶ。 「さて、リーダー!」 「うむ…。サンダー、Aランク同士の情けだ、せめて一撃で葬ってやろう。」 うれしそうにウオーターがファィヤーに呼びかける。 「ラスト・トライアングルですね!」 「うむ。」 「トリプルA」の面々はそれぞれサンダーを取り囲む様に三方に飛び散った。一方、 コンテナの影に隠れためぐるは、その様子をおびえながら見つめていた。 「ゆ、由鷹さん…。…は?」 めぐるは背後に異様な殺気を感じて振り返った。その目前には白いコートに身を包み、 赤いサングラスをかけた男が立っている。 「ふん…。」 男は軽くため息をついた。 「ラスト!」  サンダーの左側面についたウインドは、両腕よりハリケーンを射出した。 「トライ!」 後方についたウオーターの頭部より、溶解液が発射される。 「アングル!」 前方についたファイヤーが両角より超高火炎を発射した。火炎、分解液、ハリケーン がサンダーに迫る。 「ハリケーンにより拡散した分解液が体全体に付着し、超高熱によって圧縮爆発を誘   発させる…。決まりましたね!」 陣八は興奮の絶頂に達していた。しかし、必殺のコンビネーション攻撃は、別方向か らの放出電撃により、吹き飛ばされた。 「サンダーノヴァッ!」 「何っ?」 ウインドが放出電撃の方向に振り向いた。 「ふん…。」 ファイヤーは落ち着いている。 「サンダーノヴァだと?」 ウオーターはそのサンダー最大の必殺技の名を知っていた。しかしそれを実戦発射で きるのは、目前でダウンしているサンダーただ一人のはずである。そして三人の視線が 集中した先には、一人のカスタムクリーチャーがたたずんでいた。 「な…。何物だ?」 ウオーターが言いつつ身構えた。そのカスタムクリーチャーの外観はどこかサンダー に酷似していた。ウインドが一瞬たじろいだ後、叫んだ。 「貴様! まさか最後のAランクか?」 サンダーに酷似したクリーチャーが答えた。 「違うな…。俺はノーランク。プロトサンダー!」 醜い外見からは予想もつかないような燐とした声で、プロトサンダーは答えた、ファ イヤーが一瞬ひるむ。 「プロトサンダー! 貴様生きていたのか!」 「ああ 地獄の入口はのぞいたが この通り!」 プロトサンダーは両腕をクロスさせ、体中の電気を一気に放出した。 「サンダーはこの俺も戦力にしたいんでな! サンダァーフラァァァシュッ!」 放出された電気は、空中で光の膜を張り巡らせた。そしてファイヤー達が視界よりそ の閃光が消えるのを確認した瞬間。 「い…。いない…。」 プロトサンダーとサンダー…。そしてめぐるの姿は、ファイヤー達の前から消えてい た。たまらずウオーターがうめく。 「リ、リーダー…。あのプロトとかいう奴…」 ファイヤーは転換を解除しながら答えた。 「ん…。サンダーの実験体だ…。転換後の姿までは確認したことがなかった故、最初   はとまどったが…。」 コンテナから降りた陣八が、ファイヤーに歩み寄ってきた。 「どうする、トリプルA。」 「追っても無駄だろう…。」 あまりにも冷静なトリプルAのリーダーの物腰に、陣八は動揺した。 「し、しかし! このままほうっておけるものか!」 「フン…。だがな…。」 「もう一人! もう一人強力な敵が現れたんだぞ!」 「いいかげんにしなよ!」  レザースーツのジッパーを上げながら、転換をといたウインドが陣八に怒鳴った。 「逃げられたものは仕方ないでしょ! 私達は戦闘行動のプロ! あんたは諜報の  プロ! …なら今は誰がどうするべきかわかるでしょ!」 ウインドは怒鳴りながらも多少の安心感を感じていた。 「竜…。生きていたのね…。プロトサンダーだなんて…。知らなかった…」   …7 品川、プリンスホテル裏。 「由鷹さん! 由鷹さん!」 サンダーから転換が解けた由鷹は、めぐるの声によってようやく目を覚ました。 「い 一体…。どうなったんだ…。連中…。トリプルAは…」 「トリプルAなら 俺が振り切った、安心しろサン…。いや、乱由鷹。」 これも又、閃光を解いたプロトサンダーが答えた。 「あ、あんたは…?」 「た、助けてくれたのよ、あたし達を!」 めぐるが答えた。 「助ける…。そうですか…。ありがとう。」 由鷹は立上り、その場を去ろうとした。 「ゆ、由鷹さん!」 あまりに淡白な由鷹の対応に、めぐるが引き止めの言葉を投げかけた。 「助けてもらったことには礼を言った、この借りはいずれ返しますよ。」 「何のかんぐりかな、乱君。」 「だって…。あのトリプルAに対抗できて、尚かつ俺を助けるあなたって…。やっぱ   り是玖斗さんの仲間なんでしょ…。悪いけど俺は国の人達と出来るだけかかわりあ   いを持ちたくはないんです。」 プロトサンダーは、コートのポケットからチェリーを取り出すと、それをくわえた。 「違うな乱君、俺は政府の人間じゃない。それに今の政府の装備ではあのトリプルA   に対抗することはできん。」 「だったら貴方は何者なんですか?」 「俺は…。君と同じ、サンダー。」 「サンダーだって?」 めぐるが由鷹とプロトサンダーの間に割って入った。 「本当だよ由鷹さん! この人、由鷹さんとおんなじ様に変身しちゃったんだ!」 由鷹はめぐるの言葉を聞き終らぬうちに攻撃姿勢をとった。 「尚更油断はできないな! 連中の新しい作戦かも知れない!」 「ふん…。」 多少ふてくされたプロトサンダーに、めぐるがフォローを入れた。 「そんなことないよ! そんなことしても無駄じゃない!」 「まぁいい…。そこまで疑るのなら仕方がない、乱君。だがな、今日のお前の闘い   方、あんなやり方ではとうていこの先ブルズ・アイの追ってに立ち向かうことは出   来ないぞ。」 「俺が自分の力に溺れてるっていうのか!」 「まぁ…。そんな所だ。」  プロトサンダーはそう言うと、由鷹に背を向けた。 「失望したぞ…。Aランクの脱走者だと言うから、もうすこし利口な男だと思ってい   たんだがな…。俺の期待外れだった。」 「…。」 由鷹の心の片隅で、この男に対する不信感が次第に晴れてきた。しかし声をかけよう とした時には、彼の視界にすでにプロトサンダーは消えていた。 …8  是玖斗陽子が大手町の「人生調」本部ビルに帰ってきたのは、もう陽が沈んでから だった。 「おかしい…。交戦中だっていうのに…。ニセの通信?。」 本部ビルの正門をくぐり、ロビーに入った陽子だったが辺りは静寂に包まれ、とても 人造生体と交戦している様な気配は無かった。 「…。ねえ。」 陽子はロビーの受け付けまで行くと、受付係員の浅野吉永に声をかけた。 「…。し、死んでいる!」 浅野の体には外傷はなく、一見するとまるで居眠りでもしているかの様に見えた。 「首筋にニードルの後…。人造生体の仕業じゃない…。」 死体を軽く検死しただけでは正確な判断は下せないが、どうやらプロの殺し屋の仕事 の様でもある。 「浅野君…。」 長く感傷に浸っている暇もなく、陽子はエレベーターホールの前までやってきた。そ してエレベーターの扉が開いた。 「くぅ…!」 陽子は思わずうめき声を上げてしまった、エレベーターの中には是玖斗隊の若手の惨 殺体と、額を撃ち抜かれたコンバットマンの死体がもつれ合う様に倒れていたからだ。 「…。」 陽子は帰を取り直し、階段で上階へと登って行った。途中、いくつかの惨殺体を視界 に入れながら。 「戦闘隊は…。全滅ね…。敵も相当死んだ…。けど…。」 涙ぐみながら陽子は考えていた。 「神白君は…。生きているのかしら…。はっ?」 陽子の腕時計に仕組まれている「人造生体探知装置」に過敏な反応があった。 「一人だけど…。いる! とてつもない反応を持った敵が!」 陽子は反応のある七階の廊下を、用心深く一歩一歩進んだ。そして反応最大値のポイ ントで立ち止まった。 「どこ…。どこにいるの!」 辺りを見渡しても、敵の姿は見えない。 「はっ?」 陽子は背後を振り向いた。彼女の目前には黒衣に身を包んだ青年が立っていた。 「天井も、しっかりと見ましょうね、是玖斗陽子さん。」 青年は嫌らしい笑みを浮かべながらそう言った。 「あ、あなた! ブルズ・アイ?」 「ええ、ブルズ・アイ第6攻撃隊隊長、Bランクヘルと申します。」 「Bランク?」 「クックックッ、さすがに班長さんともなると反応が素早いですね。」 ヘルは悔しそうに右手に持ったニードルをいじりまわした。 「…。」 陽子はハルメッツに装着するタイミングをうかがっていた。 「私の隊もあなたの部下のおかげで、ほぼ壊滅してしまいましたよ!」 ヘルは右手のニードルを前方の「人生調」班長めがけて投げつけた。陽子は低く後方 に飛び、それを回避した。 「ほう! サイボーグとは思えないほどの素早さ! しかしまだまだ甘い!」 着地する陽子の足元めがけ、ヘルはハンギングロープをしならせた。 「あぅ!」 ロープは陽子の足に命中した、そして同時に彼女が持っていたスーツケースが手から 落ちた。 「しまった!」 スーツケースには「新旋二型」が収納されている。しかしそのスーツケースはヘルの 足元にまで滑走してしまった。これでは陽子も、その力の半分も出し切ることが出来な い。 「生身の女なら色々な趣向もこらせるだろうが、サイボーグではな…。」 ヘルはそう言うと、二本目のニードルを黒衣から取り出して、口にくわえた。 「こ、殺される…。」 「このニードルは特殊な合金で出来ていましてね、貴方の複合セラミックも一撃で貫   通します…。脳は生身のままでしょうから、そこに刺してあげましょう。」 ヘルは床に倒れている陽子の至近距離まで接近した。 「死になさい! 是玖斗陽子! …?」 ヘルは自分に強烈な殺気が向けられた為、その方向へと振り向いた。 「ブルズ・アイの暗殺者か…。」 乱由鷹は両手から軽く放電をさせながら、ヘルへと近づいていった。 「サ、サンダー…。貴様がなぜこんな所に。」 「さてね…。どうしてかな…?」 ヘルは軽いパニック状態に陥っていた。サンダー抹殺作戦は、別動でトリプルAが引 き受けていたはずであり、この様な場所にサンダーが出現するわけが無い。ヘルはトリ プルAの失敗を想像していなかった。 「ゆ、由鷹くん!」 「是玖斗さん…。」 身体中から緊張感が抜けてしまったのか、陽子はその場に座り込んでしまった。由鷹 そんな陽子を見下ろすと、視線をヘルに移した。 「あんた…。名前とランクは?」 「Bランク…。Bランク・ヘルだ。」 「ヘル…。転換しないで色々やるって…。なる程ね…。」 「しかし…。相手がサンダーなら話しは別だな…。」 ヘルはそういうと、殺気を一気に増大させ転換した。しかしその姿は頭部を除き、転 換前と大してかわっていない。 「死ぬべし! サンダー!」 ヘルはハンギングロープを由鷹にしならせた。回避しようとした由鷹だったが、ヘル の狙いは的確であり、一本のロープが由鷹の首に絡みついた。 「なぜ転換しない!」 ヘルはロープに込める力を強めると、ロープをたぐりよせようとした。必死にその場 に留まろうとする由鷹だったが、いかんせん相手の方が圧倒的にパワーがあった。 「ゆ、由鷹くん…。」 陽子は由鷹のことを心配しながらも、心の奥底ではこう思っていた。 「変身さえすれば…。変身さえすれば由鷹くんだったら勝てる!」 しかし由鷹はなかなか転換しなかった。いや、出来なかった。 「ど、どうして転換できない! これ以上力を込められたら死んでしまうというのに  …!」 由鷹は焦りはじめていた。 「さすがにAランク! 転換せずともしぶといな! ならばこれはどうだ!」 ヘルはロープから手を離すと両腕を頭上にかかげ、口から「殺人毒電波」を発した。 「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!」 由鷹は毒電波を浴び、床をころげ回った。電波は壁、床、天井を反響し当然陽子もそ の被害を受けた…。そして雷が落ちた。 「サ、サンダー…。」 ヘルは息をのみ、転換したサンダーの姿を見つめた。無理な改造を施した自分の肉体 と違い、サンダーのそれは美しい。 「…。」 サンダーは無言のまま、両肩に装備されているカッター状の物体を、両手で引っ張っ た。その物体から、サンダーパンチ以上の電気が発生する。 「ま、負けられない…。サンダーを殺す…。ウフフ、ウフフフフフ!」 ヘルの精神は既に崩壊を始めていた。迫り来る死の恐怖、大逆転による美しき敵の抹 殺の可能性。ヘルの人生において、これほどまで興奮するイベントはいまだかつて無か った。そして、ヘルは毒電波をオフにして、両手にニードルを握った。 「スラッシュ!」 サンダーは両肩にためた電気を発射した。その電気は弦から槍へと形状を変え、ヘル に襲いかかった。 「ひゅぅあっ!」 ヘルの体はサンダーの発射した電気槍「サンダー・スラッシュ」によりまっぷたつに 切断された。 ヘルの死体はその黒衣を残し、分解を始めた。 「な、なんてこった…。」 転換を解いたサンダー…。由鷹は頭をブルブルと震わせている。 「力を…。力の殆どを使いきっちまったらしい…。身動きがとれん…」 陽子に助けを求めようとしたが、彼女も先ほどの電波攻撃で気絶してしまっている。 「な、なぜ…。なぜこんな程度の戦闘で…。」 由鷹の脳裏に、なぜかプロトサンダーの姿が浮かんだ。 「そ、そうか…。俺としたことが…。自分の体のメカニズムもロクに把握していな   かったってことか…。」 由鷹はその場に倒れ込んでしまった。そして彼の鼓膜に残る最後の音、それはパトカ ーのサイレンの音だった。                         第三話「三人のAランク」おわり