第二話「サンダーは人類の敵?」 …1 サンダーが最初の殺人を犯してから、数日が経過した。「ゆーとぴあ」沈没の際、彼 は海上に投げ出され意識を失った。 「う、ううん…。」 サンダーは意識を取り戻した。彼が真っ先に恐怖したのは、ここが「ブルズ・アイ」 基地なのでは? 疑いである。 「お、目が覚めたな。」 サンダーは声の主にコーヒーカップを突き出された。その男…。老人は深い疑いの眼 差しでサンダーを見つめている。どうやら「ブルズ・アイ」構成員では無いらしく、サ ンダーは老人の反応から自分の姿が転換前のそれに戻っていることを自覚した。 「飲め、飲め。」 サンダーはいわれるがまま、カップの中の黒い液体を飲み干した。毒や薬の混入の恐 れが無いわけではなかったが、それ以上に今は咽が渇いている。 「あの…。俺は一体どうしてたんですか? それと…。ここはどこなんですか?」 「あ? ああ、あんたはそこの港で意識を失っていたんだよ。俺も最初は警察に届け   ようと思ったんだがね。どうやらまだ生きてた様だからここへ連れてきたんだ。あ   と…。ここは築地だよ。」 「築地? 東京まで流されてたのか…。」 「わけがありそうだね…。よかったら話してもらえないかな? 俺も朝の仕事をほっ   ぽっちまったんだから。」 「あ、ああ…。釣りですよ。」 「最近の若いのって、裸で釣りをするのかい?」 「え、ええ…。大学の仲間と船でふざけてて…。それでおっこっちゃって。」 「なら…。捜索願いが出てるかもな…。」 「ごめんなさい。世話になっちゃって、し、失礼します。」 サンダーはベットから起きあがった。 「服はやるよ、たけは短いが我慢しろよ。」 「は、はいすみません。じゃ、警察…。行ってみますんで。」 「一緒に行くか?」 「いえ、いいです。」 最後の言葉だけをはっきりと言うと、サンダーは老人の部屋を後にし、自分の発見さ れた港まで向った。 「いいおじいさんだな…。」 港に着いたサンダーはこれからのことを考えた。 「警察に行くか…。でも信じてもらえるかどうか…。大体俺は自分の本名すら憶えち   ゃいない。正直に話したってキチガイ扱いされるのが落ちだ。それに追っ手とかっ   て…。来るだろうな。なにせ俺は連中の仲間を殺しちまったんだからなぁ…。」  サンダーの脳裏にある地名が思い浮かんだ。 「巣鴨…。なんだろう…。引っかかるな。俺の職場でもあったのか? それとも住ん   でた場所かな?」  サンダーは思考をまとめはじめた。 「とりあえず…。行ってみるか…。まずは過去をはっきりとさせないと。」  サンダーの達した結論は又しても一般的なものだった。 …2 JRで巣鴨駅につくと(電車賃は老人との分かれ際、貸してもらった。)サンダーの 脳裏に様々なヴィジョンが浮かんだ。それは駅周辺の鮮明な画像だった。 「知ってる…。知ってるぞ!」 サンダーは自分の本能と、かすかに残された記憶をもとに歩みはじめた。周囲の風景 が変わる度に。 「住んでた…。この風景を俺は知っている! ここに俺は住んでいたんだ!」 と感嘆するサンダー。やがてその歩みは一軒の家の前で止まった。 「ここが、俺の家…。」 少しづつ、僅かではあるがその記憶は回復してきている。サンダーは玄関まで歩き、 扉を開こうとした。しかし鍵がかかっている。仕方なく彼は、家の周囲をぐるりと回っ た。開いている窓がある。 「不用心だな…。まてよ…」 開いてる窓を見て不用心だということは、その家の家人が留守の場合である。なぜそ んなことが理解できるのか…。つまりこの家に住むのは自分一人であるという事実を思 い出した証である。彼は窓から屋内に進入した。 「こんなでかい家に一人で住んでたのか…。親の遺産が多いからな。」 サンダーの記憶はきっかけを掴むたびに蘇ってくる。その記憶が鮮明な映像と共に蘇 ったのは、二階の自室で自分のアルバムを発見した時であった。 「らん…。乱…。ゆたか…。乱由鷹! そうか!」 彼はまず、自分の本名を思い出した。 「俺はサンダー…。に転換される前は乱由鷹を名乗っていた。」 …3 「彼の名は、乱由鷹。城西大学生化学院につとめる青年科学者である。両親は不動産   業で生計を立てていたが、四年前の交通事故で死亡している。年齢は二十三歳。組   織の構成員となった後はAランク適性を認められ、Aランクサンダーに転換手術さ   れる…。」  大塚、日本そば「しま八」。午後四時を過ぎてもこの店には、幾人かの客が遅い昼食 を採っていた。 「ブルズ・アイ」よりサンダー捕獲を命じられた、Cランク「ギロスティン・ナンバ ラ」は、作戦に先だって陣八より教えられたターゲットの情報を頭で復唱していた。 「捕獲なんて仕事はもともと工作員かゲスタ・パックタイプの仕事のはずだぜ!」 彼は昼食兼夕食のカレーそばをいそいそと食べながら、自分の作戦の助言役でもあり 監視役でもある陣八に愚痴を漏らしていた。 「おいおい大声を出すなよナンバラ。他の客が見てるぜ。」 「かまうもんか!」 「かまうよ。もし警察関係者がいてみろ!」 「う、ああ。」 「な…。つまりよ、何でお前さんが今回の作戦に任命されたかというと…。ゲスタの   キジゾウの死体は見ただろ?」 「し、死んだのか? 奴は? 奴ほどの男が!」 「声がいちいちでかい! そう…。知らなかったのか?」 「ああ、俺は一週間前まで夕張だったからな。それに仲間の噂ではキジゾウはサンダ   ーを連れ出して一緒に脱走したって聴いてたが。」 「そりゃ嘘だ。キジゾウは殺されたよ。サンダーにな、黒こげにされてよ。奴さんは  まだ戦闘訓練を受けてないってな…。」 「恐いねぇ…。サンダーはAランクだっていうが、それ程か…。なーる程!  それで俺の力がか!」 「ああ…。」 ナンバラは満面の笑みを浮かべると、器に残った汁を一気に飲み干した。彼は根本的 に強者と能力を競うのを喜びとしているのだ。 「行こうか! 陣八!」 「おいおい 焦るなよ。」 二人の不敵な男達は料金を払うと「しま八」を後にした。彼等が目指すのは巣鴨。 …4  サンダー…。乱由鷹は自室で自らの過去を振り返っていた。 「思い出したぞ、俺はあの日、夏彦…。夏彦と研究室のパーティーに出席したんだ   …。」 「その帰り俺達は…。」 東峰夏彦。由鷹の同窓であり同僚である。由鷹同様優れた生化学者であった彼は、由 鷹の公私に渡るライバル的存在であった。二ヵ月前、由鷹と夏彦は研究院の主催する慰 労パーティーに夕方から出席していた。パーティーは盛況のうちに終了したが由鷹達は 不満だった。夏彦がそれを声に出して由鷹に伝える。 「あーあ…。だめだな。由鷹。」 「うん…。じじいばっかりだったな。」 「このスーツ二十万もしたんだぜ!」 「自業自得さ、夏彦。」 「誰だよ、科学者には可憐な孫娘が必ずいて、こういったパーティーに出席するのは   通例だって言ったのは。」 「ほら…。何とかライダーとかでもよくある筋だろ? だからさ。」 「ばかな話しだな…。ったく!」 由鷹と夏彦はパーティー会場を後にするとタクシーに乗り込んだ。 「ところで由鷹? どうだい配列転換の方は?」 「だめだな…。ま、机上で駄目な理論だからね。失望も少ないけど…。」 「机上の理論だけじゃ新しい発見はない…。だったっけ?」 「やめてくれよ。」 「自論だろ、照れるなよ。」 夏彦との会話はいつもこの調子である。彼は常に由鷹を挑発し、煽動する。 「?」 まず、タクシーの運転手が異変に気ずいた。 「へんですねー。いつもならもっと車が多いはずなのに? どっかの大統領でも来て   たっけ?」 「そう? 夏彦?」 「うん…。来てないと思うよ。確か…。」  そのとき、由鷹たちの乗るタクシーに大きな震動が走った。運転手は急ブレーキをか け、車を停止させた。当然後部座席の由鷹達は大混乱である。 「ば、バカやろう! なんて運転してんだ!」 夏彦が運転手に怒鳴り散らした。しかし運転手は夏彦の怒号にも耳を貸さず、正面を じっと見つめている。由鷹と夏彦もそれに習った。 「な…。」 タクシーのボンネットには震動と急停車の「原因」が乗っていた。運転手を含める三 人が産まれて始めて見る化物、それは「ブルズ・アイ」のカスタム・クリーチャー、B ランク「ヘル」であった。 運転手と由鷹は、それを当然のごとく恐怖の視線で見つめていた。ただし、夏彦だけ は化物に襲撃されているのにもかかわらず、何故か表情は狂喜に満ちていた。 「それから先は…。成る程ね、誘拐されたって訳か…。」 由鷹は軽く落胆した。 「以外と都合よく戻るんだな…。記憶って…。」 落胆の後にくるのは自嘲である。 「ハハ、ハハハハハ! そうか! 俺は乱由鷹! 城西大学生化学院の研究員か!    将来を有望視された学界のホープ! クックックッ…。そのエリートが今や人殺し   の化物か…。」 落胆も長くは続かなかった。ある恐怖心が由鷹を襲ったからだ。 「まてよ…。それなら夏彦も…。運転手は違うな。連中、俺が学者って知ってて誘拐   したんだよな…。だったら夏彦も…。」 「それに、最初から俺の素性を知ってて誘拐したんなら、ここだって知ってるはずだ   …。まずいな…。」  追手との戦闘の可能性、由鷹の全身に寒気が走った。 「またあんな化物と殺しあうのか?」 思索にふける由鷹。そのとき彼の背後で大きな物音がした。 「?」 様々な可能性を想像しながら由鷹は振り返った。しかし視線の先にたたずんでいるの は想像外の人物だった。 「あわ、あわわわわ!」 その人物…。深々と帽子をかぶった少年はあわてて辺りを見渡した。 「子供? 押入れから落ちたのか?」 「…」 少年は観念したのか、由鷹をじっと睨みつけた。そのジャンパーのポケットからは由 鷹の腕時計や預金通帳が顔を覗かせている。 「空き巣…? 子供が?」 「…」 空き巣の少年は由鷹を睨みつけたままである。少しの緊張の後、彼はスボンのポケッ トから飛びだし式のナイフを取り出し、由鷹に刃を向けた。 「いいよ、持ってけよ。困ってるんだろ? どうせここにはもう戻らないし、金なん   かあったって仕方ないから…。」 「あ、あたしは乞食なんかじゃない!」 始めて少年は声を出した。 「泥棒だろ? 同じ様なもんさ。」 「違う!」 「なら泥棒の坊や、とっととここから出て行くんだ。」 「坊やじゃない…。」 「?」 「あんた変だよ! どうしてもっと驚かないんだよ! あたしは泥棒なんだよ!」 「…。驚けないんだ。」 「?」 「いいよ…。いいからさ、出てってくれよ…。でないとまずいんだよ。殺されちまう   ぞ。」 「?」 「出てけっていってんだよ! この坊主!」 その瞬間、由鷹の全身から微量の電気と強烈な殺気が発散された。改造人間、サンダ ーの本性を空き巣の少年は見た。 「あ…。」 少年はその場にへたりこんでしまった。由鷹の殺気は収まったものの、その表情は未 だに怒気をはらんでいる。 「ご、ごめん…。でもやっぱり乞食の真似は出来ないよ。これ…。返すね。」 少年はナイフをしまうと、空き巣行為の収穫を次々とポケットから出して、テーブル の上に置いた。 「そ、それとさ…。えっと…。ヨシタカ?」 「乱…。乱由鷹だ。」 「あ、あん…。由鷹さん? あたし男じゃなくって…。女だよ。え、得乱めぐるって   いうんだ。」 「…。」 「あは、あははは関係なかったよね。ごめんね。」 照れながら少女は謝った。しかし由鷹としてはこの少女に関わっている余裕はない。 そして次の瞬間、由鷹の頭の中を鋭利な感覚がよぎった。 「!」 「ね、ねぇ。どうしたの? 由鷹さん?」 「クックックッ。」 由鷹は不敵に笑いだした。 「ゆ、由鷹さん。」 「ふん…。ついに来たか…。クックックッ」 「おい! 急にどうしたのよ! いやらしい笑いなんかして!」 「めぐるとかいったな。」 めぐるは由鷹の目を見てビクン! とした。 「う、うん…。」 「逃げ出すんなら今のうちだぞ、だめなんだよな…。敵の気配がすると…。もう一人   の俺が騒ぎ出すんだ…。凶暴で始末におえないもう一人の俺が…。今気がついたよ   …。」 「て、敵? た、確かにそんな気もするけど…。」 「めぐる! お前、この気配がわかるのか?」 「い、いきなり名前で呼ばないでよ! …。うん、なんとなくわかるよ! めぐる、   カンはいい方なんだ!」  由鷹は数歩あるくと窓際に立ち、窓から外の様子を伺った。 「ブルズ・アイ…。時代め、案外素早いな…。」 …5  カスタムクリーチャー達の暗躍は日本政府にとっても頭痛の種であった。驚異的な 能力をもつランカー達には警察力も行使しようがなく、国民の動揺を押えるためにも自 衛隊の初期投入は避けなければならなかった。そして、カスタムクリーチャーについて の情報も殆どつかめず、政府は対抗組織を内閣内に構成しても、具体的対応のしようが ないままであった。 数台のトラックが巣鴨に到着した。トラックは民間ナンバー以外からはその所属を把 握することはできず、一様に黒い塗装が施されていた。そのトラックは由鷹の家の付近 で停車した。トラックの荷台から次々と戦闘装備をした男たちが降車した。その数二十 六名。男たちは内閣人造生体調査班。通称「人生調」国家が対カスタムクリーチャーチ ームとして編成した特殊部隊である。 「俺の隊は西側と北側を、是久斗隊は東側と南側を包囲してください。」 男たちの中でも特に大柄な青年が、部下達にトランシーバーから指示をおくった。彼 の名は神白成一。今年二十四歳になるもと警察官であり、職務の計画と遂行力には高い 評価のある青年だった。隊員達は全員大きな緊張感のもと、よく訓練された動作で由鷹 宅を完全包囲していった。 「こんなとこに…。本当にいるっていうのかよ?」 指示を出しながらも神白は情報を疑っていた。この家に強力なカスタムクリーチャー がいるという情報を。 「民間情報なんて…。あてになりますかね? 隊員たち、結構半信半疑ってやつです   よ。」 神白隊副隊長、兵堂五宇が神白に隊員達の心情を語った。 「さあな…。だがよ、ブルズ・アイの細胞転換カスタムクリーチャーがいるなんて通   報、普通するかね?」 「え、ええまぁ…。罠?」 「ん…。その可能性もあるから全員に召集がかかったんだよ。」 「じゃ、場合によっては一戦交えますか?」 「ああ…。そうだな。」 「あれから半年経ってますからね…」 神白のトランシーバーから応答コールが鳴った。 「神白だ。わかった、次の指示が出るまで現場で待機だ。」 神白はトランシーバーをしまった。 「兵堂。」 「は?」 「これから班長に報告に行く、ここは任せたぞ。」 「了解です。」 「それから。」 「は?」 「…。不安なのはわかるが、隊員達に悟られたらおしまいだぞ。」 「は、はぁ…。」 神白は兵堂を一瞥するとその場を後にし、南側の玄関前に向った。玄関前には「人生 調」班長、是久斗陽子がサングラスをかけたたずんでいた。そして彼女の後ろには、キ ットプロテクター「新旋二型」が装着体制のまま鎮座している。陽子は手にした生体探 知機を見つめたのち、軽くため息をついた。 「民間情報もたまにはあてになるものね…。こんな強力な生体反応があるなんて。」  陽子を見つけた神白は、仕事をしているといわんばかりにわざとらしく陽子に駆け 寄っていった。 「是久斗班長! 包囲完了いたしました!」 陽子はサングラスを取りながら、神白の方を向いた。 「ご苦労さま、神白くん…。どう思う?」 「ここにいる人造生体反応を持つ奴のことでありますか?…。妙ですな、こんな都心   部の民家に忍び込むとは…」 「そうね…。でも、もし忍び込んだんじゃないとしたら…? ここの家の人間だとし   たら?」 「ん…。情報提供者はひょっとすると化物の身内でしょうか? 正体に気ずいた?」  二人のやり取りを、別の班員の声がさえぎった。 「反応! 玄関まで移動!」  その声に陽子の表情は厳しく引き締まった。神白は会話を遮られたのを不服に感じ た。陽子は神白に優しく声をかけた。 「さがってて。」 陽子が右腕の腕時計のスイッチを入れると、背後の「新旋二型」が開放形態となり彼 女の身体に装着されていった。 「いつ見ても…。すげぇな…。」 神白は独白した。陽子は装着を終え、対人造生体サイボーグ「ハルフォーク・メディ ッツ(ハルメッツ)」に変身した。半年前捕獲した「ブルズ・アイ」の改造人間のサン プルデーターから設計され、日本政府の総力を結集した科学技術の結晶である。 「私を…。こんな体にした連中…。生かしはしない!」  陽子はそうつぶやくと、ハルメッツの戦闘機能をすべてオンにした。 …6 由鷹は玄関前で緊張していた。扉一枚に隔てられた敵への恐怖心からである。 「前の奴とは違うな…。なんだっつーんだこのイライラは!」  由鷹は思い切って扉を開けた。彼の眼前にはハルメッツが立っていた。その後に控え ている神白はトランシーバーで隊員に指示を出している。 「いいな! 持ち場からは離れるなよ! ここは班長と俺が受け持つ!」 神白は生体探知機を持っていない。しかしその彼にも訓練されたもののカンからか、 目の前にいる由鷹から強烈な威圧感を感じた。 「ブルズ・アイはサイボーグの開発までしてやがったのか?」 実際、由鷹はハルメッツを見て軽く驚愕していた。ハルメッツの機械的なフォルムは 「ブルズ・アイ」基地でも見たことがなかったからだ。 「…」 ハルメッツは黙したままである。  『彼は…。乱由鷹ね…。この家に住む…。まさか、彼が人造生体…?』  どうするか? 目前の青年を転換させて確認をとるか? 話を通して大手町の本部ま で来てもらうか? それとも武力行使で強制連行するか? 「捜査権も執行権も無いから…。転換させて確証をつかんでみよう…。」 「人生調」は内角人事院に属する機関であるため、民間人に対する警察庁の様な法律 行使が不可能である。そのため、人造生体と疑わしい人物でも転換現場を押えないと行 動にうつれない。陽子もそのことは熟慮していたが、今回はなぜか動揺していた。 「確かに…。乱由鷹くんね…。」 ハルメッツが由鷹に尋ねた。 「ああ…。そうだ。」 「私は内閣人造生体調査班の班長、是久斗です。君に人造生体の嫌疑がかけられてい   るので調査にきました。」 「?…。人造? …ふん、だったらどーだって言うんだ?」 「捕獲します。」 「クックックッ、なーにが政府だ! ブルズ・アイの犬が! 手を変えたつもりだろ   ーが甘いんだよ!」 「な?」 ハルメッツは由鷹の荒っぽい反応に驚いた。 「貴様!」 神白が拳銃を構えた。 「やめなさい! 神白くん!」 「だめであります班長! こいつは乱由鷹とかいう奴じゃないっすよ! 敵組織の変   装でしょう!」  神白がハルメッツに言い返した。 「ちがう?」 今度は由鷹が激昂した。それに合わせ、ハルメッツに装備されている生体反応機が急 激に反応した。 「…。やっぱり…。」 もうハルメッツに動揺している暇はなかった。ここまで反応が強いということは疑い の余地はない、彼女は対人造生体砲「WEED砲」を構えた。 「政府って…。本当かな?」 二階のベランダからめぐるが様子を伺っていた。確かに包囲している連中はそうとも とれる。 由鷹はWEED砲の第一射をかわした。 「?」 この反射運動の機敏さにはハルメッツ達はもとより、由鷹自身がおどろいた。 「クックックッ! あのときと同じだ、冴えてきていやがる! いいぞ!」 高揚する由鷹だったが、そこに隙が生じた。ハルメッツは素早く由鷹の後ろに回り込 んで肘撃ちをくらわした、この肘撃ちは軍用機の装甲をもへこませる破壊力をもつ。 「ぐはっ!」 「しまった!」 ハルメッツは自分がやりすぎてしまったことに気ずいた。人造生体の疑いがあるとは いえ、相手は民間人の可能性もある。 「ぐ、ぐお…。」 「こ、殺してしまった…?」 由鷹は薄れゆく意識の中、本能のままに手を動かした。 「ば、ばかな…。私の攻撃を受けてまだ動けるなんて!」 「班長! とどめを刺してしまいましょう!」 「え? ええ…。悪く思わないでね。」  ハルメッツは神白に言われるがまま、倒れている由鷹にWEED砲を突きつけた。 「!」  死を覚悟した瞬間、倒れている由鷹の頭がビクンッと上がった。そしてその目は上空 をみすえている。数瞬後、由鷹めがけて雷が落ちた。 「うそだろ! 雷雲なんてないのに! 班長!」 落雷を見て神白が絶叫した。その神白の背後にハルメッツが着地する。 「班長! 御無事で!」 「ええ、落雷の瞬間ジャンプしたの…。?」 落雷により由鷹の家は火災をはじめた。その炎の中より、異形の超人が登場した。 サンダーである。 「…。正体を現したわね…。化物! 人間の敵め!」 ハルメッツが由鷹めがけて走りだした。神白もそれに続こうとする。 「神白くん! 貴方達は手を出さないで! あいつ…。強いわ!」 「しかし!」 「それよりも周辺の人達を非難させて! 消防は呼ばなくていいわ、延焼はしないと   思うから!」 「は、はい!」 こうなると神白は陽子に従うざるをえなかった。彼女の判断は常に冷静かつ的確だか らである。 ハルメッツは始めから全力でサンダーに激突した。互いの格闘能力は、ほぼ互角なた め、決着はおろか致命傷も与えられなかった。 「違う…。今までの奴とはケタが違う!」 ハルメッツは次第にサンダーに押され始めた。サンダーはハルメッツとの対戦の中、 明かに戦法を学習している様でもあった。 「グワオー!」 サンダーは左手に高電圧の電気をため込むとハルメッツに殴りかかった。しかしハル メッツも自動回避システムによりサンダーの攻撃をかわす。 「す…。すごすぎる…。」  自分達とは次元の違いすぎる戦いを目撃し、神白は思わずうめいた。その時、彼のト ランシーバーに部下からの応答コールがあった。 「神白だ、どうした?」 「た、大変です! 北側より別動隊が出現しました! 現在交戦状態となっておりま   す!」 「別動隊っ? 規模は?」 「一人です!」 「わかった、すぐにそちらに向う!」 「りょ、了解…。あ、ああ! ぐあー!」 「どうした! 応答しろ!」 部下からの連絡は絶叫と共についえた。 「…。別動隊だと…。」 神白は陽子の指示を仰ぐかどうか一瞬悩んだ。しかしその陽子は現在サンダーと交戦 中であり身動きがとれない。 「この程度か! ガラクタ人形がっ! 俺が人間の敵だと? ふざけるな!」 サンダーはハルメッツに膝げりをたたき込むとそう叫んだ。 「…。そろそろとどめといくか…。恨まないでくれよ、俺は捕まる訳にはいかねーん   だ! …そうだ! 夏彦は? 東峰夏彦はどうしてる!」 「…。夏?…。一緒に誘拐された子ね…。知ってるわけないでしょう!」 「しらばっくれんじゃねーよ! テメーらが誘拐したんじゃねーか!」 「ちがうわ! 私達は政府の者よ! いいかげんにしてよ!」 「しんじられっか、そんな与太話し!」 「本当だ! これを見ろ!」 決心した神白が、内閣のIDカードを突き出しながら歩いてきた。 「我々は内閣人事院特務室、人造生体調査班の実戦隊の者だ。逆に質問させてもらお   う! 君はその力をどこで手に入れた!? そして乱くんと東峰くんはどこにいる   !」 「だから! 俺がその乱由鷹だ! 俺は逃げてきたんだ!…。本当に政府の役人なの   か…?」 ハルメッツが答えた。 「ええ、そうよ…。こんな格好じゃ、なかなか信じてもらえないでしょうけど。」 神白は内心ほっとした。どうやら話しがまとまりそうだからである。しかし、その神 白の背後で物音がした。 「?」 神白はとっさに拳銃を構え振り返った。十メートル程前方には皮ツナギを着込んだ青 年が立っている。 「民間人か…。避難してください! ここは火災により危険…!」 神白は衝撃を受けた。青年の片手には自分の部下の生首が握られているからである。 「日本政府がここまで対応してたとはな…。」 青年…。ギロスティン・ナンバラは、不敵な笑みを浮かべながら神白達に近ずいてき た。 「全く驚きましたな!」 サンダーは反対方向からの声に振り返った。 「やぁ、サンダー君、どうやら記憶も戻った様だね…。けっこう、けっこう。」 「じ、陣八!」 「なに?」 サンダーはこの男達と面識がある…。ハルメッツは敏感に反応した。 「あなた! 何者?」 「これはこれは申し遅れました。私は秘密結社ブルズ・アイ諜報隊隊長を務めており   ます…。陣八です。以後御見知りおきを…。」 「ブルズ・アイ?」 「民間通報にあった名前か…。」 ハルメッツと神白は思い思いに納得した。ハルメッツが陣八に問いただした。 「貴方! 質問に答えなさい! 貴方達の組織の目的はなんですか!」 「それはノーコメントですな。私にも立場というものがありまして…。さてとサンダ   ー君、きみは結局我々のもとに戻るしかないのだよ。」 「断る!」 「なぜ? さっきも言われただろ? 人類の敵と…。つまりな君が自身を保つことが   できるのは我々組織だけなんだよ。」 「いやだ! 俺はテロリストになんかなりたくない! 殺しあいもいやだ!」 「頑迷さもここまでくると大したものですな…。仕方ない、ナンバラ君! ここにい   る御三方を殺してしまいなさい!」 「おう!」 ギロスティン・ナンバラが大きくうなり声をあげ、戦闘形態へと転換した。 「班長さんよ。」 サンダーが語りかけた。 「え? な、なに?」 「こいつらにまともな対応を求めても無駄だぜ…。」 「みたいね…。」 「ハッハッハッ! サンダーさんよ! 政府とつるもうったってだめだぜ! あんた   も俺も結局は化物さ! こいつらあんたを利用しようって魂胆だぜ!」 サンダーとハルメッツ、そして神白がそれぞれ身構えた。 神白はギロスティンの体当りに吹き飛ばされた。サンダーとハルメッツはそれぞれ無 意識のうちに協調しながら、ギロスティンに対抗した。しかしギロステインはその強力 なパワーで二人を叩きのめした。 「ゲスタがやられたって? うそだろ?」 ギロスティンは戦い慣れしていないサンダーに意外さをおぼえた。 「さがってて!」 ハルメッツが右腕に装備している「WEED砲」を連射した。そのうちの一発がギロ スティンの左肩にヒットした。 「な、なにぃ!」 WEED砲の抗体により、ギロスティンの肩は細胞レベルから崩壊を始めた。 「WEEDワクチン。貴方達人造生体の複合細胞を、強制分解する力を持っているの   よ。」 「日本政府はそこまで!」 ギロスティンは死力を振り絞りハルメッツに襲いかかった。 「往生しろよっ!」 サンダーは右拳のボルトを隆起させると、高電圧を放出しながらギロスティンのボデ ィーめがけてパンチした。サンダーパンチである。 「う、うおおおおおおおおおおおー!」 拳から放出された電気がギロスティンを黒こげにした。 …7 ギロスティンは息絶えた。彼の絶命を見届けた陣八はその場を足早に去っていった。 「はぁ、はぁ、はぁ。」 敵の気配が消えたためか、サンダーは転換をとき乱由鷹へともどった。ハルメッツも プロテクターの装着をとく。 「全員、撤収だ。後は警察と研究隊に任せるぞ。」 神白は残存隊員に指示をだした。実戦隊の隊員達がトラックへと戻っていく。  由鷹の家が火災になった時点で、めぐるは脱出をした。サンダー達の戦いを遠まきか ら目撃した後、彼女は興奮しながら由鷹に走り寄っていった。 「すごいよ! 由鷹さん! すごいよ!」 「あ、ああ…。また、殺っちまったのか…。」 「乱…。くん?」 陽子が由鷹に話しかけた。 「来てもらえる? そうするしか無いでしょ?」 めぐるが陽子を睨み返した。 「うるさいな! 由鷹さんにひどいことするつもりだろ!」 「めぐる。」 「だまされちゃ駄目だよ! 由鷹さん!」 「だって! 家も燃えちゃって、行く当てなんかないでしょ。保護するから…。」 「いえ…。いいです、貴方達が政府の人達ってことはわかりましたけど…。」 「信用…。されてないのね。」 「ええ…。」 「いきましょう、由鷹さん!」 「ん、うん…。」 由鷹とめぐるはその場をあとにした、数歩離れた後、由鷹は焼け落ちた自宅を振り返 った見る。 「これから…。どうすればいいんだ。政府のあの人達だって、俺の体を研究したがっ   ているはずだ…。結局、一人でやるしかないのか…。」 陽子は由鷹達を見送る他になかった。神白が陽子に尋ねる。 「陽…。班長、なぜ見のがしたんですか?」 「へたな真似して…。怒らせたら止められる?」 「い、いえ…。」 「ねぇ神白くん悪いんだけど…。」 「は?」 「私、乱くんの後をつけるから。この件の後始末やってくれる?」 「なるほど…。い、いいでしょう。しかし実戦隊は壊滅状態ですが…。」 「そうね…。」  陽子は辺りを見渡した後、うなだれた。 「また…。私のミスで殺しちゃった…。班長失格ね…。」 是久斗陽子、後にサンダーの協力者となる内閣特務捜査官。由鷹との出会いは彼女の 公僕としての人生に大きな影響を与えようとしていた。                      第二話「サンダーは人類の敵?」おわり